6話 発覚ー朝霧結菜side
次の日、宗太は休みだった。あれだけ打撲があったんだから。痛くて今日は起き上がれないだろう。
昨日は私が保健室にいたから無理して笑ってくれていたけど、本当はチョー痛かったに決まってる。
何か原因だか、私にはわからないけど、宗太が気絶するまで殴ったり、蹴り続けるのは間違ってると思う。宗太のためにも、宗太をこんな目にあわせた犯人を絶対に追い詰めたい。
そのためには、このことの事情を知ってる黒沢と佐伯から話を聞くのが早いだろう。私はもの凄く怒ってるんだから。
輝夜ちゃんにも結衣ちゃんにも昨日のうちに、ラインで宗太の怪我のことは伝えた。誰かが宗太をボコボコにしたって。輝夜ちゃんも結衣ちゃんも宗太のために怒ってくれていた。私を応援してくれるって、こんな時、友達ってありがたい。
昼休みに学食へ向かおうとしている黒沢と佐伯を3人で囲んで1階の中庭の庭園まで連れだした。そこにあるベンチに座らせる。
昨日、宗太になにかあったのか、問いただすけど、顔を横に向けて、なかなか白状しない。これは宗太の問題だっていう答えしか言わないなんておかしくない。
結衣ちゃんが教室に戻って、クラス委員長の栗本紗耶香や他のクラスメートの女子を数人呼んできた。10人以上に膨れ上がった私達女子の姿を見て黒沢と佐伯が軽く震えている。
「本当のことを教えてほしいって言ってるだけじゃん。素直に吐きなよ。あんた達が悪いわけじゃないんだし、何に意地張ってんの。このままだとクラスメイトの女子全員からシカトされることになるけどいい?」
とうとう、黒沢と佐伯がベンチに俯き始めた。もう少し圧力をかけたら話始めるだろう。
「なんなら日下部さんにも加わってもらおうかな。日下部さん、頭いいから良いアドバイスがもらえそうだし」
同じクラスの日下部さんが「氷姫」というあだ名で一部の男子から怖がられていることを知っている。日下部さんごめんなさい。今回は名前を使わせてもらいます。
黒沢と佐伯の肩がビクっと震える。ぐずぐずと顔をあげてくる半分、涙目だ。本当は宗太の親友の黒沢や佐伯にこんなことはしたくない。でも宗太が肝心なことをしゃべってくれないし、今日は休んでるから、この2人に聞くしか方法がない。脅かした分は後で謝ろう。今は聞き出すことに集中する。
とうとう黒沢が口を開いた。
「遠藤だよ。遠藤がサッカー部の連中6人を校舎裏に連れてきて、集団でボコボコにした」
え、なんで遠藤が宗太を虐めるの。意味わかんない。それだけじゃあ、納得できない。もっと内容を話してよ。
「もっと内容があるんでしょ。そこまで話したんだから、全部話してよ。そうでないとこっちも気持ち悪いんし」
「昨日の昼休み前に朝霧と宗太が仲良く話してたろ。そのことで遠藤が嫉妬して宗太を校舎裏へ呼び出したんだよ」
黒沢がぽつぽつと話し始めた。
「朝霧、お前も薄々感じてたと思うけど、遠藤はお前のことが好きだ。だから朝霧と仲良くしている宗太が邪魔だったんだ。だから校舎裏へ呼び出して、2度と朝霧に近づくなって宗太に釘を刺したんだと思う。俺達もその場にいなかったから、はっきりしたことは言えないけどな」
佐伯が後を続ける。
「宗太の性格だ。はい、わかりました。なんて絶対に言わない。お前に命令されるいわれはないって噛みついたんだと思う。朝霧と仲良くするのも、朝霧と俺の勝手だ、ぐらいのことは言ったと思うよ。そうでないとあそこまでボコボコにされてないはずだからね」
ということは私が原因なの。なに、それって。なんだかわからないよ。わからないけど涙が出てきそう。
