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鯨の空  作者: 藤原(の)コウト
七日間天体観測
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九月十四日(火) 1

『これじゃねえよ! なんで店員のくせにタバコの番号覚えてねえんだ!』


 すいません。


藍川(あいかわ)君、君やる気あるの? 二ヶ月もレジやってるのに、要領悪いねえ』


 すいません。


『早くしろよ! こっちは急いでんだよ!』


 すいません。


『君何回怒られれば気が済むの? 前にもここ気をつけろって言ったよね?』


 すいません。


『何で年齢確認しなきゃなんねーんだ! 見りゃ分かるだろ年齢くらい!』


 すいません。


『そんな言葉で謝る気あるの? もっと誠意を込めてさあ』


 すいません。

 すいません。

 すいませんね、俺これしか謝る方法知らないもんで。


「……最悪の夢だな……」


 昨日のバイトで言われた言葉が総動員して、寝てる間にまでやってきた。最悪の目覚めだ。頭痛までする気がする。顔洗ったら治ったが。


 さて、二日目だ。火曜日。昨日夜に雨でも降ったのか、路面が結構()れていた。「うへえ」とは思うが学生なので学校は変わらずある。いつも通り、駅まで歩いて電車乗ってそこから歩いて校門くぐって朝のHR受けて授業受けて昼飯食って残りの授業受けて、あっという間に帰りのHR。

 担任の投げやりな「不審者出たから注意な」を聞き流して帰りの準備をしていると、


「よーお藍川ぁ。ちょっとツラ貸してくんね?」

「ちな、断る権利、ねーから!」「さっさとしろよぉ?」

「…………」


 俺はそれとなく教室中を見渡してみた。こいつらの声は無駄にデカいから全員聞こえてるはずだけど、誰も俺の方を見るやつなんていなかった。ま、クラスの目立たない根暗より、放課後のスタバのメニューの方が大事だわな。卒業式の寄せ書きにはイチオシのドリンクでも書いてくれよ。それだきゃ一生口にしねーから。


「よそ見してんなよ、藍川ぁ」

「……何か用?」

「言っただろ、昨日」


 金か。俺が無言で財布を取り出すと、途端に下卑た目を連中はした。顔見てないから予想だけど。俺はそれを地面に落として言った。


「そんなに欲しいなら財布ごとくれてやるよ」


 どうせ数百円しか入ってねえけど。それでも俺の時給くらいはあるんだぜ? こいつらにはもったいないくらいだ。

 だがそこは猿、金の価値など正しく理解していないらしく、目つきを変えて俺を(にら)みつけてきた。顔は見てないけど、そうするだろうと思った。


「……どういうつもりだ、藍川ぁ」

「言った通りだよ。俺はちょっと忙しいから。それでコンビニでおにぎりでも買って食いなよ」


 忙しいのは嘘じゃない。だから俺はそそくさと荷物をまとめたんだけど、バッグ乗せた机ごと蹴っ飛ばされた。これにはさすがにクラスの連中も驚いたらしく、教室は静寂に包まれた。空からじゃない人の視線が痛い。ちょっと調子乗りすぎたかもしれない。


「ふざけてんのかてめえ!」


 声がデカい。襟首(えりくび)を掴まれた。苦しい。何すんだ。声が出ない。顔が近え。ニキビだらけの汚え面寄せんじゃねえ。そう言える度胸があったらいいのにな。


「っ!」

「来い! 逃げんじゃねえぞ!」


 突き飛ばしといてそれはねえだろ。どうせ殴るくせに場所なんて気にしてんじゃねえよ。まあ、ここから逃げ帰る度胸も体力もないから、忘れないように荷物持って大人しくついていくだけだけど。


 去り際、俺はもう一度教室を振り返った。

 ああ、くそ。

 そんな顔するくらいなら見るんじゃねえ、馬鹿野郎共。





「てめえ次舐めた真似しやがったら覚悟しとけよ!」


 結局ボコボコにされたし、なけなしの数百円も持ってかれた。


「……痛え」

 あいつら最近になって余計ひどくなったな。三年だから受験だのうんぬんでストレス多いのかね。それを俺にぶつけんなよ。知らねえよ。俺が悪いんじゃねえよ。

 ……それ、全部宇宙人のせいにしてる俺も一緒だな。

 あいつらと同類。そんな気づきに腹を殴られた時より気持ち悪くなった。


 まあ、酸素吸って二酸化炭素吐くって意味なら確かに同類だ。同じホモサピエンスだし、哺乳類だし、宇宙船地球号のメンバーだ。同じ方舟で運命共にしてるんだ。言わば運命共同体。そしてその昔、人類はみんな兄弟だって神様は言ったらしい。仲良く手を取り合って、ハッピーに行こうぜ。そう言ったらしい。


「違うだろ」


 ふざけんなよ。

 何が一緒だ。俺はあんなやつとは違う。同類じゃない。たとえ宇宙人が俺とあいつらを横に並べて解剖して、それで少しの違いを認められなかったとしても、俺とあいつらは絶対に違う。

 合理的じゃない。論理的じゃない。生物学的じゃない。哲学的じゃない。エゴでいい。感情的でいい。破綻してていい。それでも俺はあいつらと同類になんてなりたくない。


「違うだろ……」


 体育倉庫裏、太陽の当たらないじめじめした地面に大の字で横たわったまま、俺は悔し涙を流していた。何で俺はこんなに弱いんだろうな。何であいつらは俺ばっか狙い撃ちするんだろうな。

 弱肉強食。つまんねえ言葉だ。シマウマだってたまにはライオン食ってみたいだろ。でもそこには圧倒的な壁がある。埋められない溝がある。そこを越えようとしたやつからこんな目に合う。食われちまう。


「くそ、くそ、ちくしょう……」


 今まで抑圧した感情を垂れ流すように、涙は意思に反して止まらなかった。ここが誰も来ない場所でよかった。俺はまぶたが腫れるまで情けなく泣いていた。

 俺はこんな顔を母さんには見せられないから、電車をいつもより一本遅らせて帰った。


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