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48話 俊司の暴走

 結菜のマンションの地下駐車場にママチャリを止めて、結菜と2人で登校する。いつもように腕を絡めて、寄り添い歩く。結菜が体を持たれかけてくる。この重さも最近では心地よい。2人で散歩でもするようにゆっくりと歩く。



 ゆっくりと校門まで歩いていると、手を繋いだ慎と委員長が前を歩いている。



「お、委員長、手を繋いで歩いてるなんて、2人共、お熱いね」



 委員長は顔を真っ赤にして、後ろを振り向いた。



「腕を絡めて、寄り添ってる、あんた達に言われたくないわよ。あんた達のほうがよっぽど熱いわ。それに風紀が乱れるから、寄り添って歩くのはやめなさい」


「そんなこと言って、本当は慎と寄り添って歩きたいんだろう。こうやって密着してさ」



 俺は絡めている腕を放して、結菜の腰に手を回して、結菜を抱き寄せた。すると結菜は密着して、俺にもたれかかる。



「こら~、さっきよりも密着してるじゃないの。高校生では早すぎます。早く離れなさい」


「宗太の冗談に乗るな。宗太はお前をからかって遊んでいるだけだ」



 慎が冷静なツッコミを入れる。途端に委員長は口を閉じて、慎と手を繋いだまま先に校門を潜って、校舎へと歩いていく。俺と結菜も後に続く。



 委員長達が手を繋いだまま、教室に入ると、クラスメイト達から歓声が上がった。体育祭であれだけ盛り上がった慎の告白シーンだ。まだその余韻がクラス内をおおっている。



 俺達も教室に入って、自分達の席に向かう。結菜と俺が席に座ると、俊司が走ってきた。なぜか頬が涙に濡れている。



「お前の次に慎まで、彼女を作りやがった。俺だけ残っちまったじゃね~か。皆で俺を見捨てやがって。お前達は俺の友達じゃなかったのか。俺も女が欲しい~」



 俺の席の前に座るとおいおいと泣き出した。ガチ泣きだ。お前には神楽がいるだろうが。パニックになって忘れてるな。



「とにかく落ち着け。お前には優しい神楽がいるじゃないか」


「・・・・・・神楽・・・・・・」



 こいつ本当にパニックで忘れてたな。



「おお~神楽だ。俺には神楽がいる~」




 俊司は大声で喚いた。するとビックリした神楽がこちらを見ている。俊司は泣くのを止めると、すぐに神楽の元へ走っていった。



「神楽~。お願いだから、俺と付き合ってくれ。頼む。俺はもう独りは耐えられない」



 神楽が座ってる席の目の前で土下座をし始めた。それも額と床にこすりつけた。ガチの土下座だ。



「・・・・・・」



 神楽は顔を真っ赤にして何も答えない。神楽の気持ちわかるな~。こんな朝のHR前の教室の中で土下座されて、告白されても「はい」とは言いにくいよな。もう少し、ムードをわかれよ。この馬鹿は。



「・・・・・・」



 俊司は土下座をしたまま神楽の返事を待っている。教室中もどうなるか、シーンと静まり返って2人を静観している。神楽は俯いてモジモジしたまま答えない。いや、答えられない。



 俊司は土下座を解くと、俺の所まで走ってきて、俺の席の目の前に座って号泣する。



「神楽が返事をくれね~んだよ。返事がないってことは、俺、振られたんだよな。土下座までして頑張ったけど、振られたんだよな~。宗太、俺を慰めてくれ~。俺はもうダメだ」



 涙と鼻水を垂らした顔で、俺に迫って来る。はっきり言って、怖い。なんとも慰める言葉もでてこない。



 すると結菜が俺の隣に立った。



「黒沢、みんなの前で告白するなんて、デリカシーなさすぎ。それも土下座なんてされたら、女の子は固まっちゃうよ。結衣を困らせてどうするの。今から謝ってらっしゃい。結衣も黒沢のこと好意におもってるんだから、許してくれるはずよ」



 俊司は何回も頷くと、全速力で駆け出して、神楽の所までいき、また土下座した。



「こんなところで、みんなの見ている前で告白して悪かった。俺にデリカシーがなかった。許してくれ神楽」



 教室いっぱいに聞こえるような大音量で神楽に謝った。神楽は体を小さくして、俯いてしまっている。



 それでも必死に俊司は頭を下げ、土下座を続ける。



 俺の隣に座っていた凛が一言もらす。



「これはダメね。ゴミムシ以下だわ。こんなんじゃあ、神楽さんが可哀そう」



 凛は少し怒っているようだ。目が少し吊り上がっている。そういえば凛は辛辣な言葉って封印してなかったけ。



 凛が席から立ち上がる。その目が怒りに燃えているようにみえる。その姿は「氷姫」だ。このままでは、凛の中の「氷姫」が復活してしまう。俺は急いで立ち上がって凛の腰に手を回して抱き寄せる。そして耳元でささやいた。



