5話 校舎裏
1階にある靴箱に上履きを入れて、靴を履き替えて校舎裏へと歩いていく。校舎裏は誰も来ることが少なく、告白スポットの定番になっている場所でもあるが、学生が喧嘩をする時にもよく使われる場所だ。
俺がゆっくりと校舎裏へと歩いていくと、先に遠藤とその仲間6名ほどが一緒に立っていた。たぶん同じサッカー部の奴等だろう。2年生であることには間違いない。どいつもこいつも顔だけは見たことがある。
「よく逃げなかったな」
どうしてお前に呼び出されたくらいで逃げ出さないといけないんだ。面倒な奴だな。
「逃げ出す必要なんてないだろう」
遠藤の仲間の6人が俺を取り囲む。全員が下種な笑いを顔に貼り付けている。集団で1人を殴ろうというんだ。既に喧嘩に勝ったつもりだろう。ニヤニヤ笑いが止まらないようだ。
「なぜ、呼ばれたかわかるか」
「そんなのわかんね~」
なぜ呼ばれたか、それは俺と朝霧が仲良くしていたからだ。お前の嫉妬で呼び出されたんだよ。本当はそう言いたいところだが、火に油を注いでも仕方がない。面倒なので黙っておく。
「お前、朝霧に近寄りすぎるんだよ」
「そうか~。別に故意に近づいてるつもりはないんだけどな」
どちらかと言えば、朝霧にからかわれて、朝霧に近寄られているのは俺のほうだと思うぞ。なぜかあいつは俺をからかうのが好きみたいだからな。
「これから、朝霧に近づくな」
「お前に命令されるつもりはないな。お前は俺の親か」
なぜ、俺が遠藤の命令に従わないといけないんだ。こいつは本当に馬鹿か。俺はサッカー部の後輩でも何でもね~ぞ。偉そうに命令してくるなんて、何様のつもりなんだろう。あ、俺様か。
俺様は偉いんだぞってやつね。お前は裸の王様か。恰好悪いぞ。
「うるさい。周りがみえないのか。お前、1人で俺達、相手に勝てるとでも思ってるのか」
自慢じゃないが腕っぷしには自信はない。俺は腕相撲でも俊司に勝てたことがない、もやしっ子だぞ。もやしっ子を舐めるな。
「自信なんてあるわけないだろう。俺は平和主義で喧嘩なんて野蛮なことしたことないんだから」
これはウソ。俺だって腹立った時や、気分の悪い時に喧嘩くらいはしたことがある。でも喧嘩に勝ったことはほとんどない。だから自分で平和主義でいようと心がけてはいる。
「俺達にボコボコに殴られに来たって訳か。弱っちいのに。遠藤、さっさと、こんな奴、やっちまおうぜ」
外野のハエがブンブンとうるさいな。そんなことをして俺が大怪我でもしたら、お前達、よくて停学、悪くて退学になるんですけど、そんなこともわからない頭なのか。残念な頭すぎて何もいいたくないわ。
「お前、ここに何しに来た」
決まってんじゃん。ちょっと気分が悪くて、ムカついてるから来たんだろうが。お前が呼び出しておいて、聞くなよそんなこと。
「お前にはっきり言いたいことがあってな。俺はお前のいうことを聞くつもりはない。命令されるいわれもない。俺は自分の意思で自由に行動する。だから朝霧と話をしたい時には話をするし、仲良くもする。以上だ」
「お前何様のつもりだ」
遠藤が俺の胸倉を捕まえて吊るし上げる。少し首が苦しい。ちょっとムカついた。
「お前と同じだ。俺は俺様だ。馬鹿」
あ~言っちゃったよ。口が滑った。これはヤバい。
遠藤の右ストレートが俺の左のこめかみにヒットする。そして膝蹴りが鳩尾に叩き込まれる。胃がグッと押されて、気持ち悪い。吐き気がする。俺はそのまま倒れこんだ。すると遠藤と愉快な仲間達が俺をボコボコに蹴り飛ばす。
俺は顔を拳でガードして肘と膝で腹をガードして亀さん状態になって蹴りに耐えるが、背中を蹴られるのが痛い。少しくらいは手加減しろ。
遠藤達は自分達が疲れるまで俺を蹴り続けった。
「おい、これ以上されたくなかったら、大人しく俺のいうことを聞け。朝霧に2度と近づくな」
「この間、朝霧のスカートの中を覗いたら、パンツがピンクだったぞ。お前も見たいだろう」
「ふざけんな」
あ~なんで俺の口って正直なんでしょう。俺はウソは言ってないぞ。給水塔から降りてきた時の朝霧のパンティの色はピンクだったからな。遠藤、お前にとっては貴重な情報だろう。情報を提供したんだから、もっと手加減しろよ。痛すぎる。こいつら集団暴行していること忘れてるようだな。
