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8話 涙

 いつもよりも、朝早くに学校へ向かう。打撲や打ち身で体中が悲鳴をあげる。ゆっくりと足を引きずるように歩いていく。いつもよりもゆっくりと歩いていると、まるで別世界に入ったように感じられるのはなぜだろう。



 やけに交差点の信号機の音が大きく聞こえ、行きかう車の中の人の顔まではっきりと見える。俺はゆっくり、ゆっくりとバランスを取りながら学校へ向かって歩いていく。



 家から学校まで、何回か、日陰で休憩をして、歩いていく。どうにか遅刻せずに登校できそうだ。



 俺が校門に着く頃には大勢の学生が門を通り抜けて教室へ向かっていった。時々、生徒達が俺を見て奇妙な顔をしているが、こっちは必死で歩いているので、そんな視線などどうでもいい。とにかく教室に早く着きたい。



 靴箱で上靴に履き替えて、階段を1段1段、ゆっくりと歩いていく。廊下を通って教室の扉を開けて中に入ると、クラスメイトの視線が一瞬、俺に向けて集中する。そして何事もなかったかのように無視された。正直、放っておいてくれてありがとう。 



 自分の席に鞄を放り投げて椅子に座る。やっと座ることができた。助かった。体中が悲鳴をあげていて、後30分も歩いていたら、道端に倒れていただろう。



 俊司と慎が俺の前の席に座る。俊司が顔を覗き込んでくる。



「よう」



「おは~・・・・・・痛そうだな」



 当たり前じゃないか。この顔を見ろよ。まだ左まぶたが血溜まりで重くなって開かないんだぞ。左目全体に青痣もあるだろう。唇もまだ腫れているし、平素でこんな顔の人間がいたら、それは怪我人だ。早く病院に連れていったほうがいいぞ。



「ああ、痛えわ~。今回はちょっと参ったな」



「今回は宗太の自業自得な面がある。少しは痛さを思い出したほうが宗太のためだ。これから無茶をしないためにも」



 慎の言う通りだ。俺は相手を侮っていた。ここまでボコボコにされるとまで思っていなかった。これはその誤算が招いたつけだ。慎に自業自得と言われても仕方がない。恰好つけて1人で行ったことが間違いだった。



「お前とは付き合い長いから言うけどさ、お前って喧嘩が弱っちいわりに、すぐ喧嘩に巻き込まれるよな。これでボコボコにされるの何回目だ。俺が知ってるだけでも5回以上はあるぞ」



「俊司、それは計算違いだ。全部で7回だ」



 そんなにボコボコにされてきたっけ。喧嘩が弱いことは自分でも自覚しているが、そんなにボコボコにされているとは思ってもみなかった。



「九条・・・・・・おはよう」



 俺の隣の席へ朝霧が座る。今、登校してきたばかりのようだ。今日の朝霧はなんだか目元が腫れている。なんだか泣き腫らしたような顔だ。そして俺の顔を見てシュンとなっている。朝霧が元気をなくすほど酷い顔をしているのか俺は。なんとかしないといけないな。



 俺は無理に笑って、朝霧に声をかける。



「うっす。昨日の約束の通り、学校に来たぜ。だからお前も笑え。せっかく約束の通りに学校に来たのに、お前が元気ないと楽しくないだろう。お前には笑顔が似合うって言ったろうが」



「うん・・・・・・そうなんだけど・・・・・・怪我、酷そうだね。顔、大変なことになってるよ」



「ああ、酷いもんだろう。唇なんて昨日は倍に膨れ上がっていたからな。今日はまだマシさ」



 朝霧が泣きそうな顔をしてる。なんで泣きそうな顔すんだよ。そんな顔されると俺が苦しいよ。



「そんな泣きそうな顔するな。痛いのは俺なんだから。それにほら、学校に来れるほどの怪我だ。打撲と打ち身だけだから、軽傷。軽傷。深刻な顔するなよ」



「今日から少しの間、私が九条の介護するね。そうさせて。でないと、私・・・・・・」



 このままだと泣いちまいそうだな。



「わかった。とりあえず、今日から少しの間は朝霧に介護してもらうことにする。その代わり約束だ。悲しい顔をするな。なるべくいつも通りの笑顔でいろ。おれはお前が笑顔のほうが好きだぞ」



「人が心配しているのに、変なこと言うなし」



 とりあえず今の約束で朝霧のモチベは何とかなりそうだな。あのまま泣かれたらどうしようかと思ったぞ。



「そういえば、朝霧に俺の個人情報を教えたのは慎と俊司だろう」



 慎と俊司の方を見て問いかけると、2人は朝霧を見て、顔を蒼白にしてビビっている。何をビビってんだこいつ等。おい、俺の言ってること聞いてるか。慎がこちらを見て頷いた。



