9話 放課後
遠藤達との1件から2週間が経ち、6月に入った頃、俺の体の傷もほとんど治った。
未だにすずなちゃんからはあの集団リンチについての質問をされることがあるが、俺はダンマリを通している。クラスメイトの女子達も事情としっているのに黙ってくれている。ありがたいことだ。
今日は快気祝いと俊司と慎が言い出して、放課後にマックとゲーセンに行くことになっっている。
担当科目の先生が黒板にチョークで書きながら、教科書の説明をしている。俺は黒板に書かれていることをノートに書き写しているが、頭の中は眠くて、眠くて、今にも机に突っ伏しそうだ。
右隣からチラチラと視線が飛んでくる。また朝霧が俺の顔を覗いているのだろう。俺の怪我を心配して連絡してきた日から毎日のように朝霧からラインがくるようになった。
別に大した用事があるわけでもない。今日の夕飯は何だったとか、今日のTVは何が面白い番組がやっているか等、他愛もない内容だ。それでも夜になると必ず連絡がくるので、最近では、あいつからの連絡を待つ体質になっている。
別段、特別に面白い話をしているわけでもないのに、あいつはいつもスマートホンの向こう側で笑っている。その笑い声を聞いていると、なんだかとても安心してしまう俺がいる。いつの間にか調教されている気分だ。
ボーっとしていると右隣からさっと手が伸びて、俺の机の上に付箋が置かれる。「ボーっとしてると先生に宛てられるぞ」と書いてあった。俺が黒板をみながら呆けている姿を横からみていたらしい。
「あんまり見るな。照れる」と付箋に書いて、朝霧の机の上に付箋を置く。朝霧の顔がボフッと真っ赤になる。朝霧は顔の表情がコロコロ変わるから面白い。飽きることがない。
また付箋を机の上に置いてきた。今度は「今日は黒沢と佐伯と遊ぶんでしょ。あたしも混ぜろ」と付箋に書いている。俺は噴き出しそうになった。なぜ、それをお前が知ってるんだ。俺をストーカーしてるんじゃないだろうな。
別段、朝霧が加わっても問題ない。「いいぞ。一緒に遊ぶか」と付箋に書いて朝霧の机の上に付箋を置く。付箋の内容をみてフニャリとした笑顔をしている。そんなに笑顔になってくれるなら、カラオケも追加するかな。
授業が終わり、午後のHRにも終わって、放課後になる。クラスメイト達はみんな雑談をしながら片付けをしてバラバラに散らばっていく。慎と俊司も帰る用意をして俺の席へ歩いてきた。俺と朝霧も席を立つ。
「今日の快気祝いには朝霧も参加するってよ。俊司も慎もそれでいいだろう」
「参加してもいいよね。紗耶香と結衣も一緒だし」
俊司と慎の背中を叩いて、朝霧がにっこりと笑う。2人はなぜか顔を青ざめて、何回も頷いている。お前達、一体、朝霧に何されたんだ。2人共、黙って絶対に吐かないんだよな。
クラス委員長の栗本紗耶香と神楽結衣も帰る準備を終えて俺の席に集まってきた。
「お堅い委員長が学校帰りに遊びに行ってもいいのか?学校には報告するなよ」
「九条・・・・・・私の名前は栗本。委員長は名前じゃないって何回教えたら気が済むの。いい加減に名前で呼んでちょうだいよ。それに私は自分から立候補して委員長になったんじゃないんだから。みんなに押し付けられて仕方なく引き受けただけなんだから。そこは忘れないで」
「だって、委員長って、やぱり委員長っぽいし。だから委員長だしな。だから栗本って言いにくいんだよな。委員長のほうがしくっりするっつーか」
「訳のわからないことばっかり言わないで。委員長、委員長って何回も言うな。いい加減にしないと私も怒るわよ」
俺と栗本のやり取りを見て、朝霧はお腹を押さえて笑っている。そして神楽と俊司と慎は苦笑をしている。俺達はさっそく教室を出て、駅近くの大通りへ遊びに繰り出した。
