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はじめに
ぼくらの街の空には機械仕掛けの鯨がいる。大半の人には見えないけど。
たとえば、ぼくの隣に座っている田村。
彼はぼくが授業中ぼうっと空を見ていると、時々ぼくの視線を追う。
だけどそこに何も発見できないらしく、すぐに興味が失せたようにすっと目を逸らす。
その時、ぼくはいつも鯨を見ている。空を泳ぐ鯨を。
ぼくは知っている。
この街に住む人の大勢が、この街をつまらないと思っていることを。
でもぼくはそうは思わない。この街には刺激が溢れている。
それはあの鯨とか、ぼくの隣に座る彼、田村の母が人狼の血を引いてることとか、花崎さんのアパートに可憐な吸血鬼が住んでることとか。
この街が退屈だなんて、間違っている。
そのことを、ぼくは知っている。
そんな刺激的な街で起こった出来事を、これからあなたたちに紹介しようと思う。
これは、誇り高き家の生まれにも関わらず、安くてボロい古アパートに住んでいる、愛らしき幼吸血鬼――〝ヴィヨンド〟。
彼女が陥ったあるピンチの話だ。