感覚を掴む為に魔物と戦ってみた
やっと少しだけ戦います。
「ねぇねぇ龍真さん、他には何が出来るの?これ以上驚かないように教えてよ!」
スキル【即死弾】を試し撃ちして【識別眼】での調整が思った以上に上手く出来た為、恐怖は残る物の場所を移動して実際に戦ってみようと決意した龍真だが、移動する道中もちこがしきりに龍真に尋ねる。
「そう言われてもな…何が出来て何が出来ないかを試す為に今から魔物と戦おうとこうして歩いてるんだ、自分の力が分かってたら今無理に戦わなくても良いんだからな」
「…それは、そうなんだけど。…つまり、私はまた何度か驚くのかぁ…何度かで済むかなぁ…」
先が不鮮明な龍真の返事にもちこは少し項垂れ溜め息を漏らした。
生活する事が可能なら、この"勇滅の森"の中に数年留まる、ともちこに提案したらそれも驚かれるんだろうなともちこの反応を容易に予想出来たので敢えて未だ伝えないでおいていた。
担当精霊からの抗議とは言え、避けるべき危険は大なり小なり出来るだけ避けておきたいのが龍真の基本的な行動だった。
当然ながら龍真は無闇に探索してる様に見えて極力息を潜めつつ慎重に進み、魔物の集団に取り囲まれないように注意して単独行動してる魔物を練習相手に探している。
だがこう言った危険地帯で単独行動出来る魔物というのはそれが可能な程の相応の強さを持ってる、と言う事実を龍真は完全に失念していた。
「どうするかな…最初撃つのに手頃なのは的が大きい方が遠くから狙い易いだろうか。大型だとその分強いような気もするな…」
遠距離から【即死弾】を使った狙撃から魔物との戦闘を試そうと思う龍真だが、サイズが大きい方が攻撃の的としては望ましいのにそれに見合った強さ必要とせず大きく弱い戦闘相手を求めていた。贅沢な願望である。
暫く歩いていると崖に突き当たり、用心して茂みの隙間から崖の先を覗いてみると10メートル程低くなっていて、その先にも木々や岩が不規則にちりばめられて奥の方まで森が続いていた。
(ん?…アレなんかまともに狙えそうだな。動きもそんなに早くない…と思う)
龍真達が隠れる崖から50メートルくらい離れた先に蠢く大きめの生命体を見付けた。
模様や背格好は何となく地球の虎に似ていたから今は緩慢な動きでも戦闘になるともしかしたら格段に速く動けるのでは…と嫌な予感がした龍真はこの場で行動を暫く観察する事に決める。
もちこは未だ見付け切れておらず顔の周りで何処にいるのか必死に探していた。
担当者のステータスの事以外余り優秀ではないのだろうと龍真は相棒精霊への認識を改めた。
魔物の行動を観察していると今は何やら食事中のようだ。
自分よりかなり小さな何かの腹を貪っている。
気儘に食い荒らされた獲物は原型を留めておらず、肉塊と化していた。
「龍真さん、あそこに居るのってイビルティグレスじゃない…!?」
「イビルティグレス?」
「ほら、あの大きい生き物!」
もちこが指差す方向を見て、龍真は漸く自分と同じ魔物を視界に捉えたと理解する。
「そんな名前なのか…俺はさっきからアレを観察してた」
「ちょっとぉ、早く気付いてたなら教えてよ。危ないから逃げないと!」
龍真が少し前にイビルティグレスという魔物を認識していたのを知るともちこはツッコミながら慌てて龍真の服の裾を引っ張りこの場から離れようと促す。
「此処でも結構距離が有るんだが…それでも危険なのか?」
日本で平和慣れしてる龍真にとっては充分安全圏だと思っているのだが、どうやらそうでは無かったらしい。
「龍真さんは分からないかも知れないけどイビルティグレスはね、その大きさにそぐわない凄い速さを持ってて獰猛な魔物なんだから!今は食事してるから標的になってないけど終わったら次は龍真さんがああなっちゃうんだよ?」
「そうか、食事した後も気になったんだが…今無事なら今の内に試さないとな」
