目覚め
…頭の周りでやけに煩く騒いでいるもちこの声に反応して龍真の意識は浮上する。
夜通し警戒しつつ先の事を考えようとしていたのが眠気に負けてしまい、そのまま眠っていた事に気付くと静かに眼を開けた。
身近に危険は迫ってないか周りを見渡して確認するが、幸運な事に寝てる間荒らされたり何かが起こった形跡は無かった。
もちこの説明曰く、恐ろしい森の中…しかも深部に居るというのに清々しい晴れ空だった。
異世界だからか少し違う部分はあるが夜はあって星空が見えるし、朝になれば晴れて明るくなるという地球では当たり前の出来事として捉えている常識が此処でも共通されていて良かったと龍真は悠長な気分で考えていたのだがもちこが喚く勢いで龍真に話し掛けて来る為、瞼を擦りつつ数回瞬きして龍真はもちこへと視線を戻す。
「はぁ…やっと起きた!龍真さん、貴方のステータスが大変な事になってるから一度開いて!今直ぐ!」
目覚めたばかりの龍真を捲し立てるような勢いを保ったまま、もちこはステータスの開示を性急に求める。
(ん?何か変動が起こってるみたいだが、もしかして寝てる内に計画してたスキルの追加でもされていたのか…?)
取り乱すもちこに対して寝起きの龍真はマイペースに昨日の流れを思い返していたがこれ以上執拗に言われても面倒なので角が立たない内に頷いた。
確認を取れたもちこが早速ステータスを龍真の脳裏に提示する。
【ステータス】
名前:夜光 龍真
レベル:139
年齢:14歳
種族:異世界人
職業:小説家
精霊:大福もちこ
スキル:【万物創造】,【多言語理解】,【自由保存】,【成長限界解放】,【瞬眼成長】,【識別眼】,【即死弾】,【断絶結界】,【速写速読】,【天運】
「成程、昨日夜に考えてた願望がそのまま叶った形…で良いのか?」
ステータスを一通り見て追加された物と成長したレベルを見て龍真は納得した顔を浮かべる。しかもレベルに関しては開いてる間にも140に上がり、141に変わり142と凄い勢いで更新されていた。
「今は没頭してないからちゃんと聴けるよね?良い、龍真さん!これは誰かに願った願望が叶ったんじゃなくて、具体的に考えた物が無意識に精製した"新しく創られたスキル"なんだと思うなっ!一番最初からあったスキルの【万物創造】で!」
適当に流して後で確認しようと思っていたスキルの影響なのだ…と、外部からの影響を信じ始めた龍真にもちこは顔を近付けて説明する。
怒っている顔も愛らしさが残る姿を見て、大福もちこ、なんてギャグノリで付けた名前は悪かったなと龍真は少しだけ後悔した。
「そう言えば…このスキルの把握ってしてなかった。でもそれならそれで好都合でしかないけどな」
誰かから与えられた物だったら行動を見られているようで気持ち良いものではないと思っていた龍真は自身のスキルが影響を及ぼした結果だと知った事に安堵の表情を浮かべると同時に行動幅が増えた事を素直に喜んだ。
(だが、これでスローライフ以外の楽しみ方も出来るって事だな。目覚めて力が溢れて来るのはレベルが上がったからか…今も上がってるみたいだが)
前日のままの龍真であったなら、危機回避しながら薬草でも集めたり何かを調合したりして生計を立てていかないといけない可能性が高いと危惧していたが、まさに小説テンプレ的な状況に自分が立てていた事というのは少なからず龍真に幸福な気持ちをもたらした。
しかし興奮を無理矢理落ち着かせ、スキル効果で今尚レベルが上がってる自分の身体を確めながらも思考の焦点を変える。
何故なら…増長して周りが見えなくなると取り返しの付かない失敗を犯す事に繋がるからだ。
数々の作品を読み漁り血肉として取り込んで来た龍真は実年齢の事も有って外見相応に手放しで喜んでばかりもいられなかった。
「なんかまた一人で考えてるみたいだけど…納得はしてくれたかな?」
龍真の様子を見て自身の話が漸く伝わり溜息混じりにもちこが話し掛ける。
因みにもちこはレベルが上がった伝達を遮断して一々本人に知らせない事にした…頻繁過ぎて面倒だし当人が大して興味を持ってないように見えたからだ。
「ま…何となく。もう少し方針を考えてて良いか?」
「…私が何言っても龍真さんはそうするでしょ」
問題点を解決する為に考え始めた龍真の返事が昨夜同様曖昧な物に変わっていた為、もちこは諦めて龍真を集中させる事にした。
(この世界のレベル平均がどれだけなのか知らないが…やっぱり実践経験を積むのは必要な事だよな。最初は遠距離から、徐々に慣らして接近戦…とかが無難か)
問題点として龍真が着眼したのは自分が上がったレベルに見合うだけの実践経験が皆無な事だった。
幾ら全体的な強さを引き上げたとしても、実際に戦ってなければ培われない賭け引きや読みなどの判断力や適した身体の動かし方などが今の現状の素人同然のままでは、簡単に切迫した相手と対峙した場合捩じ伏せられてしまうと慎重に判断を下したのだ。
理性がある存在と戦わなければならない事態が先に起こる前に、先ずは昨日龍真を無差別に襲ってきたような魔物と戦って自分を鍛えるのは既に龍真の中で決定事項となっていた。
温室で育った動物と野生で育った動物が同等のステータスを持っていて戦ったとしてもその結果結果は明白だ。龍真は前者になってぬるま湯に浸かる訳にはいかないと気持ちを引き締めた。
