彼女のためにおすすめのワインを店員に頼むことにした
学生時代に好きな子がいた。いつも俺のことを名前ではなく、「君」と称して時々話しかけてくれるも、あまり会話が弾むことはなかったけれども俺としてはささやかな幸せで好きだった。
バスケ部に入って誰が好きなのか教えてくれよ、誰にも言わないからさ、と笑顔で言われた同学年の奴に彼女のことを伝えれば、後日全員に知れ渡っていたので、以降そいつとはもう話しすることすらやめて、誰かと会話するのも嫌であったのは確かなこと。
もちろん、このことは彼女の耳にも入ったかもしれないがそのことにさえ触れてくれず、時々声をかけてくれた。
彼女は小柄で、童顔。それとロリ巨乳だ。
本人はものすごく気にしているのだが、俺としては最高だぜ。
結局、彼女には告白する勇気すらもわかずに卒業式を迎え、成人し、社会人になってある程度の年月が流れたころに同窓会が行われることを知る。
場所は自分がよく知っているところで、ちょうどその日は休日になるので参加することにした。
だいたい十年振りだろうか。
居酒屋に足を運べば久しぶりに見る顔ぶれが懐かしく、こいつらはいろいろと成長したんだな、となんだか実感した。
結婚した奴もいれば、小説投稿サイトで書籍化した人がいた時には思わず、あ、それ読んでいるぜ、と口にしたせいか、なぜか持ち歩いている「神々と冥王に反逆せし愚かな青年たち」のサイン入りをもらうことに。
大半が社畜という社会の奴隷と化しつつも、帰宅後にできたわずかな時間を趣味へと目一杯注いでイラストレーターにもなれた人がいたことには驚いた。
毎年開催される同人イベントに参加する猛者が身近にいたりして、改めてこいつらの認識が変わったことに感心した。
なにせ、俺が教室でラノベを読んでいればオタクだ、オタクだとぎゃあぎゃあ騒いでからかっていたくせに、よくもまあ、こうも心変わりできるな、と内心思うも口にはしないでおく。
ロリ巨乳の彼女は、と酒一杯で酔いやすい俺はあえてワインを飲みつつ視線で探し求めているとついに見つけた。……やばいな、目にしただけで自然と心臓が脈打ちだすし、顔が熱くなってきているのは、そう、これはワインのせいだ。ワインが悪い。
湧き上がる嬉しさと恥ずかしさを誤魔化すようにさらにワインを飲んで、クラスメイトたちに会釈していく彼女からは目をそらすことができない。
さっきまで俺に猥談を持ち掛けて、お互いの性癖をばらしあってどのシチュエーションが楽しめるのか、と議論していたエロ人共は小突いて、囁いた。
――彼女、恋人と別れたばっかりだぜ。
――おまえもいい加減にその気持ちをはっきりと伝えちまえよ。告って振られちまえば、少しは前向きになるだろう。
その言葉を聞いて、俺はこのエロ人共はさっさと過去に決着をつけてくれるように助言してくれているのだな、と感じたのはこいつらの顔を見て大間違いだと理解した。まじめな顔でいいことを言ったような達成感にあふれているも、どこか楽しんでいる雰囲気を察したのだが、これはこれでいいだろう。
空になったグラスにワインを注いで、飲む。
酔いは回っているのは自覚しているも、それでも彼女への気持ちだけは本物だ。近付いていくとやはり彼女は十年前とは変わらぬ背丈ながらも、綺麗で、思わず見惚れてしまいそうになる。
このロリ巨乳っぷりは……前よりも大きくなっているのは間違いはないな、ああ、そうだ。確実に成長している。これを口にしたら俺の人生は終わる。
「……」
「……」
見上げる彼女と見下す俺。
お互いに何も言わないわすかな時間が流れて、ふと何を口にすればいいのかわからなくなる。久しぶりか?それとも今日こそ君に告白するか?またはいまの生活はどう?なのか。
ああ、くそっ。悩んで、悩んで、悩んじまう俺はとっさに思い付いたことをしゃべってしまう。
「よかったら、このワインを飲まないか? ビールが苦手な俺はこういうなめらかな口溶けが好きでな」
「君さ、普通はそこは久しぶり?と訊くと思うよ」
なんでジト目だい、君は。
おい、あとそこのエロ人共。なに頭に手を当ててあーあ、と嘆いているんだよ、こんちくしょう。さらに成り行きを見守っていた連中もため息とかつかないでくれよ。これが俺の精一杯なんだからなっ。
葛藤していると眼下の彼女はくすりと微笑んだ。
「じゃ、君のおすすめを飲ませてもらうね?」
「ああ……」
「それとさ、君にはここ数年分の愚痴を吐かせてもらうから覚悟して聞いてよ?」
「そういうのはまた後で聞かせてもらうからな」
「うん、絶対だからね?」
去っていく彼女の後ろ姿はどこか嬉しそうだ。
はぁ…… どんな愚痴を聞かされるのやら。
苦笑した俺は近い内に胸に秘めた十年分の想いを告げなければならないことを確信して、彼女のためにおすすめのワインを店員に頼むことにした。