『凛、いつも清楚でお淑やかのほうが凛らしいよ。そんな凛のほうが俺は好きだよ。だから凛、落ち着いて』



 凛は耳元で俺にささやかれたおかげで、顔を真っ赤にして頬に手を当てて、アワアワしている。なんとか「氷姫」モードは解除されたらしい。凛は静かに席に座って、体をモジモジさせている。



 HRのチャイムが鳴り、すずなちゃんが入ってきた。神楽の席の前で土下座を続けていた俊司を見て、顔を引きつらせる。教壇の前に立ったすずなちゃんは咳払いをするが、俊司には聞こえていない。



「黒沢君。HRの時間ですよ。何をしているのかな?土下座のように見えるけど、謝るのは授業が終わってからにしてもらいたいの。先生の言ってる意味、わかるかな?」



「・・・・・・」



 俊司から返事がない。



「えっと、黒沢君の近くにいる男子、ちょっと手伝って、黒沢君を自分の席に連れて行ってちょうだい。このままだと授業にならないわ」



 土下座をしたまま泣き崩れている俊司を、周りに座っていた男子が腕を持って立たせて、自分の席まで連行する。俊司は席に無理矢理に座らされるが、まだ目から涙が止まらない。



 あ~完全に神楽に振られたと勘違いしてんな~。今は何言っても無理だな。放置。放置。



 すずなちゃんは顔を引きつらせているが、俊司をこれ以上、どうにかするつもりはないようだ。



「体育祭も終わりました。来月には文化祭があります。委員長を中心にして、このクラスで何をするのか考えておいてね。今日は以上です」



 すずなちゃんはそれだけ言うと逃げるように教室から出て行った。俊司の様子を見たら逃げたくなるよな。



 俊司は泣くのはやめたが、目が虚ろで、体の力が入っていないらしい。銅像のように固まったまま動かない。

 1時間目の授業が始まった。教室の中は異様な雰囲気が漂っている。いつもうるさい教室が、今日はお通夜のように静かになっている。原因は俊司だ。みんな俊司を見て冷や汗をかいている。



 科目担当の先生が教室に入ってきたが、俊司の姿を見てビックリすると、それから、俊司のほうを見ようとしない。必死に教科書の説明をして、黒板に要点を書いている。みんなも妙に真剣に黒板を見て、真面目に授業を受けている。



 時々、すすり泣く声が聞こえる。


 

 みんなの目がなぜか俺に集中する。みんなの視線には”お前なんとかしろ”というメッセージが込められている。そんなことを言われても、俺は神楽じゃない。これは神楽でないと俊司を止めることは不可能だ。



 俺はみんなに向けて、腕をバッテンにして、無理をアピールする。みんなから盛大なため息がもれる。



 午前の授業はこうして、異様な雰囲気に包まれたまま終わった。俊司はまだ放心状態だ。



 俺と結菜と凛は俊司のことは無視して、お弁当を食べることにした。俺は席を反対に向いて結菜の顔を見る。結菜もフニャリとした笑顔で俺を見る。そして弁当を俺に渡してくれる。凛も椅子を持ってきて、重箱のような弁当箱を広げて、みんなでおかずを交換して、楽しく食べていた。



