反撃を企むポリスメン
犬屋はぬるま湯に浸かっているような心地いい感覚で目が覚めた。
「…………?」
青空を仰ぐように地面に倒れている。ここで伸びている経緯を思い出そうとするも、寝惚けた脳味噌ではうまく行かない。
「起きましたか」
少女の声で混濁していた意識がはっきりした瞬間、犬屋は飛び起きた。
勢いよく体を起こしたせいか、全身に鋭い痛みが走る。が、それだけが原因ではないと自分の体を見て犬屋は理解する。そこには無数の傷があった。
「RPG弾頭……なぜ俺様は生きている?」
「装甲車越しの被弾ではありましたから。あとは、風避けの結界で爆風を逸らして、避けられなかった細かい破片を除去して、回復術式で傷を癒やしていました。ここは魔力の濃度が薄いので、簡単な術式を編むのにも苦労しますね」
「結界……まあ生きているのであれば今はいいか」
また知らない単語が出てきたが、犬屋はスルーする。ただ現実だけを見る。
「パワードスーツはどうした」
「警察の方たちを蹴散らして、いつの間にかいた赤髪の女性を追って行きましたが……あの方も犬の着ぐるみを着ていましたけど、あれはこちらでの流行りなのですか?」
少女の質問には答えず、事実にだけ焦点を当てる。赤荻美希が目覚めて、パワードスーツはそれを追って移動した。それが起きた事実なら、次に起こりそうなことと、その対処を考えるべきだと犬屋は思う。
「その赤髪はどこに逃げた」
「あちらの方だと記憶しています」
「街の方か……」
まずいな、と犬屋は眉間に皺を寄せる。急発進で無理矢理通した作戦だ、避難などの事前準備はまだ間に合っていないはずだ。このままでは民間人に被害が出てしまう。どころか、既に出ている可能性もある。
「また新しい面倒事をあいつは持ってきやがる……」
「お前が姐さんを巻き込んだんだろ」横から顔を出した柿塚がまた正論を放つ。「爆発音がまだ聞こえるってことは、姐さんもまだ生きてるってことだ。早くしないと助けられないかもしれない」
「俺様が助けるのは市民であって犯罪者ではないのだがな……」
「何だと?」
「何だ?」
二人は数秒睨み合ったが、ここを掘り下げても不毛だ、と素直に引いた。今話し合うべきは、具体的な作戦だ。
「狙うべきは左腕だ。装甲に穴こそ開いていないものの、確実に脆くなっているはずだ。そこを突く」
「でも、そんなのあっちも分かってるよな? 簡単には攻撃させてくれないと思うけど」
「的も小さいですし、どうにか五秒、いえ三秒だけでも動きを止められれば……」
「方針は変わらん」
犬屋は簡潔に言った。
「赤荻美希を囮にして、あのパワードスーツに止めを刺す」
「待てよ!」
柿塚はそれに対して異を唱える。
「何だ?」
「姐さんを囮にしてRPG命中させて、それでパワードスーツ倒せたとしても、姐さんが巻き添えになっちまえば意味ねーじゃねえか! それともお前はまだ犯罪者なら死んでいいなんて思ってんじゃねえだろうな!」
「思っているとも。それに、もうこれ以上の被害は許容できん。ここで確実に仕留めるために、ヤツには犠牲になってもら――」
犬屋がそれを言い終える前に、柿塚は彼の襟首を掴んだ。二人の視線が再び交差する。一人は苛烈に、一人は冷静に。お互いに主張を譲らず見据える。
「……じゃあ、貴様が囮になるか? 俺様はそれでも構わんぞ」
「それで姐さんが助かるんならやってやる。ただ、姐さんの無事は保証しろ」
「保証はできんと言った」
「しろ。じゃなきゃこの手は離せない」
「そこまでです。今は言い争っている場合じゃないでしょう」
譲歩ゼロでぶつかり合う二人の間に、少女が割って入って仲裁する。
「今はとにかく、あのパワードスーツです。あれをどうにかしないことには被害も増えますし、貴方の大事な、その、ネーサンさん? も殺されてしまいます」
「………………」
「ああ、その通りだ。感情を議論に持ち込むな。踊るだけの会議など俺様は御免だからな」
伸びた襟首を綺麗に整えつつ犬屋は言う。確かに感情的になっていたのは柿塚だけだ。しかし、それは譲れないものを譲れなかっただけ。突き通すべき信念を突き通しただけ。
だけど力任せに意見を通そうとするのは子供のやること。柿塚も不本意ながら、「……分かったよ」と同意する。
「でも、姐さんを囮にするのは反対だ。何か別の手はないのか」
「単にあの鎧の注意を引くというのであれば、先程の一斉射撃でも十分なのでは? 再生するとは言え、丸っきり無視はできないでしょうし」
「それもまたいい案だ。だが、二択ではまだ足りん。万全を期すなら十や二十の策は欲しいところだが……せめて、あと一つは用意しておきたいな」
どうするか、と犬屋は考え始めた。その姿に少女はある男を思い出す。
「(サンジェ……)」
彼もまた、犬屋と同じように用意周到な男だった。憎き吸血鬼を滅ぼすなら何だってやる、復讐の炎に焦がされた人物だった。
サンジェ。ルーマニア語で血。それくらい、彼はいつも返り血や自分の血で汚れていた。
「(……わたしが感傷に浸っていては話になりませんね。ちゃんと考えないと)」
少女は頭に浮かんだ影を振り払うように首を振る。淡く、そして甘いいつかの幻影。それと現実を混ぜる。意識を浮上させる。犬屋がちょうど懸念を思いついたようだった。
「……いや、そもそもRPGでは足りないかもしれんな」
「……じゃあどうすんだよ。それ以上に強い武器があるのか?」
「ない。だが、単純な火薬の量なら上回る兵器がある」
犬屋は唐突に柿塚を指さした。困惑したような顔を見せる柿塚に、犬屋は口角を意地悪く歪ませる。尋問の時にも見た笑顔だ。
「その着ぐるみに仕込んだC4爆弾。それをあいつにお見舞いするとしよう」
「なっ!? その爆弾、おれの方にもあったのか!?」
「いや、赤荻美希のものだけだ。そうと決まれば合流の方法も考えねばなるまいな……」
いやはや現場は大変だ、そう嘆く犬屋はどことなく上機嫌だ。柿塚はそれに呆れるように溜め息を吐き、少女も「さすがにあの人も吸血鬼殺しを楽しんではいませんでしたね」と犬屋に再評価を下した。
エンジン音が街に響いている。