(それと鍛える期間だ…先ずこの森の中でどれだけ自給自足出来るかってところも関わってくるが、少なくとも3年くらいは鍛えた方が良いよな)
仮に森の中での生活が自分の食住を充分に賄える環境であった場合、鍛える方向で方針を定めた龍真は修練の期間を最低でも3年は持とうと期間も定める。
それにステータス通りの年齢で今人里に降りた場合、何かと不自由な点が多かったのも期間を3年と決定した要因の一つだ。
(女の子を連れ回すにしても身分を得るにしてもラノベ的な展開にするにしても…今の俺のステータスの年齢じゃ若干若すぎるからな。17、18くらいでなら丁度良い…)
これから自分に起こる出来事を後々の作品に使うにしても今の自分の年齢では若すぎる、などとイベント事を気にして考える辺りやはり作家脳で動く龍真だった。
「よし、取り敢えず…自分のスキルを実際に使ってみるか」
ある程度の考えを纏めた龍真は身体を伸ばし、一息吐いてから立ち上がる。考え込んでいた龍真が動きを見せると、もちこもそれに気付いて近寄って来る。
「あ、やっと動くんだねぇ~。もうこのまま此処に座って何もしないのかと思ったよ」
腰を上げて行動を起こし始めた龍真を見て、もちこは何気に笑みを浮かべていた。
龍真はこの世界の人族と比べてしまえば、はっきり言って色々と得体の知れない相手とはいえ、担当したばかりの人族が"勇滅の森"で塞ぎ込み早々に諦めて行動を起こさなくなってその結果生命を落とす…と言うのはもちことしてもやはり気分の良いものではなかったからだ。
「ま、予定は予定でしか無いが…取り敢えずやる事は決めたからな…俺のイメージ通りのスキルなら、こんな感じか…?」
自分の立てた予定通りにはどう足掻いても物事が上手く進まないのは龍真もこれまでの人生の中で痛い程実感してはいるのだが、それでも方針が決まってるのと決まってないのでは時間の使い方の中身に雲泥の差がある。
不安しかない異世界では行き当たりばったりの直感頼みに行動出来ず、石橋を叩くように警戒して進めるのが龍真のやり方だった。
スキルの確認を行動目的としてから視線を地面に向けて適当に持ち易い小石を探し、しゃがんで手に持つと立ち上がり、その小石を右手の人差し指と中指の間に挟む。
そして多少距離のある自分の両腕が回るか回らないかの太めの樹木に狙いを定めて右手を構えた。
狙いを定めて力を込めた龍真の指と小石が暗い紫色の光を帯びてスパークしながら威力が圧縮されていく。
イメージするのは超速で射ち出して獲物を捉えるレールガンだ。
「…行け、【即死弾】…っ!」
龍真が発射をイメージしてスキル名を唱えると閃光と化した小石が一瞬で樹木の中腹を貫き、目標を捉えた小石はそのまま次々貫通するかと思えたが目標を貫いた時点で役目を果たしたかのように粉々に砕けた。さらに貫通させて終了のスキル効果かと思った矢先、空洞の空いた樹木が朽ちてしまった。
みるみる内に樹木全体が灰色に変わって色褪せたかと思えば次の瞬間には粉々になって風化したのだ。
「…しまったな。こんな威力のスキルじゃ素材とか残せないじゃないか…調整とか利いてくれるだろうか」
「ちょ…何悠長な事言ってるの!?これ、生命力自体を枯渇させて消滅させるスキルだよっ!こんな恐ろしいの見たことない…」
龍真にしてみれば威力が高過ぎて魔物の素材を取れないのは残念だから調整出来るかどうか程度の問題が残っただけだったのだが、もちこからすれば未知の危険スキルだったようで一大事とでも言うかのように慌てていた。
「もう一度試してみるか…今度は範囲を絞れるかも知れない」
強いスキルを得た事で我を忘れて暴走し、全て消滅させるなんて趣味は無い龍真は素材目的で効果範囲を絞れるかを試す為、もう一度小石を拾う。
もちこの方はスキル発動ミスとかで暴走しないか心配した面持ちのまま、生唾を呑み込みながら龍真の行動を見守っている。
(先ず【識別眼】でその物の弱点を見れるか…大丈夫だな。そこに照準を合わせて……)
「【即死弾】っ」
龍真は同じ失敗を犯さないように次の目標となる樹木を見定め、同じく追加されたスキルの【識別眼】を発動させてみた。スキルが無事発動し龍真の左眼が淡く光を帯びると対象となった樹木の弱点部分を写し出した。【識別眼】は使用したばかりだが概ね龍真の狙い通りのスキルと見て良さそうだった。
今度は写し出された弱点部分に小石を挟んだ指の照準を合わせ、弱点部分以外に効果が拡がらないようにイメージして先程スキルを使ったように収束させ【即死弾】を発射。
再びスキルによって超速の小石が放たれ弱点部分をピンポイントで貫かれた樹木だったが、今度は色褪せて全て風化する事は無く、狙った場所に穴が空いたままの状態で立っていた。
「…今度は根本な物が消滅してて他は残ってる…龍真さん、別なスキルを使ったらこんな極端に変わるの?」
ステータスの精霊であるもちこだが龍真が口に出さないと組み合わせたスキル内容まで分からないらしいという事が判明した。劇的な変化を目の当たりにしてもちこは冷や汗を垂らして驚いている。
【識別眼】を使用した余韻で淡く光った瞳を携えたまま驚くもちこと視線を合わせ、龍真はこれなら何とか生きていけると満足げな笑みを浮かべたのだった。
読んで下さってる皆さん、本当に有難うございます。