みんなで話し合った結果、先にカラオケに行こうということになった。受付を済ませて、ドリンクバーに近い部屋に入っていく。みんなでそれぞれのドリンクをドリンクバーに取りに行く。俺はコーラを部屋に持ち込んだ。
「委員長、やっぱ委員長だから1番はじめに歌わないとダメだよな。委員長だし」
「はぁ、九条・・・・・・あんた知ってて言ってるでしょ。私の名前は栗本よ。委員長はやめなさい。それにカラオケの持ち歌はそれほどないのよ。だから、だれか先に歌ってちょうだい」
「俺が歌う。俺が歌う」
俊司がカラオケのコントローラーを操作して自分の歌いたい曲を選曲する。なんで「魂のルフラン」なんだよ。それにソファに立ち上がって大熱唱するような曲か。お前はどんな曲でも大熱唱だな。
次は慎か、なんでお前が乃木〇を歌ってんだよ。それも妙に上手いし。そういえば、慎はこういう系のファンだったな。忘れてた。顔はイケメンなのに選曲が痛すぎるな。とても残念だ。
2人のおかげで室内の雰囲気が盛り上がってきた。みんな続々と曲を選んで登録し始めた。俺は誰も絶対に知らない昭和歌謡曲から選ぶことにしよう。これに決めた。玉〇浩〇の「キツイ」を入れた。絶対にこれなら誰もわからないはずだ。
神楽はなんと中〇み〇きメドレーだ。何か寂しいことでもあったのか。何ならカラオケが終わってからでも、相談に乗ってやってもいいぞ。
栗本は「川の流れのように」を歌った。両手を広げて美〇ひ〇りになりきっている。それにそこそこ似ていて上手い。お前はモノマネ王者か。
朝霧は安〇奈〇恵の「ヒーロー」を舌を巻いて歌っている。なんでそんなに舌を巻く。普通に歌っていれば上手いのに。お前は舌を巻くのが好きなんだな。
それにしても俺達5人のチョイスした選曲がおかしい。俺もなんだか楽しくなってきた。
皆は休まずにマイクを持って自分の曲を歌っていく。選曲が面白いので大盛り上がりだ。俊司なんかはソファの上をピョンピョン飛び跳ねている。一緒に朝霧も飛び跳ねる。お前はスカートが短いから止めなさい。横に座ってると見えそうで、顔を向けることができないんだよ。今日は白ですか。ありがとうございます。
ドリンクバーへコーラを取りにいく。朝霧が後ろに付いてきた。向日葵のような笑顔が眩しい。朝霧もコーラを飲むようだ。
「今日は楽しいよね。みんな変な曲ばっかり入れるんだもん。アタシ笑いすぎでお腹が痛くなっちゃった」
「喜んでもらえてどうも。それにしても委員長。持ち曲ないって言ってたわりにはノリノリで歌ってんな」
「実は紗耶香が一番のカラオケ好きなの。みんなには言うなって言われてるんだけどね。馬鹿にされるからって」
「委員長らしいな」
「体が治ってよかったね」
朝霧が俺の腕にしがみついてくる。やっぱお前って柔らかいな。それに良い香りがする。いかん。いかん。こいつの魔力に捕まるところだった。目を覚ませ、俺。
2人で部屋の扉を開けると、委員長と神楽が俺の顔を見て睨む。ちょっと待ってくれ。どうみても朝霧が俺にしがみ付いているだろうが。よく見てみろ。俊司と慎もニヤニヤ笑いは止めなさい。俺達2人はやましいところは何もない。朝霧も喜んでないで、なんでお前はそんなに笑顔になってんだよ。
俺は最後に米〇玄〇の「Lemon」を歌った。朝霧はワ〇オクの「change」を歌った。慎は西〇カ〇の「アイラブユー」を歌って、カラオケは終了となった。受付で精算をして表に出る。
みんな、まだ興奮が冷めていないようで大騒ぎしながら大通りを歩く。ゲームセンターの中へ騒ぎながら入っていく。プリクラの前で朝霧がクルリと体を一回転させる。スカートがふわっと舞い上がて完全に見えてしまっているが、そんなことはお構いなしだ。もう少し恥じらいを持とうか。
「みんなでプリクラ撮ろうよ。今日は最高に楽しいし」
朝霧と栗本と神楽は3人でキャッキャッと騒ぎでプリクラの中へ入っていった。プリクラの中から「ヤダー」「面白~い」などの声が聞こえてくる。どんなプリクラを取っているんだろう。
