49話 妄想爆発
俺達が学校の校門に着くと、結構な人だかりができていた。生徒達はスマホを持って何かを撮影しているようだ。俺は何だろうと人混みをかき分けて、前に進んでいくと、俊司が神楽の肩を抱いて、鼻の下を伸ばした顔でVサインのポーズを決めて、校門の前に立っていた。
俺も結菜も口をポカーンと開けたまま、茫然としてしまう。あいつは何をやってるんだ?理解不可能だ。
神楽は顔を真っ赤にして俯いて、体をモジモジさせている。相当、恥ずかしそうだ。俺も神楽の立場だったら1秒ももたずにダッシュで逃げていただろう。神楽はよく我慢していると思う。
俊司の目には少し涙が光っている。そして目が潤んでいる。感動に打ち震えているようだ。
そんなに彼女ができたことが嬉しかったのか。それはわかるが表現方法を間違ってるぞ。これでは神楽が可哀そうだ。
俺と結菜はそっと神楽に近づいて、神楽の手を持って一緒に校舎へ逃げた。後を振り返ると、Vサインをしたまま固まっている俊司が1人で立っている。感動しすぎて、自分の世界に飛び立っているようだ。重症だな。
「神楽、よく我慢したな。よくやったぞ。後で俊司には俺から怒っておくからな。一体、何があったんだ?」
「今日、朝、俊司くんと待ち合わせをして、一緒に登校してきたの。そしたら、俊司くん、舞い上がっちゃって、会った瞬間から、私の肩を抱いて、歩き出したの。そして校門でいきなり止まったかと思ったら、Vサインしたまま動かなくなったの」
俊司の奴、完全に壊れてるな。神楽が良い子でよかったよ。普通なら振られてるな。
俺達は神楽を連れて、教室へ入った。結菜が神楽を席まで連れて行く。極度の緊張から解放された神楽はヨロヨロして、普通に歩けなかったからだ。大変だったな神楽。
俺は自分の席に座って大きくため息をついた。既に登校していた凛が隣の席から「おはよう」と声をかけてくれる。俺も「おはよう」とかえす。結菜も歩いてきて、自分の席に座った。
続々とクラスメイト達が教室に入ってくる。慎と委員長が手を繋いで教室へ入ってきた。委員長は自分の席に座り、慎が俺のほうへ駆け寄ってくる。
「今、校門で俊司が1人で変なポーズをして立ってるんだけど、宗太、あれが何か知ってるか?」
「あれな~。幸せの絶頂で壊れた奴だ。このまま放置しておいたほうがいいぞ。今、幸せの絶頂なんだから」
慎は納得できないというような顔で、自分の席へ戻っていった。
HRのチャイムが鳴った。すずなちゃんが教室へ入ってくる。そして出席を確認する。
「あれ?今日は黒沢君は休みなの?まだ来てないみたいだけど」
慎が手を挙げて「すずなちゃん、俊司なら校門の前で変なポーズをしたまま立ってます」と言った。
すずなちゃんの顔が青くなる。「今日のHRはありません。急用ができました」と言って、大急ぎで教室を出て行った。
すずなちゃんが教室を出た後、クラスのみんなは窓際に寄って、校門を見る。すると数名の先生とすずなちゃんが走って校門に向かっていく姿が見える。
暫くすると、首根っこを捕まえられた俊司が連行されていく姿が見えた。たぶん生徒指導室だろう。
クラスメイト全員が首を横に振って、ヤレヤレという顔をする。神楽だけが机の上で顔を伏せていた。恥ずかしくて顔をあげていられないのだろう。可哀そうな神楽。
1時間目の授業が始まった。もうすぐ中間考査のテストだ。俺は先生の説明を集中して聞き、要点をノートにまとめていく。そして教科書にマーカーで線を引いて、ノートにそれも写していく。
クラスの生徒全員が中間考査のテストに向けて真剣に授業を聞いている。その時、教室のドアが開かれた。俊司だ。「生徒指導室へ行っていました」と大声で先生に謝罪する。謝罪する気持ちがあるなら堂々と入ってくんな。
俊司は自分の席に座った。そして机の中に何か雑誌を隠していれてる。あいつ今度は何を持ち込んだんだ。
俺は不思議に思ったが、今の俊司をかまうつもりはない。授業に集中することにする。
1時間間目の受業が終わった。俊司は机の中から雑誌を取り出して、真剣に雑誌のページを見て、ページをめくっていく。
結菜もその姿が気になったらしく、俊司の席まで行って、後ろから雑誌を覗き込み、顔を真っ赤にして俺のところへ走ってきた。
「宗太、どうしよう。黒沢の奴。結婚式場を探してる。ウェディングの雑誌を真剣に見てるよ。結衣、結婚させられちゃうよ。どうしよう。宗太、黒沢を止めて」
あいつは何を考えてんだ。まだ高校2年生だぞ。まだ結婚できる年齢でもなければ、昨日、彼女ができたばっかりだろう。もう結婚って、どこまで飛ばす気なんだよ。
クラスメイト達も気づいたらしく、俊司を遠回りに取り囲んで、変なモノでも見るような目で傍観している。
さすがの委員長も俊司のおかしな行動にドン引きして、何もいうことができない。委員長が目を吊り上げて、俺のほうを睨んで来る。その目には”あんたなんとかしなさいよ”と語っている。
俺は委員長の目を見て、首を横に振った。俺は今の俊司と拘わりたくない。
2時間目の授業が始まった。俊司が雑誌を隠す。まだ少しは理性があるようだ。俺は俊司を放っておいて、授業に専念することに決めた。
