戦地へ赴くバンクロバー
「連中の居場所が掴めた」
開口一番、チビは壇上でそう言った。画面に地図が映っている。
「GPSやら目撃情報やら集めてウチの技術部が割り出した結果、なんと『テロリスト』とやら、『川口組』の事務所に拠点を構えていることがわかった」
その言葉に警察連中がざわめく。私もKもざわめく。そりゃ私らが闇金借りたヤクザじゃねえか。
「『川口組』は近々『山平組』との抗争を控えていて、『テロリスト』はそのために海外から雇われた助っ人、なんつう可能性もあるが……少なくとも俺様はそうとは思わん」
チビは偉そうに腕を組む。助っ人外国人だ、とKが小声で言った。クソつまらん。
「もしそうなら、こいつだけこんな派手な行動が許されている理由が分からん。それに、『川口組』にパワードスーツなど買う資金はないはずだ」
さらに、とチビは続ける。スライド画面に英語がびっしり出てきた。読めん。
「およそ二日前に、横須賀の米軍基地が何者かによって襲撃されていたことが新たに分かった。その時に強奪されたのが、このパワードスーツらしい。研究のために本国から一式取り寄せたところを、横から奪われた形だな」
スライド上に大きく例のスーツの写真が出る。あぁ、ありゃ私が戦ったのと一緒だな。しかし米軍基地ってめちゃくちゃ防御固えんじゃねえの? そんなあっさりパクれるもんなのか?
「だから俺様はこう結論付けた。こいつは米軍基地を襲い、『川口組』を何らかの形で乗っ取った、極めて危険な存在だと」
……ということは、私はもう借金ヤツらに返さなくていいのか。よっしゃラッキーっ! 『テロリスト』か何だか知らんがありがとよ! たぶんチビが言いたいのはそういうことじゃないんだろうけど。
「米軍基地から軍事物資盗めるほどの戦闘力を持った連中が、本気でこの国を潰そうとしているのなら、それなりの被害を覚悟しなければならない。俺様はそれを伝えに来た」
周りの警察連中が息を飲む音が聞こえる。私はもうすでに野次馬気分でいるから、気楽なもんだ。鼻クソだってほじってやるぜ。
「だが、その上で言わせてもらおう……勝つぞ」
チビが気合の入った目で全員の目を見た。私はスルーされた。
「連中の準備が終わるのを待つ道理はない。場所は分かった。ならとっととこちらから出向いて叩き潰す。それだけのシンプルな話だ。だから俺様も貴様らの覚悟を待たない」
ただ行って、ただ勝つぞ。チビはそれだけ言うと、壇上から降りた。残された警察連中は何やら熱くなったようで、慌ただしくそれぞれの準備を始めた。私らは何すりゃいいんだ?
「何か大きな話になってきましたね、姐さん」
「ま、私らにゃ関係ねえ話だろ。国を守るとかアホくせぇ。精々頑張ってくれや」
「ね、姐さんはスタンスが全く変わりませんね……」
「たりめーよ。馬鹿みてえな犬の着ぐるみ着てても、国の危機が間近に迫ってても私は私だぜ」
「さ、さすが姐さん……! 一生ついていきます!」
「へっ、よせやぁ」
「何をしているカス共。貴様らはこっちだ。来い」
馬鹿と言えばそれこそ馬鹿みたいな掛け合いをしていると、チビがいつの間にか接近していた。何だこの野郎。いい顔でこっち見んな。
「あいつらの中で目に見えて厄介なのはパワードスーツだ。どうやってそれを強奪したのかは分からん以上、未知の戦力にも警戒するべきではあるが……それでも、ヤツが厄介であることに違いはない。そうだろう?」
「だから何だチビ。ぐだぐだ言ってねえで要点だけ言えよ」
「囮になれカス」
「嫌だねブァああああああアアアカ!」
チビがスイッチを押すと背中からカウントダウンが聞こえてきた!
