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短編:選択

作者: ren_Kさん

「―――なんなんだろうな」


―――これで何度目だろうか、この言葉を零したのは。

一時限目の授業中、頬杖をついて、窓から外の景色を眺めていた。


「―――…はぁ、なんなんだろうな」

これで今日、二度目である。人生レベルで見るともう本当に何桁まで行ったんだろうか…。

机に並べられた筆箱、シャーペン、消しゴム……そして、真っ白のノート。

窓から吹く風は涼しく、首辺りまで伸びた僕の髪を靡かせた。


「おい!聞いてるのか?おい!!」

「―――…あ、すいません」

「んったく。最近ぼーっとし過ぎだぞ」

「すいません、善処します」


クラスからは嘲笑なのか何なのか、笑いが起こっていた。

しかし僕はそんな笑いなどに気にもせず、黒板に書かれた文字を映し、心中であの言葉をまた零した。








―――そう思い始めたのは確か中学の二年だったか。

多分、夏あたりから。夏休みというものが終わり、学校が再開してからだったはず。

その時から、自分は一体何をしてきたかと思い始めた。


そう思い続けて、時が経ち、受験の半年前まで進んだ。

あの時は特に苦しく感じた。自分の未来はどうなっているのかと。

塾長とは何回か話したし、何故なのか、少し涙を流したこともあった気がする。


…そうして、気が付けば高校二年生となっていた。

―――人生とは。

そう問われたら、今はきっと『無意味なもの』と答えるだろう。

今まで経験してきたものだけでは、その答えが一番と考えたからである。

何をするにしても、これに意味があるのか、メリットはあるのかと考えると何もいいことなんてないのが普通だった。


―――でも、実際に意味のある生き方をした人だっているのは確かである。

そう、それは歴史に名を刻む人達だ。彼らは本当に凄いと思う。小さい頃では考えなかったが、大きな努力、多種多彩な発想をして導き出したからこそ、こうして名を轟かせているのだろうと、僕は思う。



―――聞いている素振りを見せていたら時間も経ち…。



キーンコーンカーンコーンというあるあるなチャイム音が鳴った。そういえばこの音にも何か由来があったっけか…。

普段では考えないようなことに真剣に思い出していると、ヤツが来た。



「やほー、サボりさん」

「うるせぇ、引っ込んでな」

「やん!ひどーい!」

「…そんなキャラじゃなかったでしょうに」

「それっ!ブーメラン!」

「ッ!?―――どっから出したし…」

「ビックリした?ねぇねぇ、ビックリした?」

「そら誰も学校に本物のブーメラン何て持ってこないと思うわ。いたとしても精々馬鹿っぽい奴だろうに」

「むぅ…。それって遠回しに私のこと馬鹿って言ってる…?」

「否定はしない」

「ひどーい!」

「やかましいわ!」


いつもこんな調子である。

コイツは音無(おとなし) (かなで)と言う。赤ん坊からの付き合いである。所謂、幼馴染だろうか。母親が奏の母さんと意気投合し、仲良くなった末、当時子どもだった僕ら二人はよく会っていた。


「お前ってやつは…」

「なんやかんやで優しくしてくれるアナタが好きーっ」

「キモイわ、それ…」

「ひっどい!酷いよ!」

「思ったことを口にしただけです」

「Q,何のための口なんですか?」

「A,音を発するための口です。ノンフィルターなのでご利用の際はご注意を」

「やー注意するの遅いー」

「注意を聞いてこなかった、お前が悪い」

「人のせいにしてぇー…。でもホントは優しいの知ってるよ」

「嬉しくもないです」

「うっ…、、あれだけ仲良かったのに…。まさかっ!?あのキ…」

一文字目が来て、マズイことを察した僕は、思いっきり彼女の口を塞いだ。


「…バカ。ここは教室だぞ。そんなこと言ったらわかってんだろうな!?」

彼女は塞いできた僕の手をどかした。

「――……はいはい。少し調子乗っちゃいましたよーっと…」

「詫びる気のない詫びをどうもありがとう」

「感謝の意すら感じない言葉をありがとう」






「「…はぁ~」」


そして次の授業が始まってしまうのだった。




先程とは変わって、この時間は奏のことを見ていた。

特に前の席でも隣の席でもない彼女のことをぼーっと見ている僕を見たやつはきっと勘違いをするんだろうな、なんて自分で考えてしまうぐらいだった。


―――今更ながら、我、思ふ。

奏って結構綺麗だよな…と。


別に二次元展開を期待してるわけではない。ただ、彼女の後ろ姿を見て思っただけだ。

休み時間じゃあんなにふざけるのに、授業中は真面目と切り替えが素早いのなんの。

成績も悪いどころか上位と言う。それにあのルックスと来たもんだ。よく思えば男子から人気なのはそういう事なんだろうか。学園のアイドルってわけでもないが、一部からは人気だと噂で聞いたことがある。―――…ま、関係ないことか。


はぁ~。今回も授業内容が入ってこない。それもそうかもしれない。だって今僕は、生きる理由で悩んでるんだから、今の敵は勉強時間ということになる。


やっぱりわからない。今自分は何をしているのか…。生きる意味とは―――。

誰の為になるでもなく、自分の為と言うのは無いわけで…。



また、同じ体勢になってしまう。

白紙のノート。芯を少しだけ出したままのシャーペン。半分まで削れてきた消しゴム。



子どもの頃は何のために生きてたっけか…。







―――すべてが同じように思えてしまう。

今日の授業だってそうだ。最初から最後まで、同じように感じてしまう。

これは僕がおかしいのか。それとも周りなのか…?


―――いや、どっちだっていいか。自分自身が面白くないように感じているのは事実。これは認めなければならない事実…。




下駄箱へ向かい、ゆっくり廊下を歩いていた。

その時、背後から走ってくる足音を感じた。それは明らかこっちに向かってきている。


「もぅ~!先帰るなんてひど~い!待っててくれても良くない?」

少し身構えていた。しかし、振り返る前に彼女の声がした。

肩に入っていた力は彼女の声と共に抜けていき、少し安堵した。


警戒ではなく、彼女の顔を見るために振り返る。

「待っててくれと一言も言われてないからな。待つ必要がない」

「酷い!酷いよ!それでも私の彼!?」

「はいはい誤解を招くような発言はやめようか?」


最近、奏がおかしくなった気がする。というよりも、おかしくなった、が正しいだろうか。

アピールが多いというか…。彼女は企むというよりかは、馬鹿正直みたいなタイプなんだが…。それでも何かありそうで怖い。


彼女は僕の後ろをついてくる。親を追いかけるヒヨコのように。

―――その状態は、帰路につく時も続いていた。


周りの景色が流れる様に過ぎていく中、ふと僕は彼女に問う。

「…最近変わった?」

「何が?」

ぽっ、と。小さなものが小さな穴から出てくるかのように。そんな擬音と共に発したかのように、彼女は答えた。


何が?―――と言うことは自覚していないのだろうか。考えにくいが、そういう事なのだろうか。知ってどうにかするでもないが、少し気になってしまう。

ここまでアピールするということは構って…一緒にいて欲しい…?と言うことは一人…?確かに最近、誰かと話している奏の姿をあまり見ない…。―――いじめられでもしたのか…?


