脅威に対峙するポリスメン
警察突入寸前、装甲車内。
「チッ、肝心な時に使えんヤツめ……!」
「んなこと言ってる場合かよ! 姐さんが倒れたんだぞ! 作戦なんか中止して、おれ達を病院に連れてけよ!」
Kは突然倒れた赤荻美希の体を支えながら、助手席の小柄な警察官……犬屋隆道に必死の嘆願をしていた。もっとも、彼がそれを聞き届ける可能性は低そうだったが。
「黙れカス。そもそも俺様は貴様について来いと命じたつもりはないぞ、柿塚景」
「姐さんが行くんだ。おれが行かないわけがないだろ」
K、もとい景は犬屋の言に真っ向から反駁した。柿塚から赤荻への忠誠が多分に含まれた台詞だったが、犬屋にはその執着にも似た激情に疑問を抱いた。
「所詮ストーカーはストーカーだな。何がそんなに貴様を突き動かす? そいつがそれほどいい女だとはとても思えないのだがな」
「姐さんはめちゃくちゃいい女だよ。見りゃ分かんだろ」
「早朝に家の前でゴミを漁る変態の気持ちなど分かるか」
柿塚と犬屋はしばらく睨み合い、やがてそんなことをしている場合ではないと気づくと、どちらともなく目線を戻した。
「は、しかしストーカーが高じて銀行強盗にまでついていくようなカスでも、連中の気を引くデコイ程度にはなるだろう。ないよりマシか」
「……おれがそうすりゃ、姐さんを病院に連れてってくれるのか?」
「約束しよう」
治療費は払わんが。犬屋は心の中でそう言うが、それが聞こえていない柿塚は「わかった」と犬屋の要求を飲んだ。
「ただし、絶対にパワードスーツをぶっ壊せよ。でも中の人は殺すな。姐さんの大切な人なんだろ」
「蒸発した父親だぞ? 大切などとそいつが言うと思うか?」
「言わなくてもだ」柿塚は断念する。「もう二度と親と話せないなんて、悲しいだろ」
犬屋はその言葉に少し黙る。柿塚の目は本気だ。だからそれが彼の本音だと、犬屋には分かった。
「……まぁ、あいつには色々聞きたいことがあるからな。努力しよう。だが保証はしない」
「それでいい。完璧なんて他人に求めるもんじゃない」
「…………」
さっきから何だこいつの正論は、と犬屋は少し不機嫌になった。理不尽ではあるが、見下している相手がまともなことを言うとちょっと苛立つ彼である。
「到着しました」
運転手が静かにそう言う。その言葉に犬屋は一瞬でスイッチを切り替え、赤荻の言うところの「仕事モード」に入った。胸元の無線機の電源を入れる。
「総員、降車せよ。配置が完了し次第、作戦を開始す――」
犬屋がその言葉を言い切ることはなかった。
今まさに突入しようとしていた元「川口組」の事務所から、銃声と思しき破裂音が聞こえたからだ。
「総員警戒!」
無線機にそう叫び、犬屋も急いで車から降りる。その直後にガラスが割れて、破片が地面に降り注いだ。銃声は続く。
「パワードスーツか!?」
だがなぜ中で発砲を!? 状況が不透明な以上、無闇に行動するのは下策。そう考えて犬屋は待機を命令した。その背に柿塚が追いつく。
「おい! 一体何が起こってるんだ!?」
「知るかカス貴様が見てこい!」
数瞬の膠着の後、状況が動いた。「川口組」の事務所の壁がケーキをナイフで切り分けるように裂かれ、破片と共に血まみれの少女が落ちてきたのだ。これにはさすがの犬屋もぎょっとする。
「っ」
咄嗟に受け止めようと走り出した犬屋だが、当の少女は危なげなく着地した。だがその表情は依然芳しくない。彼女が警戒しているのは上方、少女の開けた穴からこちらを見下ろす黒いパワードスーツだ。
「総員厳戒態勢! ヤツが出た! ケースCだ!」
視認して即座に命令を出す犬屋だが、直にパワードスーツを目にして、彼の脳裏には一抹の不安がよぎっていた。
「(何だアレは。明らかに人智を超えた気配がする!)」
まだ警察のキャリアとしては中堅の犬屋だが、常に第一線で戦って培った経験と勘が叫んでいる。アレは人間の所業ではない。
そしてそれはパワードスーツに対してだけではない。先程落ちてきた少女にも、だ。人間ではない何者かの匂い。それを鋭敏に犬屋は感じ取っていた。
実を言うと、赤荻が倒れた時に犬屋も体調が変化していた。赤荻ほど顕著ではなかったものの、目眩と吐き気を覚えて、今もそれが継続している。
もしここに佐々木少年がいれば、こう言っただろう――「まるでヴィヨンドが封印されてた部屋みたいだ」と。その感覚はつまり、結界の魔力に当てられたということだ。何度も死線を潜り、ある種の〝第六感〟を鍛えた犬屋だからこそそれを捉えることができた。