遠藤達は続け様に蹴り続け、俺のガードは弾き飛ばされて、鳩尾や脇腹に蹴りがめり込む。俺は口から汚く涎を垂れ流すしかない。クッソ、こんな恰好、朝霧には見せられないな。
顔面に遠藤の踵がヒットした脳に衝撃が走り、一瞬、目の前が白くなる。ヤバい意識が飛びかけてる。まだ止めないのか、こいつ等。このままだと本当に意識を失うぞ。そうなったらヤバいのはお前達だぞ。猿共。
慎と俊司が校舎裏へ走り込んできた。
「先生~。生徒が集団暴行されてます~」
慎と俊司が大声で周りに呼びかける。
「おい、ヤバいぞ。遠藤。逃げるぞ」
「九条、これからは朝霧に近づくなわかったな」
「うるさい。今度、朝霧の乳、揉んでやる」
ストンピングで何回も俺の頭を踏みつけ、地面に叩きつける。意識がぼやけていく。視界が暗転する。俺はその場で意識を失った。
◆◇◆◇◆◇
真っ白な天井が見える。左目が塞がって開かない。俺は右目だけで天井を見つめる。ここはどこだ。体中が痛い。
よく周りをみると薬品を置いてある棚が見える。どうも保健室にいるようだ。意識が飛ぶ前に俊司と慎を見たから、2人が運んできてくれたんだろう。腐れ縁も良いものだ。2人には感謝しないといけないな。
「あ、意識、取り戻したんだ。大丈夫。心配したよ・・・・・・ふぁああ~ん」
いきなり朝霧の顔が目の前に飛び出してきた。痛い。やめろ。抱き着くな。ギュッとするな。
朝霧は大粒の涙を零して俺に抱き着いてくる。痛くて身動きのできない俺を布団の上から抱きしめる。
「痛いから止めれ」
顔をイヤイヤと横に振って、また、ギュッと俺を抱きしめる。そして頬と頬が触れるのがわかる。朝霧の涙が俺の顔にも伝う。
こんなに心配させたんだな。悪いことをした。でも俺もムカついてたからさ。どうしても校舎裏に行くしかなかったんだ。ボコボコにされるのはわかっていたけど、気絶させられるとは思わなかった。俺の計算ミスだ。
「俺のせいで泣いてるんだったらゴメンな」
「違うよ。もう意識が戻らないかと思ったじゃん。意識が戻ってよかった。安心したら涙が出てきたんだよ~」
あれ、なんで朝霧がここにいるんだ?誰が朝霧に伝えたんだ?
「どうして俺が保健室にいるとわかったんだ?お前、誰に何を聞いて保健室にやってきた?」
「帰ろうと靴箱の所で靴を履き替えてたら、黒沢と佐伯が意識を失った九条をここまで運んでいるのが見えて、ここまで一緒にきたんだよ。黒沢と佐伯はよろしくって言って帰っちゃった。どうしたのか話を聞いても教えてくれなかったし。どうして九条がボコボコになってるの」
遠藤達にボコボコにされましたなんて、情けなくて言えない。それに今回の件は、こいつのことが絡んでいるから、素直に言うと絶対に、こいつのことだから落ち込むに違いない。だから言えない。
「なんでもないって。ちょっと転んだだけだ」
「転んだだけで、こんな怪我する訳ないじゃん。馬鹿にするな。これって絶対に喧嘩の怪我じゃん。それくらい私でも見たらわかる」
そうですよね~。でも絶対に訳は言えない。それだけは言えない。俺は朝霧の視線を合わせることができなかった。
両手で俺の頭をグイっと挟んで首をグリっとひねって朝霧は俺と視線を無理矢理合わせる。ちょっと顔近いんですけど。ほとんど5cmくらいしか隙間ないんじゃん。傍から見られてたらキスしてるように見られてもおかしくない。
俺は反射的に朝霧を遠ざけようとするが、どこからそんな力が出てくるのか、こいつは一向に動かない。まだ目に涙が溜まっている。時々涙が零れて、俺の顔の上にポタっと落ちる。
「何があったか知んないけど、絶対に九条をボコった奴、許さないからね。絶対に探し出す」
そんなことやめてくれ。おれがチクったみたいで恥ずかしくなるじゃないか。ここはそっとしておいてくれよ。
「九条くん、気が付いた?」
保健室のドアが開いてすずなちゃんが近づいてくる気配がする。今は朝霧と抱きしめ合って見つめ合っている状態だ。これは非常にまずい。俺の顔から冷や汗が噴き出す。
校舎裏の時よりヤバいような気がする。
朝霧は鞄を胸に抱え込むと布団をサッとあけて、布団の中へ飛び込んできた。俺も必死で布団の中へ朝霧を隠す。
