九月十九日(日) 3
『コード1234の搭乗を確認。ハッチ封鎖します』
そんな合成音と共に乗り込んできたハッチが閉まる。言語はあのわけの分からない〇〇とか△△△ではなく日本語で、俺に合わせているつもりなのかもしれなかった。無駄な気遣いだ。
「今までの潜入調査、ご苦労だった。コード1234」
真っ白で遠近感のない、あの夢の世界にも似たUFO内で、青白く細長いものが俺にそう言った。これが宇宙人か? 目がどこにあるのかも分かりゃしない。
「そりゃドーモ。あと俺はコード1234じゃなくて藍川光だ」
「それは代理の親につけられた名前だろう? 代理の親がお前をそう呼んでいただけだ。お前の真の親は我々だ。だから我々は我々の呼び名でお前を呼称する」
「……そうかよ」
「それにまだ任務中だ。コードが廃棄されたわけではない」
「任務中? これ以上まだ何かしろってか?」
「ああ、記憶の摘出と保存が完了していない」
と言って、白くて長い……めんどくせえな。棒でいいや。棒人間が何やらごちゃごちゃした椅子っぽいものを指さした。指に当たるのがどの突起だか分からんが。
しかし、摘出? そりゃどういうことだ。
「脳を頭蓋骨から取り出し、記憶を抜き出して保存した後に戻す。その後は体ごと冷凍保存して我々の母星まで連れ帰るのだ」
ああ、なるほど。さっきからチラチラ見えてた、後ろに並んだカプセルにぷかぷか浮かんでるのって全部同胞か。
「その後は?」
「お前の体を母星まで連れ帰った後か?」
「違う。その後の記憶はどうなる」
単純な疑問だった。いくらこいつらの技術が素晴らしかろうが、脳を取り出して電極ブッ刺すなんて手荒な真似すればどうなるのか、聞いておきたかった。
返ってきた言葉は淡々としていた。
「すべて消える。当たり前だろう」
排出か。ああそうか。それもそうだよな。
「そういや聞いてなかった」
俺はさらに質問を続ける。棒人間はとっとと仕事に戻りたそうだが、無視する。
「まだ何か質問か?」
「あと一個だよ。そんくらい許せ」
「早くしろ」
「そう、それだ」
棒人間が首を傾げる。例によってどこが首だか以下略だが、そんな風の動作をした。
「急に任務が終わった理由だよ。なんでそんなに急いでんだ? それが知りたい」
「そのことか」
棒人間は何の口調も変えずに言う。
まるでそれがよくあることのように。そっけなく、あっけなく。信じられない一言を放つ。
「戦争だよ」
「…………」
俺が黙っていると、棒人間は勝手に続けた。
「我々は高度に発達した科学技術を有した宇宙随一の存在ではあるが、およそ百年前、四千光年先の□□星人が我々の星に愚かにも宣戦布告をしてきたのだ。やつらは技術力では我々に遥か遠く劣るが、なにぶん野蛮な戦闘行為が得意な連中で、我々も手を焼いていた。技術の発展のせいで我々自身の体躯も生物としては脆弱なほど退化しており、それも苦戦の一因だった」
そこで、だ。棒人間はいいアイデアを自慢するように言う。
「地球に派遣した地球観測用現地生命体類似型生体インターフェイスを、戦線に導入しようという案が議会で考案され、可決されたのだ。地球人の肉体であれば前線での進軍にも耐えられるだろう、という議会の考えだ。どの道脳を摘出すれば記憶の制御にもそうコストは掛からん。我々のためだけに働く理想の兵士というわけだ」
「…………ちなみに、俺はほら、こんな具合に大怪我負ってるわけだけど。そういう場合はどうなんだ? 怪我が治るまで地球で待機とか?」
「心配はいらん。その程度ならこれで治る」
棒人間は何か銃のようなものを取り出したかと思うと、俺に照準を当ててゆっくり動かし始めた。爪先から頭まで、緑色の光がバーコードでも読み取るようにくまなく走査する。
その光が走った先から痛みが消えていく。傷口が塞がる感触がする。新感覚で気持ちが悪いが、その内松葉杖なしでも立てるくらいに回復した。うわ、すげえ。
「人間の体構造は簡素だ。元は△△△の損傷部位を復元するための道具だが、これでも十分だ」
もう質問は終わりだろう。棒人間が俺を急かす。早く椅子に座れ。
「あー、うん。確かにもう聞きたいことはないし、知りたいことは知ったし、まさか治療までしてもらえるとは思ってなかったから十分過ぎるくらいだけど……」
「コード1234。もう待てんぞ。早く摘出作業を始めさせろ」
睨むような〝視線〟を感じる。ああ、やっぱこいつらだったんだな。空から俺を見てたのは。