「(これが……吸血鬼とやらか……?)」
犬屋はズキリと痛む頭を押さえて考える。原因不明の体調不良、吸血鬼、食人鬼。それらの要素を繋げ一つの答えを出す。この頭の回転の速さも、犬屋の獲得した戦うための武器だ。
「は?」
「撃て」
突然犬屋から小銃を渡されて困惑する柿塚に、構わず犬屋は続ける。
「俺様がもし正気を失って貴様らを襲うようであれば、迷わず撃て」
犬屋はこの体調不良を「食人鬼化の前兆」と結論付けた。それで躊躇もなく彼が蔑視する犯罪者に銃を渡す辺り、判断が早い。早すぎるくらいだ。パワードスーツを視界に収めて二秒でこの結論に辿り着く犬屋の頭脳は、しかし少々詰めが甘かった。
「食人鬼化を心配しているなら安心して下さい。吸血鬼に直接噛まれない限りそうなることはありえませんから。その吸血鬼もわたしがもう滅ぼしました」
「……何だと?」
「それより、今はアレに警戒を」
いつの間にか隣にいた少女からの忠告を、犬屋はそれ以上問い詰めることはできなかった。パワードスーツの機銃が火を噴く。犬屋は回避行動に専念し、装甲車の影に隠れると少女を見失ってしまった。
やけに、彼女の残した言葉が引っかかる。
「殺した……?」
「あの子、そう言ってたよな」
「……今度は俺様のストーキングか? 何の用だ犯罪者」
「あの場じゃあんたについてくのが一番生き残れる確率が高いだろ。実際生き残った」
犬屋は軽く舌打ちする。ストーカー野郎のくせに冷静な判断を下しやがる。
「はぁ……」
溜め息で気持ちを切り替える。いがみ合う場面ではない。
「(今はあの少女のことは忘れろ。ミーティング通りの作戦を実行する)」
犬屋は無線機の電源を入れ、心の中で唱えた通りの内容を通達した。少女の言ったことが本当なら、他のいたはずの食人鬼が一匹もいないことに説明がつく。あのいかにも目立ちたがりな白人がここまででしゃばってないことにも。
「(今はパワードスーツをどうにかする方が先決か)」
いないものに余計な考えを巡らすのは無駄だ、と犬屋は自らの思考を合理化させていく。事前に立てた作戦と、現地での戦闘の間に生まれた差異を修正するために、犬屋はひたすら観察に徹する。
「(予想はしていたが……さすが米国の兵器だ。固すぎる)」
武器は遜色なく扱えているし、犬屋の部下も訓練通りの動きができている。だというのにパワードスーツの動きは鈍りすらしない。犬屋は目を細めて思考に集中し、一つの仮説を立てた。
「(あれは……もしや再生しているのか?)」
対パワードスーツ用に用意した(パクってきた)武器が全く通用していないわけではない。現に銃弾は弾かれず通り、いくつものヒビや亀裂を生じさせている。
だがそれらの損傷は数秒もすればたちまち消え去り、撃ち込んだはずの銃弾は弾かれるように地面に落ちる。明らかに異常だ。米軍から借り受けた設計図にも、赤荻と柿塚の語った内容にもこんな機能はなかった。
「(食人鬼と言い吸血鬼と言い……何か俺様の知らない別の法則があるとでも?)」
「驚きました。極東にも教会の人たちと同じくらい戦い慣れした人がいるのですね」
悩む犬屋のすぐそばに、ふわりと音もなく少女が着地した。その生傷だらけの体は警官として無視はできないが、余計な憐憫などするだけ無駄だと犬屋は聴取を優先する。
「ちょうど良い。何かアレについて知ってることがあれば教えろ」
「……貴方、少しサンジェと似てますね」
「誰だそいつは。それより早く知っていることを言え」
装っているのではなく、本当に少女の正体も発言の真意も気にしてないらしい犬屋に、少女も呆れつつ「分かりました」と頷く。柿塚はそんな犬屋に、「合理的すぎてロボットみたいだ」と若干引いていた。
「と言っても、あまり神秘の関わらない技術には詳しくないんですが……その代わり、あの術式についてなら」
「術式?」
「魔力を糸のように編んで紡ぐ指向性を持った魔力ですが……知らないんですか?」
「……魔力?」
「マナ、とも言いますが……ここは濃度が薄いですが、要は酸素のようなものです。場所にもよりますが、基本どこにでも漂っていますよ。あ、氣と言った方がアジア圏の人には分かりやすいですか?」
「…………お前がこの世界の住人じゃないことはよく分かった。その上で改めて問うが、アレに何か弱点はないのか」
「あります」
と、少女は断言する。
「俺様にも分かるように説明しろ」
「あの術式は吸血鬼の不死性を鎧に付与したものです。だから多少の傷は再生してしまいますが、同時に吸血鬼の弱点もそのまま受け継ぎます」
「聖水や銀か?」
