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鯨の空  作者: 藤原(の)コウト
幼吸血鬼ヴィヨンドの受難
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決着


「……どうした。なんか顔怖えーぞ」


 バンピーが何か言ったような気がしたけど、ぼくはもはや聞いていない。それどころじゃない。

 そうだ。そうだった。呪い。その起源を考えろ。今は魔法に置き換わって、忘れられてしまったそれ。原初の神秘。その大元。それを作ったのは、誰だ。


 ()()だ。

 世紀の大魔女、ニスカ=ヴェンだ。


 彼女が見つけて、彼女が発展させて、彼女が潰えさせた技術体系。それは今どこに行った?

 『鯨乗り』は鯨を攻略するために呪いを研究した。この街を襲ったヴァンパイア・ハンターは、ヴィヨンドを殺すために呪いを利用した。彼らはどうやって呪いを学んだ?


 きっと、それも魔女だ。だって呪いは魔女のものだから。


 じゃあ、その魔女たちの中でも一番偉い、大魔女の。その娘であるシアハ=ヴェンは? 一瞬の油断が命取りになる戦場にて、呪いだなんて古風なものを、さも当然のように織り交ぜられる彼女は?

 呪いに詳しいリドさんでも、ヴィヨンドの呪いそのものの解除はできなかった。歴戦の『鯨乗り』でさえも、魔力ごと断つ方法しか思いつかなかった。


 だけど、彼女なら。ニスカ=ヴェンの娘である、シアハ=ヴェンであれば。

 彼女なら、ヴィヨンドの呪いを解く方法を知っているんじゃないか?


「…………ッ!!」


 気づいた。気づいて、しまった。

 手に握った小刀がより小さいものに見えた。希望にくらんだぼくの目は、目眩がするようにちかちかと輝いている。


「……おい?」


 ぼくはふらりと立ち上がった。バンピーが不安そうな顔をしている。そんな気がする。

 実際にはぼくは、彼の顔なんか見えていなかった。ただ前を、シアハの凶悪な笑顔を見ていた。

 大きく心臓が脈打つ。痛いくらいに存在を主張する。脳味噌がふやけるくらい、イカレた液体でぼくの頭蓋が埋まったような心地だ。


 直後、ぼくは叫んでいた。


「賭けをしよう、大魔女の娘!!」

「……あ?」


 自分で何を言っているのか、もう何も分からない。視界が(せば)まって、冷や汗が流れて、頭が爆発しそうで。


「きみが勝てば、きみの望むようにしろ。ただしぼくが勝てば、ぼくの言うことを一つ聞いてもらう」

「何言ってんだ。イカレてんのかてめえ」


 喉が乾く。息の仕方を忘れる。死地に立つ人狼の戦士はこんな気持ちだったのかと、ぼくの心の冷静な部分が(うそぶ)く。

 まるで時が止まったみたいだ。ヴィヨンドみたいに。


「一騎打ちだ」

「は?」


 シアハの顔が引きつった。多分ぼくの顔もそうなってる。ついでに全身の筋肉が緊張しっぱなしで、誇張なしに張り裂けそうだ。


「一騎打ちでぼくに勝てば――この場はきみに譲ってやるよ」


 ぼくは言い放った。わけもわからないままに。心臓がばくばく鳴る。血潮がひっきりなしにぼくの体を行き来する。沸騰しそうな、という形容詞は今のぼくにこそ相応(ふさわ)しい。

 熱に浮かされ笑みさえ浮かべて、ぼくはトドメの文句を叫ぶ。


「ただの人間に挑発されて、尻尾巻いて逃げるほど臆病じゃないだろう、大魔女の娘!」

「……殺すぞ」


 シアハは怖い顔をして、ターゲットをセシルさんからぼくへと変えた。「少年!」とリドさんが心配してくれている。

「馬鹿野郎!」とバンピーが声を張り上げた。「何してんすかっ!?」とセシルさんが目を見開いている。


 シアハが迫る。遠くからぼくを光線で焼き殺さないのは、バンピーのようにいたぶって殺す気だからか。物凄い形相でぼくを見据える彼女は、だけど見た目相応の可憐な少女の指使いで、誰よりも繊細に魔法陣を組み立てていた。


 リドさんによると、彼女はリドさんを追ってここまで来たらしい。それは見たままの憎悪か、使命感か、それとも身を焦がすような……少女の恋か。

 人狼だって恋をする。もしかしたら、あの鯨も。


 なあ魔女、きみは恋をしているかい?

 ぼく? ぼくは……そうだね。してるよ。二ヶ月もたった一人を想ってやきもきしているのは、間違いなく恋心だ。そう自覚するのに、二ヶ月も使っちゃったけれど。

 青春には障害がつきもので、ぼくにとっては今のきみがそうだ。だからぼくはきみを乗り越える。


 後ろに下がっても勝てっこない。横道に逸れても問題は解決しない。ぼくが進むべきは、最初から前だ。

 一歩踏み出して、シアハに歩み寄って、靴底のポーションをかかとで叩き割った。『空泳ぎ』。魔術王から受け取った魔術ポーションの、最後の一個。ぼくの体は宙に浮く。


「シアハ=ヴェン……」


 彼女は少し驚いた顔をした。ただの人間が空を飛べるはずがない。だけど彼女はすぐにぼくを追って、地面から足を離した。

 彼女の魔法陣が淡く光る。死の光線。その輝きを目の前にして、ぼくは一抹(いちまつ)の恐怖さえ抱かなかった。

 ぼくは握った小刀を、鞘から抜いた。


「次に会う時には、友達になろう」


 光線は散り散りになって空気に消える。結んだ魔法陣は(ほど)けていく。シアハの動きが今度こそ止まる。首を()ねるように、小刀の軌跡は線を引く。

 『魔力断ち』は問題なく起動した。だからシアハは地面に落ちて、背中を強く打ちすえた。

 倒れた彼女に、ぼくは刀の切っ先を向ける。そして宣言する。


「ぼくの勝ちだ」

「が、あ……てめえ、それ、母様のナイフ……!!」

「約束通り、ぼくの言うことを一つ聞いてもらおう」

「誰が聞くか、ふざけんな!」


 まあ、予想通りの反応だ。なので予想通りの対処を取らせてもらおう。


「セシルさん」

「はいよーっと!」

「ぐえっ!」


 セシルさんがシアハの体を例のガントレットで押しつぶした。ただこれだけでは、シアハを完全に無力化したことにはならない。

 『魔力断ち』で切断した魔力も、そろそろ戻る頃だ。その前に。


「ほい、『時間凍結』」

「なっ、てめえ!?」


 マクヴィルに搭載されている術式で、シアハの両腕を凍結。これで魔法陣は書けない。

 あとは彼女が足とか舌で書くとかの大道芸じみた技を習得していない限りは、シアハは完全に非力な少女となる。これまでやった素手で空間を砕くとか頭を丸ごと再生するとかの滅茶苦茶も、全て魔力あってのこと。母親の過去の功績を前に、シアハは膝をつく結果になった。


「さて、じゃあお願いだ」


 猛烈な眼力で睨むシアハに、ぼくはあえて笑顔で接した。


「ぼくの友達が死にかかってるんだ。助けてくれ、シアハ」


 やっとの思いでそれだけ言うと、ぼくはふらりと床に倒れた。

 それから後のことは、よく覚えていない。


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