「―――…何か、イヤなことでもあったの?」

「へ?どうしてそうなるの?」


バカなの?呆れたとでも言わんばかりの顔で返答してきた。もう少し違う答えがあるでしょと訴えかけてくるかのようなジト目で、僕を突き刺すような目で、見てくる。

何かおかしかっただろうか。どこか間違いがあっただろうか。


「じゃあ、なんでそんなに変わったんだ?」

「うーん…変わったかなぁ…」

「本当に自覚ないのか…」


自覚もないのか…。

てくてくと二人肩を並べ、さらに一歩、歩く。

しばらく静寂が包んだ。その間、僕は彼女を横目で見ながら、考える。


(明らかに彼女に変化がある。何かやらかしたっけ、僕…)


自分の過去を省みていた。





――いつもの景色、いつもの道、いつもの場所…。毎日という別の時間のはずなのに、同じ時間に同じ場所に居る。変化のない毎日。これに意味はあるのか。自分でもわからない。……でも、変化のある毎日と言うのもイメージできなくて…。


彼女、奏と一緒に帰る時があるが、その時は大抵、彼女を家に送ってから自宅に帰るようにしている。これが自分のモットーというか、何というか…。


「ん、着いたな」

「うん…着いたね」

「んじゃ、そろそろ帰る」

「うん!気を付けてね!決して事故とかしないようにね!」

「…心配性だっけ?」

「いいじゃん!さ、帰った帰った!」


作り笑顔に見えてしまった。口には出さない。でも、聞きたい。


(なんでそんなに悲しそうにしたんだ…。奏)


変わった。彼女は確実に変わった。何が変わったか、何故変わったか。それを知る術はない。





―――世界も、人も、人間関係さえも。

時間と共に変化していくものである。それには『どのように』というのはない。変化の種類は数億、数兆だろう。人間である僕たちが思いつかないぐらいの数の可能性がある。少なくとも、僕はそう思っている。

全てが最高の選択というのはあり得ない。必ずそれ以上と、それ以下が存在する。人がイメージ出来るのは、ほんの一部だけである。


―――でも…。


「『過去(いままで)の選択の上に、現在(いま)がある』…か」


今読んでいた本の最後の一文。多分これは、今まで生きてきた人たち、と言うのも含まれているのではないかと勝手に妄想してしまう僕。


パタン、と勢いよく本を閉じ、鞄にしまう。


…今日も始まる。今日が始まる。

いつもの日常。無意味な日常。

世界に変化をもたらしたくても、人一人の力なんてたかが知れてる。

しかも、それが出来たところで、誰も望んでいない可能性の方が高い。


一時限開始のチャイムと同時に、担当の教師が教室内に入ってくる。



(今日は何をしようか…)


自分の問いに、自分が返す。


(手紙をもらったんだろ?行って来いよ)



――朝、学校に着き、下駄箱を開けた時である。

一枚の、手紙が入っていた。

中身を見ても、何度見返しても、名前は記載されておらず、書かれているのは一文のみ。


『放課後、屋上に来てもらえませんか?』


想像したくもないものだ。これは性別が男故なのか、これが告白なのではないかと妄想してしまう。――でも、だからこそ怖い。

過去にも同じ体験をした。そして最後、「ドッキリでしたー」と言いながらこちらにやってくる数名の女子たち。告白してきたヤツは大笑いしていた。そしてしばらく、笑いものにされた。


今はどうなのだろうか。まだ、笑いものにされるだろうか。また、笑いものにされるだろうか。皆の笑顔の日常の対価として、僕が傷つくのだろうか――。



――でも、と。もし本当の告白だったら、と考えると、足は勝手に動いてしまう。

その時になればきっと勝手に動くだろう。今はまだその時間じゃないから。







―――僕はどうしたいのだろうか。

何を変化させたいのか。何をそのままにしたいのだろうか。

問うても、問うても答えは返ってこない。何故なら答えは自分自身にあるから。

自分が答えない限り、答えは返ってこない…―――。




心が痛い。

心臓が痛い。

頭が痛い。

理解できない…。



「何故、僕なんだ…」

「わかりません…。私は…あなたのことが好きだったんです…」


人の心とは全く分からない。

時として人を嫌い、時として人を好きになり…。


「―――そう…。…まぁ、リラックスして…」


これは時間稼ぎでしかない。返答を遅らせるだけの、その場しのぎでしかない。姑息な手でしかない。

屋上、二人で向き合って立っている。

目の前の女子をそこのベンチに座らせる。


彼女が座っている間、僕は周りを警戒して見渡した。

彼女の名は『柴乃(しの) 一華(いちか)』と言うらしい。なんでも、周りからは『アネモネちゃん』と呼ばれているらしく…。

一目だけだと、彼女はいい人そうで、優しそうだ。

あまりカッコいいとも何とも言われない僕とは釣り合わないぐらいに綺麗だとも思う。


「……」

「……」


話すらし難い。

そんな空気を作ってしまったのは僕だ。こうしたのは、こうさせたのは、僕だ。


「あ、あのさ。一華さんはどうして手紙でここに呼んだんだ?」

話すことがなかった。少し考えればわかりそうなことを、敢えて聞いてしまう。


「えっと…――。その…。自分で直接言うのは…恥ずかしいから…」

「でも今直接言ってる…」

「それとこれとは別!」


初めて話す相手なのに、こうも話しやすい。普通ならすぐに終わっているのに、彼女との会話は続く。


何なのだろうか。少し、楽しいと感じてしまう。

この気持ちは何なのだろうか。今じゃOKしてしまいそうだ。

――…これが、恋と言うやつなのか?


もっと話したいと思ってしまうこれが…?