慎と俊司と俺の3人はなぜか男3人でプリクラを撮ることになった。なにが悲しくて男3人で狭い箱の中にはいらないといけないのか。慎と俊司もシュンとした顔をしている。お前達も俺と同じ気持ちだよな。悲しいよな。
「仕方ないな。一緒に撮ってあげるし」
俺達が暗くなってプリクラから出てくると朝霧がフニャリとした笑顔で助けてくれた。今のお前は女神に見えるよ。
俺と朝霧が2人でプリクラで撮る。シャッターが下りる瞬間に俺の頬にキスするポーズをとる朝霧。こんなプリクラ、誰にも見せられんな。家に帰ったら、机の中に隠しておこう。
俊司と神楽が次に一緒にプリクラの中へ入っていく。なんで神楽の顔が真っ赤になってんだ。相手は俊司だぞ。
次に慎と栗本が入っていく。栗本も顔を赤く染めている。慎はイケメンだからな。栗本が恥ずかしがるのも頷ける。
みんなでクレーンゲームの前に行く。慎はいち早くフィギュアのクレーンゲームの元へ行く。その趣味さえなければ、お前は普通のイケメンなのにな。残念な奴だ。誰も後を追いかけない。全員から深いため息が漏れる。
朝霧が「ぐでたま」のぬいぐるみの前に立ってじっとぐでたまと見つめ合っている。どうも気に入ったようだ。
「それが気に入ったのか。少しやってみっか。俺も得意じゃないんだが」
「じゃあ、私と一緒に取ろう。私が横をやるから。九条は縦をやってよ」
2人で「ぐでたま」の入ったクレーンゲームに挑戦する。朝霧が横担当で、俺が縦担当だ。1000円があっという間に呑み込まれた。俺達が狙っていた「ぐでたま」のぬいぐるみはピクリとも動かない。
俊司が横からヒョイと顔を出す。
「ゲーセンに毎日のように通いつめてる。俺が日頃、鍛えた腕を見せてやるよ。1000円を貸してみろ。見事に「ぐでたま」を落としてみせよう」
何か、今の俊司は恰好良く見えるぞ。自信があるんだろう。ここは任せた方がいい。俺は財布から1000円札を出して俊司に渡す。俊司は1000円札を両替してきて「ぐでたま」クレーンゲームの前に立つ。栗本と神楽もどうなるのか期待しているように両手を胸の前で組んでいる。
俊司はクレーンのアームを上手く使って、「ぐでたま」を徐々に落とし穴の近くへ持ってくる。500円使ったところで「ぐでたま」を落とし穴に落として、見事にぬいぐるみをゲットした。朝霧に「ぐでたま」のぬいぐるみを渡す俊司。どこか誇らしそうだ。朝霧は「ぐでたま」のぬいぐるみを胸に抱いて喜んでいる。よかったな。
栗本も神楽も俊司に好きな景品を落としてもらった。女性陣は大満足だ。俊司はどや顔をしている。これも一種の才能だと思うぞ。よくやった俊司。さすが毎日、ゲーセンで遊んでるだけあるわ。
慎が嬉しそうな顔をしながら戻ってきた。手の中には何かのフィギュアの箱が持たれている。誰も見ないようにした。見たら突っ込まないといけなくなる。そこは突っ込みたくない。女性陣達の目も泳いでいる。
ゲーセンを出ってマックへ行こうと歩き始めた時、路地裏から「止めなさいよ」という女性の大声を聞いた。頭で考えるより、先に体が動いてしまった。これはいつもの失敗するパターンだ。頭で考えても体は勝手に路地を走っていく。
慎と俊司も声を聞いたのか、後ろを走ってくる。その後ろから朝霧、栗本、神楽も付いてきている。
路地を奥に言った所にある交差点に黒いバンが止まっていて、数人の男性が制服姿の女子を捕まえようとしている。俺はすかさず女子と男達の間に割って入った。
「男が多人数で女子高生を車に入れようなんて、そんなことやめたほうがよいですよ。これって犯罪でしょ」
「うるさいわよ。このゴミムシ共。私に気安く話しかけるんじゃないわよ。それに近寄らないでちょうだい。体臭が臭いのよ。あんた達。ささと去りなさい。そうでないと大声を出すわよ」
