初めての従魔契約
《さて、私の新居に巣食う邪魔者は未だおるか?》
地下に居るにも関わらず、声が鮮明に伝わってきた。
酷い重圧が襲い掛かっている影響でフェルスアピナの親子の表情は優れず冷や汗を掻いて強張ってるのが見て取れる。
《この声の主がさっき言ってた高位の魔物って奴か…?》
魔物の親子が恐怖を感じてるのと同じように龍真は重圧を感じられなかった。
確かに圧は有るが、そこに居るな…という程度にしか。
《そ、う…ですが、貴方は…人族…ですよね?恐ろしく、無いんですか?》
《近付いてるな…って程度にしか。余程強い魔物なのか?》
平然と上を見ている龍真を視界に捉え母親の方が声を絞り出すように問い掛ける。
対する龍真の返答は適当な物だった。強くて飛行出来る4足獣なら従魔…スレイモンスターにしてしまおうと考えたのは親子には内緒である。
《人族の最大の懇願で一生のお願い…というのが有るのを知りました……このような身体ですが、一生のお願い、です…。私はどうなっても構いません、この場で囮にしても…人里で去らされても、売られても構いません。ですからこの子を貴方のスレイモンスターとして仕えさせて貰えませんか?》
《お、お母さん…っ》
《何故、見ず知らずの俺に?》
頼みを聞いて一瞬母親が娘を売ったのかと思ったが真剣その物だった。
自分の未来がどうなろうと娘をスレイモンスターにしてくれと頼む龍真に疑問が浮かんだので一応確認した。
《私は…生け贄に選ばれた身です、救われたところで群れには戻れません。私だけではこの子を守り切れません。加えて…この子はこの見た目です、安全な場所へ連れて行って貰えても何の術も持たず、知識の無い娘は遅かれ早かれ先の暗い生になりましょう。何を投げ売ってでも貴方の傍で奉公させるのが一番安全だと判断しました。》
このまま放置しておけば限られた時間しかない母親の判断は冷静だった。そして龍真が思った以上に娘への愛情が深かった。
魔物の中にも奉公という行動が存在する事に驚いた物の龍真の中に断る選択肢はほぼ無かった。
「もちこ、従魔契約するやり方って知ってるか?何か必要な物が有るなら知っておきたい。この子をスレイモンスターにする」
「知ってるけど…え?この子?私だけ話に着いていけてないんだけど…」
「今から強い魔物が来る。母親は娘を守りたいから連れてってくれって流れだ。1人で逃げたとしても特殊な個体なんだろ?」
唐突に尋ねられたもちこが困惑していると龍真は簡潔に説明してその後の末路を連想させる言葉を並べる。
もちこはそれで察して表情を引き締め、魔物にも姿が認識出来る様に姿を現すと龍真と少女の間に立つ。
「龍真さん、この子をスレイモンスターにするにはスレイリンクっていう龍真さん的には従魔契約の儀式が必要なの」
もちこは自らが学んだ知識を龍真と少女に説明する。
この世界では従魔契約の事を"スレイリンク"と呼ぶらしい。
スレイリンクには先ず契約者側と魔物側双方の同意が得られてる状態な事。
それからお互いの血液の摂取、魔力を使った契約と宣誓が必要になるともちこが続け、二人が頷いた。
《…お前は俺のスレイモンスターになる事を承諾するか?》
《はい、アナタのスレイモンスターに…なりたい、です》
方法を理解した龍真が【自由保存】からナイフを取り出し、指を軽く切って出血させ少女の意思を確認する。
それを聞いたフェルスアピナの少女は頷き了承の意思を伝えると、龍真に近付き指の血を舐めた後、龍真の持つナイフに指を滑らせ今度は龍真が手首を掴み少女の血を飲み込む。
「龍真さん、私に続いて?"我等は互いの意を共にして生命の繋がりの元、主従の契約を結ばん!我を主と認め此処にスレイリンクを受け入れるならば制約を誓え"っ」
《「我等は互いの意を共にして、生命の繋がりの元…主従の契約を結ばん。…我を主と認め、此処にスレイリンクを受け入れるならば…制約を誓え」》
血の交換迄見届けると、もちこが龍真の横に並び片手を振り上げ契約の言葉を口に出し、途中で拳を前に突き出すと龍真は一瞬これで魔力を使った制約になるのか疑問が浮かぶも、それに追従して言葉と動作を繋げる。
そうすると地面に魔方陣が浮かび上がり龍真の身体から淡く蒼い光が溢れ、龍真の全身を包み込む。