「宗太のことだから、朝霧に事情を話すと自分のせいにするって思ったと思う。だから朝霧のせいじゃないってことにしたくて、朝霧には黙っていたんだと思うんだ。そのことをわかってるから俺達も今まで黙ってた」
宗太の馬鹿、昨日の保健室でも体が痛いのに、チョー優しい顔して笑ってさ。なんでもないって言ってたじゃん。全部、宗太のウソだったんだね。私を悲しませないために黙ってたんだ。宗太ってどこまで優しいんだろう。
なんだか胸にキュンとくる。今日は宗太の顔を見られないことが切ない。
最近の宗太って、私がちょっとでも暗い顔をすると笑わそうとしたり、からかってきたりする。私が笑うととても安心した顔してさ。やさしい顔になるんだ。そんな顔を見て私も安心する。
こんな毎日が続いてくれたらいいのにって思ってたのに・・・・・・
輝夜が目を吊り上げて私の方を見る。
「これは集団暴行だ。私達で解決するんじゃなくて、職員室へ行って、すずなちゃんに全てを話して、然るべき処置をしてもらうのが妥当だと思う」
結衣も頷く。
「私もそう思うわ。これは集団暴行よ。それもサッカー部の集団暴行。これは許されることじゃないわ。職員室に言ってすずなちゃんに報告しましょう」
クラス委員長の栗本紗耶香も顎に手を当てて頷いている。
「私はクラス委員長なの。こんな話を聞かされたら黙っていることはできないわ。遠藤君も九条くんも同じクラスメイトだし、その2人が集団暴行の加害者と被害者になってるんだから、担任のすずなちゃんに、私は報告する義務があります」
ちょっと待って。そんなことしたら宗太が今まで黙ってた意味がなくなるよ。
黒沢はゆっくりと首を横に振る。
「宗太は絶対に問題を大きくするつもりがなかった。問題を大きくするつもりだったら、昨日、保健室に運ばれた時点で宗太自身からすずなちゃんに話しているはずだ。宗太は問題を大きくしたくなかったんだよ。わかってくれよ」
佐伯は真っすぐ私達を見る。
「今回の集団暴行はサッカー部が主体だ。このことが発覚すれば、サッカー部は試合禁止などの措置がされる可能性がある。そうなれば関係のない部員達まで巻き込まれて迷惑をかけることになる。宗太はそれを止めたかったんだと思う。だからすずなちゃんに相談するのは俺は反対だ。宗太がそれを望んでいない。被害者がそれを望んでいないんだ。わかってやってくれよ」
クラス委員長の栗本紗耶香も佐伯の言葉で迷っている。
佐伯はまだ話を続ける。
「俺は宗太じゃないから、はっきりとしたことはわかない。でも付き合いはお前達よりも長いし深い。宗太が一番に傷ついてほしくなかった、目立ってほしくなかったのは朝霧、お前だ。先生達に知られれば、先生達から遠藤達に尋問されることになる。そうなれば遠藤が朝霧のことを好きだったことが今回の根本の原因だってバレるだろう。そのことがバレるのを宗太は一番嫌だったんだと思う」
私、宗太に庇われてたんだ。ヤダ、こんな時なのに嬉しい。顔が照れくさくて赤くなる。
「わかったわ。今回の件は私が原因だもんね。私が私なりに決着つけるよ。輝夜も結衣もそれでいいかな。紗耶香も今回だけは目を瞑ってくれるかな。そうでないと九条が頑張った意味ないよ。私のために九条が頑張ってくれたんなら、今度は私が九条のために頑張る」
紗耶香ちゃんは深いため息をついた。
「わかったわ。今回は先生に報告しないでおくわ。ただし無茶しないでね。それと結菜に何かあったら、すぐに先生に報告するからね」
ありがとう。私は紗耶香ちゃんの胸に飛び込む。紗耶香ちゃんは私を優しく抱きしめると頭を撫でてくれた。
