指輪とバラ
白い病室のベッドに座るミサキさんは、入ってきたぼくに気づくと手を振ってくれた。
「やあ、少年。お見舞いに来てくれるとは嬉しいね」
「お元気そうで、何よりです。ミサキさん」
「ふっ、私の夫が処置したんだぞ? 完璧でなくて何となる」
そう言ってミサキさんはくすりと笑う。左手の薬指に、キラリと光る指輪がある。
「ああ、これかい? リドのやつがつけてくれたんだよ。『理返し』を封じる魔具さ」
綺麗だろう? とミサキさんはぼくに指輪を見せてくれる。まるで新婚夫婦が友人に自慢するみたいに初々しくて、まぶしくて、ぼくはミサキさんの思いの丈を知った。幸せオーラに思い知らされたとも言う。
「今回色々君には思うところがあるけどね、リドを連れて来てくれたという点だけでもう全部許しちゃっていいかな、なんて気分なんだよ。私は」
「い、いいんですか、そんなので」
「いいさ。あいつ、あんな必死な顔で私を……ふふ。思い出すだけでも頬が緩むね。あいつのあんな顔、久しぶりに見たなあ……」
にやけつつ指輪を撫でるミサキさんは、ぼくの見たことのないミサキさんだ。こんなに幸せそうなというか、とろけたミサキさんは初めてだった。
ぼくはそっと視線を逸らし、机に置かれた一輪の花を見る。真っ赤なバラだ。
当然、白い病室には似合わないけど――それはリドさんなりの愛の示し方だ。そういうところは意外と不器用な彼に、ぼくも少し笑ってしまいそうになる。
「……リドは、もう行ったんだろ?」
「はい」
そのリドさんは、すでにこの街を去ってしまった。シアハが暴れてボロボロになったマクヴィルの掃除を済ませ、彼女を連れてセシルさんと共にどこかに消えた。『鯨乗り』はそういうものだ、とミサキさんは言う。
その生き様に惚れたんだ、とも。
「だってかっこいいしね、ロボとかメカとか。超古代兵器とかスチームパンクとか。ロマンだろ? そういうの」
「……もしかしてミサキさん、ガンダムとかお好きです?」
「もちろん。全人類のバイブルだ」
本当に掴みどころがないなぁ、この人。今まで結構話してきたのに、まだまだ知らないことが多すぎる。
それ以上に色んなことを教えてくれたミサキさんに、ぼくは感謝しなければならない。
「ありがとうございます、ミサキさん」
「どういたしまして。では、いってらっしゃい」
何が? とか。どうして? だとか。そんなまどろっこしいことは全部察してくれて、ミサキさんは笑顔でぼくを送り出してくれた。
どこへ? なんて、察してね。
666号室へ。
ヴィヨンドの部屋へ。
「いってきます。今度は、ぼくがご馳走しますよ」
「ああ。楽しみにしてるよ」
ぼくは病室を出た。それから、少し急ぎ足で廊下を行く。
さあ、この物語の結末を見に行こう。