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鯨の空  作者: 藤原(の)コウト
幼吸血鬼ヴィヨンドの受難
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二つの呪い


「昨日、俺はヴィヨンドの救出には可能性があると言った。その根拠を今から説明しよう」


 早朝。

 ぼくらはマクヴィルの背中で一夜明かし、そのテントの中で作戦会議を始めた。


「まず、呪いというものを再認識しておこう。基本的なことは知ってるか?」

「はい。古代の魔女が発見した、最も原始的な〝神秘〟です」

「魔女の使い魔の狼と人間が(つが)った結果が人狼、っつう伝説もあるな。何にせよ大昔の出来事だ、真実は誰も知らん」

「そうだ、誰も知らない。この時代、いくつかの古い魔女や『鯨乗り』でもなければ呪いなんて研究しない。今はもっと効率的な魔術なんていくらでもある。だから厄介なんだ」


 呪いは忘れられた技術だ。書類を活版印刷で()るより、コピー機で大量に印刷した方が早い。そういう技術の進歩と共に、徐々に消えていったものの一つだ。

 そのせいで、誰も呪いの対処方法を知らない。目的は一緒でも、それに到達するメカニズムが全く違うからだ。魔術の王を名乗る異世界のあの老人も、呪いについてはほとんど無知と言っていい。


「加えて、ヴィヨンドはまだ若い。呪いが普及していた時代を知らない。そこの所を、かのヴァンパイア・ハンターはうまく突いたのだろう」


 自分に掛けられたものが魔術ではないとヴィヨンドもすぐに気づいた。自力で解除はできない、と悟った彼女は、術者を殺して呪いを解こうと試みた。だがそれも失敗した。


「なぜなら、『不治(ふち)』の呪いは術者ではなく、掛けられた相手の魔力を食う呪術だから。つまり魔力が切れれば消えるものだが、そもそも魔力で存在を維持している吸血鬼にはそれは出来ない」


 傷を高速で癒す、蝙蝠に体を変える、霧に変身する。数ある亜人の中でも、これほど自らの形を変化させる種はいない。自由度が高い、言い換えれば体の構成が不安定な彼らを、崩壊させずに繫ぎ止めているのは間違いなく魔力だ。その魔力を奪われるとなると、吸血鬼にとっては痛手になる。


「だから彼女は、別の手段を取った」


 それがヴィヨンドに掛けられた、()()()()()()()。彼女が(おさな)吸血鬼と呼ばれる所以(ゆえん)


「『成長不可』。言わば、正負を問わず()()()()()()()()()()呪いだ」


 全ての変化――成長も進化も、老衰も怪我も何もかも――呪いでさえも。

 それは、拒絶する。


「自らが自由に行動するために封じ込めていたそれを、ヴィヨンドは解き放った。彼女の努力によりすでに弱体化されていた『成長不可』は、『不治』を完全に消し去ることはできなかったものの、抵抗の余地は生み出した。いくばくかの余命だが、生き長らえることには成功した――」


 それが可能性。ヴィヨンドが自分の力で掴み取り、ぼくらが握った希望の断片。


「そして俺は『鯨乗り』だ。かつての魔女ほどではないが、一端(いっぱし)の呪いの知識は備えているつもりでいる。鯨に乗るために蓄えた知識だが、こうして借りを返すのにも使えるだろう」


 そう言ってリドさんは微笑んだ。ミサキさんとよく似た、優しく頼り甲斐のある笑みだった。


「では、行こうか。ヴィヨンドを救おう」

「はい!」


 ぼくらはテントを後にした。これで全部終わる。そんな期待を胸に抱いて。

 この時、鯨が『ある存在』の接近に気づいていたことも――知らないで。



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