 すると委員長と慎が真剣な顔で俺達のところへ来る。



「宗太、あれをなんとかしてくれ」


「九条、黒沢の友達でしょう。心配ぐらいしたらどうなのよ」



 ん~あれは、俺の責任じゃないし、俺が止められる話でもない。



「今回は俺が原因じゃないぞ。慎と委員長が付き合ったからこうなったんだろう」


「俺達は付き合っただけだ。俊司には何もしてない」



 だから、それが原因だっつーの。



「俺達は今、楽しいお弁当タイムだ。邪魔しないでくれ」


「あなた達だけ、楽しくお弁当食べてるんじゃないわよ。クラス全体を見回してみなさいよ」



 委員長がそういうので、俺はクラス中を眺める。するとクラスメイト全員が息をひそめるようにして、静かに弁当を食べている。なにかに怯えているように。



「確かに大変な状況になっているようだな」


「あなた達だけ甘い雰囲気の中で、楽しくお弁当食べてるんじゃないわよ」



 結菜がキョトンとした顔で、委員長を見る。



「結衣は何て言ってんの。紗耶香から結衣に聞いてみたの?」


「もちろん聞いたわよ。黒沢君のことは好きだけど、恥ずかしくって死にそうだって」



 そりゃそうだよな。俺だって神楽と同じ立場だったら、この教室から逃げたい。



「わかった。なんとかしてみよう。俺一人の力じゃ、無理だ。神楽の協力が必要だ。神楽に手伝ってくれと言っておいてくれ」


「わかったわ。九条、頼んだわよ」



 慎と委員長は自分達の席へ戻っていった。


 俺達もお弁当タイムを続ける。



「宗太、黒沢を何とかする方法ってあるの?」


「ん~あるにはあるけどな~。その後に何が起こっても責任はとらないからな」



 結菜と凛がジト目で俺を見る。全く信用されていない目だ。でも、俺も自信がない。どうなるか想像もつかない。でも、クラスの雰囲気は変わるはずだ。



 お弁当タイムが終わって、凛は「教室の雰囲気がたまらないから校庭の中庭で読書してくる」と言って、教室を出て行ってしまった。俺は結菜といつものように屋上に向かう。



 屋上についた俺は、いつものように結菜に膝枕をしてもらって、青空を見上げていた。どこまでも続く青空は気持ちよくて、何もかも忘れてしまいそうだ。



 結菜の顔がジッと俺を見る。その視線は”本当に大丈夫なの”と問いかけている。俺は”大丈夫”と結菜を見つめて、頷いた。すると、結菜はフニャリと笑う。俺も優しく笑って、結菜の頬を撫でる。



 俺達は少し早く屋上から教室へ戻った。そして神楽の席へ、俺と結菜は向かう。



「朝から大変だったな。神楽。ご苦労さん。俊司が迷惑をかけてすまなかった」



 俺は神楽に謝った。神楽は「ううん、恥ずかしかっただけ」と小さく呟いた。



「神楽には悪いんだけど、俊司にYESかNOだけでいいから、告白の返事を書いてもらえないか。俺が持っていくからさ。神楽も言葉で返事するのは、今の状態だと恥ずかしいだろう。だからYESかNOだけでいい。それだけ書いてくれないか」


「それだけだったら、今、書くね」



 神楽は鞄の中からレターセットを取り出して、用紙にペンでYESと書いた。そして封筒の中へ入れる。封筒には神楽の名前を書いてもらった。俺はそれを持って、俊司の元へ歩いていく。俊司は1時間目と同じ姿勢で虚ろな目をして動かない。呼吸してるのか?大丈夫なのか?



 俺は俊司の肩を叩いて、「神楽の返事を持ってきた」と俊司の耳元でささやいた。すると俊司が急に動き出して、俺の胸倉をつかむ。



「返事って本当か。なんて言ってた。今言え。すぐ言え。早く言え」


「封筒を預かってきたから、その中に手紙が入ってる。でもそれを見る前に、お前に言いたいことがある。教室の中では絶対に騒ぐな。絶対にクラスメイトに迷惑をかけるな」


「わかったから、早く封筒をよこせ」



 俺は神楽から預かった封筒を、俊司に渡した。俊司は封筒を開けて、中を見る。用紙にはYESの文字が書かれている。それを見た瞬間に「ウォーーーーー!」と叫んで、手紙を持ったまま、俊司は教室を飛び出していった。



 クラスメイトに迷惑をかけるなと言っておいてよかった。あのまま騒がれたら、また大変なことになる。



 すると窓際のクラスメイトが騒ぎ始めた。「黒沢が運動場を走ってるぞ。それもジャンプしたり、飛び跳ねてるぞ。なにか叫んでるけど、何いってるかわかんね~」



 俺も結菜も急いで窓際に行って、運動場を見ると、確かに俊司が踊り狂っている。トラックを走りながら飛んだり、跳ねたり、1人で大騒ぎだ。他のクラスの生徒達も俊司を発見したようだ。学校全体が窓を開けて、生徒達が窓際に詰め寄った。凛も中庭から帰ってきて、俺達と合流する。



 遠くから俊司の声が聞こえる。


 

「俺にも彼女ができたぞーーーーーー!やったぞーーーーーー!」



 神楽を見ると自分の席に座って、顔を真っ赤にして、俯いている。



 あ、先生達が数人、運動場に飛び出してきた。俊司と先生達の鬼ごっこが始まった。学校全体がどよめく。

 とうとう、運動場の真ん中で先生達に取り押さえられた俊司は生徒指導室へ連行されていった。



 とにかく、おめでとう。俊司。あんまり周りに迷惑かけんなよな。



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