だけど今さらそんなのにビビる俺じゃない。あの金髪の空っぽな瞳の方が、何百倍も怖かった。
「まあまあ聞けって。これで本当に最後だからさ」
「コード1234!」
「その名で俺を呼ぶんじゃねえ!」
一閃、一突き。
手にした松葉杖を槍のように振って、俺は棒人間の体を貫いた。奇妙な手応えが腕に伝わる。
「な……?」
棒人間は自分の体から生えたそれを不思議そうに眺めて、呆然としていた。俺はより深く松葉杖を突き刺して、棒人間の顔らしき場所に口を近づけた。
「いいか、俺は藍川光だ。コード1234なんてわけの分からねえ名前じゃねえ。母さんがつけてくれた名前だけが、俺の本当の名前だ」
「貴、様? 何を……?」
「まだ分かんねえのか親気取り。反抗期だよ。子供は親に反抗するもんだろうが」
未だ状況が飲み込めないように微動だにしない棒人間に、俺はそう宣言した。反抗期。まあ別に、俺はこいつのこと親となんか思っちゃいねえけど。
「俺の記憶をてめえらになんかくれてやるか。その価値も分かんねえようなやつらに渡してたまるか! これは俺のもんだ。他の誰にも奪わせねえ、俺だけの大切なもんだ!」
「コード1234……!」
「挙げ句なんだ? 戦争だぁ? 知らねえよそんなこと。どっか遠くで勝手にやって勝手に死ねよ。俺を、地球を巻き込むんじゃねえ! てめえらの失敗を俺たちに尻拭いさせんじゃねえ! 高度な技術? 宇宙随一の存在? ふざけんな。てめえらが手中に収めてるつもりの宇宙がどれだけ狭めぇかすら把握してない連中が、俺に、地球人に勝てると思ってんなら、そりゃただの救えねえ大馬鹿野郎だ!!」
「親である我々に反逆するか、コード1234!」
「誰が俺の親だって!?」
突き刺した松葉杖を横に振るい、棒人間の脆い体を切断する。白い破片がUFO内に飛び散った。
「俺の親は母さんと父さんだ! 決してお前らみたいな馬鹿野郎共じゃない!」
「だ、が、その体を作ったのは、我々だ……!」
「そうかもな。それでも俺は違うと言うぞ」
体は確かに偽物かもしれない。宇宙人に用意された肉の塊。いくら人間と同じように見えていても、根本的なところでは偽物でしかない。
だけど心は違う。そこまでこいつらは踏み込めない。踏み込ませない。
俺が母さんからもらったのは、本物だ。寂しい。嬉しい。悲しい。楽しい――恋しい。
「人間作るなんざ人間だってできるんだ。でも心までは作れない」
いくらDNAが解析されてクローンが作れる時代になっても、自分で考えて動作するAIが発展しても、人間の心の機微を再現するなんてできっこない。
それだけ複雑で、繊細で、入り組んでいて、手出しできないのが人間だ。それを真似ようだなんて迂闊な考えが、そもそもこいつらの間違いだった。
「俺は帰らない。お前らには従わない。俺は地球で生きる」
「生み出した恩を……!」
「生んでくれてありがとう。おかげで素敵な人生だった。これからはたぶん、もっと素敵なものになる」
ああ。俺は確かにあの神社まで、終わるためにやってきた。さよならをするためにやってきた。
だけど終わりっぱなしでいるつもりはさらさらねえんだ。別れ際にさよならを言うのは、互いに手を振り合うのは、またどこかで再開するためだ。
宇宙人が素性を隠して地球に潜入しているなんて馬鹿げた夢から覚めて、俺は俺の人生を歩み始める。これまでに終わりを告げて、これからに向かうために、俺はここで決着をつける。
棒人間が触手を伸ばしかけた銃を叩き潰す。依然として表情は分からないが、たぶん悔しそうな顔をしていた。
「さよならだ宇宙人。俺には待ってる人がいるんだ」
「ま、て……!」
俺はその言葉を無視して、手当たり次第松葉杖で殴りまくった。コントロールパネルみたいなやつも、ごちゃごちゃ機械がくっついた椅子も、コールドスリープのカプセルも、全部ぶっ壊した。その時にどこかのボタンをついでに押したらしく、ハッチが開く音がした。
もう何も言うことはない。もう何も未練はない。俺はただハッチの手すりに手をかけて、不気味な白い空間から慣れ親しんだ外に――春原のいる神社へと戻った。
夕焼けが目に染みる。あんな真っ白な場所にずっといりゃ気がまいっちまう。やっぱり俺は、このオレンジ色が好きだ。
春原との別れはいつも夕焼けだった。でも今日だけは違う。
「ひ、光くん……?」
「ただいま」
俺は突っ立っていた春原に向かって、ただその一言だけを告げる。それだけでいい。他には何もいらない。
俺の青春はそこで終わり。
ここから、始まる。