ならばこれは一目惚れに近いのではないだろうかと思ってしまう。

彼女とは考えも合い、少しだけ違っている考えもまた、楽しいと感じてしまう。


そして、話は終わる…。


「――――…答えて…くれませんか…?」

「―――そう、だな。…何て言ったものか…」

正直、会話に夢中で答えを全く考えていなかった。

今の気持ちを話すべきか。それで彼女は傷つかないか?でも、はっきり言った方がいいのだろうか…。


「――ごめん…時間頂戴…」

「……はい、待ってます」


流石に連絡手段が無いのは辛いということで、友達登録だけして、彼女は去っていった。



…本当は、どうなんだろうか。―――沈む太陽を見つめ、思う。


自分の気持ちはなんなのだろうか。どう答えたいのか。

赤い太陽が僕に問うてくるように感じる。


『今の君は何がしたいんだ?』


それはあくまでも自分が作り出した幻聴でしかなく、自分の中では太陽が聞いてきたもので…。






―――帰路についた頃の事である。

奏から連絡が来た。と言っても電話の方ではないが。


『仕事は終わった…?』


彼女のその言葉に少し笑ってしまう。


「全く…。僕は奏の夫じゃねぇよ」

口に出したことをそのまま文章化して返した。そして、『終わったよ』と追加で送った。


そしてまた歩きだそうかと思った時に返信してきた。

『浮気じゃないでしょうね…』


……。

一体何を考えてるんだアイツ。


『だから僕は夫でもなくてアンタは妻でもないでしょうに…』

まさかのまさか、この数秒後に返信してくる。

『浮気 ユルサナイ ゼッタイニ』

『何がしたいんですかね』

一言、そう送った。


通知がいくらも来るが、返答しても結局状況が変わりそうもないので、放置した。

携帯の通知が多いが、ポッケに入れて歩いた。

通知には『ねぇ!』とか『聞いてる!?』とか、いろいろ短い文が書かれていた。




――――この数日後のことである。

大事件が発生した。災害なんてレベルの言葉で済ましていい問題じゃない。



「天変地異だ…。こんなの…」

ついにその日が来てしまった。

予想すらしていなかった状態へとなってしまった。


なるほど、これが人類じゃ思いつかない未来の一つ、か。

なーんて冷静な考えができるはずもなく。


「あ、あの…」

「「ちょっと黙ってて!!」」


奏と下校中のこと。つけてきたのか、一華さんと出会ってしまった。

一華さんから始まる勘違いが広がっていき、今に至る。


こういう時はどうすればいいのですかね。


一華からだと、僕と奏が付き合ってる。

奏からだと、僕と一華が付き合ってる。

―――と、まぁこんな感じか。

さてさてどうしたものかねぇ。

ワーギャー言い合ってるお二人さん。どうやって参加したものか…。


「そもそも!なんでこんな奴と付き合ってるの!?」

「―――え?僕?」

「はぁ!?アンタホント失礼なやつね!」

「てか待ってくれる?色々勘違いしてるよ?」

「何が勘違いよ!言ってみなさいよ!!」

「だから、僕は誰とも付き合ってないって話」

「いやいやいや、どう考えても付き合ってるでしょう」

一華さんは奏に確認を取ろうと目を向ける。

奏は少し間を作ってから。

「―――そうよ!私とコイツは付き合ってるの!」

「馬鹿野郎!」「最低!!」

言葉は違えども、発したタイミングは一緒だった。

あの奏のせいで誤解が大きくなってしまう…。


「いいか紫乃さん!僕はコイツと付き合ってない!子どもからの付き合いってだけだ!」

「―――子どもの時から…付き合ってたの……」

「ダーもう!付き合うの意味が違うだろうが!」

どうやらマイナス思考らしい。


とりあえず話をまとめるため、僕の家に呼んだ。

母には『揉め事の解決』と言っておく。自分の部屋へ二人を案内し、お茶を出す。



―――全く…ここまで案内するのに一苦労だったよ…。



「えーでは、話をまとめましょうか」

そう自分から切り出す。

「まず、柴乃さん。言いたいことをどうぞ」

「はい」と言って立ち上がり、本当に裁判みたくなってきている。

「私は彼の返事が遅いと気になり、つけたのですが、追い付いたと思って見てみると、知らない女と一緒に帰っているところを目撃しました。私は彼に腹を立てています」

「はい。どうもありがとうございました。ではお次に奏さん」

こちらも「はい」と一言言ってから立ち上がる。

「私は彼との下校中、知らない女が後ろから突然来たのです。その女が『誰この女!?』と言うものですから浮気してるのではないかと疑ったまでです。私は彼に腹を立てています」

「はい、お二人ともありがとうございました。それではまとまりもついたところで、私から誤解を解かせていただきます」と言う僕はバッグからノートとシャーペンを取り出し、それぞれに誤解している点とその真実を書き始める。


「本当に…。どうやったらそんな勘違いが生まれるのやら…」

ぼさっと呟いた後、「はい」と言って、二人にノートを破いた一ページずつを渡す。


そして書いたのに自分の口から話してしまう僕マジマヌケ。

「そもそも。僕は誰とも付き合ってないし付き合ったこともない。あと、このこと外に知られると面倒なんで、このメンバーだけでケリつけましょうね」


「―――じゃあ何?私はどうでもいいことに怒ってたってこと?ついでにそこの女に色々バレたってこと?」

「ご自分の口から『告白した』だの言ってましたからね」


「――浮気…じゃないの…?」

「そもそも付き合っても結婚もしてません僕ら」

「わ、私、最初から信じてたからっ!!」

「嘘がお下手なことで」

「う、嘘じゃないし!!」



はぁ~。


これで面倒な点が一つできてしまった。

少なくともこの二人はしばらく敵対し合うんじゃないかという、勝手な意見。


「で、お互い誤解は解けたかね?」

「「最低な女」」

「はい、解けてませんねありがとうございます」


はぁ…どうしたものか…。


恋愛以前に、彼女らには仲良く居てもらいたかったと心のどこかで思っていた。

しかし現実がこれだ。どうしたものか。


「なぁお二人さん。仲良く出来ない?」

「「絶対出来ない!!」」

「どうすれば仲良くしてもらえる?」

「「どうしても無理!!」」


全く分からない。どうしよう。解決できない。

二人が笑顔になってハッピーエンドってのが理想だけど…。

―――少なくとも今は無理そうだな…。





二人が帰った後の事…。

「あんたも中々やるわねぇ…」

テーブルで頬杖をついている母がそう呟く。

「何がだよ」

ただ勘違いされただけなのに、どうしてこうなるのか。

「お父さんもそうだったなぁ…」

思い出すかのように目を瞑る母。じゃあ何?私は親父と同じような人生送ってんの?

