絶望するルーザー
心臓がうるさい。滲む手汗が不快でならない。
やっちまった。とうとう僕は重大犯罪に手を染めてしまった。
「はっ、はっ……」
万引きとか運び屋とかそんなチャチいもんじゃない。僕は、自分の意志で、誘拐の片棒を担いでしまったんだ!
「(……もう、戻れない)」
後戻りできない。僕はハンドルを握る手に力を込める。
「町宮ァ! さっさと車ぁ出さんかい!」
「は、はいっ!」
急発進でアクセルを踏む。落ち着け。落ち着け! どうせ焦ってたって何にもならないんだ。
僕が綾ちゃんを騙したって事実は、どう足掻いたって変わりやしないんだ!!
「…………ぅ」
僕は意識的にバックミラーを見ないようにしていた。今綾ちゃんの顔を見れば、僕は絶対に決意が揺らいでしまう。中途半端は駄目だ。やるなら徹底しないと、僕が殺されてしまう。
僕が生き延びるために綾ちゃんを怖い目に合わせる。そうだ。何も痛めつけようとか、レイプしようって話じゃないんだ。身代金が手に入ればそれでいいんだから、それ以上は何もしなくていいんだ。
綾ちゃんは助かるんだ。僕が何もしなくたって。そういう風に僕は僕を正当化した。これが正しいことじゃないってことは、誰よりも僕が分かっているけど。
だけど、いつも僕の前には障害が立ちはだかる。
「っえ、井上さん、何を……?」
「あァ?」
ビリッ、と、何かを引き裂くような音。思わずバックミラーを覗けば、綾ちゃんの制服の胸部分が破かれていた。息が止まった。
「ぁ、待って下さい! ひ、必要なのは身代金だけじゃないんですか!?」
「お前よ、ガキちゃうねんから……女攫ってんやったらやるこたぁ一つやろが」
待てよ。待ってくれ。急に世界の輪郭がぼやけた。現実を直視できない。
何でだよ……。
「(何で僕の人生はこうもうまく行かないんだッッッ!!)」
ああ、神様。いるなら返事をしてくれ。僕はどうなってもいいから、せめて綾ちゃんだけは助けてやってくれよ。彼女は何も悪くないんだよ! 悪いのは僕なんだ。綾ちゃんを騙した僕が極悪人なんだ……!
そうやって天に祈ったって、結局は現実逃避にしかならない。僕にはまだ立ち向かう勇気すらない。
自分の境遇を呪った上で、本気で変えようと努力もしない。不満を垂れながら生きているだけの人間が、人を傷つけこそすれ、一体誰を救えるってんだ?
僕の物語は、そういうつまらない結末に着地する。
いつも通りに。いつも以上に。