《貴女も続けなさい…言葉を言った後額を拳に当てるのよ。"…我、今後主と認めスレイリンクを受け入れ、苦楽を共にし…主へ寄り添い、別れのその時迄服従する事を此処に誓う"》
《は、はい、お母さん…我…今後主と認め、スレイ…リンクを受け入れ、苦楽を共にし…あ、主へ寄り添い、別れのその時迄、服従する事、を…此処に…誓う…っ》
言葉でしか説明出来ないフェルスアピナの母親が出来る限りの声を出して娘に言葉と行動を伝え、少女もたどたどしく言葉を紡ぎ、そして龍真の拳に額を当てる。
拳と額が触れ合った瞬間、龍真を包む淡く蒼い光が少女も包み込み拳と額に収束すると紅く輝き、吸い込まれる様に消えていった。
「…これで完了…したのか?」
「うん、ステータスに"スレイマスター"が追加されたから間違いないよっ。スレイリンク、初めて見た」
完了を確認する龍真にもちこが返事を返していると少女の胸元に薄く数字の1のような模様が浮かんでることに気付く。
《マスター、これ…マスターのスレイモンスターの証みたい。マスター…私の呼び名を決めて?》
契約が終わった少女はスレイモンスターとしての知識を得たのか、印を指でなぞりながら口を開き名付けを求める。
魔物同士ではそういう概念が無いのだろうと龍真が納得すると顎に手を当てて考え込む。
"大福もちこ"のような安直な名前を辛い生を送ってきただろう少女に名付けるのは流石に憚られたからだ。
《マスター…か、まぁそうなるんだろうが…そうだな、じゃあ…"ミアティス"で構わないか?》
《スレイモンスター、マスターの決定に同意だから、私はこれからミアティス…宜しく、お願いします…マスター》
龍真が他のヒロイン名となるべく被らない様にと悩んだ結果、自分の小説で使おうと思っていたキャラクターの名前を参考にして組み合わせたのがこの名前だった。
少女…ミアティス本人は反論も何もないらしく自分の名前を受け入れて微かに微笑んだように見えた。
《「これからお前はミアティスだ、宜しくな」》
「ちょ、ちょっとぉ…龍真さんの名前のセンスって私の時みたいに残念な感じなんじゃないの?どうしてこの子は普通の名前で私はコレかなぁ…」
普通に名前を考えて名付けた事に一番不服を申し立てたのはやはりもちこだった。
ミアティスの母親は無事にスレイリンクが成されてスレイモンスターとして名付けられた娘を見て肩の荷が降りたような安心した表情を浮かべている。
「いや、お前の時は悪ノリし過ぎた…変えないけどな。それにしても、魔物にも制約の言葉なんて有ったんだな。スキルが無かったらどうやってスレイリンクを…ああ、鳴き声とか聞いた後額を当てられるのか」
不服に頬を膨らませ睨んで来るもちこに悪ノリだったことを暴露しつつ改名の意志が無いと断言した龍真はスレイリンクの際に頭に浮かんだ疑問を口にするが、自分自身で自己完結する。
そうこうしている内に上の方から爆発音が響いて住処全体が揺れ動いた。
スレイリンクを行ってる最中に接近した高位の魔物が邪魔者を炙り出そうとしたか排除しようとして牽制してきたのだろう。
「ミアティス、お前の母親を犠牲にする終わり方は俺の好む終わり方じゃない。救う為に今は来てる魔物をどうにかするのが先決だから先にそっちを済ませるぞ?」
《は、はい、マスター…頑張るっ》
「…本当ならスレイリンクすると意志疎通が叶うんだけど、龍真さんには関係無いみたいだね」
魔物と契約を済ませた事で龍真が無意識に魔物言語ではなく普通言語でミアティスに指示を飛ばし、担当精霊のもちこにまでミアティスの声が聞けてる状態になっているのだがそれに気付かない龍真の規格外さにもちこは振り回され慣れてきた。
「何をするにしても退けてからだな…行くぞ」
龍真の意識は完全に外の魔物に集中され、イビルティグレスの牙を持った上小石を数個握り恐怖が無い相手なら余裕だろうなどと慢心も持たず、住居が崩壊する前に外へ向かって駆け出した。
全員が外に出て行ったのを見送ったミアティスの母親は満足そうな笑みを浮かべながら静かに呟く。
《良かった…どうか、これからは…幸せに…》
最後まで自分が与えられなかったミアティスの幸福を願い、そして重たかった瞼を閉じた…。
読んで下さってる皆さん、本当に有難うございます。