「―――そん時は親父どうしてたの?」

「うーん…デート?」

「二人連れてですかそうですか」

「うん。二人で」

「――無理そう、かな」

「やれるやれる。大丈夫だよ」

「ほんとかねぇ…」


他の解決策、なんてものも思いつかない。手を唇に当て、必死に考えるものの、やはり答えは一つしかなかった。



「―――ま、今日はいっか」

ゆっくり解決していこう。そう思う僕だった。



明後日は金曜…。さて、どうしようかね。





一日経って金曜のこと。

昨日と変わらずギスギスと言うか、やっぱ奏がいないと日常じゃないと思ってしまう。

休み時間も一人、登校も一人…。


僕は五時限目と六時限目の間の休み時間に、二人に『放課後、屋上』とだけ送った。

『何?』と返されても既読すらしなかった。話は全てそこでつける。



さてどう言おうか。言葉一つで色々変わってくるからなぁ。


「―――で、何?」


放課後、屋上。

呼び出した二人は来てくれた。本当によかったです。

「色々考えましたよ、私」

「なんか私とか使うと気持ち悪い…」

「あっはい奏さん今回そこじゃないんで」

少し空気が柔らかくなったかなとか思っていたがそれは僕だけのようだ。

実に悲しいぞ!

「ンッゴホン…。まず、僕が一番すべきなのは、柴乃さんの告白の答えを返すことだと思う。本人が何と言おうとな」

「…今、言うの…?」

「それは流石にアレだろ?それに、二人の仲が悪いと、何というか、僕も答えずらい。つーわけで、色んなとこ(一人)から知恵を頂いた結果、三人でデートするって話になった」


そもそも、告白されたこと奏に言おうなんて思ってなかったからな。もうこの二人に関係が出来た以上、どうしようもないし…。


「「……」」

沈黙が訪れる。

「――何だ…?ダメか…?」

「だってそれ…私とコイツの仲の話でしょ?だったら必要なくない…?」

「じゃあ柴乃さんに答えられないんだけど…」

「それはダメ!答えて!」

「ほらね?それに…」

僕は続ける。

「それに…?」

「――僕は、奏に聞きたいことがあるから。でも、今の空気じゃ聞きづらいし本心で言ってくれなさそうだからな」

「聞きたいことなら今答えるけど…」

「それじゃダメって言ってんでしょうが焼き」

「……」

彼女は少し黙った後、こう問うてきた。

「聞きたいことって…?」

「だから今は…」

「聞きたいことだけ、聞く。今は答えないから」

「―――…。じゃあ、聞くけど、最近僕へのアピールが増えたなって…」

「―――ッ!?」

彼女は少し驚いたかのような顔をしたが、すぐに元に戻る。

「…アピール、って…?」

「んー、『好き』だとか、『浮気』…だとか?前まで使ってなかっただろそんな単語」

「―――……うん、わかった。いつか、答える」


少し間が開いた後、本題からずれていることに気づく。

「おっと、そういう話じゃなくてだな。詰まるところ、どこに行きたいか、だ」

「「どこに、行きたいか?」」

「だってそうだろ?僕が行きたいところに連れてったって、それはただ連れまわしてるだけだし。」

「急にそんなこと言われても…」

「そっか。まぁ、そうだよね。決まり次第連絡してくれればいいから。どうせ三連休なんだし」

「―――…月曜祝日だっけ」

「うん。祝日」


二人は考える…―――が。


「―――こっちから話しといてアレだけど、もう遅いし、帰る?」

辺りは太陽が落ちかかっていた。もういいころ合いである。

「そう、ね…。じゃあ決まったら連絡するから」

「結局月曜に行くの?」

「それでもいいけど都合が合わなかったらいつでも」

「「月曜で」」

何だろう。こういうところだけ合わせてくる二人不思議。

「ん。じゃあまぁ、今日は解散で」


と言うことで、今日が終わる。

どうしたものか。最近、生きる理由なんてどうでも良くなってきている。それどころか別の問題に必死になっている。

「生きる理由ってなんなんだろうな…」

皆が帰っていった。僕も帰路についた頃、言葉を一つ零すのだった。





――土曜のことである。

僕は自室にて寝ていた。それは当然、やることがなかったからである。

「何したらいいんだ」

口は勝手に動く。……あれ、口って体の一部だったよね。なんで勝手に動くの?

彼女ら二人の通知がなければやることなんてない。


しかし…。

「ずっと寝てる訳にもなぁ…」

ベッドで寝っ転がって、天井を見ながら、そう思う。


「さて、今日は何すっかな」

―――と、一件の通知が来た。


それは奏からのモノだった。

『相談に乗ってくれない?』




場所と時間は指定されていた。

その時間の十数前に着くよう向かった。


そこはとある公園。小さくもなく大きくもない公園。

奏は一人、ベンチに座っていた。



「相談とは?」

彼女の目の前に行き、そう問う。

早速本題へと移る。相談…と言っても、おおよそイメージできるが…。


「ねぇ、好きな人っている?」

「は?」

突然、そんなことを聞かれた。

別に何の躊躇いとか、恥ずかしがる風でもなく、突然だ。

「何を聞かれてらっしゃるので?」

「何って…―――、いや好きな人いるの?って…」

「そういうことじゃ…――、まぁ、いいか」

このままだと埒が明かないと判断した僕は、彼女の隣に座った。

話が進まないと来た意味もない。それに…。

「まぁ、答えちゃうといないね」

「付き合ってる人は…?」

「それは貴方様が一番理解していることではなくて?」

「ちゃんと言ってっ!」

―――急に怒鳴る彼女。いつも通りではない。

「……落ち着けよ。どうしちゃったんだよ」

「―――……。」

おかしい。彼女は今、おかしい。

しかし、今できることはただ一つのみ…。

「いないよ。わかってるだろうけど…」

「……そう…。」

彼女は力なさげに、そう返した。


「―――知りたいことは全部か?」

「――…わからない…。」

「そ。んじゃ知りたいことあったらその都度聞いて」

「うん…。―――ごめんね」

「謝んな。別にいいから」

「―――…うん。ごめん」

「うん!無限ループになるからツッコむのやめとく!」

「うん…。ご…――なんでもない…」

「よろしい」


静寂が、僕たちを包む。

そして彼女は思い出したかのように言った。――というか思い出したから言った。

「あっ…。聞きたいことあったんだ…」

「え?どんな?」

「――――ごめん……。言えない…」

僕は笑った。大笑いでもなく、ふっ…と一瞬だけでもなく。

「言えばいいのに」

笑いながらではあるが、本心だった。

「言えない…。言えないから…」

両手で顔を隠して、出ない口から無理矢理出したかのような、そんな声で言った。

「…こんな空気だからか?」

「―――わかってんじゃん…。……そうだよ…さっきのノリじゃ言いずらいの…」

「んじゃ言いやすくなるまで待つわ」

「…それじゃダメなのっ―――!!」

両手で顔を覆い隠し、またも倒れ込むように体を前に倒した。

「じゃあどうすればいいんだよ?」

「どうもしないで…っ」

「それだと話進まないんですけど…」

「そうだよ!それでいいのっ!」

「詐欺られた…」

「――何に…?」

「あんたが最初に相談したいって言うから来たのに」

「うん…本当は聞きたいこと……いや、なんでもない…」

彼女がこんなところで話を止めるのは滅多にない。それほどまでに重要なことなのだろうか。

でも、本当に大切なことを言っていない。彼女は一言のひの字も言ってないだろう。それを聞き出したい。―――しかし、いいのだろうか。彼女は言いたくないと言っている。聞いてしまってよいのだろうか…。