「ああ、そうだ。朝霧に頼まれた、随分と心配しているみたいだから、勝手に教えた。悪かった」



「個人情報を勝手に他人に伝えられるのは嫌だが、相手が朝霧だからいいか。同じサボリ仲間だしな」



「九条・・・・・・ありがとう」



 朝霧がフニャリと笑った。やっと笑ってくれたぜ。クソっ。やっぱり笑顔のほうがお前は可愛いわ。





「ガラガラガラ」





 遠藤が教室に入ってきた。今までのクラスの喧噪がウソのように静まり返る。みんなの視線が一瞬、遠藤に集中する。それも冷たい視線だ。ハッとなり俺は朝霧のほうへ振り向くと、朝霧の目が吊り上がっている。これは怒りの目だ。朝霧もクラスメイトもみんな俺と遠藤に何かあったことを知ってるんだ。誰がチクったんだ。



 俺は怒りを抑えて俊司と慎を見る。



俊司と慎は俺に手を合わせている。俺は2人に顔を寄せる。



『これはどうなってるんだ。俺は絶対に遠藤達とのことは言わないつもりだったんだぞ。お前達も俺の性格をわかってるよな。2人だったら黙っていてくれてるって信じてたんだぞ。どういうことなんだ』



『昨日、朝霧、赤沢、神楽、後はクラス委員長の栗本を中心に、クラスメイトの女性陣達から吊し上げをくらったんだ。俺達も黙っていようと頑張ったんだけど。朝霧達に圧倒されて・・・・・・宗太、悪い。ゴメンな』



 俊司から事情を聞いて今の教室の中の雰囲気に納得する。でもこのままの状態にしておくわけにもいかないな。



「俊司、慎、悪いけど、俺を両側から支えてくれ。1人でスタスタ歩いていくのは心許ない」



 俺は席を立って、俊司と慎に体の両側を支えられて、2人の肩に手を回して、歩き出す。歩いていく先は遠藤の座っている場所だ。



 俺達が遠藤の近くに立ち止まると、遠藤が俺達のほうへ振り向いた。慎と俊司は遠藤を睨んでいる。俺は小声で遠藤に呟く。



「よう遠藤。この間は世話になったな。お前達が集団でいるのに、1人でのこのこ出かけたのは俺のミスだ。だからこの怪我は俺のミスでもある。だから、このことでは何も言わない。だがな、嫌がる女子を追いかけ回すのは止めろ。それはストーカーと同じだ。朝霧はお前になびくことはないだろう。はっきりと諦めろ。仲良くなりたいなら友達にでもなってもらえ。恋人はあきらめろ」



「ああ、わかった。もう諦める」



「後、俺と握手しろ。仲直りした風に見せないとクラスの雰囲気がヤバい。早くしろ。俺のことが気に入らないでもいい。嫌いでもいい。それだったら金輪際、俺に近づくな。それでいい。ただ、今の教室の雰囲気はヤバい。早く手を出せ。握手しろ」



「・・・・・・」




 遠藤は何も言わず、立ち上がると俺の手を取って握手した。クラスのみんなが騒めくのがわかる。遠藤はすぐに俺の手を離した。



「これで恨みっこなしだ。朝霧や俺に危害を加えるようなことがあったら、全てをすずなちゃんに話すからな」



 俺はそれだけいうと顎で「行こう」と2人に合図をして、グルリと体を回して自分の席に戻った。すると朝霧が立ったまま目を丸くしている。



「俺は問題を大きくするつもりはないんだ。あいつを許すことはできないけどな。だからお前も問題を大きくしないでくれ。俺のためだと思って・・・・・・頼む」



「・・・・・・本当に馬鹿じゃん」



 馬鹿でもいい。今なら、まだ先生達に尋問されてもダンマリを決めておけば、何が原因が探られることはない。



 朝霧がいきなり俺の体に抱き着いた。それもギュっと抱きしめてくる。そこ脇腹、痛い。チョー痛いんですけど。



「イダダダダーーーー!それ、マジで痛いって」



「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」



 朝霧が俺の体を離した隙に俊司と慎が俺を自分の席に座らせてくれる。



「もうあいつがお前に絡んでくることはね~ってよ。だから安心しろ。この怪我は俺の計算ミスだ。慎にも言われたけど自業自得だ」



「・・・・・・佐伯・・・・・・」



 朝霧が慎を睨んで、低音で呟く。慎と俊司は顔を青ざめて素早く、逃げていった。朝霧の何がそんなに怖いんだろう。



「お兄ちゃん」



 いつも聞き慣れている声ではあるが、教室で聞こえるなんて珍しいな。俺は教室の扉の所を見ると妹の加奈が弁当の袋を指差しながら、扉の所に立っていた。



 あ、弁当を持ってくるのを忘れたんだな。加奈が持ってきてくれたのか。ありがたい。



 俺がゆっくりと立ち上がると朝霧が俺の体を支えてくれた。なんでお前がビックリするだろう。



「今日から少しの間は私が介護するんだから」



 そう言って朝霧は笑って俺の体を支えている。俺は思わず笑って朝霧の髪の毛を撫でて、ゆっくりと教室の扉の所まで歩いていった。朝霧も俺の歩調に合わせてくれている。この分だとバランスは大丈夫そうだ。