「おあああああああああああ何のスイッチ押したテメエ! まさか爆弾じゃねえだろうな!」
「そのまさかに決まっているだろうカス。ちなみに他の全員はとっくにこの部屋から退去したし、俺様は対爆装備の部下の影に隠れるからハッタリではないことを先に言っておくぞ」
「どこまで私をイジるのに本気なんだテメェは!」
「どこまでもだ。さて、あと二秒と言ったところかな」
思ったより余裕がなかった!? 私は焦りつつも全力で叫ぶ!
「分かったやる! やるから早く止めろ馬鹿!」
チビがスイッチを押す。カウントダウンが鳴り止み、私はほっとする。
が。
「言質は取ったぞ。以降、『やっぱやめる』などと口にすれば即座に爆発するように設定を変更した」
「嘘だろ!? そんな簡単に退路ってなくなるの!?」
「退路など最初からあるものか。分かったら黙ってついてこいカス」
「ついてこいっつったって、こちとら手錠で繋がれて動けねえんだよ!」
「Siri、手錠を外せ」
「Siriで動いてんのこれ!?」
ハイテクノロジーっつうか、何だそれ!? 私の嘆きはチビの耳には届かないようで、私はチビとその部下を追ってキビキビ歩かざるを得なくなった。クソ、ホントに犬みてえじゃねえか! Kはなぜか必要もないのについてきていた。私のこと好きすぎだろ。照れるぜ。
チビは外に出ると、ゴツい車に乗り込んだ。銀行強盗の時にパワードスーツが使ってた装甲車にそっくりだ。だから使い道もすぐに分かった。
「はん、どうやらマジであのパワードスーツと闘るつもりなんだな、テメエら。こんなモンまで引っ張り出してきてよ」
「見て分からんのかカス、これは警察の装備ではない。米軍基地から借り受けたものだ。懇切丁寧に、礼儀正しく頭を下げればすぐに貸してくれたぞ」
……こいつ、米軍脅してブン捕ったのか? 何を言ったらこんなのが一警察官に支給されるんだ。
「……まぁ、あちらはあちらで別件があるらしく急がしそうだったのだが……それで地元警察に手を貸さねばならんとは、苦渋の決断だったのだろうな」
俺様としては装備が手に入るのであれば何でもいいが、とチビは助手席に腰掛けた。チャイルドシートを用意した方がいいんじゃねえかと言ったらくすぐりギミックが作動した。動けない私をチビは武器と一緒に後部座席に詰め込んだ。Kもその隣に座る。
チビの部下がエンジンを掛けると、乗用車の五倍くらいの揺れが尻から伝わってきた。シートベルトはどこだ。というかこの手だと何も掴めん。事故ったら私死ぬじゃん。
「貴様はどうも自分の役目は終わったと思っているようだが、パワードスーツが健在な以上まだ貴様にも利用価値がある。囮という素晴らしい役目がな」
「本気で素晴らしいなんて思ってんならテメエでやれ。つうかよぉ、ガキの私と母さん捨てて出てった野郎だぜ? 今更私見たってどうこう出来るとは思えねえんだけどよ」
と言うと、チビが一瞬黙る。何だぁ? カワイソーな私の生い立ちに同情でもしたかよ?
「……俺様は以前、赤荻滝二の罪状は二件の銀行強盗と言ったな?」
そうかい。覚えてねえよ。
「で、パワードスーツの方が五件。しかしこの七件の銀行強盗、全て現金狙いの犯行ではなかった」
「…………?」
そういや、あの時もパワードスーツは貸金庫の方にいたような……?
「さらに言えば赤荻滝二もパワードスーツも、最後の一件を除けば何も盗んじゃいない。器物損壊だの殺人だのはやってるが、それらは全て巻き添えによる被害だ」
で、昨日の銀行強盗で盗まれたのがこれだ。チビは一枚の写真を投げて寄越した。だから私は何も掴めねえんだっての。仕方なく床に落ちたそいつを眺める。
「黒い……宝石?」
「調べたら、二百年前くらいから市場に出回っていたらしい。こいつがどうもいわくつきの代物らしく、持ち主が必ず不幸に遭って死ぬのだと。その噂を聞いた骨董屋の主人が、興味本位から海外から取り寄せたものの、持ってるのが途中で怖くなったらしく貸金庫で保管していたそうだ」
その骨董屋の主人も数日前から行方不明だが。チビはそう言うが、正直眉唾だ。んなモン誰が信じられるかよ。ガキじゃあるまいし。
「それでその宝石が市場に初めて出品された場所だが……吸血鬼発祥の地、ルーマニアだった」
「吸血鬼……?」
私はさっきのビデオを思い出す。あの残念な白人は、自分のことを一体何だと言っていた?
