63話 バイト始めました
大樹おじさんから呼び出しをもらって、凛と一緒に凛の自宅へリムジンで向かう。凛は俺が自宅へ遊びに来たことが嬉しそうで、リムジンの中で、よく笑い、よく話した。
凛の自宅へ着くと、すぐに大樹おじさんの書斎に呼ばれる。すると1人の長身のイケメンがスーツをピッシと来て立っていた。
「君がすずなのクラスにいる九条くんだね。今、日下部会長から君のことを色々聞いていたところだ。すずなからも君の話はイヤというほど聞いている。僕の名前は南純一という。一応、日下部グループの1つの企業で部長職をさせてもらっている。よろしく」
これがすずなちゃんの彼氏か。チョーイケメンで大企業の部長。すずなちゃん、玉の輿じゃないか。教師を辞めても暮らしていけるね。すごいぜ、すずなちゃん。
大樹おじさんが書斎のソファに座って、俺と南さんにソファに座るように勧める。俺達はソファに座った。
「今日は、ちょっと宗太くんに頼みがあってね。週末の日曜日だけ、南の会社の事務の補佐を頼みたいんだ」
え、俺なんかが一流企業の事務の補佐だって。学校でもだらけっ放しの俺に務まるはずがないだろう。
「もちろん、バイト代は払う。結構な時間給だよ。日曜日は社員も契約社員も派遣社員も少なくなるから、どうしても事務の補助が必要になるんだ。頼まれてくれるかな?」
大樹おじさんはにっこりと笑って僕を見つめる。でも、その目が胡散臭い。大樹おじさんはいたずらするのが好きだからな。何を考えているのかはわからないけど、警戒しておいたほうがいいだろう。
「大樹おじさん、本当の狙いを言ってください。別に事務の補助なら、俺でなくてもいいはずですから」
大樹おじさんが渋い顔をする。やっぱりバレたかという顔をしている。南さんが僕の横で笑っている。
「会長、すっかり宗太くんに会長の性格を見抜かれてるじゃないですか。なかなか宗太くんは人を見る目がありそうだ。是非、僕の会社でバイトをしてくれないかな。冬になったらクリスマスも待っているよ。彼女にプレゼントの1つも買ってあげたほうがいいんじゃないのかな?僕はすずなにきちんとプレゼントを渡すつもりだけど」
すずなちゃん、愛されてんなー。もうクリスマスの用意を考えてくれる彼氏なんて、すずなちゃんには勿体ない。すずなちゃんって苦労性なところがあるから、彼氏になる人はヒモみたいな男性だと思ってたけど、全く真逆の人を付き合うことになったんだね。すずなちゃん、たぶん一生分の幸運を全て使い果たしたと思うよ。
クリスマスかー。何も考えていなかったな。でも結菜には買わないといけないだろうな。それに凛はどうしよう。一応、俺の2号になっているんだから、クリスマスプレゼントは渡さないといけないだろう。結菜も凛も喜んでくれるといいけどな。
「大樹おじさんが何を企んでいるのか知りませんが、確かに南さんの言うように、冬にはお金が必要です。大樹おじさんが紹介してくれたバイト、頑張ってやってみます」
大樹おじさんの顔がニヤリと笑って輝いた。南さんもにっこりと笑う。
「それでは今週の日曜日から、南が所属している会社でバイトをしてもらう。部署も南の部署だから、何かわからないことがあれば、南に聞けばいい。それでは南、宗太くんを頼む。すこし社会人経験を積ませてやってくれ」
「わかりました。会長の言われるままに。宗太くん、日曜日だけのバイトになるけど、社会経験だと思って頑張ってくれ。簡単なOA機器の操作とPCへの入力作業だと思ってくれていい。他の雑用を頼むこともあるけど、その時は臨機応変に頼むよ」
「わかりました。南部長。これからよろしくお願いします」
こうして大樹おじさんの勧めで、俺は南さんの会社にバイトとして通うこととなった。
◆
朝から電車に乗って1時間、南さんの通っている会社はオフィス街のど真ん中にそびえたつ、超高層ビルだった。高層ビルの35階にあるフロアーが俺の働くフロアーになる。全員でどれくらい働いているんだろう。見当もつかない。
朝の朝礼で、南さんが、俺のことを紹介してくれる。
「九条宗太くんだ。今日から日曜日だけ、バイトにきてもらう。これは彼に社会経験を積んでもらうためだ。彼は日下部会長の超お気に入りだから、君達も態度には気を付けたえ。後、日下部会長の一人娘の婚約者候補でもある。そのことを忘れないように」
何-!そんな紹介の仕方があるかー!それに俺がいつ凛の婚約者候補になったんだ。まだ、付き合ってもないわー!結菜がこれを聞いていたら、殺されているところだ。
朝礼に集まった社員全員が、いままでだらけた雰囲気をしていたのに、急に姿勢をビシッとして、俺に作り笑いを振りまいてくる。会社員って大変なんだな。部長の一言でこれだけ雰囲気が変わるなんて、会社ってすごい。