…やっぱり聞かないでおこう。

「まぁ、なんだその…―――言える様になったら言えばいいと思う…」

「そっか…。――――――そういえばさ!!」

元気よく、彼女は言った。

それはまるで何かを振り切ったかのように。

それはまるで勇気を取り戻したかのように。


「なんだよ急に?」

「タイプは??」

「は?タイプ?……べ、勉強しない属性?」

「それはあんたのでしょ?」

「じゃあ何のタイプだよ」

「あんたのタイプ」

「ほらね。そういう事」

「そういうことじゃないからっ!!」

今日の奏はよく叫ぶ。


「はぁ…。なんとなく察してるから大丈夫。てかタイプって言ってもオールオッケーだから」

「何それ初めて聞いたんだけど…」

「どんなタイプでもいいってことだよ。それぞれにいいところあるって話」

「ふーん…」

彼女は少し冷めたような返事をした。

「私、好きな人いるの」

「へぇ~。頑張れ」

「興味ないの?」

「人の恋愛についてあんまし聞きたいとも思わないしな」

「じゃあ、どんな風に告白すればいいと思う?」

「じゃあって…――。んーその人によるだろ…。そうだなぁ…自分なら、熱血タイプだと思ったことそのまま言うって感じ。本ばっか読んでる人になら…そうだなぁ、しおりに書いておくとか…そんな感じか?―――と言うより、恋愛にここまで真剣に考えるの初めて…?」

「ふーん。あんたみたいな人なら?」

なんだ、どうでもいいのかって思う反応だった。でも、その次の一言が僕を振り向かせた。

「それってどういう意図があるんだ?」

「いや、特に何も…」

「じゃあ聞かなくてよくね?」

「知りたいの!」

「―――そうだな、自分がされるとしたらって話になるけど……うーん…―――ま、普通でいいかな」

僕はいくつかのシチュエーションを考えてみたが、やっぱりこれしかなかった。

それに対し、彼女は確認するように聞いた。

「普通なの?」

「そう、普通」

「そっか……」

彼女は唇に手を当て、考えているような仕草をした。

そして何か決心でもしたのか、彼女の目は鋭くなり、僕の方を向いて、こう言い放った。


直人(なおと)……。付き合ってください!!」


そう、僕の名は『司馬(しば) 直人(なおと)』…。彼女は、この名前の男に、告白した。

「………」

この名の男は、なんとなく察していたとでも言いたげな顔をして、黙っている。

彼女は、彼の黙っている状態に少し残念がっているようで、笑うしかないようで…。

「―――ははは…。鈍いんだか、鋭いんだか…」

「鈍い、とは思ったことないけどね」

「――思えば、若干は気づかれてたからね。鈍い…とは言えない、ね」

「まだ、言い足りないんじゃないか?」

「えっ?」

「勝手な偏見かもしれない。けど、告白した後って、なんかすっきりするもんなんじゃないのか?」

「―――……」

一体何を隠しているのか。僕には到底理解できないだろう。

いくら幼馴染と言えど、やっぱり完璧には理解してあげられない。

「―――まぁ、僕の勝手な意見だから」

「知ってる」



彼女は何故、このタイミングを選んだのだろうか。

何故、彼女は今なのか…。

逆に、今でなければいけない理由があるのだろうか。


――――いや、ない。少なくとも、僕は分からない。

「なんで、今だったんだ?」

「……耐えきれなかったの」

「何に?」

「ずっと前から、言いたかった。でも、直人の前だと、どうしても言えなかった。いつもの私を、演じなきゃって。そう思い始めて…。自分の気持ちを、殺してた。多分、今みたいな状況じゃなきゃ、言えないと思った。…だから」

「―――なるほどね」

彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でる。

「無理する必要なんてないのに。この口は本当に硬いな。全く…」

「そういうとこだよ…。そういうのが…だめ、なんだよ…」

彼女は嬉しそうで、涙が流れそうで、うつむいていた。

「本当に…全く…」

しばらく、彼女の頭を撫でていた。






―――彼女、奏も落ち着き、時間も経っていた。

「それで、用件は終わりか?」

「うん。終わり」

「そう。―――んじゃ、帰るか」

彼女が「待って―――」と僕を止める。

「何だ?何か思い出したのか?」

「―――そうじゃなくて、答えてない。私の告白に」

「……すまん。待っててくれない?」

「………」

「二人の関係がアレなままなのは現状変わってないし、それに、答えも決まってない」

「―――そっか…」

彼女は辛そうだった。残念そうだった。少なくとも、僕にはそう見えた。




彼女と共に家まで帰る。―――そうは言っても、近くだが…。

それでも何かあっては遅いという精神のもと、僕は彼女を家まで送る。


「まぁ、今日は休め」

「うん…」

「行きたいところ、決まったらでいいからさ。今日はゆっくりな」

「うん……」

「そんじゃ」

「うん………」

ドアに隠れて返事をする彼女。うつむいていた。辛そうに。

何が辛いのだろうか。告白があんな状況の中だったからだろうか。それとも、僕が先に告白され、自分が一番になりたかったからなのに…とか―――?

いずれにせよ、僕は理解してあげられない。完全な理解者にはなれない。


一度、自分の視点の他に、もう一つの視点を作る。



―――なんともちっぽけなことだ。

全部僕の話だ。何もかも。柴乃さんに告白されて、誤解されて、変な空気になって…。


「僕が悪いのだろうか」


そう思ってしまう。

僕がもっと良いように言えていれば、別の未来が待っていたのだろうか。

このことについて相談できるほどの友達はいないし、強いて言うなら、母しかいない。

親父は昔に交通事故で亡くなっている。


「……どの選択が正しいんだ?」

柴乃さんを取るか、奏を取るか…。


はっきり言って、柴乃さんと関わりこそ薄いが、別に悪いような人でもないし、どちらかと言うと好みかもしれない。背もそれなりに高く、凛としているような…。あんな女性はこれからは現れないだろう。きっと、今しかないのだろう。


…でも、僕を支え、助けてくれたのは奏である。元気いっぱいの少女という言葉がぴったりの彼女。これ以外に言葉がないだろう彼女。過去、どんな時も一緒にいてくれたの彼女だった。家族以外で唯一、一緒だったかもしれない。そんな彼女に、こんな大切なことを言われ、NOと答えて、今まで通りに接してくれるだろうか。彼女がそう言っても、本当のところはどうなのだろうか…。



