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7話 怪我

 朝霧が向日葵のように笑っている。フニャリと可愛い笑顔で、ついついその可愛さに手を伸ばして頭をなでると、もっとフニャリと満面の笑顔になる。そして俺の腕の中へ飛び込んできて俺の腰に手を回してギュッと体を抱きしめる。ギュッと。



 クリクリ二重で少し垂れた目尻と大きいウルウルとした瞳が俺の瞳を見つめている。こいつこんなにまつ毛が長くてきれいだったんだな。少し低い鼻に小さくて形の良い唇が俺の顔の間近に迫る。



 これ以上の接近はヤバいんじゃないのか。このままだったらキスしてしまうぞ。お前、それでもいいのか・・・・・・





◆◇◆◇◆◇






 ハッと目が覚めると見慣れた俺の部屋の天井が目に映る。なんて夢を見ているんだ。俺と朝霧がキスする夢なんて、なんてものを見てしまったんだ・・・・・・これから、あいつの顔をどうやって見ればいいんだよ・・・・・・今までこんな夢なんてみたことがなかった。



 同級生のクラスメートの女子とのキスシーンなんて恥ずかしすぎる。



 キス・・・・・・したことね~よ。俺ってば、何考えてんだ。



 布団の中で悶えようと体を動かすと、体中に激痛が走った。とにかく痛い。どこかって、言われても判別できないくらい体中が痛い。あまりの痛さに「ギャー」と叫びだしたくなるのをグッと抑えるだけでも、相当に精神力が削られる。ダメ。やっぱり痛い。涙が出てきた。さっきの夢の桃源郷へ帰りたい。



「イダダダダーーーーーーー!」



 バタバタと足音が聞こえて俺の部屋の扉が「バタン」と開けられる。急いで俺の部屋に入ってきたのは妹の加奈だった。



 エプロン姿で入ってきた加奈は仁王立ちになって睨んでいる。朝からご機嫌斜めのようだ。



「おはよう加奈。今日もエプロン姿が似合ってるね。可愛いよ」



「はぁ。何言ってんのよクソ兄貴」



 お兄ちゃんは加奈のエプロン姿を褒めただけだよ。他にどこを褒めましょうか。顔ですか。スタイルですか。どうすれば、その罵倒をやめていただけるでしょうか。朝からクソ兄貴と呼ばれるのは、正直、兄として悲しいというか、情けないというか、もっと兄に愛をください。



「今日は学校、休みって連絡入れておいたから、お兄ぃは、ちゃんと寝てること。そして病院に行ってキチンと精密検査を受けてよ。昨日のより顔がボコボコに腫れ上がってお化けみたいになってるんだからさ。自分でも鏡で顔を見てみたら。すごい面白い顔になってるよ」



 そういえば左目のまぶたが塞がったまま、開かない。部屋の隅に置いてある姿見まで歩いていきたいけど、布団の中で少し動いただけでも激痛が走る。立って歩くなんて無理。昨日、歩いて学校から帰ってこられたのは奇跡に近いな。



「ちょっと待ってて」



 加奈が俺の部屋を出て、隣の自分の部屋へ行った。暫くすると手鏡を持って帰ってくる。



「手鏡、持ってきてあげたから、自分の面白い顔を見てみなよ。本気で笑えるから」



 そう言って布団の上に「ドス」と手鏡を放り投げる。その振動だけで体が痛い。お兄ちゃん、なんだか重症みたいで、手鏡まで手を伸ばすことができないんすが、できましたら手鏡を持って、顔を見せてもらえないでしょうか。



「何、そこまで痛がってるのよ。どんくさいわね。お兄ぃは、私が手鏡を持ってあげるから感謝しなさいよ」



 手鏡を加奈が持ってくれて、俺の顔を映してくれる。左目のまぶたに血が溜まって黒ずんでいる。目の周りにも青痣ができていて大きく腫れ上がっている。そして唇と口の中も切ったのか、唇が大きく腫れている。グロテスクだ。こんな顔で学校に登校することなんてできない。



