銀行に押し入るバンクロバー
その数分前。
目出し帽の隙間から、震える人質どもの姿が見える。
「よーしお前ら手ぇ上げろ! そんで動くな! 動いたヤツから撃つぞ!」
撃つと言ったら私はやるぜ。なぜなら無一文で借金まみれで人生詰みかけてる身だからな。
というわけで銀行強盗だった。闇金借りたヤクザに返せねえと泣きついたら、仲間紹介されて銀行強盗命じられた。私はこれまで私のことを『誰にも屈さない意思の強い女』と思っていたのだが、いやあ拳銃って間近で見たら怖えのな。さすがに命とプライドは天秤にゃ乗せられねえや。
銃の怖さを伝えるのに一番効果的なのは、実際に撃つところを見せることだ。こんなちっぽけなピストルでも、いざ銃声を聞けばブルってみんな言うことを聞き出す。私もそうだった。
「よーしいい子だ。そのままじっとしてろ。そうすりゃすぐ終わるからよ」
あとは金を受け取って、外に待機させてる車に乗って指定の場所まで逃げりゃいい。これで借金チャラってんだから、もう楽勝だよな。
終わった。私はそう確信して、怯える銀行員から札束を受け取った。渡される先からトランクケースに詰め込み、その重さに思わず笑みがこぼれる。
興奮を抑えられずリクルートスーツの裾を勢いよく翻して、仲間に指示を出そうと声を張り上げた。
「いいか! 私らが逃げるまで何もするんじゃねえぞ! よしてめえら、ずらかれェ!」
その直後だった。
振り返って見えた入り口いっぱいに、何か巨大な影がいた。
「あ?」
そいつの正体は巨大な装甲車だった。
……と分かったのは、そいつが躊躇なく銀行に突っ込んで、ガラスが派手に飛び散って、途中の柱すらへし折りながら、私の横をかすめATM群にぶつかって止まった後だった。
ビービーやかましくブザーが鳴る。あれだけ派手にやられれば、ATMだって文句の一つは言いたくなるだろう。私も言いたい。
「……は?」
だけど言えるわけがない。止まった装甲車から降りてきたのは、漫画でしか見たことないようなパワードスーツだったからだ。二メートルは余裕で超す体躯に、両腕に搭載されたマシンガン。殺意しか感じない重装備に、私はビビるより先に笑ってしまった。何だアレ。
「…………」
パワードスーツは何も言わない。ただ周りをきょろきょろを見渡している。震え上がる銀行員を見て、一箇所に集められた人質を見て、最後にトランクケースを持った私を見た。
「あん?」
反射で睨み返してゾッとした。何の前触れもなく、パワードスーツがマシンガンの銃口をこっちに向けていた。
「おあぁ!?」
何か嫌な予感がして咄嗟に横に飛び退く。直後に脅しも警告も、躊躇も迷いもなくマシンガンが火を吹いた。私のピストルの比じゃない轟音と威力で、後ろで呆けていた仲間を肉片に変えた。
「な、なあ……っ!?」
何だ、何が起きてんだ! 私はわけもわからず逃げ回る。銃弾がその後を追ってくる。クソ、私が何したってんだよ!
盾にしたテーブルが吹っ飛んだ。柱が。壁が。身を隠す全てが紙みたいに破れてく。そのうち銀行自体がなくなっちまうんじゃねえか。そんなことさえ思ってしまった。
「か、金か!? 金ならやるから! 撃つのやめろ!」
物陰から私は必死に叫んだ。トランクケースを頭上に掲げてみたが、銃撃が止む気配はない。じゃあ何だ。何が望みだこの野郎。
「はっ! もしかして私の体目当てか!? だったら顔見せてみろ! お前の顔面によっちゃこのセクシーボディ、余すことなく味わわせてあげてもいいぜ!」
当然銃撃は止まない。むしろ激しくなったくらいだ。私が恥ずかしいだけだった。
「お前何なんだ! もういい、もう分かったよバーカ! いらねえなら私がこれもらってくかんな!」
やるっつってんのに撃つのやめねえなら、いらねえってこったろ。じゃあこの金は私のもんだ。今決めた。私が決めた。
「ぎゃあっ!?」
あいつの弾を食らってまた一人仲間が死んだ。仲間っつってもさっき会ったばっかの他人だから微塵も悲しくねえが。分け前増えてラッキーなくらいだ。あと無事なのは私含めて二人、あと運転手か。
その残った一人も私と合流した。私らを見失ったのか、銃声が止む。
「…………」
パワードスーツは私らを探すように銀行内を歩き始めた。その無防備な立ち姿は、まるで「お前らが何かしても構わんぞ、どうせ効かん」とでも言ってるようで非常に腹立たしい。
銀行内に静寂と緊張が訪れる。息を潜めて隠れていると、重量感のある足音と、待合室で点けっぱなしのテレビだけが聞こえてくる。テレビの中でニュースキャスターが言う。
『先日未明、装甲車と見られる車が夜の銀行に侵入しました。手口から見て、連続銀行強盗と同一犯だと見解が――』
…………あん? おい待て、そういや私も聞いたことあるぞ。
全国の銀行で立て続けに発生してる強盗事件。いくら警察が検問敷いてもバリケード張っても真正面から全部ぶっ壊すダイナミック野郎。マジかあいつ、お昼のニュースの有名人じゃねえか!
「嘘だろおい……!」
そんなトンデモ野郎とダブルブッキングしちまったってのか! 我ながらツイてねえな!
「ああもう、最悪だ……!」
どうする? どうすりゃいい? 私は頭を抱える。落ち着け。シンプルに考えろ。
まずは逃げる。後のことはそれから考えりゃいい。私は深呼吸した。
が、それをイライラしてると仲間が勘違いしたのか、落ち着かせようと肩に手を置いてきた。何しやがるとその手を払うと、勢い余って突き飛ばしてしまった。
がつん。パワードスーツの足音が止まった。
「やべっ」
焦って身を乗り出すと――
あいつが。
こっちを。
見てる。
「逃げろぉ!」
気づけば私は宙にいて、そっから先はよく覚えていない。