布団の中では必死に朝霧が俺の体にしがみ付いてくる。痛い。体中痛いんだから。あんまりギュッと抱き着くな。
俺は布団を首まで引き上げて天井を見上げている振りをする。しかし、朝霧の柔らかい体が俺の体に密着する。ヤバい。この状態が続けば俺も平常心を失いかねない。
柔らかすぎて気持ち良すぎる。いったい、俺は何を考えてんだ。もうすずなちゃんがカーテンを開けてくるっていうのに。いかん、鼻血が出てきた。顔が火照って熱い。
「シャー」
保健室のカーテンが開けられる。すずなちゃんの少し垂れた目尻に少し低い鼻、形のよい唇が現れる。いつも元気な茶髪のポニーテールが今日は元気がないように見えるのは俺だけだろうか。
俺が寝ているベッドの横にある椅子にすずなちゃんは腰かける。
「慎くんと俊司くんから聞いたわ。喧嘩でボコボコにされたそうね。誰と喧嘩したのかまでは教えてくれなかったけど、気絶するまで喧嘩するなんて、職員室でも先生達が大騒ぎになってるわよ。大した怪我でなくてよかったわ」
そんな大騒ぎになっているのか。俺が元気になったら、俺も、俊司と慎も職員室に呼び出し決まりだな。教育指導室で誰と喧嘩したのか吐くまで尋問されるだろうな。絶対に言わないけどな。それにしても俊司と慎には迷惑かけるな。何か奢らないとあいつ等から文句が出そうだ。今度、マックでも奢ってやるか。
「なんだか顔が赤いわ。体中痛いんじゃないの。打撲で熱を持ってるのかもしれないわ。少し体も熱を持ってるのかも」
すずなちゃんはきれいな手を伸ばして俺の額の上に手を置いて呟く。
「全身打撲なだけですから。今は痛いけど、歩けないほどじゃなさそうだし、もう少し休んだら帰りますから」
「わかったわ。本当に打撲でよかったわ。一応、保健医の今木先生にも見てもらったけど、骨の異常はみられなかったし、ヒビがはいっているかどうかはわからないらしいけど、家に帰ったら病院に行きなさいね。今日、行けないんだったら、明日の午前中にでも病院に行ったほうがいいわよ」
「そうですね。あまり痛ければ明日の午前中に病院に行ってきます」
「さっき、私から家に電話かけておいたんだけど、お母さんは仕事で留守みたいで、妹さんが出られたから、一応、事情は話しておいたわ。ちょっと妹さんビックリしていたみたい」
げ、加奈に連絡したのか。帰ったら加奈に尋問されるに決まってる。ま~加奈の場合は学年が違うから、話してもいいかもしれないけど・・・・・・朝霧絡みとなると、妹の反応が怖いな。どういう反応をするかわからんし・・・・・・ここは黙っておいたほうがよいだろう。は~家に帰るのに気が重いよ。
「では、私は職員室に帰るから、今木先生はもう帰っているから。保健室を出た後は職員室に寄って私に声かけてね。あんまり無茶したらダメだよ。私も心配したんだからね」
すずなちゃんが俺の頭を優しく撫でてくれる。可愛いと評判の先生に優しくされるのはとても嬉しい。顔が自然と緩むのがわかる。
これ、朝霧さんや。脇腹を殴るのはやめておくれ。布団が不自然に動くじゃないか。すずなちゃんに見つかったら2人共、即死だぞ。わかってんのか。それに無茶苦茶痛いって。やめてくれ。
すずなちゃんはカーテンを閉めて保健室を出て行く。「ガラガラ」という音が鳴って扉が閉まる音が聞こえる。
これでやっとすずなちゃんが保健室から職員室へ戻っていってくれた。ホッと安堵の息がもれる。
するとガバっと布団が跳ね飛ばされ、朝霧が俺の首に抱き着いてくる。首が苦しい。抱き着くのは良いが、首を絞めるのはやめれ。本当に息ができくなったらどうする。
「私がずっとギュッとしてあげてるのに、すずなちゃんにデレデレしてるってどういうこと。しんじられない。そういうのは私がいない所でやってよ」
いや、お前がいない所でもすずなちゃんとデレデレしたことをやるつもりはないがな。俺にその気があったとしても、すずなちゃんがさせてくれないだろう。一応、先生で、それも担任だぞ。お前、何言ってんだ。
「なんか無性に腹立つじゃん」
「そんなにデレデレしてね~し」
朝霧は頬をプクっと膨らませて俺を睨む。だから顔が近いって。それにしても近くでみるときれいな顔してるのな。
それから小一時間ほど俺は布団の中で朝霧に抱きしめられたまま、尋問を受けるのだった。