 加奈が学校に休みの連絡をしてくれていてよかった。俊司や慎も心配してくれているだろう。もしかすると朝霧も心配してくれているかもしれないが、本当に申し訳ない。今日、学校に行くのは無理だわ。



「そういえば、今、何時?」



「もうすぐ、10時になるところよ」



「加奈も学校を休んでくれたのか?」



「仕方ないでしょ。馬鹿兄貴が、弱っちいのに喧嘩して、ボコボコにされて帰ってきたと思ったら、体中があざだらけで、お化け状態なんだから。今度から私に迷惑かけないようにボコボコにされてきてよね」



 はい。お世話かけます。こんなお兄ちゃんのために加奈の貴重な1日を無駄に使わせてしまったことを、海より深く反省いたしますので、腕を組んで仁王立ちになるのはやめてもらえませんか。今のお兄ちゃんは精神的に弱ってるの。それだけでも十分に威圧がかかっているから。



 十分反省しております。ご容赦のほどお願いします。



 加奈がドスっと俺のベッドの上に座る。ベッドがたわむ。その衝撃が体に伝わって、体中が痛くなる。痛い。チョー痛いんですけど。もっと優しく、ソフトにお願いします。今日のお兄ちゃんは取説が必要なくらいデリケートなんだ。優しくしてね。



「さっき、寝ているお兄ぃを見に来たら、寝言で「朝霧」って言ってたけど、それって誰?で、なんだかにやけた笑いをしてたけど、どんな夢を見てたの?」



 キャー。寝言で「朝霧」なんて名前を呼んでたのかよ。俺って最低。それに今日の夢の話は誰にも絶対にできない。可愛い妹には絶対にいうことができません。



 この夢のことは俺は墓場まで持っていく。



 慌てて加奈から視線を逸らすと、顔を両手で掴んで固定された。無理矢理に瞳を合わせにくる。きれいな顔だけに無表情で睨まれた顔が怖い。それに瞳を合わせると吸い込まれそうな気がする。



 俺の心を読もうとするのは止めてくれ。



「どうせモテない、クソ兄貴が同級生の女子のことでも夢に見てたんでしょ。夢にだされた女子も可哀そうね。同情するわ。やっぱりクソ兄貴、キモ」



 なんで俺の心を見透かしてるんだ。お前はエスパーか。なぜ、そこまでわかるんだ。俺は何も言ってないだろう。頼むから俺の心を覗くのはやめてください。これが発覚すると本当に黒歴史になるから。



「朝霧って、お兄ぃと同じクラスの朝霧結菜先輩のこと?」



「なんで加奈が朝霧のことを知ってんだよ」



「だって朝霧先輩って私達の高校の中だと、超有名人じゃん。きれいで可愛い美少女だし。告白を断った人数も3桁行くって噂だし、今まで付き合った男性も2桁って噂よ。今、付き合ってる彼氏は社会人って噂が流れてるし。あんな超有名な美少女、お兄ぃなんて見向きもされないんだからさ。夢見るのも止めなよ。悲しくなるわ」



「俺とあいつはそんな仲じゃね~よ」



「なんでもいいけど、彼女もいない寂しいお兄ぃは寂しく寝てなさい。お昼はおかゆでいいわよね。どうせ口の中も切ってるから、普通の食べ物は食べられないと思うし。お昼に起こすから、もう一度、ゆっくりと寝てなさい」



 こんな俺におかゆという心遣い。本当に加奈は可愛いな。きれいだし良い嫁になると思うぞ。だが、お兄ちゃんは誰にも加奈を嫁に出す気はないけどな。



「何、にやけてるのよ。馬鹿兄貴。早く寝な」



 頭をこつんと軽く叩かれた。それは痛くなく、なんだか加奈の優しさが伝わってきたような気がした。





◆◇◆◇◆◇





「お兄ぃ、起きて、おかゆできたよ」



 おっと、少し、寝てしまっていたのか。加奈の顔が真上に見える。少し加奈の顔が赤い。どうしたんだろう。



「お、お兄ぃ、上半身だけでも座ってよ。寝ながら食べることなんてできないでしょ」



「そんなことより、顔が少し赤いけど、お前どうした?」



「そ、そんなこと気にしなくていいの。馬鹿兄貴。早く座れっつーの。早くしろ」



 体を動かすと痛い。やはり体中に激痛が走る。こんな私に起きろというのですか。それは無理難題というものでございます。加奈、お兄ちゃんにもっと優しい言葉をプリーズ。そうすれば起き上がれるから。