捕食最中だから気付かれずに無事なのだと話した事で龍真を可能な限りイビルティグレスから遠ざけようとしたもちこだったが、龍真には意図が伝わっておらず早期討伐する方向に意識が傾いた。
「何で逃げないの~…あの魔物は街の手練れ総出で討伐が組まれるような恐ろしい魔物なんだよ?」
尚も食い下がるもちこを尻目に龍真は小石を拾い何時でも放てる準備をする。
龍真が構えるとほぼ同時にタイミング良くイビルティグレスが食事を終えたのか、頭部を上げた。
一瞬周りを確認する為に首を素早く左右に動かした後、龍真達の方向へ向き直る。
「早く逃げて…あぁー!」
気付かれた事に気付いたもちこが龍真を思い切り引っ張ったのだがそれよりも速くイビルティグレスが一直線に龍真目掛けて飛んできた。
それを視界に捉えたもちこは流石にもう駄目だろうと諦めの声を漏らす。
「そうか、この【識別眼】は相手の動きも判別するんだな…便利だ」
一方の龍真本人はイビルティグレスが食事を終える前から識別眼を発動させて弱点を特定し、小石を放てる様に力を収束させていた。
向き直りこちらの方へ飛んできたイビルティグレスだったが龍真の識別眼に映った動きは正にコマ送り。
ごく自然な動きで小石を持った右手をイビルティグレスに向けて構え滅する部分を弱点だけに絞っていく。
「貫け、【即死弾】…」
牙と爪を剥き出して捕食しようと襲い掛かって接近して来る魔物に向けて龍真は躊躇無く小石を放った。
恐怖に呑まれず落ち着いて行動出来たのはスキルが影響しての事だろう。
攻撃を受けたイビルティグレスは小石で眉間を貫かれ、一瞬全身が硬直した物の眉間に空いた穴から大量の血を吹き出し、白眼を剥いて落下していった。
───ズドォォォンッ!!
轟音と共に土煙を立ち上げて地上に落とされたイビルティグレスが再び姿を見せた時には頭の周りに血溜まりを作り、再び動き出すとは到底思えず明らかに絶命しているようだった。
「もう一発念押ししておいた方が良いだろうか…?」
「え…と、もう生きてないと思うよ…」
空中で派手な貫かれ方を見せて堕ちた結末を見ていた龍真は動かない初戦の相手を見下ろして追撃を考えて小石を握りもちこに問い掛けたが、もうその必要は無いと青ざめた顔のもちこに返された。
「…一先ず降りて確認しに行かないとな」
このまま見ていても何も進展しないだろうと龍真は高台になってる今の場所から落下地点へと移動した。
───────
───
「どう見ても死んでるよな…」
撃ち落とした場所へ到着すると息を潜めてゆっくりとイビルティグレスに近付いた。小石で撃ち抜かれた急所からは尚流血しており、頭部の周りだけでは留まらず全身血塗れになっていた。
「う…」
生々しい光景とは無関係な日常を過ごしてきた龍真は血生臭さとグロテスクな光景に口元を抑えて次の行動に移るのを躊躇したが、一度息を吐き出すと意を決して自由保存からナイフを取り出した。
「もちこ、コレの討伐証明みたいな部位と必要な部位って何処だ?」
「待って龍真さん、自分で解体はオススメ出来ないよっ」
折角初めて自分で倒した魔物なのだから多少雑になっても自分で解体してみようと思っていた龍真にもちこが待ったを掛ける。
「自分で解体するなって言う訳じゃなくてね、この魔物は滅多に出回らないから残しておいた方が良いよ?」
何故駄目なのかと疑問の眼差しを向ける龍真に対してもちこは貴重な魔物だからと自由保存を使った保存を提案してきた。
「…そうだとしても一緒に入れたら混ぜ合わさって気持ち悪い事にならないか?」
幾ら自由に保存して空間が時間に干渉しないアイテムボックスなスキルだとしても一緒に保存するには躊躇する姿だった事で龍真は難色を示す。
「龍真さん、大丈夫。自動分類分け保存って言うの追加されたから」
度重なるご都合展開を見せる異世界人にもちこはもう驚かなかった。
いつも目を通して下さってる皆様、本当に有難うございます。