 妹の加奈の前に立つと、加奈が目を丸くしている。



「お兄ちゃんがお世話になっています。妹の九条加奈です。お兄ちゃんがお弁当を忘れたので、持ってきました」



「あたしは朝霧結菜。九条とはサボリ友達だよ。よろしくね加奈ちゃん」



 朝霧の屈託のない笑顔を向けられた加奈は動揺して俺の耳を引っ張る。



『お兄ぃ、これってどういうことよ。なんで朝霧さんに支えてもらってんのよ』



『これには色々と訳がありまして、とにかく弁当を持ってきてくれてありがとうな』



 そそくさと加奈から弁当の袋を取り上げると片手をあげて謝る。



『帰ったら、事情を聞かせなさいよね』



 わかったから、そう、お兄ちゃんを睨まないでくれ。帰ったら加奈から尋問がうるさそうだな。どこかに逃げたいな。慎か俊司の家にでも逃げ込むか。



「お兄ちゃんのお世話を、朝霧先輩にしてもらうなんて、お兄ちゃんもほどほどにしておきなさいよ。それでは朝霧先輩、失礼します。」



 加奈は焦ったように教室から離れて階段へ走っていった。廊下は走ってはいけないんだぞ。こけたらどうする。加奈のきれいな脚に傷がついたら、お兄ちゃんは泣くぞ。だから走るな。



「このまま、屋上へ連れていってくれるか。どうせHRになったらすずなちゃんに捕まる。そうすれば俺は教育指導室へ連れて行かれることになる。それから尋問だ。だから逃げたい」



 フニャリと笑って朝霧は頷く。



 俺達2人はゆっくりと階段を上って3階に行き、そこからさらに登って、屋上の扉を開けて外に出る。給水塔の日陰の場所にたどり着いた時にHRのチャイムが鳴った。



「悪いな。俺のせいで、お前までサボらせて。なんだったらお前だけでもHRと授業に出てきてもいいんだぞ」



「そんなこといいよ。私達、サボリ友達でしょ。だから一緒にサボるわよ」



 朝霧は何を思ったのか、自分が正座をすると、俺を寝かせて、膝枕の状態にする。



 今、俺って、女子から膝枕されてま~す。これって夢じゃね~。怪我して悪いことばかりと思っていたけど、こんなご褒美があるとは神様はやはり見てらっしゃる。今日は帰ってからも神様に祈っておこう。感謝。感謝。



「そういえばさ、加奈が言ってたけど、お前、この学校で美少女で有名らしいぞ。告白してきた男子が3桁に登ってるとか、付き合った男子は2桁いってるって聞いたぞ。すごいモテモテだったんだな」



「そんな美少女に膝枕されて気持ちいいでしょう。最高じゃん。もっと喜んでよ」



 朝霧は向日葵のような笑顔でドヤ顔をする。お前はそうしているのが似合ってるよ。



「ジュース買ってくるのを忘れたな」



「後から買ってきてあげるわよ。九条はじっとしていて」



 お前も今日は全授業をサボるつもりかよ。朝霧がそれでいいなら、俺もかまわんが。



「・・・・・・今回のこと・・・・・・九条・・・・・・ありがとうね」



「お前が謝んなっつーの。俺が好きでやったことだし、ボコボコにされたのは俺が弱っちいだけだからさ」



 朝霧の手が俺を頬をなでる。俺の顔に覆いかぶさるようにして朝霧が俺を見つめてくる。また泣きそうな顔をして、そんな顔は見たくないっつーの。



「さっきも、聞こえたよ。私のことで、遠藤に言ってくれてたじゃん」



 遠藤にだけ聞こえるように話していたつもりだったが、感情がこもり過ぎて、声が大きくなったか。こいつに聞かせるつもりはなかったんだけどな。失敗した。



「あ~。やっぱ、お前は俺の唯一のサボリ友達だしな。他の奴は一緒にサボってくれね~からな。サボリ仲間は大事にしないとな」



「嬉しいこと言ってくれるじゃん」



 朝霧の目から大粒の涙がポツリと俺の顔に落ちてくる。マジで泣き始めた。ヤバい。もう何にも言葉が浮かんでこない。なんていえばこいつは笑ってくれるんだろう。



 困った俺は朝霧の頭を撫で続けた。落ち着くまで泣くのを見守ってあげよう。

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