決着をつけろ、バンクロバー
「そっちだ! 次の角右! いや左ィ! どっちだっけ!」
「僕は知りませんよ!?」
街にはいつの間にか誰一人いなくなっていた。そりゃそうか。あんだけ派手に暴れてりゃ何も言わなくたって逃げるよな。
正直、誰もいなくて助かった。こっちは周りを気にする余裕がねえし、あっちはそもそもそんなこと気にしねえ。巻き添えで何人も死んだとかだったら後味悪いし、この街の住民の危機意識に感謝するばかりだ。
「(だからっつって、私がピンチなのは変わんねえんだよなぁ……ッ!)」
パワードスーツ、親父は未だに私を追ってくる。今まで何発ミサイル撃たれたのか分かんねえくらい撃たれて、その度どうにか生き残った。でも逃げてるだけじゃ何にもならねえ。
だから私は、「川口組」の事務所を目指していた。正確には、そこにまだ残ってるであろう警察の装備を。
武器が心許ないなら増やしゃいいんだ。シンプルだろ?
「(それにC4だって当たんなきゃ意味がねえ。確実に当てられる状況に持ち込みたい!)」
やることは基本、あの銀行でパワードスーツ撤退させた時と同じだ。だがあん時は狭い金庫の中にヤツがいたから当てられたが、今は違う。なら当然対策も違う。
「(まずはヤツの足を狙って動きを止めて……なんか知らんが凹んでる左手目掛けてC4、って感じでいいのか?)」
一番弱そうなとこだしな。弱みにつけ込むのはセオリーだ。ギャンブルじゃねえ。つまり私でも勝てる。なんか行ける気がしてきたな。
「オラもっとスピード出せえ! あそこに着くまでに追いつかれたらもう終わりだぞ!」
「じゃあもっと正確なナビして下さいよ! 追いつかれる以前にたどり着けない可能性もありますからね!?」
「うるせえ屁理屈こねんな! 黙って運転してろ次の角左!」
「屁理屈じゃないですよ!」
「間違った右! Uターン!」
「無茶言わないで下さい!!」
そんなこんなで余計な時間を食ったが(あと余計なピンチ)、ようやく見覚えのある道まで戻ってきた。後はこっから左に曲がれば……ああ!?
「うわっ!」
運転手が急ブレーキを踏む。「何すんだ」と文句を言う暇もない。なぜなら人が飛び出してきやがったからだ。
「何ボサッとしてんだ死ぬ気かボケ!」
「チンピラはどいつもこいつも同じような口調だな……」
私はそこで気づく。轢きかけたのはあのチビだということに。あの憎たらしい顔が私を憐れむような目で見ていた。
「……運転手ゥ、テメエ名前何だ」
「えっ? ぼ、僕は町宮ですけど……」
「町宮ァ、あいつ轢け」
「ええっ!?」
町宮は冴えない顔でこっちを見る。お前がやんなきゃ私がやるだけだから別にいいぜぇ? ところでどっちがアクセルだァ?
「あ、赤荻さん」
「んだよ花崎ちゃん」
「ちゃ、ちゃん……? あ、その、ひ、人轢くのは駄目ですよ? あと、あのデッカいのもこっち来てるし、そんなことしてる場合じゃないって言うかっ」
「んなこた分かってんだよ冗談だ冗談ンンン! 何でもかんでも本気に取ってると馬鹿にされっぞ女子高生!! 今みたいになァ!!」
「ひゃいいっ! ごめんなさぁいっ!」
「民間人を脅すな罪状増やすぞ。こちらもどうやってお前に合流するか悩んでいたところだ、丁度いい」
勝手にチビが乗り込んできた。許してねえぞ。降りろ。
「ああ、姐さん……無事でよかった……」
「貴方がネーサンさんですか。始めまして」
知らん少女が助手席に座り、Kが無理矢理私の隣に乗り込んできた。邪魔だ。狭い。
「K」
「はい何でしょう!」
「お前は下だ。私に踏まれてろ」
「喜んで! ……あれ? それだとおれこいつにも踏まれるんじゃ……?」
後部座席の三人がKを踏み台にしたところで、車は再発進した。花崎ちゃんだけがKに気を使って足を浮かせている。優しいこった。私とチビは思う存分体重を乗せているが。
しかし無駄な手間を取られたせいで武器が調達できなかった。全部このチビのせいだ。うわ横顔良っ。
「細かい話は省くが、お前を自爆吶喊させることにした」
「省きすぎだろ殺すぞテメエ」
「……要は貴様が背負っている爆弾をあいつに当てるということだ。というわけで早く脱げ」
「自分じゃ脱げねえんだよテメエがそうしてんだろおおん?」
「偉そうに言うことか」
全く、とチビがスイッチを押すと、はらりと着ぐるみがほどけるように落ちた。背中部分だけ重い音がする。
そして中身の私は下着姿だった。
「…………公然猥褻罪」
「テメエが替えの服このふざけた着ぐるみしか用意しなかったせいだろうが!! 私は悪くねえからな!」
私は真っ当に訴える。私は悪くないぞ。絶対に悪くないからな!
