新たな生活に向けて
《有難うございました、本当に感謝してもし足りません》
ミアティスの母親が全快すると横にしていた身体を起こし、龍真達の方に向き直ると粛々と礼を述べた。
《良い良い、気にする程の事ではないのだからな!》
折れて小さくなった黄金の角を振りながらミルガ・ヴォリオスも満更ではない様子で受け答えする。
《お前達魔物は種族が違っても会話が成り立つのか?》
当然の事のように受け答える2人…いや、2体を見て龍真がふと気付いた疑問を率直に投げ掛けた。
地球の人間でも場所によって言葉が異なるし魔物の種類でも鳴き方や表現方法が違うのに成立するのは違和感を感じる意外なかった。
《何を言ってるのだ、龍真?我々魔物の殆どは思念の波を飛ばして意思の疎通を図るのだ…伝わらない訳が無いだろう?》
《自我の少ない魔物や、余程の下位の魔物でも無い限り大抵意思の疎通は出来るんですよ》
"でも人族でそれを知る者は歴史を遡ってみても数える程かも知れないですね"こう続けられた龍真は成程と頷くしかなかった。
恐らくこの異世界は自分が予想してた以上の劣悪した環境に有るのだろう…龍真は少なからずその疑念が確信に変わりつつあった。
《つまり、念話っていう奴だな。その気になれば人族にも出来そうだし、それを使ってる術師も居るかも知れない。悪用されてないとも限らないし注意が必要だな》
《あの、マスター…?マスターみたいに強い人族なら、同じ人族が何かしてきても平気、だと思う…》
仮に悪用している人族が居るのなら警戒事項が1つ増えると意気込んだ龍真にミルガ・ヴォリオスとの戦いを間近で見ていたミアティスが嬉し泣きから漸く立ち直り龍真に近付いて指摘する。
勿論裾は軽く摘まんだままなのを龍真が外す事は無かった。
《ミアティス、備えておいて困る事はないんだ。暫くはこの森で過ごすだろうが人族の生活に馴染むには色々と解決しないといけない問題が有るんだからな》
《そう、なの…大変》
今からの生活と今後の予定を考えると龍真には悠長な態度を取る事が出来ない。
しかし不安そうに見るミアティスを視界に捉えると頭に手を添え、2、3度ポンポンと叩いた後大丈夫だと伝える。
外見年齢的には変わらないものの実年齢が異なる龍真はミアティスを見てると庇護欲を掻き立てられるようだった。
《何、ミアティスの言う通り心配する事は有るまい。この森出身の魔物のミアティスは勿論、私が龍真と行動を共にするのだからな。そもそもお前は私の角をへし折る程の力を持ってるのだ、心配するだけ無駄という物だな》
聖獣が行動を共にするというだけでも一大事だと頭を悩ませてる龍真の心情等露知らずミルガ・ヴォリオスは短絡的に考え自信満々に声を挙げる。
《…やれやれ。そう言えばミルガ、俺が折った角…アレは貰っても良い物なのか?》
《何だ?そのミルガとは》
ミルガ・ヴォリオスという名前の聖獣だとばかり思っていた龍真が略称して呼び要件を話して見るとミルガ・ヴォリオスの方は怪訝そうな顔をして龍真を見返した。
《何って、お前は"聖獣ミルガ・ヴォリオス"なんだろ?だったら名前はミルガじゃないのか?》
会話の噛み合ってない龍真は首を傾げて真偽を確認する。
《馬鹿者、私はミルガ・ヴォリオスの一つの個体で少ない数だが群れはおるわ!黄金の角を持つ個体だけが聖獣と呼ばれるのだ》
龍真の安直な考えにミルガ・ヴォリオスが突っ込みを入れ、自分達がどういう生態をしてるか簡潔に説明する。
特別なのは黄金の角の方だったのだ。
《…龍真もそうだが人族は我々の知識が乏しくていかん。友として恥ずかしくない知識と強さを身に付けて貰わねばな…っ》
どうやら今後の龍真やミアティスの生活に聖獣の授業が追加されたようだ。
鼻息を荒くして決意を固めるミルガ・ヴォリオスを尻目に龍真は学生時代の面倒な授業を思い出してあからさまに嫌な顔を浮かべた。
《…で、その折れた黄金の角なんだが…》
《おお、そうであったな。龍真が飛ばした角はお前が持つと良い。加工すれば仔猫の牙なぞ葉を切るより滑らかに手応えも感じず切れる逸品になるだろうからな》
"私を楽しませてくれた褒美だ"と偉そうに話すミルガ・ヴォリオスだが龍真は喜び半分恐怖半分と言った様子だ。
現在使っている牙ですら、人族の軍隊規模で漸く狩れるイビルティグレスから解体して使っている物。
恐らく市場に出して加工すればかなり希少な武器になるだろう事は容易に予想出来ていた。
だというのにそれを上回る聖獣の黄金の角を武器として扱うのだ。
この世界にマジックアイテムや魔剣、聖剣といった類いの武器が有るのか定かでは無い龍真だったが、これを狙って来る輩が多い事は簡単に考えうる面倒事だ。
