犬になるバンクロバー
「…………………………」
「明らかに歓迎されてませんね、おれたち……」
目が合えば舌打ち。声が聞こえたと思ったら陰口、もしくはニヤケ面。おいおい、警察ってのはこんな露骨に犯罪者には厳しいのかよ? パイプ椅子に手錠で繋がれた私とKは、そんなタバコくせぇ険悪ムードに包まれていた。
「ふん、言いつけ通り大人しくしていたようで何よりだ、犬ども」
不躾な視線に晒されて腐っていると、あのチビが私らの前にやってきた。童顔の眉間に皺を寄せて、不機嫌そうに周囲を見渡している。
「面子も揃ったようだしそろそろ始めるか。諸君、作戦会議の時間だ」
「おいチビ」
「なんだ犯罪者。俺様は万年ニートの貴様とは違って忙しいんだ」
「殺すぞテメェ……!」
ついカッとなってしまったが、本題はそこじゃない。私は深呼吸で無理矢理心を落ち着かせると、目線的には下なのにめちゃくちゃ見下してくるチビを正面から睨んだ。
「この格好はどういうつもりだ……? なにか弁明があるなら言ってみろクソ野郎」
「犬にはおあつらえ向きの格好だろう? それ以外に理由があるか?」
そう。さっきまで私とKが着ていた服は強制的に脱がされ、用意されたのはこのクソふざけた〝犬の着ぐるみ〟だった。
「さて諸君、俺様たちは今」
「サラッと流すなチビィ! ホントにただの一発ギャグのためにわざわざこんなモン用意したってのかテメエ!」
私の全力の叫びに、チビは鬱陶しそうに振り返る。うわ顔良っ。
「いいか、他の連中は知らないが、俺様は犯罪者に恥辱を与えるためならば何だってするし、何でも用意するぞ。更生がどうのはどうでもいい。俺様は法を逸脱した連中を、正義と称して合法的に辱めるのが大好きなんだよ」
「私よりクズじゃねえか!」
いいのは顔だけだった!
「ちなみにここにいる全員が俺様と同じ考えを持っている」
「サイコパスの巣窟だ!」
激しく身の危険を感じている! 今更だが!
「というか、俺様は貴様と無駄話をするためにここまで足を運んだのではない。その汚い口を今すぐ閉じろカス」
「なんだとこのチビ体はちっせえのに態度はでか」
「スイッチぽちり」
「むぐッ!?」
チビが謎のスイッチを取り出したと思ったら、突然ギャグボールが私の口を塞ぎやがった!?
「はっ、驚いたか? 貴様の減らず口を封じるにはどうしたらいいか二秒ほど思案した結果、直接的に塞げばいいと思いついたのだ」
チビはしたり顔で語っている。秩序を守る警察とは思えねえ悪人面だ。
「その着ぐるみには大小合わせて三十の隠し機能が搭載されていてな。特に気に入っているのは、スイッチ全押しで背面に仕込んだ二十キロのC4が起爆する仕組みだな」
「もごもごもごごッ!(やけに重いと思ったらそれかよッ!)」
「暇そうにしていた技術部の連中の尻を叩いて作らせた官製拘束具だ。底辺犯罪者にはもったいない代物だろう、喜べ」
「もががががががががががが!(どこに気合い入れてんだテメエはッ!!)」
背面に感じる重みがさらに増していく! 爆弾なんつーとんでもない首輪をあのチビに握られている恐怖が全身を締め付けてるっ! 締め付け……いてぇ! これほんとに締め付けられてねえか!?
「このボタンを押せば締め付けが強くなるし、これを押せばくすぐり……ははっ、俺様が警察やってて一番楽しいのは、これまで法の外で好き勝手やっていた連中が俺様という法に縛られ、苦痛に満ちた顔で見上げてくるこの瞬間だ。その点では貴様は百点の顔つきだぞ、赤荻美希」
こいつ殺す! 家燃やすとかそんな次元じゃなく、自由になったらまずテメエを殺すことに心血注いで生活してやんよぉおおおおおおおおおおおおおお!!