「うわ……」
「引き締まったいい体ですね。戦闘向きです」
「お、おっぱい大きいっ……」
「姐さん!? 姐さんに何が!? くそぉ見えない足をどけて下さい姐さぁん!!」
「黙ってろ馬鹿! テメエらも見てんじゃねえ!」
Kみてえにオープンだったらこっちも吹っ切れるのに、町宮とか花崎ちゃんみてえにもじもじされるとこっちまで恥ずかしくなる! そんであの白い女は何なんだ! 誰だ!
「ストーカーと痴女か。性犯罪者同士お似合いなんじゃないか?」
「誰がストーカーだこの野郎! …………マジで誰のことだ?」
「薄汚い口を閉じろ犯罪者。ほれ、どうやらお出ましのようだぞ」
「あん?」
首を傾げた直後、真横の壁が爆散した。理由は言うまでもない。クソ親父だ。爆風に煽られた車は横転しかけたが、何とか持ち直してパワードスーツから距離を取る。
「っぶねえ! ちくしょう、もう追いついてきやがったか!」
「運転手! 民間人に協力を要請するのは本来恥だが非常時だ! 後で表彰でも何でもしてやるから今はとにかくヤツから逃げろ!」
「わ、分かりました! 皆さんシートベルトはして下さいね!」
「姐さん! おれをシートベルトの代わりに縛って下さい! うんとキツくお願いします!」
「五月蝿いぞ足置き。気色悪いから黙っていろ」
「ぐわああああ締め付けぇ! こ、これも姐さんからの愛と思えばぁ……っ!」
「お前はもうちょっと自分の欲望を抑えろよ! どういう状況か分かってんのかテメエ!」
「あ、あれ? 今って結構ピンチなんじゃなかったでしたっけっ? なんで皆さんそんなに余裕なんです?」
「極東の人たちは面白いですね。教会の人たちとはまた違って個性的でいらっしゃいます」
どいつもこいつも好き放題くっちゃべってんじゃねえ! 私は額に浮かぶ汗を拭い取り、後ろの窓からパワードスーツの動向を探ろうと身を乗り出し、
その耳元で銃声がした。
「チッ、やはり動く標的には当てにくいな……」
「テメエぶっ放すなら一言言えや! 鼓膜千切れるかと思ったぞ!」
「そうか、撃つぞ」
「おわぁ! 撃ちながら言うな! 熱っつ! 薬莢が膝にぃ!」
「騒がしいカスだな」みてえな目で見てんじゃねえよ! 私が裸同然なのも耳が痛えのも、薬莢に当たったのも全部お前のせいだからなクソチビィ!
「回避行動!」
「は、はいっ!」
チビの指示に町宮がハンドルを切り、RPG弾頭を避ける。普段から偉そうにしてるせいか、人に命令するのに躊躇がない。これだから警察は嫌いなんだ。
「赤荻美希、貴様も撃て。そこの民間人、このイヤーマフを着けておけ。幾分かは楽になるぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「こんな大口径の銃撃ったことねえよ……」
渋々ながらも銃を受け取る。口径がデカいとは言え所詮ピストルだ。この程度で親父を止められるとは思わねえが、まあないよりマシだろ。
「痛っ! やっぱ反動エグいなこれ……」
手首にじんわりと響く痛みに耐えつつ、私は二発目を撃つために銃を構え……うおお!?