「はい。それを含む物質であれば、アレにダメージを与えることができると思います」
ただし、と少女は前置きする。
「その物質自体にあの鎧を破壊できる力がなければ無意味です」
「それはなぜだ?」
「術式があの鎧と完全に同化しているからです。銀製の弾丸はありますか?」
「ないな」
「ではわたしの血を使って下さい」
犬屋は一度意識外に追いやった少女の肩に改めて目をやる。抉れた肉に伝う鮮血。だが、血を「使え」とはどういうことだろう。
「わたしの血は聖水と同じ働きをするように〝調整〟されています。わたしの血を弾丸に塗って下さい」
「…………」
さすがの犬屋もこれには考えさせられた。警官としての民間人に頼っていいのかとか、少女の血を採取するという行動の倫理観のなさとか、それ以上に真偽の怪しい情報に踊らされる可能性など諸々を懸念した。懸念した上で、
「(……まぁ、他に手立てがないのも事実か)」
そこは百戦錬磨の犬屋隆道、スパッと切り替える。
だが実のところ、犬屋は百%少女の言を信じたわけではなかった。何なら吸血鬼や魔力うんぬんも信じてはいない。それでも少女の方法を試そうと思い立ったのは、「駄目なら別の策を練ればいい」と考えていたからだった。
「(行動しつつ考えれば時間が無駄になることもない。取れる選択肢から取ればいい)」
戦闘という極限状態の真っ只中において、ここまで冷静に並列思考を保てる犬屋の異常性に少女だけが気づいていた。そのどことなく懐かしい空気を。
「(この人わたしのこと全く信用してませんね……なのに表面上は素直に従ってるんですから、頼もしいとか以上に、少し不気味です)」
あの人のことを思い出しますね。彼の方がもっとぶっ飛んでましたけど。湧いた郷愁を胸に秘めつつ、少女は犬屋に具体的な指示を出す。犬屋が装甲車から取り出したRPGの弾頭に、少女の肩を汚す鮮血を塗りたくった。
「……こんなオカルティックな方法でホントにいいのかな……」
「役に立たんカスは黙って見ていろ」
「というかなぜ、貴方は犬の格好をしているのですか?」
「俺様の犬だからだ。総員! デカイのを打ち込む。足止めに専念せよ!」
犬屋が育てた隊員はよく彼の意図を汲んだ。即座にパワードスーツの動きを止めるように攻撃のパターンを変え、パワードスーツが身動きを取れなくなった一瞬。
「そう言えば、後ろにいると焼け死ぬぞ」
「早く言えアホ!」
白い噴煙を吹き出しつつ、火薬を詰んだ弾頭が一目散にパワードスーツに向かっていく。命中精度が悪いRPGも、動かない的相手なら外しはしない。というか外したら恥だ。
だから直撃し、爆風の花火が咲いた。だけどパワードスーツは依然立ったままでいた。
「手で……!」
「(防がれた! いや、そもそも!)」
虚空に突き出された左手は、爆発により手首があらぬ方向に曲がっていた。だが、それだけだ。パワードスーツの外殻には穴一つない。
「そもそもRPGの直撃より固いってのか、あのパワードスーツ!」
「完全に効いていないわけではない! だが……ッ!」
少女の血のおかげか、捻れた手首が再生する様子はなかった。左手の機銃はもう使い物にならないだろうが、まだパワードスーツの脅威は終わっていない。外殻に隠された表情は読めないが、確実にヤツはこちらを〝見た〟。
「今のでこちらの位置がバレました。狙われますよ」
「機銃程度ならこの装甲車が盾になる! 今は次の策を練る時だ!」
パワードスーツの武装は両腕の機銃。その内一つを封じれば、装甲車でも何分かは保つ。むしろ怖いのは、突進されて装甲車ごと吹き飛ばされることだ。
「(少女の血が使えるというのは分かった。PRGは破壊こそできなかったものの、装甲を凹ませる程度ならできる。であれば、装甲の薄い関節部分を対物ライフルで集中攻撃すれば……いやそれでは少女の損耗が激しいな。クソ、何かいい手はないか!)」
犬屋の並列思考。可能性を生み、それを潰す。だったら、それなら、であれば。論理と論理を結びつけていく。条件と状況を鑑みる。犬屋はそうやって思考を尖らせていく。
だが、相手は待ってくれなかった。状況は大きく変動した。
「おい、何だよあれ!?」
「っ――?」
柿塚が叫び、犬屋が見たのは、パワードスーツ右腕の機銃が形を変える瞬間。それは機銃より大きく、つい先程まで犬屋がその手に持っていたものと似通った姿になる。
「RPG――!?」
気づいたところでもう遅い。
その弾頭は正確無比に装甲車を弾き飛ばし、影に隠れていた犬屋たちもろとも爆風で飲み込んだ。