「まあ、こんなカスに使う時間がこの世で最ももったいない。時間は有意義に使うべきだ。公私混同はいつものことだが、たまには自重するのも次の愉悦をより良くする大事な工程だ。というわけでそこで大人しくしていろカス」
「まごまががががががが!(まずは締め付け緩めやがれこのクソチビ!)」
だが私のギャグボール越しの声など聞こえないことにしたらしく、チビは真面目な顔で話し合いを始めてしまった。ちくしょうが。顔がいいからって何やっても許されると思うなよ。
覚えてろよチビィ……そのセリフがもう三下っぽいが、三下で結構だ。絶対ぶっ殺してやっからな。
「まず初めに、これを見てほしい。まあ当然諸君も周知の上だとは思うが、ついさっき警視庁に届いた『テロリスト』を名乗るふざけた連中のふざけた犯行声明だ」
チビがリモコンを操作すると、投影機から映像が壁に映し出される。そこには、これまた顔のいい白人の若い男が映っていた。
『我々は、「テロリスト」だ』
白人は最初に流暢な日本語でそう名乗った。よく見ればどこかの屋敷かなんかで撮影しているのか、やたらとセットが豪華で、さらに白人の隣にはなにかオーブ的な光が浮遊しており、最近の犯行声明はCGで編集もするのかと感心した。凝ってるな。
「初めの方はイタズラかと思って放置していたのだが、ここを見ろ」
チビは映像を止めて、ある一点を指揮棒で指した。そこに立っているのは、黒い騎士のような機械の鎧。間近で見たから、多少姿が変わっても分かる。
「(パワードスーツ……いや、親父……)」
赤荻滝二。私の父親。どうしようもないギャンブル狂いのクソ野郎。
しこたま借金こさえた上に蒸発までしやがった、そこのチビより性根の腐ったゴミ。あいつのせいで母さんは無駄な苦労をしなきゃならなかったし、過労なんかで倒れる羽目になった。
私と母さんの人生を狂わせた張本人、そいつがあそこに立っている。そんだけでハラワタ煮えくり返りそうになるが……ま、娘の私もギャンブルで闇金に手ェ染めた馬鹿野郎だし、血は争えないのかもな。
どの道母さんもとっくにくたばっちまったし、親不孝も何もねえんだけどよ……。
「このふざけた外人野郎は、どうやら件のパワードスーツと繋がりがあるらしい。そこに留意しろ。映像を続けるぞ」
ピッ。ビデオが再び再生される。
『我は矮小なる人間どもに改めて我が血族の力を誇示せんと参上した夜の使徒であり……』
カメラの前で『テロリスト』と名乗った白人は、お次に自分のことを吸血鬼と称した。その後わけのわからん〝人間どもに恐怖を〟だの、〝夜の支配を今一度〟だの、イタい中学生のような言動をさんざん繰り返した後に映像は終了した。せっかく顔がいいのにあんなこと本気で言ってるようじゃ、千年の恋も冷めるってモンだ。
あいつの言うことが正しけりゃ本当に千年間生きてきたらしいが……まあ嘘か気が狂ってるんだろう。眠い戯言だ。
チビはどうやらこの〝吸血鬼〟やらうんぬんをなんかの暗号として捉えているらしく、大真面目に議論を交わしていた。私はマジで放置プレイを決められているらしい。誰かギャグボールの隙間から流れる涎を拭き取ってくんねえか。
ふとKを見ればすでに爆睡していた。私もこの締め付けに慣れてきたとこだし、取り柄である図太さを発揮してやろうかな……と考えている内にいつの間にか眠ってしまったらしく、
「結論だ。やられる前に叩き潰せ。以上、解散」
という雑な締めの言葉で目が覚めた。
「…………もごごごご(なにしてんだテメエ)」
「いえ違います、これは姐さんの涎美味しそうだなとかそんな邪な考えではなく、ただ掃除しようかなと思った次第でありまして、でも手は使えないししょうがないから舌で舐め取ろうと思っただけでありまして、決して変態的行為ではなくてですね」
駄目だこりゃ。どうやら私の周りには変なヤツしかいないらしく、そしてKは普通にキモかった。顔うんぬんじゃなく人としてもう駄目だろこれ。
私は私の行く先に極大の不安を感じている……。いや、めちゃくちゃ今更なんだけど。