「さて」
「さてじゃねえそれ対物ライフルか!? なんつーモン取り出してんだこの野郎!」
「気が散る。黙れ」
ガオン! みたいな、銃声と言うよりもはや爆発音に近い轟音が耳をつんざいた。とんでもない反動で手首どころか車ごと揺れる。エアバックが作動してもおかしくないくらいの衝撃だ。
「よし、命中だ」
「お前マジか!? それともとっくに頭イッてんのかァ!? ここ車の中だぞ!」
「いちいち五月蝿いカスだ、ほれ排莢」
「熱ゥ!! もうほぼ拷問だろこれ!」
ライフルの薬莢ってこんなにデカくて熱いのな! 嫁入り前だってのに生傷が際限なく増えてくぜちくしょうが!
「回避行動! 右!」
「了解です!」
いつの間にか町宮とチビは本物の上官と部下みたくなっていた。
「……し、締め付けが、息が、く、苦し……」
いつの間にかKは死体になりかけていた。どうでもいいな。
「待て、あいつ……」
チビが唐突に険しい目つきをする。私もヤツに視線を合わせると、パワードスーツの腕が変形しているところだった……べ、米軍の技術ってヤベえんだな……。
「対物ライフル……」
形が変わった腕を見て、チビが焦ったような声を上げる。右腕にあったRPGの面影は消え、物々しく巨大な銃身が姿を表した。
「来る! 回避行動!」
「はい!」
時間にして一秒足らず、だが濃密な一瞬だった。拳よりデカい銃弾が頭上スレスレを通り、車の屋根を根こそぎ持っていった。後に残ったのは見渡しがよくなったボロ車だ。
「なあ……っ!」
だが真にヤベえのはその破壊力じゃない。それだけならRPGの方が優秀だ。
問題は連射速度の方だ。一発一発装填し直さないといけないRPGに比べて、一度に何十発かマガジンに入れておけるライフルの方が、圧倒的にペースが早い!
「赤荻美希、右腕を狙え!」
「もうやってるけど当たんねえよ! 私はお前らと違って訓練受けた兵士じゃねえんだ!」
二発目。三発目。徐々にパワードスーツの狙いが正確になっていく。次は当たる。そんな予感が確かにした。
「回避行ど――」
着弾。ただし直撃じゃない。後輪近くの地面に当たり、衝撃と巻き上がった破片で車体が浮き上がった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
スピードの乗った車体は制御が効かずスピンし始め、エアバックのせいでハンドルも動かなくなった。徐々に速度も落ち、道の真ん中でついに止まる。
パワードスーツが近づいてくる。
「終わった! 完全に死んだ! ちくしょうこんなことなら競馬で一山当てとくんだった!」
「不可能なことを言うな! それに、まだ終わりではない!」
「ああん!? じゃあどうにかしてみろよ! その成長期の体でどうにかできるもんならなぁ!」
「俺様は三十超えだと言っているだろうがこのカス! いいからとっとと車から降りろ! C4は忘れるなよ!」
その言葉に全員一斉に車から飛び出す。直後にライフル弾がガソリンタンクを貫き、ハイエースは大爆発を起こした。地肌に直接熱が染みる。
「柿塚景! 民間人を保護! 赤荻美希! C4起爆の準備をしろ!」
「わたしは何をすれば?」
「タイミングを見計らえ。対吸血鬼用の武器を持っているのはお前だけだ」
「つうかよ、起爆っつったってまずはあいつの動き止めねーとだろ! 私銃車ん中置いてきちまったぞ!」
「それについては問題ない」
チビはいやに自信満々だ。やせ我慢も警察の必須科目なのか? それにしては妙に確信的だ。
チビは無線機のスイッチを入れる。今更誰に連絡取ろうってんだ?
