偶然に嘆くバンクロバー
「こんなダブルブッキングなんてあるかよ……」
私は思わず頭を抱えた。
仲間と一緒に隠れた物陰から、そっとヤツの姿を覗く。ヤツは我が物顔で銀行の通路を歩いていて、その姿は忌々しいくらい堂々としてやがった。
私らが占拠した銀行だってのに、あいつ、横取りしやがって!
「ああもう、最悪だ……!」
あとは逃げるだけだったんだ。私は金の詰まったトランクケースに目を落とす。あと一歩で全部終わったってのに、クソみてえなタイミングで乱入してきやがって。
ピリピリする私の肩を、仲間が慰めるようにぽんと叩く。それが鬱陶しいので振り払ったら、勢い余ってそいつを突き飛ばしてしまった。尻もちの音が銀行中に響く。
「やべっ、」
慌ててヤツの動きを確認すると、間違いなくヤツはこっちを見ていた。ゴツいヘルメットの奥で目が合った気がした。
「逃げろぉ!」
指示を出すと同時、ヤツが何かをぶん投げた。速い。避けられない。馬鹿デカい衝撃ののち、私の体は空を飛んだ。手からトランクケースが離れていく。
落下までの数瞬、私は私の境遇を嘆いていた。どうしてこうなった。私は何にも悪いことなんてしてないのに!
地面との距離、に、いち、ゼロ。
「あでェッ!」
勢いよく頭から落ちて、私は意識を失った。
「(同じ日に、同じ銀行で強盗か……奇妙なこともあるもんだ)」
床に落ちたトランクケースを回収しつつ、俺は気絶した仲間を抱えて逃げる同業者を見送った。殺すのが目的じゃない。
「(まあ、手が早かったのはあいつらの方らしいがな……)」
だとしたら、俺は獲物を横取りしたハイエナ野郎に見えてたのか? そいつはちょっと不名誉だな。
しかし、先に人質を一箇所に集めてくれてたのはありがたかった。おかげで楽ができた。
楽といえば、この装備だ。俺は自分の腕をじっと見た。
「(強化外骨格……噂には聞いてたが、噂以上にとんでもない代物だったな)」
まさか銀行の柱むしり取ってぶん投げれるとは思わなかった。それで死なないあいつも運がいいが、銀行強盗なんてやってる時点で最底辺の人生を送ってきたのは間違いない。
かくいう俺も、またそうだ。
「(さて、邪魔者はいなくなった。ようやく本題に入れる)」
俺は両腕の機銃を人質連中に向けた。言葉はなくとも意味は伝わったはずだ。逃げれば殺す。騒げば殺す。
息を飲む音が聞こえる。何度も聞いた音だ。
ああ、そうだ。俺にとっては慣れた光景だ。この怯えた視線も、嫌な汗で顔を濡らすヤツらの顔も。俺は何度も何度も、飽きるほど見てきた。
初めてなのは、さっきのダブルブッキングだけだった――
……おかしい。
おかしい。
おかしい。
「ありえない……」
どうしてだ? どうしてこんなことになった?
天文学的な数字だ。数ある銀行の中で、今日、今、ここ、での強盗。その四つが重なるなんてあってはいけない。
僕だって強盗犯になろうとしていたのに、なんだって二組も同じこと考えてるヤツらがいるんだよ! こんな確率を引き当てるくらいなら、素直に年末ジャンボでも買っておいた方がよかった。僕はそんなことを考えた。
懐に忍ばせた拳銃の存在感が増す。もしこれがあのパワードスーツにバレでもしたら、そう思うと冷や汗が流れて止まらない。
あの男の力は見た。見せつけられた。馬鹿馬鹿しい。意味がわからなさすぎて頭が痛い。
ガチすぎるだろ。なんだあれ。たかが銀行一個襲うのに、本当にあんな重装備が必要なのか?あれは、子供の喧嘩に戦車持ってくるみたいなものだ。戦力差ってものがありすぎる。話にならない。
だから僕はこうやって息を潜めている。人質にするはずだった連中に囲まれて、逆に人質にされている。
「(……ちくしょう)」
あの男が機銃を僕らに向ける。動くなって意味だろう。言われなくてもじっとしてる。力の差は十分に思い知った。
ああ、神様。ついさっきまで強盗しようとしてた男が神に祈る。そんな状況に、僕は本気で泣きそうになった。
ダブルブッキングどころか、トリプルブッキング。
……これ、テレビに売ったら金貰えるかなぁ?