決着を迎えて
(…これは、不味いな)
聖獣ミルガ・ヴォリオスに集まる光を見た龍真が生唾を呑み込む。
何をやらかすかは確定出来ないがこの手のボスクラスの魔物がこういう時使ってくるお約束として余り良い物が来るとは思えなかった。
何パターンかの攻撃を想像した龍真は、何が来ても良い様に警戒する。
ミルガ・ヴォリオスに光が集まった直後、その姿は綺麗さっぱり消え失せた…。
《マスター、居なく…なった?》
突然姿を消したミルガ・ヴォリオスは気配すら無くなり、重圧に必死で耐えていたミアティスが龍真に尋ねる。
龍真は警戒を解かずに構えながら首を振り最小限に返答した。
《…いや、これは光の屈折と眼の錯覚を利用した…透明化だろうな》
龍真の【識別眼】にははっきりと敵意が捉えられていた。
より魔力を込めて眼を凝らすと敵意のマーキングがミルガ・ヴォリオスのシルエットを形取り龍真に向けて接近してくるのが分かる。
《はっはっはっ、技術の正体が分かった所で姿を見切れまい!勝負有ったな》
(…スキル様々だな)
普段なら驚異の目視出来ない攻撃もスキルのお陰で苦労無く対応出来てしまう龍真だったが、ミルガ・ヴォリオスを驚かせる為に初撃は見切って受け止めない事にしていた。
龍真の腹部に角が突き刺さる様に頭を屈め速度を増して行く。
がむしゃらに動き回っているように見せて【自由保存】から虫除けスプレーを取り出し、懐に忍ばせた龍真は接近したタイミングで自分の周りスプレーを噴射し接触する前に横に飛び退いた。
《なんだと…っぐ!》
スプレーから吹き出した白煙を目眩ましだと考えたミルガ・ヴォリオスは構わず虫除けスプレーの煙の中に突っ込み、当然粒子が眼に入ると聖獣とはいえ効果が有った様で消していた姿をその場に現し、眼を強く瞑ってその場で暴れる。
《何だこれは…眼が…ぬあっ!!》
ミルガ・ヴォリオスが暴れている内に龍真は次の行動に移っていた。
比較的被害の少なそうな胴体、翼の後ろ目掛けてイビルティグレスの牙を振り下ろし牙の腹で打撃を与えていたのだ。
これがもしレベルが上がる前の龍真だったなら打ち下ろした反動で自分の腕の方が大打撃を受けていただろう。
それ程この聖獣の肉体は頑強だった。
《…まさか一撃受けてしまうとはな。戦いの動きは素人の様に見えるが、色々なスキルを持っているではないか》
人族の筋力で放った一撃が自分に衝撃を与えた事が余程心外で、透明化を見透かしたのも虫除けスプレーではなくスキルだと捉えたミルガ・ヴォリオスが、龍真から一定の距離を保ち興味深い物を見付けた子供のように瞳を輝かせて褒め称える。
《聖獣って呼ばれ方の通り光を使うスキルが多いんだな…黒いのに》
龍真としては全身黒く角だけ黄金なのだから闇スキルとかを使ってくれば身体の色と合って映えると思っていただけに残念そうに呟きを漏らす。
ギャップが良いという人間も少なからず居るのは事実なのでこれはこれで構わないかと思う中で戦闘を補助するスキルも有って損は無いな…と別な思考を巡らせていた。
《私の色は関係ないだろう、もっとも…私のスキルは光の物ばかりでは無いがな》
龍真の小声の呟きは大抵捉えられるらしく身体の色は無関係と否定しながら自慢気に隠しているスキルも有ると明かす。
《はぁ…このままじゃ埒が明かないな。次ので駄目なら諦めるか》
お互い本気じゃ無ければいつまで戦闘が長引くか解らないと判断した龍真はミアティスの母親も長時間放置する訳にもいかないので次の攻撃でスレイリンクに同意出来なければ倒してしまおうと意を決した。
《ミルガ・ヴォリオス、俺はお前に余り時間を掛けてられない。だから次の攻撃がお前を認めさせられないならスレイリンクは諦めて終わりにしようと思う》
龍真は決着の一撃だと宣告すると【自由保存】から小石を1つ取り出し緩やかな動作で構えを取り、ミルガ・ヴォリオスに向ける。
《最後と言いつつ牙ではなくその小石を私向けて何をするつもりだ?まさかそれを投げるのではあるまいな!》
言葉と行動が矛盾している龍真を見てミルガ・ヴォリオスは嘲笑い、そんな物では認められないと馬鹿にしていた。
そしてこの人族との戦いを長引かせ意思をへし折ってしまおうとまで考えて決定事項となっていたが、構えた龍真は構わず魔力を放出し小石を挟んだ指に力を収束していく。
《ほう…これは禍々しいな》
龍真の行動と魔力を見ていたミルガ・ヴォリオスは先刻の表情とは一変して極めて真剣な表情に変わり、再び光を全身に収束し始めた。
(…あの動作から少なくとも2つのスキルを使い分け出来るのか。従魔に出来なかったら残念だな)
お互いが力を溜め込む中、龍真は何とかして認められないか悩んだが結局現状でこれが最短なのは変わらなかった。
《それをどう扱うか知らないが先に私が終らせてやろう。消滅せよ!》
先に収束を終えたミルガ・ヴォリオスが龍真を見据え光を角の先端一点に集中させ、4足を支えとして踏ん張り、高出力で高速の光の光線を龍真に放つ。
実際回避出来るスピードでは無く、全身を包み込む大きさな為回避運動を取っても致命傷に至るのは明白だった。
《試せて丁度良い…【即死弾】っ》
龍真は保険として【断絶結界】を掛けた後、以前から試したいと思っていた事を実行に移す。
…即死効果は火や水等触れられない物でも効果が有るのか。
今回のミルガ・ヴォリオスとの戦いでのこの攻撃は龍真に取って好都合では有ったのだ。
それだけに何としても従魔にしたいと思ってるのも事実だが。
【即死弾】で限界まで圧縮された魔力で放たれた小石がミルガ・ヴォリオスの放つ光線とぶつかり、押し合いになるかと思えば小石は光線の中に入り込んで行く。
龍真が無理だったかと次の小石を用意してる時、光線の中心まで進行していた小石が唐突に光線全体を霧散させる。
《な、なんだと!?》
狼狽えたミルガ・ヴォリオスに向かって小石は速度を殺さず飛んで行き、そのままミルガ・ヴォリオスの象徴とも言える黄金の角の中腹に命中すると角をへし折り、小石も消滅した。
ザシュッ!