血、夜……吸血鬼。馬鹿らしい。寝物語にしては笑えるな。二時間映画館で楽しめるレベルじゃねえが。
「馬鹿馬鹿しい、というのには同感だ」
「私今喋ってたか?」
「カスは分かりやすい。顔に書いてある」
「んだとォ?」
「だが、気になる符号の一致ではある」
チビは追加で紙の束を投げつけてきた。痛え。てか英語で読めねえ。
「米軍基地が襲われた時の記述だ。要約すると、『白人の男が我々の仲間の首筋を噛んだと思えば、噛まれたヤツは急にこっちを向いて襲いかかってきた。そいつは顔面蒼白で、まるで何日も無人島で遭難したようにやつれていた。B級ゾンビ映画でも見ている気分だった』、とある」
チビは大真面目な顔で語る。私やKをイジる時の悪辣な顔じゃない。むしろ、警官の前で演説していた時のような、仕事モードの顔だ。
「吸血鬼の伝承の中には、非処女や非童貞が噛まれると意志のない食人鬼になる、というものもあるようだ。突然の襲撃で気が動転していたとも解釈できるが、それにしてはあまりにも非現実的だとは思わないか?」
「……ってことは、何だ。テメエまさか、本気で相手が吸血鬼だと思っているとでも?」
「可能性の話だ。我々がそれを軽視することはできない」
「下らねえな。警官がそんなおとぎばなしマジにしてるようじゃ、終わりじゃねえの……」
言いつつも、心のどこかがざわめいていた。嫌な予感がする。競馬のいい予感が当たった試しはねえが、悪い予感ってのは不思議とよく当たる。当たると思ったら当たらねえし、外れると思ったらやっぱり外れる。ギャンブルってのはそういうモンだ。
その予感がする。何かが〝外れる〟。それが何かは、まだ分からねえが……。
「……で、結局テメエは何が言いてえんだ? それを私に教えてどうしようってんだ」
私はぎろりと前のチビを睨む。チビは振り返りさえしなかった。
「俺様は、もしかすると赤荻滝二も被害者なのではないかと思っている」
「はァ?」
私は思いっきり訝しげな顔をしたが、チビはまるで取り合わない。ただ淡々と自分の考えを述べている。
「仮定に仮定を重ねるような話だが、もし本当に例のアウラドとやらが吸血鬼で、もし本当に米軍基地の連中を食人鬼に変えたと言うのなら、ヤツがそれを操れても不思議じゃない。吸血鬼が処女や童貞を噛めば、そいつらはたちまち吸血鬼の〝眷属〟に成る、という話もあるからな」
不老不死、絶対服従の兵士。それが吸血鬼の眷属。私はこんがらがってきた。こいつ、大真面目なトーンで一体何を語ってやがんだ?
「子持ちの赤荻滝二が童貞だったという可能性は低いだろうから、ヤツは食人鬼だと見ていい。米軍基地での食人鬼は、ゾンビのように人肉を求めて彷徨うだけの動く死体だったようだが、その裁量はアウラド自身で決められるかもしれない」
つまり、ある程度自分の考えで動き、しかしアウラドに服従する食人鬼。
赤荻滝二、私の親父が〝ソレ〟だと?