「…何の選択が正しいんだ?」


僕は迷う。ただ一人。一人で。

家に向かい、ただ一人、迷う。


今までの選択、これからの選択、そして、今選択しているもの…。


これら全て、良いものなのだろうか…。

今できる最高の選択ができているだろうか…。

彼女たちにとって、良い選択をしているだろうか…。

傷つけてはいないだろうか…。


悩むうち、自室のベッドに倒れ込んでいた。


「僕は、本当に、これで…、良いの…、だろうか…」

悩み、悩み、悩み続ける。

答えは出ぬまま。それでも、悩み、考える。

これは無駄と言うやつなのだろうか。無意味と言う言葉が一番ぴったりの行動なのだろうか。

誰も答えてはくれない。


「あぁ…。二人も…こんな苦しみ、なのかな…」

答えてはくれない。こういう事なのだろうか。

答えてくれない苦しみはこういうことなのだろうか。

何が正しく、何が間違っているのか…。社会が教えてくれる間違いは、一般的な間違い。

社会の間違いが例え正解でも、それは塗り替えられている。

そうではない。僕が求めてるのは、そういうのじゃない。


「本当の…正解…」

僕に、見つけられるだろうか。

僕なりの、正解を…。


そして、深い眠りについた。





余程疲れていたのか、その眠りは長かった。


起きた時は既に午後だった。

携帯を見ると、二人からのメッセージ。


『遊園地』『ゆっくりできる場所』



―――柴乃さん…アバウトだなぁ…。


もちろん、予定はこれで決定である。強いて言うなら、『ゆっくりできる場所』を探さなくてはならない。

携帯の地図アプリを開き、いいところはないか探す。



―――いいところがない。

交通手段を増やして考えても中々ない。

バスに電車と行ける限りの範囲を探すがやはりない。


「ふーむ…。やっぱりないな…」


柴乃さんに連絡してみる。

『アバウト過ぎません?』

送ると、携帯を机に置くが、すぐさま返事が来た。


『まさか、ずっと探してたの?』


え?まさかわざとなの?