「クラスのみんなもありがとう。これで今回の九条の集団暴行の件で、誰がやったのか、何が原因だったのか、全てわかったよ。これもみんなのおかげ。ありがとう」
「そんなのいいよ」「私の時も協力してね」など色々な言葉を交わして、紗耶香ちゃんを中心にクラスメイトの女子達は教室に帰っていった。残っているのは輝夜と結衣と私だけ。
私は黒沢と佐伯に深々と礼をした。
「今回、怖い思いをさせてごめんなさい。どうしても九条を誰がボコボコにしたのか知りたかったの。それに何が原因になったのかも。脅した恰好になってごめんなさい」
黒沢がにっこり笑顔で答える。
「宗太がボコボコにされたことで、みんなが怒ってくれて、正直、嬉しかった。俺達も最初から正直に話さずに悪かった」
佐伯も微笑む。
「でも、これほど朝霧が怒るとは思わなかった。本当に朝霧は宗太に気がないの?なんか宗太のこと大切にしてるみたいに見えるけど?」
「うん、大切な友達だよ。だって一緒のサボリ仲間だし、九条がいないとからかう相手がいなくなるじゃん」
本当はもっと宗太のことが大好きだと思う。今日の話を聞いて、自分の胸の中がキュンとして苦しい。でもそんなこと、この2人に話す必要はないし。宗太に一番にわかってほしい。だから私は嘘をつく。
昼休みのチャイムが鳴る前に、中庭の庭園から教室に私達も戻った。
教室に帰ると扉側の列の中央に遠藤が座っている。私は輝夜と結衣と一緒に遠藤の所へ向かう。遠藤の前に腕を組んで仁王立ちになる。すると遠藤はすぐに気づいて私の顔を見る。
「今日、遠藤に特別な話があるんだ。放課後に校舎裏まで来てもらえっかな」
「ああ、わかった」
遠藤の顔は無表情で何を思っているのか読み取れない。そんなことは関係ない。
午後の授業とボーっとして過ごす。とても集中なんてしていられない。左隣の席を見るといつも座っている宗太がいない。それだけで心の中にぽっかりと穴があいたような気分になる。
もしかすると私って宗太に相当いかれてるのかもしれない。今まで自覚なかったから、冗談で笑いあえたし、からかうこともできたけど、宗太が元気になって学校に登校してきたら、今までのように接することができるんだろうか。
こんな弱気じゃダメだ。これからも宗太と楽しい日常を楽しみたいなら、いつもと同じでいなくっちゃ。宗太に今日のことがバレるのは嫌だ。
今日は私は嫌な女になる。一番、宗太に見られたくない部分。でも宗太をボコボコにされたまま黙ってるなんて私にはできないよ。宗太、ゴメン。今日のことは誰にも聞かないでね。そういえば、黒沢と佐伯に口止めするのを忘れた。後で忘れないで、きちんと口止めしとかないと。
あいつ等、宗太のためには口は堅いが、私のために口が堅いかどうかわからない。
放課後の授業が終わった。私は黙って鞄を持って席を立つ。輝夜と結衣と目があう。2人共、私についてきてくれるつもりだ。輝夜は剣道部の竹刀を背中に背負って鞄を持つ。結衣は鞄の中にお玉を隠した。お玉なんてどうするつもりだろう。
1階の靴箱に上履きを入れて靴に履き替えて玄関を出る。校舎裏へ行く間に私は適当な石を見つけてポケットに2個突っ込んだ。
校舎裏には遠藤とサッカー部の連中らしい6人が屯していた。カグヤが竹刀の袋を取って、竹刀をいつでも取り出せるようにしている。私もポケットに手を入れて手の平で石を握り締めた。
こいつらが宗太をボコボコにした連中。絶対に許せない。私は眦を吊り上げて校舎裏へ歩いていく。
遠藤はなにくわぬ顔で腕を組んで立っている。私はその前にポケットに手を入れて仁王立ちに立った。
