金庫を漁るパワードスーツ
ぎちぎち、と嫌な金属音がこだました。重く厚い扉がひしゃげる音だ。そうして俺は強引に貸金庫に押し入った。そのまま並び立つロッカーケースを無理矢理こじ開けていく。
中に入っていた札束を、宝石を、床に散らばるたび踏み潰す。不気味なほどに静まり返った銀行内に、その破壊音だけが響いている。
「(あった……)」
金庫の奥、壊れたロッカーケースの中に目的のものを発見すると、俺は着ているパワードスーツにコマンドを打ち込んだ。装甲の全面が開き、操縦者、つまり俺が排出される。生身のまま奥へと進み、俺はそいつを手に取った。
「(あの〝妖精〟が言っていたのは、間違いではなかったのか……)」
それは、真っ黒の宝石をはめ込んだペンダント。どこか禍々(まがまが)しい雰囲気を宿す、美しい装飾品だ。
目的のものは手に入れた。もうここに用はない。ペンダントを首に掛けると、俺はパワードスーツに再度乗り込んだ。
「…………?」
ふと、生体検知センサーが反応を示した。真後ろに誰かいる。一人ではない。
このパワードスーツでは振り向く必要もない。背中側のカメラに映っていたのは、さっきの二人組だった。
『私の金はどこだッッッ!』
「…………」
集音マイクから、そんな欲にまみれた叫び声が聞こえた。大方あのトランクケースのことを言っているのだろうが、それならさっき踏み潰してしまった。あれは俺の求めるものではない。
それを知らずに俺が奪ったとでも思っているのだろうが……どの道ちっぽけなピストル程度では、こいつには傷の一つもつけられん。対して、生身の人間ならまっすぐ突進するだけでグチャグチャになる。どちらが優位かなど問われるまでもない。
「(……一度は、見逃したぞ)」
俺はパワードスーツの巨躯を反転させ、あいつらに突っ込もうとした。その直前に、モニターの隅でアラートが鳴った。膨大な熱源反応。それは真正面、あの二人からだった。
「(RPG……!?)」
高速で向かってくるミサイル弾は、間違いなく俺が装甲車に積んだ装備だった。ということは、盗まれたか。
回避する暇もなく、直撃。衝撃が骨まで響く。上下感覚が失われる。自分が立っているのか倒れているのか、それすら分からなくなる。
「ぐ、」
だがそれも一瞬だ。すぐにこの優秀なパワードスーツは姿勢を戻す。ヤツらを視界に収める。ミサイルを撃った衝撃に耐えられなかったのか、無様にひっくり返ってはいるが、表情を隠す目出し帽の奥でも、なぜだかその不敵な笑顔は見て取れた。
「(勝ったつもりか……!)」
であればその認識は間違いだ。装甲は凹みこそすれ、少しの穴すら開いていない。返す刀で俺はマシンガンを向けた。
慌てて逃げる背中に銃弾を叩き込むが、強引に破壊した金庫の厚い扉に阻まれる。あれはさすがにマシンガン程度では壊せない。あそこに隠れられては、こちらが取れる手段は限られる。
外に出るしかないか。俺は諦めてヤツらを直接見つけようと試みる。その直前で、何かが足元に投げ入れられた。それをグレネードだとセンサーは言っていた。
だが、
「(…………安全ピンがついたままじゃないか)」
これでは爆発などするはずもない。爆発したとて、一個二個でこいつの装甲がどうこうなることもないが。
それを知らずか、ヤツらはいくつもグレネードを投げ入れた。投げ入れる瞬間を狙って撃つが、当たらない。歩きながらだと射線がブレる。それも貸金庫を出てしまえば、もう遮蔽物はない。終わりだ。
『終わりだッッ!』
「?」
マイクがそう叫ぶ若い女の声を拾った。俺の意識に空白が生じる。その隙にヤツらはもう一発、俺の足元に向けてミサイルを撃った。グレネード(爆発物)で満杯の床に。
一瞬画面が真っ白に染まる。マイクが最後にノイズを届けて何も聞こえなくなった。
「( 熱 痛、?)」
俺はそれを感じた。感じるはずのないそれを。
駆動系損傷。装甲一部破損。姿勢制御装置損害軽微。再起動。再起動。再起動。アラートが鳴り止まない。なんだ。俺は、何をされた?
熱源探査不可能。集音装置応答なし。損傷許容量超過。逃走推奨。推奨。逃走せよ。逃げろ。
まだ走れる。熱に焦がされた意識が、ちかちかと俺に応答する。まだ逃げられる。
――退け(run)。
不意に頭に去来した声は聞き覚えのない声で、全身の肌を泡立たせるくらいゾッとするものだった。
俺はそれに従うように、真っ直ぐ走り抜けた。