扉を開けると
「よお。案外遅かったな、救世主。もう連中来てるぞ」
「バンピー? なんできみがここに?」
病院から出て、自転車で花崎さんのアパートまで来ると、666号室の前に人間の姿のバンピーがいた。半開きの扉から騒ぎ声が聞こえる。
「もう傷は大丈夫なの? ていうか、連中って?」
「質問が多い。あと傷なんか大丈夫じゃねえに決まってるだろ。鯨の高度から落ちて無傷だった竜二とは違って、こっちは今にも倒れそうだ」
そりゃそうか。もしかしたらバンピーが珍しく人間の姿でいるのも、まだ癒えてない傷を服で隠すためなのかもしれない。というか、竜二はあの高さから落ちて無事だったんだ。さすがすぎる。
「で、連中ってのはそいつらのことだ。魔術王とその甥の騎士団長。あとは俺の知らんテロリストとか名乗る集団と、弱っちそうな女のガキ。そんで、俺がここにいる理由は、あのいけすかねえ小娘から頼まれたからだよ」
「な、なにを?」
「お前を連れてこい、って」
そう言って、バンピーはぼくの腕を掴んで引き寄せる。扉を開ける。
「俺はどうせ来るんだから待ちゃいいっつったんだがよ」
見慣れた666号室。だけど今日は雰囲気が違う。
あれだけぼくの心を軋ませた十字架がない。ねじくれた空間がない。一人じゃ掃除もできない彼女の、高貴な家の生まれらしくない汚い部屋。その中心でたくさんの人に囲まれて、のけ反り返る小さな背中。
「今すぐ会いたいから連れてこい、だとさ。あの吸血鬼が丸くなったもんだな」
振り返る。
その金髪の煌めきに、いつしかぼくは恋をしてたらしい。
「ヴィヨンド……」
「遅いわ、人間風情が妾を待たせるな」
これがぼくの、ぼくたちのお話。その結末。
鯨が泳ぐ街で住むぼくらの、いわゆる青春物語だ。
これにて第一章? というか彼らの物語はおしまいです。
お付き合いくださりありがとうございました。
……まだ次があるぞ。