すると後ろの結菜から付箋が回ってきた。付箋には「黒沢を見て」と書かれている。俊司のほうを見ると、俊司は肘をついて、頬に手を当てて、ウットリした目でどこか虚空を見つめている。
今のあいつには神楽と2人のウェディング姿が映っているんだろう。頭の中にはウェディングベルの鐘がなっているようだ。正直に言って、キモイ。キモ過ぎる。
俺は付箋に「見るな」と書いて結菜に手渡した。
2時間目の授業が終わった。また、俊司が別の雑誌を真剣に読んでいる。結菜が俊司の後ろに回って、雑誌を覗き込む。そして、顔を青ざめて走って来た。
「今度、黒沢、就職雑誌を読んでるよ。なんで今頃、就職雑誌を読んでるの」
あいつの頭の中では既に、明るい家族計画が着々と進行しているようだな。
結菜が不思議な顔をして、俺を見ているが、俺は結菜に何も説明したくなかった。結菜が汚染されてしまうかもしれない。
3時間目の授業が始まった。俺はできるだけ俊司を無視して、授業を受けているが、俊司の近くにいる生徒達は俊司が気になって授業にならない。異様な雰囲気が俊司の周りからあふれ出している。
なんとか3時間目の授業が終わった。結菜は俊司のことが気になって仕方がないようだ。俊司が雑誌を読んでいると、また結菜が覗き見る。そして、また結菜が顔を真っ赤にして走ってきた。
「宗太。黒沢、今度は旅行雑誌を見てるよ。それも特集がハネムーンだって。黒沢、新婚旅行先を探してるみたい。どうしよう宗太。黒沢、本気だよ~」
「見るな。無視しろ。かまうな」
4時間目の授業が始まった。科目担当の先生が教室に入って来たが、教室内の異様な雰囲気に気付いて、自習にして逃げていった。
すると俊司はまた別の雑誌を見ている。結菜は気になって仕方がないようだ。俊司の席に行って雑誌を覗いて帰ってくる。今度は顔を真っ赤にしてフニャリとした笑顔で帰ってきた。
「黒沢、今度はジュエリー雑誌を真剣に見てるよ。エンゲージリング特集だって。ダイヤモンドの凄いやつに、赤ペンで〇をつけてんの。結衣に贈るつもりなのかな~。羨ましいな~。私も宗太からほしいな」
こら、俊司、そんな雑誌を学校で見るな。彼女持ちの男子が全員、苦しむだろうが。
これで、ウェディングの雑誌、就職の雑誌、ハネムーン特集の旅行雑誌、エンゲージリング特集のジュエリー雑誌。お前の家族計画は完璧だな。俺からは何もいうつもりはない。ごめん神楽。俺にはお前を助けてやる力はない。尊い犠牲になってくれ。アーメン
昼休憩のチャイムが鳴った。俺と結菜は弁当を持って、屋上へ避難した。凛にも中庭に避難するように指示してある。このまま教室にいれば、絶対に俊司の暴走に巻き込まれる。逃げたほうが安全だ。
やっぱり、屋上は落ち着くな。俺は結菜に膝枕をしてもらって寛いだ。結菜も教室から出てホッと安堵の息を吐く。結菜の顔が真上にある。フニャリとした笑顔が可愛い。その笑顔に癒される。
暫く、2人で見つめあって、2人の世界で休憩する。外の世界は騒がし過ぎる。この時間がゆっくり進むような感覚が俺は好きだ。落ち着いたところで、俺は座り直して、結菜から弁当を受け取って、2人でゆっくりと弁当を食べる。今日の弁当は格別に美味しい。騒ぎのない、穏やかな時間がこんなに気持ちいいとは思わなかった。
俺は空を見上げて両手を広げて伸びをする。
いきなり、いつもなら絶対に誰もあがってこない屋上の扉が開いた。慎と委員長だ。目を吊り上げて俺に近づいてくる。
「あんた達だけ逃げて、こんな穏やかな所でノンビリして、ズルいわよ。今、教室の中、大変なのよ。急いで戻ってきてよ。黒沢の暴走を止めてよ。慎では無理なの。もう残ってるのは九条しかいないの。早く、結衣を助けてあげて」
委員長は俺の腕を引っ張ると、屋上から無理矢理に教室へ戻された。教室の中では、神楽の机の前に椅子を持ってきた俊司が、その椅子に座って、一生懸命、雑誌を開いて、神楽に熱弁している。
神楽に自分の思い描いた将来の家族計画を熱弁しているようだ。神楽は少し引き気味になりながら、一生懸命に頷いている。これは俺では止まらない。
俺は結菜と手を繋いだまま、職員室へ走った。職員室へ入るとすずなちゃんが可愛いお弁当を食べているところだった。俺はすずなちゃんに駆け寄る。すずなちゃんは”どうしたの?”と不思議そうな顔をしている。
「すずなちゃん、俊司が明るい家族計画をたててます。このままいくと神楽が、俊司の明るい家族計画に巻き込まれます。危険です」
すずなちゃんはおかずを詰まらせて、目を白黒している。周りの先生も口から噴き出している。
「明るい家族計画、その意味は先生もわかりますよね」
すずなちゃんは顔を真っ赤にすると席を立ち、走っていった。学年主任の先生も、他の男子の先生も走っていく。俊司を確保するためだろう。
俺と結菜が教室へ戻った時には、既に俊司は先生達に確保され、生徒指導室へ連行された後だった。
俊司は午後の授業に帰ってくることはなかった。
委員長が神楽を励ましていると、神楽は「私のこと真剣に考えてくれて、俊司君のこと見直した」という言葉を聞いたらしい。この2人、案外、お似合いだわ。
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