『そうだけど…』

彼女はすぐに返してくる。

『やっぱり』とだけ返ってきた。

続いてもう一言。


『実は決めてたの』



次に送られてきたのは…。



「ここ…なのね…」

その場所の画像だった。




そしてそのあと、二人に対し。

『予定が決まった。来週にする?』


二人はそろって『明日』と言うのだった。

リビングに降りて、またも椅子に座っている母に頼む。


「明日の午後さ、ちょっと車走らせてくんない?」

「どこに?」

その場所の画像を、メッセージで送る。

それを見て、母は「いいよ」と答えた。


「ありがとう。母さん」






今回の目的を忘れてはいけない。でも、楽しむことも大切だ。

これは選択だ。人生と言うものと同じく、選択するんだ。

奏か、柴乃さんか…。それを見極め、自分の心に問う、それが目的だ。


忘れてはいけない。楽しむだけでは、彼女たちに失礼だから。





「そんじゃ、行きますか」

「「おー!」」

プランは完璧。午前は奏の遊園地、午後は柴乃さんの指定の場所。

一度遊園地から全員で僕の家に帰り、我が母に指定地点まで送ってもらう感じである。

早速、例の遊園地までバスで向かう。



乗り換え等々、さまざまな困難(?)を乗り越え、やっとのことで着いた。

「ここか…」

時刻は10:00あたり。予定通りだ。


さてまぁ、入場手続きも終わらせたとこで…。

「何するの?」

「とりあえずっ!!」

満面の笑みでとある乗り物を指さす奏。

おいおいアレって…。


「ジェットコースターかよ…」

よりによってなんで苦手なヤツを選んでくるのか…。知ってるだろ?僕がジェットコースター苦手なの…。


―――そのあとは、お察しの通りというヤツである。

かなり辛い目にあった。でも…。


「楽しかった!!」

「特にあの部分とかよかったよね!」


この言葉から始まる彼女たちの会話。全く、一つ目の乗り物から盛り上がり過ぎではなかろうか。

しかし、そんな彼女たちの笑顔を見て、少しうれしく思った。


「全く…。仕方ねぇんだから…」

そういう僕も、かなり楽しんでいる。

嘘ではない。本心から、心の奥底から、楽しんでいる。



幾つか乗り物などを楽しみ、時間は過ぎて行った…。

奏はどうやら、この遊園地の全てを楽しもうとしていたようだが…。


「そろそろ時間だ。最後の一つぐらいだな」

「えーっ!!もっと遊びたい!!」

「子どもかっ!?」

「「子どもです!」」

声をそろえて言う彼女たち。いやさぁ…、もっと大人になろうよ…。

でも、そんな彼女たちの笑顔が素敵で素敵で…。


「―――それじゃ、最後に一回、大きいヤツに乗るか」

「「はーい!!」」




昼も近づく。最後に乗ったのは、時間も合っていない観覧車である。

観覧車と言えば、夕方に乗るのがベストだと自分の中では思うのだが、今は生憎と昼である。奏には少し悪かったかなとも思いつつ、僕はこの状況を楽しんでいた。

三人。この広く狭いゴンドラに一緒に乗る。

僕たちが乗るゴンドラは徐々に高くなっていく。


少し、高い位置まで来た時、奏は言った。

「今日はありがとうね、二人とも…」

「どうしたんだよ?急に」

「だって、私の行きたいところに付き合わせちゃって…」

彼女の言葉に、思う。

僕がそう思わせたのかと…。いや、ここでマイナス思考は意味ないか…。


「そうね。無理矢理付き合わされちゃって、疲れたわ。…だから、次は私に付き合って」

「柴乃さん…」

僕が言う必要はなかった。

どうやら、目的は達成されてるのかもしれないな。


「そういう柴乃さんも、子どもっぽかったけどな…」

「なっ!?」

「はははっ!!確かにっ!!」

「お前も言えないからな奏」

「え―――?」

「え?自覚してなかったの?」

「いつも通りに振舞ってたんだけど…」

「いつもより子どもっぽかったぞ」

「嘘ぉ…」


なんだか、楽しい。

ただただ、楽しい。この状況が。

嘘を言い合って、笑いあって、許し合って。時に喧嘩なんかして。そんな仲を、夢見ていた。


今は、それが現実だ。現実になったんだ。

それが何より嬉しくて、楽しくて…。



「そいや、なんで僕を好きになったんだ?」

「え?」

唐突な僕の質問に、戸惑う奏。

「い、今聞くこと…?」

「うん。今」

これは柴乃さんにも聞いていて欲しい。お互いの気持ちを知るために。

奏は少しためた。それが何故かはおおよそ予想が付く。それでも、聞かなきゃならない。

僕が正しい選択をするため。柴乃さんには平等な、僕の選択だと、答えた時に思ってもらうため。


「む、昔から…そうだったけど…、いっつも私と一緒で…―――それで…、優しくて、楽しくて…。いつ、どんな時も一緒で…、そんで、優しくて…」

「同じこと二回言ってないか?」

「うぅ…―――。ユルサナイ……、許さないから!」

「これ、私も言うの…?」

柴乃さんが僕に問う。

「まだだよ。その時が来たら、言う」



こんな楽しい時間が、永遠ならば…。

でも、観覧車は非情な現実を突きつける様に、僕たちを下ろした。


「何か食べて帰るか」

「…うん」

奏は小さく、頷いた。

その時の表情はやはり、嬉しそうで、悲しそうな、あの表情。


僕らは一度、遊園地から出て、近くのファミレスで食事をすることになった。

「君たちがはぐれそうかなと思ってな」

「やっぱり子ども扱いしてない…?」

「子どもですって言ったのはお二人ではなかったかな?柴乃さん」

「―――そろそろ柴乃さんやめて…」

「え?」

「一華って、そう呼んで…」

「奏と同じくか?」

「………」

彼女は答えなかったが、きっとそういうことなんだろう。

「んじゃ、行こうか、一華さん?」

「だから…さんは…」

「はいはい、行くよ、一華」

「………」

見上げると、空は青かった。今の僕らのように。全く、別の感情を持たぬ僕らのように。

楽しむ心しか持たない、僕らのように…。


「さてまぁ、僕は適当に済ませるよ」

「私、これで」

奏が指さしたのは…。

「いっつもそれだな…、そんなに好きなのね、麺類」

「えっへへ…これ以外おいしさわかんないし…」

「私はこれで」

一華さ……一華も決まったようだ。

「ほう……ハンバーグ定食とな?」

「悪い?」

「別に…。―――んじゃ僕は…」

ちょっと待て僕。今選ぼうとしたのはそばだ。間違いなく麺類だ…。

これだとなんか奏寄りだなとか思われて今後の予定台無しとかあり得るんじゃないか?


ぐぬぅ…。

「…焼き魚で…」

「「―――以外…」」

「うっせやい」


注文した品が届き、食べた。楽しく、マナーの範囲内で。家族と食べるのとはまた違った楽しみ。これまでに味わったことのない感情。


どうして今まで、こんな感情を経験しなかったのだろうか…。


「「「ごちそうさまでした…」」」

それはさながら、小学生…幼稚園の頃体験した、全員一緒のあの挨拶を思い出すほど、三人同時に言った言葉だった。



帰り…。

「えーっと…」と財布をごそごそいじる一華を見てしまう。

こういう時はやっぱ、奢った方がカッコいいのかね…。どこかで聞いたような知識を今頃思い出す。


レジ前まで行って、僕が払う。

「すいません、これでお願いします」

パパっと僕が出したのに気が付いたのか、一華が背後から言う。

「私出すのに…」

「いいんだよ。そもそも、予定に入れてなかった僕が悪い。今回ぐらいは払わせて」

「………」


お釣りをもらい、釣りともらった金額が一致しているのを確認してから、財布にしまう。

「それじゃ腹も満たされたことですし、帰りますか」

来たルートと同じルートで、自宅まで帰る。時刻は既に一時を過ぎていた。




―――無事、家に帰ってくることができた。

家の中で数分休憩を挟む。

「何時から行けばいいんだ?」

「そうね…、あと数時間は問題ないけど…」

「―――余裕持って、な?」

「なら、あと三十分で出た方がいい」

「どこまで遠いところ行くんだ…」

母が出してくれた珈琲…。―――うむ、やはり美味い。

二人はお茶を貰っていた。彼女らはソファーに並んで座っていた。


「―――暇だな…」

持っているカップを机に置き、零す。

「でもすることないし…」

「うーむ…」

悩む。三十分を何に使おうか…。

何やら部屋から出て行った母はさておき…。


「三十分、何か思いつくか?」と、奏に投げる。

「三十分…。何もいいの思いつかないなー…、柴乃っちなんかいいのある?」

彼女は一華に投げた。

「うーむ…。そうねぇ…、トランプ…とか?」

「それだ!」

「そういうと思って持って来ましたー」

タイミングを見計らったように母がトランプを持ってきた。



無難に、ババ抜きをすることになった。

「むむむ…」

トランプを握り、僕が持つカードを睨む一華。

「適当なのどうぞ」

「むぅ~」

真ん中の一枚を握り、僕の顔を見てくる。

「………」

生憎と、ジョーカーは握ってないので…。

「むぅぅ~」

僕から見て、左のカードに手を伸ばす。

「………」

特に表情の変化はない。どうせ全部結果一緒だから。

全てのカードを確認する彼女だったが、表情が変わらないことから察したのか、さっきまでの緊張感は溶けたようになくなっていた。彼女は初めに握った真ん中のカードを取る。


続いて奏のカードを取る番。

まぁ、同じ戦法でいいかと思いながら、一華の作戦を何事もなかったかのように真似ていくのだった。



―――で。


一枚だけ変な表情をする奏。


(あぁ…。これがジョーカーか…)


その隣のカードを引き抜く。

彼女は泣きながら、引き抜いたカードを目で追いかけていた。

泣きながら、母のカードを引き抜く奏。



―――なんだ?全員やり込んでるのか?……なお、奏以外。


結局最後に残ったのは、奏と僕だった。

もちろん、答えは分かっているが、何故かジョーカーを引いてしまう。


「うぅ…、わざとぉ…」


んじゃ、全力で行くかな。


「いいのか?全力で」

「いいよぉ、もう終わらせよ…。時間的にも」

そろそろ三十分が経つ頃である。

そろそろ終わらせるか…。


彼女がカードを構える。

右のカードを掴む。


泣く。



左のカードを掴む。



満面な笑み。




―――右か…。



そう思って引き抜く。

確認すると…。







『ジョーォォカーァァ!!』


脳内再生である。

何処かのライダーの変身アイテムのような声だった。


てか…。

「どうして…」

「ふっふーん!!何年アンタを見てきたと思ってんの?」

「クッソ…」


カードをシャッフルし、構える。

右から掴んでくる奏。


これまで以上にない変顔をする。



彼女はジト目だった。

そのまま左のカードを掴む。


こちらも笑いを誘うような変顔をする。それは俗にいう顔芸と言うやつに近いだろう。



「こっちね」

ズバッと、カードを引き抜いてくる。


「あっ!!」

負けた。何で?