朝礼が終わり、教育担当になった新垣由梨さんが俺に挨拶をしてくれる。まだ24歳の新入社員ということだ。髪の毛が亜麻色で、髪を内巻きにして、優しそうな瞳が印象的だ。高校生にはない大人の魅力が体全身から溢れている。とても艶やかなお姉さんだ。思わず見惚れてしまう。
俺の仕事は由梨さんの補助だった。由梨さんは社員なので、多くの仕事を抱えている。そして色々と下準備もしないといけない。新人社員なのに、やることが多すぎるのだ。だから俺が補助につけられたというわけだ。
「何をさっきからボーっと私の顔を見ているの?」
可愛い声で、小首を傾げて不思議な顔をする姿はまさに小悪魔。この魅力は本当にヤバい。
「由梨さんがきれいなので見惚れてました」
由梨さんが俺の背中をバシバシと叩いて笑みを浮かべる。
「宗太くんって口がうまいのね。そんなこと言ってると、南部長から凛お嬢様に報告されてしまうわよ」
え、南さんは俺につけられた監視役だったのか。俺はお世話をしてくれる良い上司だと思っていたのに、やっぱり大樹おじさんは油断ができない。
「凛とは仲良い関係ですが、別に付き合っていません。それに俺、ちゃんと彼女いますから」
「えー、宗太くん、高校生で既に2股してるの。最近の高校生は進んでるわね。私なんか彼氏もできたことないのにー」
んー。なんとなくわかるな。色気のある美女って、なんだか近寄りづらい雰囲気があるもな。たぶん由梨さんは自分の魅力をわかってないし、誤解してるんだと思う。だって、さっきから由梨さんをチラチラ見る男性の数がやたら多い。そのことにも由梨さんは気づいてないんだろうな。
由梨さんはパーソナルスペースが狭いのか、俺に仕事を教えてくれるのはいいが、やたらと体が近過ぎる。それにスキンシップも多い。普通の男性なら勘違いを起こしてもおかしくない。
PC入力、ちゃんとやってますから、俺の頬にあたるほど、顔を近づけてくるのはやめてください。由梨さんの吐息が聞こえて、胸がドキドキして、キーが打てないじゃないですか。そんな色気たっぷりな優しい目で俺を見ないでー。俺の心が揺れ動くからやめてー。
俺は咄嗟に俯くと、由梨さんの豊満な胸の谷間がシャツから見える。オオービッグピーチ。そんなことを考えてる場合か。俺はガン見しないように目を逸らせた。由梨さんって全身凶器だな。高校生の俺にはきつすぎる。
俺は持参したメモ帳に、仕事内容とその手順を書いて、由梨さんから教えてもらった業務を間違いなくこなしていく。俺が仕事に成功する度に、由梨さんは俺を頭をなでる。
「こんな可愛い弟がほしかったの。私、昔から弟が欲しくてねー。宗太くんみたいな弟ができて、お姉さんも嬉しいわ」
由梨さんがお姉さんなら、間違いなく俺は近親相姦ですよ。絶対に襲ってしまう可能性100%ですから。由梨さんに弟さんがいなくて正解だったと思います。
なんとか定時に終わって、部長室に呼ばれた俺を待っていたのはニヤニヤ笑いを浮かべた南さんだった。
「初めてのバイト、ご苦労様。よく新垣くんの魅力の虜にならずに、頑張って仕事ができたね。以前から数名、新垣くんの下にバイトを付けたんだが、男女共にあの色気の虜になってしまって、仕事にならなかったんだよ。新垣くんは優秀だから、もっと仕事を覚えていってもらいたいんだけど、補助する人間がいなくて困っていたんだ。日下部会長に相談して良かった。適任者がいると聞いた時には驚いたけど。宗太くんなら大丈夫そうだね」
やっぱり大樹おじさん、そういう意図があったのか。おかしいと思ったよ。
「新垣くんも宗太くんのことを気に入ったみたいだし、これからもよろしく頼むよ」
「南さんは新垣さんの魅力には大丈夫なんですか?」
「すずながいるからね。すずなの魅力には誰も勝てないよ」
おー、大人の魅力満載の新垣さんより、童顔で可愛いすずなちゃんを選ぶとは、南さんも相当なマニアと見た。
これだけ一途に想われているなら、すずなちゃんの結婚も早そうだな。すずなちゃんが聞いたらビックリするだろうけど、面白いから黙っていよう。
「帰りは私が送っていくから、一緒に帰ろう。僕の仕事が一段落するまで、新垣くんと仕事を続けておいてくれ。残業代はもちろんだす」
部長室から出てきた俺は由梨さんの仕事を手伝って、南さんが仕事を終えるのを待つ。由梨さんは嬉しそうに、俺に仕事を教えていく。教え方が丁寧で優しいから、簡単に頭の中へ入ってくる。
南さんが仕事を終えて、部長室から出てきた。
「私は帰るから、残っている社員で戸締りはしっかりしておくように」
社員達は「はい」と答えて、南さんと俺が帰るのを見送る。由梨さんが手を大きく振ってくれている。俺も由梨さんに手を振り返した。
地下駐車場に向かった俺は南さんの乗っているベンツを見て驚いた。ベンツの中には何枚もすずなちゃんの写真が飾られている。南さん、どれだけすずなちゃんに惚れてるんですか。
俺はすずなちゃんの写真を見ながら帰路についた。