「おかゆ冷めちゃうでしょ。早くしろっていうの。クソ兄貴」



 愛のこもった言葉をありがとう。お兄ちゃん頑張る。涙が出ても笑わないでくれよ。



 壁を背もたれにしてズルズルと這い上がって、ようやく上半身を起こした。布団の上には四角い盆が置かれて、おかゆとレンゲが置いてある。おそるおそる手を伸ばす。腕も青痣だらけだ。手も震える。しゃもじを持とうとするが、ポロリと取りこぼしてしまった。



「どんくさいお兄ぃだね。あたしが食べさせてやんよ。ありがたく思ってよ。こんなこと2度としないからね」



 ありがとうございます。こんな私のために加奈様のお手を煩わせることになりまして。心より感謝。



 加奈が土鍋からレンゲでおかゆをすくって口へと持ってきてくれる。



「早く口を開けて、そのままだと食べられないでしょう。口をもっと大きく開く」



 もしかして、これは夢にまでみた「あ~ん」のシーンではなかろうか。俺は加奈に「あ~ん」をしてもらえるのか。今日が俺の命日か。それでも俺は満足だ。加奈に「あ~ん」をしてもらえるなんて。



「何、また訳のわからない妄想に浸ってるの。早く、口を開けて」



 俺は「あ~ん」と口を開けた。加奈が顔を真っ赤にして照れながら、俺の口の中へレンゲを入れてくれる。口の中に入ってきたおかゆの塩加減が絶妙で旨い。味がほとんどわからないけど、塩加減の絶妙さはわかる。さすが我が妹。料理上手だ。



 土鍋からおかゆが無くなるまで無言で加奈は俺に「あ~ん」をして、おかゆを食べさせてくれた。なんという優しさ。お兄ちゃん感動してもいいか。今なら枕を濡らすぐらい泣ける嬉し泣きする自信がある。



 加奈のおかゆ、最高~! ボラボーおかゆ!



「午前中に清水医院に電話しておいたから。お兄ぃが喧嘩でボコボコにされて、怪我で動けないって先生に言ったら、夕方前には診療に来てくれるって、たぶん午後3時くらいには診療してくれるって言ってたわ」



 清水先生か~。今まで喧嘩で負けてボコボコになる度に清水医院に通っていた。俺の幼少時代の頃からお世話になっている先生だ。高校に入ってから喧嘩に巻き込まれたこともなかったので久しぶりに会うな。清水先生はいつも的確に診療してくれるから安心だ。



「おかゆ食べ終わったんだから、清水先生がくるまで、ゆっくりと寝てなさい。起きてたって、どうせ体が痛くてベッドから立ち上がることもできないんだから」



「加奈、あ~ん、ありがとうな」



「それを言うな。馬鹿兄貴。静かに寝てろ。馬鹿」



 馬鹿って2回言われた。ちょっと口が滑っただけだろう。そんなに恥ずかしかったのか。可愛い妹だ。ありがとうな。





◆◇◆◇◆◇





 清水先生が大柄な体をゆっさゆっさと揺すって診療にやってきてくれた。昔、テレビで放送していた〇〇〇の大将によく似ている。おむすびのような顔をして、丸眼鏡をかけている。最近、会ってなかったから懐かしいな。