「なんでこいつ勝ったの?みたいな表情ね!――そりゃわかるわよ…。あなたを十数年一緒に見てたら二分の一ぐらいわかっちゃうんだから」

「あっ…そう…」

何と言うか、すごいなと感じてしまった。


パンパンと手を叩く一華。

「さて、行きましょうか?」

「「はーい」」

用意を済ませてる母と一華に対し、何も終わってない僕たち。


「ぱぱっと終わらせっか」

「ほいほーい!」


そうして、軽く準備を済ませ、車に乗りこむのだった。



走り始めたのは大体午後三時ぐらいだったかな…。


―――今はもう五時です。





「こ、これなら、電車とかの方が、よくなかったか…?」

「電車じゃ山にこれないでしょ」

今、僕は山の中腹あたりにいる。休憩スペースのような場所だ。

ベンチ、テーブル、屋根付きの壁なし小屋のような…。―――なんて言うんだろ…。


「綺麗だね……」

景色を見て、一華は言う。


ここはアレか?例の言葉を言った方がいいのだろうか?そういうことなのだろうか?

「むぅ」

彼女は睨んでくるが…。

「ニッ!!」っと、笑顔を見せてきた。


「どうせ言えないだろうし…」

「―――わかってたのか…」

「じゃあ私が!――――フッ…。あの空より、君の方が綺麗だよ…」

「イケボやめろ」


「えー?うまくできてたでしょ?」




あの空は綺麗だった。

太陽も落ちかけ、夕焼けとなっていた。

「―――ねぇ、やっぱり言った方がいい?」

「え?」

「はぁ…。やっぱり言った方がいいのね…」

一華様は溜息を吐いた。―――溜息を吐かれた。


「今だからこそ言えるけど、私も奏っちと同じであなたの優しさのせいで好きになっちゃったの…かも?」

「何故に疑問形…」


母は別の場所でゆっくりとしている。

そんな母の姿に大人だなぁと思ってしまう僕。…そんなことはどうでもいいんだぁ!今は集中しろォ!


「―――覚えてない…?今から一年前、何の関係もなかったのに、あなた助けてくれたよね…」

「…え、覚えてない…。どうしよ…、やばい…」

「もうぅー!!ほら!一階の廊下!私が疲れすぎて、倒れた時!」

「えーっと…、なんだっけか…。そんな感じの―――あった気はする…」

恐らくあのことだろうか。別に、普通に助けただけかと…。


「確か、ノートクッソ持たされて、ふらふらしてたやつだろ?」

「そうそう。…覚えてんじゃん…」


怒られた。


「あの時…、本当に疲れてたの。精神的にも肉体的にも。先生に振り回されて…。―――あ、その時は学級委員だったから…」

「そうだったのか…。―――その時にたまたま出会ったと」

そうだよ、と言うように頷く。

「あの時…、保健室まで連れてってくれたよね…」

「あー確か…」

アレか…。

断片的だが、覚えている。

確かに僕は、連れて行ったな…。


「あの頃から…気になり…出して?」

「だからなんで疑問形なのか…」


大体わかった。

恋って、不思議なものだな。



「んま、大体わかった…」

「―――…ちょっと、途中なんだけど…」

「あ、すまん…」

「はぁ~。もういいよ…、言う気失せたし…」

「えー……」


夕焼けが、僕らを包む。


わかっていた。これを聞いたからって、答えが出ないって。

でも聞くしかなかった。聞きたかったんだ。

彼女らの声で。彼女らから。



答えは出そうだろうか。どうなんだろうか。

―――…答えを返してはくれない。前にもこんなことがあった気が…。


「ま、ゆっくりしましょ」

「……そう、だな―――」

一華から告白され約一週間ぐらいだろうか。

そろそろ返さなくてはならない。彼女もあれで、「そろそろ答えてよ」って思っているだろう。それを必死に抑えてくれている…。


応えなくてはならない。

答えなくてはならない。


―――そう、『こたえ』なくてはならない。



でも、何時言うべきなのだろうか…。

「いーつ答えんの?」

「へ?」

奏が、僕の表情を見てか、そう言う。

「だってぇ、このままだと一ヵ月放置ミッション、クリアしちゃうよ?」

変な笑い方な奏。

「それもそうなんだけど…」



「一回考えさせて……くだ、さい…」





一日だけだ、待ってくれるのは。

ベッドに倒れ、枕に顔を埋める。


「答え…」

「答え……」




「―――答え…」


最初は、なんて考えてたっけか。


そう、人生について。人生についてだ。


「―――はははっ…。ホント、なんなんだろうな…」


自分の思いもわからず、彼女らを傷つけて。

僕が、一人、彼女らを傷つけた。



これだけは、決めている。


後悔しない選択をしよう、と。

後悔だけは、したくない。


…それだけは―――。




改めて考える。


柴乃さん。……一華は、あんなにも話してくれた。彼女は本当に凄いんだろう。頑張ってくれてるんだなと思う場面がいくつもある。


―――でも、恋愛は、そういうので決めてはいけない…。


それで決めてきた僕としては少々、苦しいが…。



音無…。―――奏は僕をよく理解してくれている。むしろ、彼女のいない生活は考えられない。それに、彼女は僕を支えてきてくれたのを忘れてはならない。



―――僕はどうしたいんだろうか。

わからない、わからない、わからない……。

考え、考える。

それでも、答えと言えるものは出ない。


期限は明日まで。

きっと、それ以降はダメだ。


僕としても、イヤだ。


なら、決めろ。選択しろ。


それは、偽物の選択かもしれない。


本心でないかもしれない。



なら、本心を偽物で塗り替えろ…。







決めるしかない。今。







「―――決まっ…た?」

「うん」

「迷いは…ないの、ね?」

「―――うん」

「それじゃ、答えて…」




一華(わたし)か…」「(わたし)か…」


「「さぁ、決めて」」




今までの人生の苦しみ…悲しみ……。


嗚呼、楽しかった思い出もあったな…。


それら全て、すべてを飲み込むように…。



飲み込むように、息を吸う。






そして、覚悟を決めて…、今、この言葉を。




「僕は、奏を選ぶ…」



この空間だけ。この空間だけ、静かになる。

音がなくなる。


何もなくなる。




「後悔も、何も、ない」




「僕は、奏とずっといたい。―――でも、一華とも、いたい」






思うがままに…。

「この数日間、一緒にいて思ったんだ。この三人だから、面白かったのではないか、と。一華がいたから、この時間が出来たんだと」




「僕は、どっちかを選んで、関係を終らすなんてしない。今まで通りがいいんだ。そうじゃなきゃ、イヤなんだ。ただ、一緒にいて欲しいんだ。我儘かもしれない。ただの自己満足かもしれない。―――それでもいいなら、、、奏も、、、一華も、、、…一生、友達として、親友として、それ以上でもいい。―――いてください…」



これが、答え。

そう、僕の答え。



その僕の問いかけに彼女らは声を合わせる。


「「そりゃ………」」













「「もちろん」」


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