プロローグ
「何処だ…此処は」
今年34歳になる冴えない小説家・夜光龍真は、直前まで見ていた景色とはまるで違う景色の中に自分が居る事に戸惑っていた。
物心付いた時からゲームに嵌まり親の言う事も頭に入らない程没頭し、年月を重ねる度に漫画やラノベにも手を出し俗に言うオタク趣味の幅を広げ、仲間と楽しみ時には布教し、適当に普通の学校を卒業して就職した物の、社会人になっても好きな物を抑える事が出来なかった龍真は就職先でも趣味の方を優先してしまい就職しても長続きしなかった。
職を転々としてる内に行き着いた結果が趣味を仕事に…と言う事だったのだが安易な考えは当然上手く行く筈も無くダメ出しの連続。
それでも他の仕事に再就職するよりは…と、初めてかも知れない現実に対しての必死な努力で諦めずやっとの事でそれなりに自立した生活に漕ぎ着けたのだった。
これに一番喜んだのは他でも無い龍真の両親…母親などは家を出る時嬉し泣きすらしていた次第だ。
今まで両親や周りに苦労を掛けた分、安心させようと決意を新たに一人暮らしを始め、その生活にも落ち着いた頃になると自作の研鑽の為にとある山の登山に出掛けていた。
恐らく、それが現状に陥るそもそもの転機だったのだろう。
「…先ずは状況を整理しよう、俺は確かに日本で山に来てた筈だな。今は…中腹辺りだったと思うけど、此処は明らかに違うよな」
少年の様に挙動不審になって騒ぎ立てる歳でも無いと気分を落ち着ける為に一度深呼吸をした龍真は、今自分が置かれた状況を確認する。
日本の山で見慣れた植物や空、空気すら一変していて、どれだけ見渡しても視界の奥まで未知の景色に自分は夢でも見てるのかと錯覚するも全身で感じる風や木々の匂いや何かが騒ぐ鳴き声で龍真はすぐにこれが現実の出来事だと肌身で理解する。
(こんな植物もこんな山に生えてたら大騒ぎだ、食べれる物じゃないだろうな…)
龍真は奇抜な形をした奇抜な色の実を手に取り、冷たいゴムボールのような感触を掌に感じて現実味を増加させた。
グルルルルルル…ッ。
景色の変化に目を奪われてる間に匂いでも嗅ぎ付けたのか、龍真が唐突に迫る呻き声の方向に眼を向けると見た事も無い動物達が殺気を放ちながら正面に並んでいる。
どことなく野犬やハイエナに似ているような動物達を見て龍真は背筋に悪寒を感じる。
青く光る眼光を龍真1人に集中させ、口端から今にも放たれそうな真紅の炎を燻らせていたからだ。
「大きさも形も普通じゃない、それに炎って……取り敢えず逃げるしか無いか…っ!」
驚いて立ち竦んでしまえばあっという間にこの化物達の餌食にされると直感すると、すぐ様弾かれたように反転し、躊躇無く逃走を選んで化物達から離れる為必死で森の中を駆け出した。
何らかの攻撃を放とうとしていた化物達は潔いまでの龍真の逃走に虚を突かれて一瞬固まるが体勢を整えると逃がすものかと獲物である龍真に切迫していく。
化物の牙が、爪が、ブレスと思わしき閃熱が龍真に次々と襲い掛かってきた。
非力で弱い龍真の肉体では一撃受けただけでも致命傷になると理解出来るような攻撃が矢継ぎ早に放たれ、足場が悪く木々が生い茂る山道を登りも下りも関係無く無我夢中で逃げ回る。
(こんな、訳も分からず知らない場所で死んで堪るかっ)
折角仕事も軌道に乗り人生が良い方向に向かってきていたのに得体の知れない場所で死にたくなかった。
龍真は自分の全盛期以上の火事場の馬鹿力を発揮して自分が生き残る為に所持していた荷物を脱ぎ捨てる事も忘れ化物達と逃走劇を繰り広げて行く…。
化物達が龍真の周りを四方八方取り囲み逃げ道を塞ぐ。
龍真は死にたくない一心で飛び掛かって来た化物達の前に前進していき一気にしゃがんで難を逃れた。
逃走してる最中登れそうな樹木を見付けると龍真はすかさず木を掛け上がる。
登り方は情けない物だったが、命のやり取りをしてる最中に格好を気にする余裕など皆無だった。
化物達は木登りは得意では無いらしく下で睨み付けながら呻いていた。
「…ふぅ、ふぅ、絶対生き残ってやる……」
追って来れない今の内に呼吸を整える…これが出来るだけでも少しは生存率が上がるのだ。
呼吸を整えてる間化物達は諦めたのか樹木から散開していく。
しかし、龍真が一瞬安堵した所で化物達は樹木の方へ振り返り、一斉に火炎ブレスを吐き出して樹木の根元を灰に変えた。
支えを失った樹木は当然地面に向けて倒れ込んで行く。
倒れ込んだ木の龍真が着地する周辺を予想して化物達が先回りしていて龍真が落ちるのを待っていた。
「化物の癖に…っ」
統率された化物の動きに龍真は舌打ちしながら樹木が倒れる中体勢を立て直して別の木に飛び移り待ち構えていた円の外側に着地すると再びがむしゃらに逃走し始めた。
龍真にとっての異世界転移はこんな死と隣り合わせの状態で、交通事故が原因でも召喚される訳でも何かの生物に助けを求められる訳でもなく、唐突に始められるのだった。
────────────────────────────
──────────────────
─────… …………。