「校舎裏に呼び出してなんだよ。やっと俺を受け入れてくれる気になったか」
「遠藤、お前みたいな外道は絶対に好きになんかならない。こっちはきっちりと断ってる。絶対に嫌。キモイ。いい加減、諦めてくれないかな。そうでないとストーカーってことで学校中に噂を広めるよ」
「冗談だろ。俺が何をしたっていうんだ?」
「しらばっくれてもダメだかんね。昨日、宗太をボコボコにした件。あんたが宗太をボコにしたんだってね。黒沢達から聞いたわ。最低だね、あんた。あんたみたいな男、私、大っ嫌い。これからは傍にも寄ってこないでくれる。話しかけてもくるな。もちろん宗太にもこれ以上、手をだしたら許さない。学校にいられなくしてやるから」
「お~こわ。なんかメスがキャンキャン吠えてるけど、遠藤、ちょっと痛めてもいいかな。少しムカッとした」
遠藤は手で仲間が暴走しそうになるのを制する。
輝夜が口を開く。
「あんた達、全員、サッカー部よね。サッカー部で集団リンチ。こんなこと職員室の先生方に知られたら、サッカー部は全試合出場停止の処分になるけど、どうする?それにあんた達は少なくとも停学よ」
結衣も負けていない。
「あなた達が九条くんにしたことは許されることではありません。本来なら先生達に報告するところなんだけど、九条くんが黙っているから私達も黙ってることにしたの。九条くんの優しさがまだわからないの」
「クソアマ共、言わせておけば勝手なことばかり言いやがって」
遠藤の仲間の1人が結衣の胸倉をつかもうとする。「バシ」という音と共に輝夜の竹刀が唸りをあげて、胸倉をつかもうとしていた奴の手を打った。
「痛てえな、くそっ」
「お前達は手を出すな。こいつ等に手を出したら、本当にサッカー部は全試合出場停止になるぞ。それに俺もお前達も停学だ。ここは黙って聞いてやろうや」
遠藤はニヤリと笑って連れの者を制する。
「別段、九条をボコボコにしただけじゃね~か。お前に危害を加えたわけじゃね~だろう。それにあんな弱っちい奴、お前の隣には似合わない。もっと強い男のほうがお前には似合う」
「ふざけんな。私の隣に誰がいるかは、私が決めるんじゃん。あんたに決められる筋合いはないね。それに九条は弱い奴じゃない。最後まであんた達を庇って、私達に何も言わなかったんだから」
「俺達にビビッて言えなかったの間違いじゃね~のか」
ふざけるな。何も宗太のことを知らないくせに。本当に頭にくる。これ以上、宗太をこの男に馬鹿にされたくない。
「どっちでもいいわ。馬鹿には付き合えないから。金輪際、私には付きまとわないで。マジでキモイから。胸糞悪い」
私は手の平の中の石を握りしめて、遠藤の左頬を思いっきり殴った。「ゴキ」という音がする。これは宗太の分、もう一つは私の分。もう一度、遠藤の左頬を思いっきり拳で殴りつける。さすがは拳の中に石を入れてあるだけあるわ。けっこう効き目あったんじゃん。
遠藤は無言で膝をついて項垂れている。
「2度と私と九条に近寄るな馬鹿」
私達はそれだけいうと、校舎裏に遠藤達を残して校門へ向かって歩いていくと、学校の建物から黒沢と佐伯が顔を出していた。
「今日のことは九条には内緒だかんな。もし言ったら、あんた達も同じ目にあわせるよ」
「「はい」」
「それと、九条のラインID、メルアド、電話番号も教えてくんない。やっぱり今日、休んでるの気になるからさ~」
「「わかりました」」
黒沢と佐伯から宗太のラインID、メルアド、電話番号を聞き出した後、輝夜はクラブへ走っていき、私と結衣は校門の外へ出た。
帰ったらさっそく、宗太に連絡しなくっちゃ。宗太の体が心配だ。