「全員、一斉射撃!」
「なぁっ!?」
そりゃそうか、上司が命令すんのは部下だよな! 路地裏やビルの屋上に始まり、街路樹の影まで至るところから警察が射撃を始めた。だがいつの間にこんな大仰な包囲網を敷いていたんだ? こっそりついてきてたとしてもありえないくらいの速さだぞ。
「捕獲用ネット用意! 発射!」
ぶっといワイヤーでできたネットがパワードスーツに覆いかぶさる。あの程度じゃすぐに抜け出されちまうだろうが、それを阻むように正確無比な銃撃が襲う。本当に訓練した連中ってのは、こんなに怖え存在だったのか……!
こんなに用意周到なこいつのやることだ、これまでの逃避行も計算づくめのモンだったんだろう。あらかじめ包囲網を形成しておいて、そこに誘導したんだ。抜け目ねえ。
「再生する間を与えるな! 装甲の薄い関節に攻撃を集中させろ!」
やることがえげつねえ! その指示に対応できるあいつらもヤベえ! 日本警察ってこんなにおっかないもんだっけ!? どっかの軍事機密パクられた軍隊よりよっぽど洗練されてやがるぞこいつら!
『ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh――――!!』
満足に動けないパワードスーツが、苛立ったように声を上げる。だが警察を撃ち落とそうとして上げた右腕も、即座に反応されて逆襲を食らう。
火薬の匂いと銃声の響き、跳ねる薬莢と漂う硝煙。まるで日本じゃねえみたいだ。そもそも現実なのかこれ? 壮大な夢オチだったりしねえ? そのくらいぶっ飛んだ光景だった。
『uuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu…………!』
たまらずパワードスーツは防御体勢を取った。主要な関節を手で覆ってこれ以上の負荷を避けようとしている。ここまであいつを追い詰めたんだ。そう呆けていた私の脛を、チビが蹴飛ばした。
「痛え!」
「…………」
チビはただ顎でパワードスーツを示す。あん? はっきり口で言えや。その目が私が抱えてるC4に向いてるのを見て、私はなんとなく察した。
ああ、そうかい。やっと私の出番かよ。
「総員、射撃中止!」
チビが射撃をやめさせた。先程までの音の嵐が嘘のように止む。痛いくらいの静寂が包む。
その中で、私だけがまっすぐ走り出した。突然の出来事に反応できないパワードスーツに、親父に肉薄する。C4を一気に左腕に巻いて、その上を着ぐるみの余りの生地で覆った。
その作業中、ヘルメットの奥で親父と目が合った気がした。
「…………」
『…………』
今更掛ける言葉なんてねえぜ。私は作業を終えると、一目散に背中を向けて逃げ出した。それと同時、パワードスーツがやっと起き上がってネットを引き千切る。もう遅え。
あーちくしょう。いつからこんなことになっちまったんだろうな。私は走りながら思う。こんな面倒なことに巻き込まれるくらいならよ、競馬なんて、ギャンブルなんて、闇金なんて、
「やっぱやめときゃよかったぜ、ってなぁ!」
残骸と化した着ぐるみに仕込まれたキーワードを口にすると、C4に被さっていた布が内側から膨らんだ。それは次の瞬間に大量の光と熱を放ち、強固な装甲に守られていたはずの左腕を容易く爆砕した。
『ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh――!?』
パワードスーツが断末魔のような声を上げる。失った左腕を押さえている。出血すら許さないほどの熱量に襲われ、傷口はむしろ塞がっていた。
「今だ!」
「分かっています!」
私の脇をすり抜け、白髮の少女がパワードスーツに向かって鎖を振り回した。先端についた錘はまるで意志を持っているかのように装甲の隙間に入り込み、内側の生身を容赦なく打ち据えた。
「心臓を捉えました。蘇生は不可能かと」
少女はあっさりと言い、それを裏付けるようにパワードスーツは膝から崩れ落ちた。少女の手に戻ってきた鎖は、黒い血に塗れていた。
「…………」
誰も何も言わなかった。身じろぎさえ。
どうやら、本当に終わったらしい。




