九月二十日(月)
「あ、藍川? な、なんでお前学校にいるんだ?」
久しぶりに学校に行ってみると、例のチンピラ共が俺を化け物でも見るような目で見ていた。まあ普通そう思うわな。あんだけボコボコにやられたのにまるで無傷だもんな。
クラスメートの大半は何があったか知らないので、態度が激変したチンピラ共に奇異な目を向けている。となると近くにいる俺にも視線が降り注ぐわけだが、うーむ。未だにこれには慣れない。これからよくなってくるんだろうか? このままでも別にいいか。
だが、このチンピラ連中が俺にこんな怯えた視線を向けるのは少し新鮮で、ついからかいたくなってしまった。
「学生が学校にいるのは当然だろ? それとも俺がここにいて、何か不都合でも?」
「あ、い、いや……」
「そういやお前進学希望だっけ? いやあ真面目だなぁ、そんな真面目なやつがリンチに参加したのとかバレたら、果たして進学できるのかどうか見ものだよなあ?」
俺はできる限り嫌な顔で笑う。
連中の青ざめた顔を見るのは、なんとも心がすくようだった。
「ただいまー」
「あ、おかえり。光」
家に帰ると、母さんと玄関で鉢合わせした。これから仕事だろうか。
「まあね。なかなか忙しいのよ。休んだ分も取り返さないと」
「って、たった二日じゃん。むしろもっと休んだ方がいいんじゃないの?」
「そういうわけにはいかないのよ。親ってやつはね」
「そう言われるとこっちは反論できないんだけど……」
「あはは。あ、そうそう。今日のご飯はシチューだから。お腹いっぱい食べな」
じゃねー、と母さんは軽快に去っていった。そのままスキップでもしそうなくらいだ。そんなに嬉しいことなんだろうか。息子に彼女ができるのって。紹介してもないのに、なんであんなに喜べるんだろう。
それとも、それが親ってやつなんだろうか。その真意を理解するのには、まだ少し掛かりそうだった。
「さてと、じゃあ行くかな」
部屋に学校の荷物を適当に置くと、俺は机の上の小さな鍵を手に取った。そのまま部屋を出る前に、ふと思い立って引き出しを開ける。
「……今見りゃすっげー恥ずいなこれ……」
クリアファイルに閉じ込めた手紙。いつかこれを書き直して、母さんの前で読む日が来るんだろうか。来るとしてもまだ先のことか。俺は引き出しを閉じて、今度こそ外に出た。
「ふんふーん」
上機嫌でまたがるのは、昨日買ったばかりのマウンテンバイクだ。軽くてスピードが出る、今までのバイト代ほとんど使って買った高級品。だからこそ学校に乗っていくのは何となく抵抗があるのだが、今から行く場所ではそんな心配はしなくていい。
どうせ俺とあいつ以外誰もいない。いや、利口ぶって話す猫はいるけど。あいつはカウントしなくてもいいだろう。
自転車に乗って風を受けるのも、悪くない刺激だ。何より歩くよりずっと速い。あっという間に俺は山道まで辿り着く。それを抱えたままで石段を登る。
あの妙な緑の光線、どうも傷を治すだけでなく身体能力を増強させる効果まであったようで、あれから随分体が楽だ。長いはずの石段も短く感じる。ふふん、まるで強くなったみたいだぜ。
石段の果て。山道の頂上。そこには俺を待ち構えていたように、例の黒猫が行儀よく座っていた。いつものいい声でやつは鳴く。
「元気そうで何よりだ、少年」
「おかげさまで、神様」
「ぶふっ!?」
なにげなく返した言葉のつもりだったが、黒猫は想定していなかったらしい。挨拶を終えて通り過ぎようとする俺を必死に引き止めてくる。
「ま、待て藍川光! なぜ君がそれを知っている!?」
「ん? ああ、半分はただの勘だよ。いくら連中でも、喋ったり心読んだり夢の世界に招待したりできる猫なんか作れねーだろ、って。違ったか?」
「い、いや。合っている。合っているからこそ困惑しているのだ……」
どうやら本当に慌てているらしい黒猫に、俺は足を止めてフォローを始めた。
「それに、家とか母さんが無事なのもあんたのおかげだろ? 何したか知らないけど、今朝のニュースであいつら捕まったって言ってたし」
「………………」
黒猫は俯いたまま何も言わなくなってしまった。なんだろう、もしかして影から人間を助けるのが神様の本分だと思ってんのか? それがバレて恥ずかしいんだろうか。
「ま、あんだけヒントもらえりゃ誰でも分かるって。じゃ、俺急いでるから」
「あ、ああ……」
その後も「あんなことを言わなければ……」とか、「神としての威厳が……」とか、黒猫はいじらしいことを言っていた。これまで何度も驚かされた礼だ。
「ん」
今にも崩れそうな神社に向かう途中、短い参道の半ばに突き刺さった未確認飛行物体の残骸を見た。いつ見てもアンバランスでシュールな光景だ。
「……ま、もう俺にゃ関係ねえか」
その横を通り過ぎ、閉じられた扉の前に立つ。それを開く前に、俺は深呼吸した。
今日はあいつと彼氏彼女の関係になってから、初めての日。最初の挨拶で失敗しないように、俺は家と学校で何度もシュミレーションしてきた。だから大丈夫。
よし、行ける。俺は扉をノックして、勢いよく開いた。
「まっ、愛奈! 今日も愛してるぞ!」
「ふわぁああああああっ!? わ、私もーっ!」
間違えた! わざとだけど! だが即座に反撃するとは、腕を上げたな愛奈!
照れ隠しの歯の浮くようなセリフ。まだ慣れない名前呼び。彼氏と彼女。その全てが新鮮で、たぶん俺はこれからも間違える。
でももう一人じゃない。俺には愛奈がいる。母さんがいる。黒猫だっている。俺が何かを間違えたとしても、彼らが俺を助けてくれる。俺には大事な仲間がいる。
俺は世界で一番幸せだ。そうだろ?




