S-9話 3人の夜
放課後になり、慎が俺の席にやってきた。足取りは暗い。
「宗太、この前、紗耶香のこと、ありがとう」
まだ、あの一件から日にちが経っている訳ではない。慎もけっこう精神的に参っているはずだ。
「今日は、俊司も誘って遊びに行くか。?俊司のことも心配だし、慎のことも心配だ、俺の家に泊まっていけ。俺から加奈に話しておくから、心配するんな。それでいいか?」
慎はコクリと頷いた。俺は俊司の席に行って声をかける。俊司に俺の家に泊まりに来ないかと提案すると、俊司はにっこりと笑って、頷いた。そして一言、付け加える。
「俺、3人でカラオケに行きたい。最近、大好きなカラオケに行ってないからな」
どれだけお前はカラオケが好きなんだ。まー別に暇だから付き合ってやってもいいけどさ。
俺は短く「わかった」と答えると、俊司は「集合場所はアミューズメントパークでいいよね」と聞いてくる。別に予定があるわけでもないので、集合場所は俊司の言う通りにした。
慎に俊司も遊ぶことになったことを伝えて、俺は結菜と一緒に校門を出た。結菜と寄り添い歩いていると、
「今日は男3人で遊ぶことになったんだね。佐伯も黒沢も色々抱えていると思うから、宗太も相談に乗ってあげてね。私は今日は家にゆっくりしているから、お構いなく、男子、3人で楽しく遊んで来てね」
結菜はにっこりと優しく笑う。俺としては男共と遊ぶくらいなら結菜の笑顔を見ていたいところ、なんだけど、今日だけはムサイ男共に付き合ってやろうと、心の中で諦めた。
結菜と結菜のマンションで分かれた俺は、地下駐車場に置いてある。自分のママチャリを飛ばして自宅へと帰った。そして玄関を開けると、丁度、加奈も帰ってきたところだった。
「加奈。最近、慎も俊司も落ち込んでいるようだから、家に泊まることにした。加奈には面倒かけるけど、夕飯追加でよろしく頼む」
「えー。別に泊まりにくるのはいいけどさー。お兄ぃ、今度、ちゃんと私にお礼をしてよね。最近、私に対しての扱いが雑だと思う。少しは妹にも優しくしてよ」
そうだな。最近、加奈のことを放りっぱなしだ。今度、モールでも一緒に買い物にでもいくか。
「わかった。考えておく。だから今日だけは許してくれ。今日のことは頼んだ」
そう言って、俺は私服に着替えると、ママチャリに乗ってアミューズメントパークへ向かった。駐輪場には既に慎と俊司の自転車が置かれていた。
カラオケルームに着くと、既に俊司と慎が俺を部屋で待っていた。部屋に入った俺は「悪い、遅れて」と慎に伝えると、慎はコクリと頷いた。俊司は既にソファんの上で飛び跳ねている。俺は1人で部屋から出て、ドリンクバーへ行き、コーラを入れて部屋へ戻る。
俊司はいつもの乃〇坂の歌を歌って、振り付け通りに踊っている。そこまで完璧にコピーできる頭があるなら、なぜ毎回、学校の成績が赤点ギリギリなんだ。脳の使い方を間違ってると思うぞ。
俊司は乃〇坂の完コピーを歌い、慎は福〇雅〇の歌を歌う。そして俺は斎〇和〇の「歌うたいのバラッド」を歌った。
色々な歌が、バラバラに歌われている。俊司がS〇p〇flyを歌い、俺はミ〇チ〇を歌い、慎はス〇マ〇イッ〇の曲を歌ったり、あっという間に3時間を歌い切った。俺は米〇玄〇の「orion」を歌い、慎はケ〇メ〇シの「友よ~この先もずっと・・・」と歌い、最後に俊司が、今の俺の気持ちを歌うと宣言して、槇〇敬〇の「もう恋なんてしない」を涙を流して熱唱し、カラオケは終了となった。
慎は栗本をフったから仕方ないけど、俊司は神楽にフラれているから俊司の涙をみて切なかった。
その後にゲームセンターに行って、色々なゲームを楽しむ。俊司が肩を落として、クレーンゲームでぬいぐるみを取っていた。また神楽を思い出したのだろう。表情が暗い。
夜も遅くなったので、俺達は自転車で、俺の家に向かうことにした。家に着いた時には、ずいぶんと遅い時間になっていた。
家の中に入ると、加奈はダイニングで水炊き鍋とコンロを出して、水炊きの用意をしてくれていた。
「俊司くん、慎くん、お久しぶり。今、お鍋ができたので、食べてくださいね」
加奈は2人に優しく語りかける。すると俊司が「ゲーセンで取ったぬいぐるみだけど、加奈ちゃんにあげる」と言って加奈にぬいぐるみを渡した。加奈もぬいぐるみは好きなので、俊司から嬉しそうに受け取っている。
あげる先がないのなら、クレーンゲームなんかするなよ。切なすぎるだろう。見ていて涙が出そうだったわ。