【即死弾】によって分断された黄金の角が一度上に吹き飛び滞空した後地面に突き刺さる。
その場に一時の沈黙が流れた。
《ふ…ふはは、はははははっ!たかが小石で私の最も硬いこの角をいとも容易く砕くとはな!》
先に沈黙を破ったのはミルガ・ヴォリオスの方だった。
象徴的な角を折られたにも関わらず、声色、表情共に何処か嬉しそうだ。
《…俺としてはこのまま続けて最悪の結果になるのは避けたいな。どうだ、やっぱりスレイリンクを受ける気は無いか?》
重い雰囲気も無くなった所で龍真は小石を捨て、牙を下ろすと再びスレイリンクの交渉を持ち掛ける。
知能を持つ魔物で有るのも勿論だが全体的にミルガ・ヴォリオスを気に入ってしまったのだ。
この世界の人間達が聖獣をどう捉えていようが龍真には知った事ではなかった。
元々目立つような高位の魔物ではなく、有る程度の力の魔物で良かったのだがこういう物は理屈じゃないと最初の考えを一蹴した。
《ふむ、確かに一理有るな。だがスレイリンクを認めるのは未だ私のプライドが許さぬ…友としての同行が最大の譲歩だ》
《ま、今はそれでも良いさ…無駄な犠牲を避けれるならな》
龍真の交渉に対してミルガ・ヴォリオスは暫く思い悩み、やがて出した結論を龍真が納得した事でこの場の戦いは幕を下ろす。
《わわ、マスター…凄い。聖獣様と友達だなんて》
ミルガ・ヴォリオスの重圧も戦いの殺伐とした雰囲気も晴れた事で遠巻きに見ていたミアティスが龍真の元に近寄り主となったばかりの龍真に尊敬の眼差しを向ける。
聖獣と友になると言う事は少なからず凄い事なのだと龍真は適当だった認識を少しだけ改めた。
《ミアティスと言ったか、そういう訳でこれから宜しく頼むぞ?》
《はい、聖獣様…宜しく、お願いします…っ》
気さくに話し掛けるミルガ・ヴォリオスに対してミアティスは畏まって返答する。
魔物同士の力を考えればやむを得ない事だろう。
《私の住処にする予定の場所を結構滅茶苦茶にしてしまったな…どれ》
ふとミルガ・ヴォリオスが周囲を見渡して戦闘後の被害を確認すると双眸を綴じて翼を拡げる。
《光よ…大地に降り注ぎ傷痕を癒し、活力を与えよ》
ミルガ・ヴォリオスが詠唱を唱えると視認出来る光の粒が雪の様に傷付いた大地に降り注いだ。
すると木々の傷は塞がれ、新たな若葉が芽吹き、周辺の大地その物が【回復】した。
《…お前、それ…回復のスキルか?》
一連の流れを黙って見守っていた龍真がスキルを使い終わったミルガ・ヴォリオスに先程まで戦っていたとは思えない程当たり前のように近付き、今行われた現象を確認する。
《如何にも、癒しの力だが。それがどうかしたのか?》
《よし、取り敢えず黙って着いて来てくれ。やって欲しい事があるんだ》
視線を横に向けて龍真を捉えると回復スキルだと言う事を肯定する。
ミルガ・ヴォリオスの襲来を退けた龍真が早急に対処したい問題はミアティスの母親の地力だった。
迫害されながら生きてきたミアティスにとって誰かから親切にされるのは初めての事で、スレイリンクを済ませたとは言えマスターである龍真の元でも殆ど変わらないと思っていただけに龍真の行動も一行が母親の所へ戻るまで信じられなかった。
《このフェルスアピナはミアティスの母親でな…治せるか?》
《酷い状態だがやってみよう…》
龍真の頼みを聞き入れたミルガ・ヴォリオスが母親に向けて回復スキルを使用する。
それを見てミアティスがその場に座り込みぽろぽろと涙を溢した。
読んで下さってる皆さん、いつも本当に有難うございます。