ステータスの精霊
自分に無理の無いペースで更新していくので不定期更新になります、ご了承下さい。
……魔物と思わしき化物に命を狙われ、龍真は必死に森の中を逃げて回っていた。
草木を掻き分け、鉱物を避け、時には隠れ、時には身近の食物を投げて注意を引き付けたりしてる中、ふと自分の身体の異変に気付く。
「おかしい…身体が自分の物じゃないみたいに軽いぞ」
30歳を越えた上に大して使わず生きてきた自分の元々の弱さや筋力体力の衰えを龍真本人が一番理解していた筈なのだが、まるで自分の身体と別の身体に入れ替わってしまった様な違和感があるのだ。
といっても悪い違和感ではなく良い違和感だったのだが。
「逃げるって事に関して言えば、軽いに越した事は無いんだけどな…」
この身体の軽さのお陰もあって何とか化物に捕まらずに済んでるので文句などは有る筈もない、寧ろこのままの方が良い位だった。
辺りを見回すと化物達は龍真を捕まえるのが時間の無駄と諦めたのか追ってくる気配が完全に無くなっていた。
「はぁ、はぁ…結構な距離を逃げたみたいだが…やっぱり見知った物は無いんだな」
大して鍛える事もせずに不摂生で生きてきた自分自身の何処にこんな逃げ回れる体力が有ったのか、長時間走り回って息が絶え絶えになってもすぐに持ち直した龍真は内心驚きながらも辺りを警戒しつつ見回して結局元々登山していた山じゃないという現実を突き付けられる。
更に森を照らしている日は傾き掛けていて、時間が経てば視界も悪くなる夜がやってくる。
意味不明な場所で一晩過ごす気は更々無く早々に下山したかったが下手に動いて野蛮な民族に見付かったりするのもそれはそれで恐ろしかった。
息を整えて気分を落ち着かせ、少しの間宛てもなく歩いて行くと人一人が何とか休めそうな岩影を見付けた。
龍真はそこまで行くと山登りする為に背負っていた荷物を下ろし、岩を背にして腰掛けた。
すると途端に身体が疲労感に包まれる。
「…持ってきたスマホも電波無し。位置情報とかも…分かる筈も無いよな。これからどうなるんだか」
一気に気怠くなった身体を動かして荷物からスマホを取り出して色々動かして見るも案の定全く電波が入らず、期待に添える結果にはならなかった。
自分の力では八方塞がりな現実に龍真は暗くなる空を仰いで深い溜息を吐いた。
以前までの根なし草で引きこもりな生活なら露知らず、今は自分と無関係じゃない人達が両親や仕事仲間を始め少なからず存在するのだ。
行方不明としてニュースとかに上がったらどうなってしまうか、龍真は気が気じゃなかった。
「…───あれぇ?おかしいなぁ~、こんな歳になるまで私達が見落とす人族なんて居なかった筈だけど」
自分の境遇だけでなく周りへの迷惑を考えて悩んでいる最中、龍真の頭に可愛らしい女の子の声が響いてきた。
「…誰だ、何処に居る?隠れてないで姿を見せろよ」
突然響いてきた声に恐怖で身体を強張らせた龍真は身構えながら辺りを見回しこんな事を言った所で本当に害を及ぼすなら姿を見せる筈も無いと内心思いつつも言葉を口に出さないという訳にはいかなかった。
でなければ話が進展しない。
「初めまして、私はステータスを司る精霊の1人です」
先程のフランクな口調と違って畏まった声と共に半透明の羽を持ち、淡い水色の髪を靡かせて異世界テンプレらしい服装をした掌サイズの妖精らしい女の子が目の前に姿を現した。
「…は?」
「ですから、私はステータスを司る精霊で1人の人族に1人担当するのが太古からの習わしで、誰も付いてない貴方に付く為に私が来たんです!」
化物は先程見たが今度も現実離れした生き物が出て来て一瞬思考が停止する。
本人曰く人間1人と精霊1人で一対らしいが疲労困憊な龍真には幻覚か夢かにしか見えず全く理解出来ず首を傾げていた。
ステータスの精霊と自称する小さな女の子は何でこの人こんな常識も知らないのだろうかと訝しげな視線を向けて見ている。
「つまり…お前は俺の為此処に来た精霊って事か?」
表情豊かな精霊を見ても完全には受け入れ切れない状態ながら、龍真は何とかその一言だけを絞り出した。
「こんな常識的な事なのに理解してくれない人族ですねぇ…ですからそう言ってるじゃないですか!」
腰に手を当てて怒っている様だが小ささが際立って大して怖くも無い。
警戒によって身体を強張らせてた龍真も、誰かと会話していて孤独じゃないという事が安心感に繋がり、その緊張感を和らげて行く。
尤も、化物に襲われるという危険性が限りなく高い山の中で周囲への最低限の警戒は怠らない程度に…という中での話になってしまうのだが。
「お前の存在はそういう物なんだな…と捉える事しか出来ないな。なぁ、聞いておきたいんだが、君は日本っていう場所の事を知ってるか?どんな小さな事でも構わないんだ」
お互いに未だ名前すら名乗ってない間柄だというのにも関わらず、龍真は半ば強引に 精霊の存在は現実だと納得させ、こうして出会ったチャンスを逃す手は無いと判断して手短に聞ける一番答えが知りたい質問を目の前の精霊に尋ねてみた。
この精霊がどんな返答をするか次第で自分の今置かれてる境遇を理解することが出来る上、これからどう行動していけば良いかという方針を大まかではあるが決められるのだ。
「はい?ニホン…ですか?私達ステータスを司る精霊は世界諸国に散って担当者と過ごして居ますけど、そんな場所は聞いた事もありませんね。あ、もしかして…何処かの別称か何かですか?」
返事を待つ龍真に対してステータスの精霊とやらから返ってきた答えは大体予想通りの内容だった。
精霊の様子と現状龍真が味わった体験から察しても、やはり此処は地球とは別の異世界だと言う事だ。
「…そうか、何も知らないか。答えてくれて有難うな」
此処が異世界だと知り気付かない内に迷い込んだ龍真は現実を突き付けられてもっとショックを受けるんじゃないかと思っていたが、事の他あっさりと自分が直面する現実を受け入れられていた。
幼い頃から今まで色んな作品を見て最終的には自分で書いていた影響もあって意外と異世界転移自体には問題が無かったのかも知れない。
気分が落ち着いてくると龍真は実際自分が異世界に来てしまったのなら何の力も無しに言葉や文字の意識疎通全般に最初は苦労するのではないか…と思い悩み顔を伏せた。
自慢じゃないが龍真は日本語以外の他の言語など英語ですら壊滅的な成績だ。
精霊と意志疎通が可能なのは精霊の方がこっちの言葉を理解して会話が成り立っているのではないかと感じると不安ばかりが募っていく。
「───スキルに多言語理解が追加されました。ステータスを開示して確認しますか?」
悩んでいた龍真の頭上で精霊が事務的な口調で言葉を告げた。
言葉通りと捉えるならば龍真が欲しているスキルが手に入った事になるのだ。