自分の旅を作品にしてしまおうと考える龍真にはある程度のトラブルに首を突っ込む必要は有るだろうと考えてる物の、自らトラブル引き寄せ体質に変わりたい訳ではない。
《ま、今は未だ加工出来る環境じゃないから使わないが、取り敢えず要らないのなら有難く貰っておく。回収しに外に出ても構わないか?》
《ふむ、良いとも。ミアティスの母親も治療した事だし私の此処へ留まる理由も無くなったような物だからな》
使うかどうかを棚上げして住処の地下から出ようと提案した龍真にミルガ・ヴォリオスが賛同しフェルスアピナの親子も続いて頷き、龍真達は外へ向かった。
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《…お前、この住処を自分の住処に利用しようとしたのは角が理由だったのか》
外に出るまでの道中でミルガ・ヴォリオスがフェルスアピナの群れの住処を奪った理由が黄金の角の生え変わりでその角を隠しておく為だったと説明を受けた龍真は、外に出ると開口一番に突っ込んだ。
《うむ、私の角は一定の長さに伸びると抜け落ちて新たな角が生えて来る。抜け落ちた角が有用な物で隠すのは当然だが、小さな角の聖獣では格好が付くまい?》
聖獣としての自尊心なのだろうか、ミルガ・ヴォリオスは角の隠蔽に住処を利用するだけではなく、生え変わった角が成長するまで住み着くつもりだったと悪びれもなく語る。
《しかし龍真が丁度良い頃合いでへし折ってくれたからな、隠居する必要が無くなった訳だ。永い退屈な時間を帳消しにしつつ友となった龍真には折れた角をくれてやっても未だ足りない位なのだがな》
足取りの軽いミルガ・ヴォリオスが龍真との戦いを行った辺りに行くと早速折れた角を見付け、口に咥えると龍真の方へ投げた。
腕の立つ人族や勇滅の森の魔物でも通常致命的な一撃になる角の投擲も龍真は普通に手で掴み、【自由保存】に収納する。
(…龍真は"聖獣の黄金角"を手に入れた!ってところだな。使うかどうかは未定だが)
《おい、龍真っ、今のはなんだ?私も知らない能力じゃないか。角は何処へ消えたのだ??》
投げた筈の黄金の角が龍真の手に渡った後、何の脈絡も無く消えたのを見たミルガ・ヴォリオスとミアティスの母親は当然驚き、ミルガ・ヴォリオスが龍真の傍へ戻って問い詰めて来る。
《あぁ、ミアティスには見せたがはぐらかしてたな、此処に居る奴等は大丈夫だと思うから説明しておこうか》
あっという間に囲まれた龍真は此処で隠すのも面倒なのと魔物達の性格を考え大丈夫だと判断すると【自由保存】という固有のスキルで物の出し入れが自由で無制限に可能な事を説明した。
魔物の言葉で完全に蚊帳の外なもちこだったが、龍真が交流を増やしている様子を姿を消しつつ笑顔で見守っていた。
龍真が自分以外の生物と念話とは言え真剣に向き合ってるのが嬉しく感じたのだ。
《マスター、それ…すっごく便利。私も欲しい…っ》
自分のイメージ通り自由に保存出来て取り出せるアイテムボックスは日本のラノベやゲーム等では定番中の定番だが、この世界にはそんな都合の良い物は存在しない。
龍真がそれを持ってる事をミアティスは素直に喜び自分も欲しがったがミルガ・ヴォリオスやミアティスの母親は違った捉え方をした。
《成程、確かに安易に教えられるスキルでは無いようだな。私は理解出来たが他言無用にしようと約束しよう》
《…そうですね、案外知ったのが私達魔物で良かったのかも知れません。人族の大半は強欲ですから、龍真さんが大変な事になっている可能性が高いですからね》
2体の魔物は龍真のスキルが知れた時の騒動を予想し、龍真の身を案じた。
未だ僅かな時間しか共有していないにも関わらず人間味溢れる魔物達だった。
《さて、角も無事回収出来た事だし俺は一度自分の住居に戻って休もうと思うが、お前達はどうする?》
一通りの行動が落ち着いて来ると龍真は1日で起こったイベントの密度を考えそろそろ解散する事を提案し他がどう行動するか確認する為問い掛けた。
《わ、私は勿論お供します…っ!マスターのスレイモンスター、ですから》
《龍真の住居か、別な場所から通っても良かったが面白そうだな。私も行こう》
スレイリンクを交わしたミアティスの同行は勿論だが、友となったミルガ・ヴォリオスも一度は龍真の住居に来るようだ。
必然的に未だ返事をしてないミアティスの母親に視線が集まる。
《そうですね、私は同行を止めておきましょう》
一度ミアティスの方を見た後、母親は同行しない事を一同に告げた。
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