「よう、宗太くん、元気だね。また喧嘩でボコボコにされたって」



「はい。情けない話なんですが・・・・・・」



「喧嘩が弱いのに、巻き込まれやすいよな君は」



「はぁ~」



 清水先生がベッドの横に立って、布団を引っぺがして俺の体を触診していく。指や手で押えられると体中が痛い。でも今は清水先生の触診の邪魔をしてはいけない。



 体中を触診した先生が真剣な顔つきから、柔和な顔つきへ変わる。先生の顔を見て、俺もホッと安堵の息をもらす。



「ただの打撲だけだね。2~3日は痛いと思うが、痛み止めの薬を加奈ちゃんに渡しておくから。それを飲んで安静にしていれば大丈夫だよ」



「明日から学校に行っても大丈夫ですか?」



「本当は安静にしていてもらいたいんだけど、どうせ君は言うこと聞かないだろうね。学校に行っても大丈夫だが、無理は絶対に禁物だよ。加奈ちゃんにはそう言っておくからね」



「ありがとうございます」



 清水先生は俺の頭をポンポンと叩くと俺の部屋から出て行った。大柄な体だが、本当に優しい先生だ。おにぎり山みたいな顔って思ってごめんなさい。



 ベッドに横になって布団に潜り込んでいると、「ブルブル」と携帯が振動した。



 スマートホンを手に取ると知らない番号の文字が光っている。誰だろうと思ってスマートホンを耳につける。



「・・・・・・」



「・・・・・・九条・・・・・・元気?」



 朝霧の声がスマートホンから聞こえる。どこか元気がない。かすれたような小さな声が聞こえる。お前は笑顔が似合うのに、なんでそんなに不安そうな声を出してんだよ。



「元気に決まってるじゃないか。明日には学校に登校するぞ。今日は念のため安静にしてただけだから」



「本当?明日、学校に来れる?」



「ああ、本当だとも、でも医者からは体中が打撲で痛むから、少し安静にしとけって言われてるから、保健室で寝てるか、屋上でサボリだな」



「怪我、酷いの・・・・・・?」



「ああ、左目が腫れ上がっててな。左のまぶたに血が溜まって、左目が見えないんだわ。唇も腫れ上がってて、面白い顔になってるぞ。明日、見せてやるから、思いっきり笑ってくれ」



「・・・・・・えないよ」



「なんだって?よく聞こえなかった」



「そんなの笑えないよ・・・・・・」



 スマートホンの向こう側から泣き声のような朝霧の声が聞こえる。俺はなんでこんなこと言っちまったんだ。朝霧を泣かせるつもりなんてなかったのに。本当は朝霧に笑ってほしかったのに。



「今回のことは、俺の不注意というか、俺が喧嘩を買ったのが悪かっただけで、お前とは関係ないから、お前が悲しむことないぞ」



「大切な人を怪我させられて、悲しまない人なんていないじゃん」



 朝霧の悲痛な泣き声のような声が耳に残る。なんとか朝霧を笑わせたい。



 それよりも・・・・・・大切な人?大切な・・・・・・大切な友達という意味だろうか。確かに同級生でクラスメートだしな。そこまで大切に思われているとは思わなかった。朝霧サンキューな。



「そっそかありがとうな。俺は大丈夫だ。俺は喧嘩が弱いんだ。だからボコボコにされた経験は昔から何回もある。だからプロのボコボコだな。その俺が大丈夫って言うんだから。大丈夫だ。朝霧、お前は笑ってろ。そのほうがお前に似合ってる」



「私ってそんなに笑ってるのが似合ってるかな」



「ああ、お前が笑ってると、向日葵が笑ってるようだ。俺まで笑顔になる。だからお前は笑っていろ」



「えへへ。そんなこと言われたことなかった。嬉しいな」



 やっと笑ってくれた。これで俺も安心して眠れる。



「そっか。みんな、そう思ってると思うぞ。お前の笑顔は最高だ。最高に可愛い笑顔だぞ」



「・・・・・・馬鹿、照れるし・・・・・・」



 ちょっと、言い過ぎた。俺も照れる。俺は何を言ってんだ。



「とにかく、明日は学校に行くから、一緒に授業をサボろうぜ」



「うん、わかった。学校で待ってるね」



 朝霧は何か安心したように元気な笑顔のような明るい声で返事をして電話を切った。



 それより、今、思ったんだけど、朝霧はどうして俺の電話番号を知ってるんだ?



 朝霧のためにも明日は這ってでも学校に行かなくちゃな。あいつの俯いた顔なんて見たくない。

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