「吸血鬼の支配がどれほどのものか俺様には分からん。娘を目の当たりにしたくらいでは止まらんかもしれん」
だが、とチビはようやくこっちに振り返った。その目は私じゃない何かを見ている。私の中の何かを、見ている。
「お前たちには血の繋がりがある。吸血鬼の支配は血の支配だ。何かに使えるかもしれん」
「っ……!」
鼓動が脈打つ。血潮が渦巻く。この血管の中でぐるぐるぐるぐる回ってんのは、あのクソ親父の血だ。ああ、そうかい。テメエはどこまで行っても……、
「……どこまで行っても、私を使い潰す気でいるんだなァ……!」
「当然だろう、犯罪者。俺様は警察官だぞ?」
「え? え? どういうことです?」
Kだけが未だ理解できないようで、酷い顔で笑い合う私とチビを交互に見ている。クソ。何でこんなチビに私の命運握られなきゃいけねえんだろうな。
「こいつは、いざとなったら私の血を使おうとしてんだ。浴びせるのか飲ませるのかは知らんがよ」
「そ、そんなことしたら姐さん死んじゃうじゃないですか! 駄目ですよそんなの!」
「こいつにとってはどうでもいいんだろうさ。『もしかしたら』、そうすることで血の支配が解ける『かもしれない』。その可能性とやらがちょっとでもありゃ十分なんだろ」
「そんな……」
呆然とするKにチビは笑う。全く、つくづく童顔にゃ似合わねえ憎たらしい笑顔だぜ。
「よく分かってるな。カスのくせに理解力は一丁前らしい」
「うるせえ黙れ」
常識で考えりゃ、そんなことあるわけねえ。あの白人は頭がイカれた馬鹿野郎で、米軍基地の連中は管理が杜撰だっただけ。おまけにパニックでわけ分かんねえこと吐かすし、宝石の呪いも偶然で場所にも意味はない。
色んな要素が重なってそういう風に見えてるだけだ。だっつうのに。
「(何でこんなにイライラすんだ……)」
胸の奥から得体の知れない予感が湧いて溢れる。どろりとした何かが私の体を絡め取って動けない。クソ、クソ、クソ!
悪い空気だ。悪い流れだ。負ける。外す。予感がする。悪寒がする。こんなにザワザワしてんのは、一昨年くれぇにタチの悪いストーカーに追いかけ回されてた時以来だ!
「……そろそろ到着だ。準備しろ」
チビは一言告げると、無線を使って部下に連絡を始めた。私はその内容を聞いちゃいない。聞ける状態でもねえ。何か気分まで悪くなってきやがった。
「ね、姐さん? 大丈夫ですか? 何か顔色悪いですよ?」
「あ? ンなわけねえだろ目え腐ってんじゃねえの……」
あれ? 何かマジでフラフラすんな。おいK。お前いつの間にそんな面白え顔になったんだ。髪が虹色で目玉が五つあるぜ。ははっ。
「姐さん! 汗ヤバいですって! ちょっと、姐さんが体調悪そうだ! 車止めてくれよ! なあ!」
何だ……Kの声が遠い……。つうか全部くぐもって聞こえにくい……私はいつの間にこんな大風邪引いたっけ……?
駄目だ。瞼が重い。あー、今日病院空いてたっけな。そもそも、金持ってたっけな……。
「うおぉ!?」
バカでかい音と衝撃で目が覚めた。そこはさっきまでいた装甲車の中じゃなかった。いや、そうだと言えばそうだったんだけど。
でも、屋根丸ごと吹っ飛んで横倒しになってちゃ、さっきと同じとは言えねえだろ? 私はどうやら、その破壊行動に巻き込まれて起きたらしい。我ながら呑気なモンだ。危うく一生目覚めねえとこだったってのに。
そんでもって、それをやらかした相手は私の目の前にいた。風通しのよくなった装甲車の向こう側、騎士みたいな重装備の黒いアレ。
ああ、そういやKはどこ行った? チビは? 私しかいねえのか? それとも私を囮にして全員逃げやがったのか?
とにかく私に分かるのは、目の前のパワードスーツが……親父が、私をぶっ殺そうとしてること。それをどうにかしねえと今度は本気で死んじまうってこと。
「親父……」
『ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh――――』
あぁ、何だ。
テメエついに言葉まで忘れちまったのかよ、クソ親父……。