俺達、4人はダイニングテーブルの椅子に座って、「いただきます」と言って、水炊き鍋を食べていく。加奈の料理の腕前もかなり上手なので、慎も俊司ももくもくと鍋を食べていく。俊司が大きな声で「おかわり」と言って加奈に茶碗を出すと、加奈は笑って、茶碗にご飯と入れる。そして俺も慎も茶碗にご飯をついでもらった。
4人で美味しく水炊き鍋を平らげて、俺と加奈で夕飯の後片付けをしていく。役に立たない2人はリビングのソファでテレビをつけて、お笑い芸人の出ているTVを面白そうに見ている。時々、俊司の馬鹿笑いが聞こえる。
加奈は夕飯の片づけが終わると、お風呂の用意をしてくれた。
「お風呂の準備ができたら、お客さんの俊司くん、慎くん、どちらでもいいから1番にお風呂に入ってね。私とお兄ぃは最後でいいから」
「「ありがとう」」
2人はリビングでTVを見ながら加奈にお礼をいう。俺と加奈もリビングのソファに座って、慎達と同じTVを見て、談笑する。すると慎が鞄の中からクッキーセットを取り出してきた。
「泊まりに来るのに手ぶらもイヤだし、家の中を探していたらクッキーセットが置いてあったから、家から勝手に持ってきた。皆で食べてくれ」
「ありがとう。慎くん。さすが俊司くんと一味違うわね」と加奈が笑って、クッキーセットを受け取った。俊司はTVに夢中で自分が噂されていることにも気づかない。本当に幸せな奴だ。
慎はソファに座ったまま、俺にコッソリと打ち明ける。
「今は女はもうコリゴリだ。当分、恋愛なんてしたくない」
俺は黙ったままコクリと頷いて、慎の髪の毛をクシャクシャにした。
栗本との付き合いって、そこまで苦しいことだったのか、傍からみている分には全くわからなかった。慎の奴はいつも無表情だし、愚痴をいうタイプでもないから余計にわからない。
2人のことは2人しかわからない。俺は黙って慎の呟きを黙って聞いていた。
俊司が風呂から出てきてジャージ姿になっていた。次に慎がお風呂に入る。俊司はリビングで寛いでいる。俺から神楽のこと、慎達のこと、結菜のことを言わないように気遣いをして、俊司と話していたが、俊司はTVのお笑い芸人のコントに夢中で、腹を抱えて笑っている。気遣いしている俺が馬鹿みたいじゃないか。俺の気遣いを返せ。俺の良心を返せ・・・・・・
俊司は俺のほうを見ると満面の笑みを浮かべて乃〇坂の話を楽しそうに語ってくる。俊司の顔は輝いている。
俊司は神楽には未練がありそうだけど、全く、神楽の話も出てこないし、楽しそうに加奈に乃〇坂のメンバーを1人1人詳しく語っている。加奈は若干、顔を青くしてドン引きしているが、浮かれている俊司には加奈の反応はわからないらしい。
この様子だと、もう無茶な行動を起こすこともないだろう。
もう2度と、富士の樹海の奥で一泊するんじゃないぞ。下手したら凍死していたんだからな。俺達がどれだけ心配したかわかってるのか。
そういえば、富士の樹海から帰ってきた俊司は、時々、廊下に人が立ってる、誰々さんの後ろに白いものがとりついているなど、変なことを言うようになった。本当だったらシャレにならない。だから誰も俊司の話を無視しているが、俊司がよく独り言を呟くようになったから、少し怖い。本当はもっと怖い。やめてほしい。
慎がお風呂から上がってきて、ジャージ姿になっていた。加奈は慎からもらったクッキーセットとジュースをリビングのテーブルに置いて、皆で食べる。
順番がまわってきたので、次は俺が風呂に入る。湯舟に浸かって、結菜のことを考える。俺の彼女が結菜で良かった。そして2号が凛で良かった。2人共、よい女性になるだろう。俺には勿体ないくらいだ。
さすがに慎と俊司の2人が、ケースは違うけど、別れた時は、俺も少し、動揺した。結菜は俺の大事な彼女だ。絶対に失いたくないし、あの向日葵のような笑顔が見えないと思うと、心が暗くなる。もっと結菜を大事にしようと心の中で誓った。
俺もいつものジャージに着替えて脱衣所からリビングへ出ると、慎と俊司と加奈の3人はTVを見て大爆笑していた。俺は冷蔵庫から麦茶と取り出して、カップに注いでグイっと一気に飲む。麦茶が旨い。
加奈は俺がお風呂から上がってきたのを見て、交代で脱衣所へ入っていった。
俺も加奈の代わりにリビングに座ってTVを見る。慎と俊司と3人でTVのお笑い番組を見て大爆笑をする。TV番組が終わった後、皆でゲームをして、深夜まで楽しく過ごした。
俊司も慎も知り合ったのは小学生の頃だ。ずっと腐れ縁でここまできた。これからも、この腐れ縁が切れることはないだろう。
俺達は久々に3人で笑顔で、楽しい夜の一時を過ごした。
これからも茶ギャルをよろしくお願いいたします。