なんで男達を挑発するようなことを言うかな。少し黙っていてほしい。余計なことを言う女を黙らせようと振り向くと日下部凛がそこに立っていた。
「あら、九条くんじゃないの。丁度いいところで出会ったわね。あのゴミムシ達を掃除しなさい」
「マジ、この女、ムカついてきた」
俺達を囲んでいた1人が日下部さんに向けて拳で殴りかかる。咄嗟に俺は体を前に立つ。俺の頬に拳がめり込む。その場に倒れ込む俺。そこへ他の男が前蹴りを叩き込む。俺の頭に衝撃が走る。俺はその場に倒れ込む。そこからは男達が全員で俺を囲って、蹴りを叩き込む。
遅れてやってきた慎と俊司が俺と日下部さんを守るように男達の前に立つ。
「その女を渡せ。そうすれば、この男のような目にはあわせない。早くその女をこっちへ寄越せ」
「・・・・・・」
俊司と慎は男達を睨んだまま、その場を動かない。何かを待っているようだ。
路地から女子の大声が聞こえる。
「おまわりさ~ん。こっち、こっち。こっちで女の子が誘拐されそうになってま~す。助けて~。お願い~」
「おまわりさ~ん。誘拐だよ。誘拐。あの男達を捕まえて~」
朝霧と栗本と神楽が路地から姿を現した。手にはスマートホンを持っていて、既に口にスマートホンを当てている。
「あんた達、早く逃げたほうがいいわよ。警察、呼んだからさ~。本気で呼んであるから。このままいると捕まるよ」
朝霧が男達にむかって吠える。
「おい、マズいことになった。早くずらかるぞ」
男達は黒いバンに乗り込んで、車を急発進させて走り去った。
慎と俊司は俺の近くに立っている。その後ろに栗本と神楽が茫然と立っていた。ただ1人、朝霧だけが急いで倒れている俺の元に走ってきた。
「大丈夫。意識ある?」
「ああ、意識はある。なんとか歩けそうだ。ちょっと立たせてくれるか」
俺は必死に立ち上がろうとするが上手くいかない。朝霧が俺の腕を肩と首で持って立ち上がらせる。それを見た俊司と慎がハッとした顔になって、朝霧と替わって俺を支えてくれる。
「助けてくれたのはありがたいけど、本当にあなたって喧嘩が弱いのね。それだったら出てこなければいいのに」
その言葉を聞いて、俺以外の全員が日下部を睨みつける。ツカツカツカと朝霧は日下部に寄っていくと思いっきり日下部の頬にビンタした。
「九条は喧嘩は弱いよ。それでも日下部さんを助けたくて、男達の前に出て体を張ったんじゃん。そのおかげで日下部さんは助かったんじゃん。こんな時ぐらい、ありがとうって頭を下げられないの。できないのなら最低だよ。九条に謝ってよ。九条は自分が傷ついてもあんたを守ったんだよ。わかってんのか」
俊司と慎が朝霧の怒りを見て、顔を蒼白にして震えている。栗本と神楽は日下部を睨んでいる。
「さっきの言い方は悪かったわ。私を助けてくれてありがとう」
日下部は神妙な顔をして、俺に頭を下げた。あの「氷姫」が頭を下げたぞ。これは夢ですか。
「とにかく、もうすぐここに警察が来るわ。その前に逃げなくちゃ。みんな逃げるわよ」
「「「「「「「おお」」」」」」
近くでパトカーのサイレンの音が聞こえる。段々と大きくなってきている。朝霧の奴、本当に通報したんだな。
俺達は路地を通って大通りへと走った。俺は俊司と背負われて路地裏を走っている間に意識が朦朧とする。
路地を出たところで、俺はシャッターが降りているビルの前に座らされた。
「なんで、弱っちいのに飛び出していくのよ。また心配したじゃん。これ以上、私に心配させないでよ」
朝霧がそう言いながら座っている俺の首に手を回して抱き着いてくる。そしてそのまま大粒の涙を流して嗚咽し始めた。ごめんな。俺、馬鹿だからさ。頭より先に体が動いてしまったんだ。そんな言い訳をしても朝霧の涙を止めることはできないな。
俺は朝霧を抱きしめて、きれいな髪の毛を手でゆっくりと梳きながら、空を眺めた。
街の外灯が明るすぎて、星空を見ることはできなかった。




