40話 夕暮れー朝霧結菜side
西日が夕陽に変わってきた頃に宗太から連絡があった。
《日下部の件で結菜に報告しておくほうがいいと思って、今から結菜のマンションに行くから待っててな》
それだけ言って、宗太から電話を切られちゃった。私もどうなったのか無茶苦茶、気になる。宗太をマンションの玄関で迎えてあげよう。私はスマホをポケットの中に入れて、家を出た。エレベーターで1階に降りて、マンションの玄関先で宗太を待つ。
あ、宗太だ。でもなんだか雰囲気が違う。あれ、宗太スーツを着てるよ。髪も整髪されていて恰好いい。宗太はスーツを着て、ママチャリに乗って、私のマンションまで走ってきた。ネクタイがたなびいている。
最近、宗太の横顔が精悍になったような気がする。スーツ姿が良く似合ってる。とても大人っぽい。恰好いい。私の目からはママチャリは消されていた。
宗太はママチャリを地下駐車場に置いて、私のいるマンションの玄関まで歩いてくる。後ろの夕陽に照らされて、今日の宗太はなんて恰好がいいんでしょう。思わずウットリと見惚れてしまう。
「1階まで出迎え、ありがとうな。少し歩くかい」
私は宗太と散歩するのが大好きだ。私は「ウン」と言って、宗太の腕に縋り付いた。そして宗太の体に寄り添う。2人で20分ほど歩いていくと、いつもよく休憩をする小さい公園にたどり着いた。宗太が自販機でコーラを2本買って、1本を私に手渡してくれる。
スーツ姿になってもコーラなんだね。そのアンバランスが面白い。とても宗太らしいと思う。可愛い。
私と宗太はブランコに座る。宗太はブランコを少し揺らして前を見ている。私は宗太の横顔にくぎ付けだ。
「今日は日下部のお父さんに会いに行ってきた。結果から話すと、日下部との付き合いを許された」
え、絶対に失敗すると思ってたのに、宗太と日下部さんの仲はバレちゃうと思ってたのに、上手くいっちゃったんだ。宗太、頑張ったんだね。
「日下部の見合い話な。あれ自体が、日下部のお父さんのウソだった」
え~日下部さんのお父さんがそんなウソをついてたんだ。なんでそんなウソをついたんだろう。
「それより、結菜、俺に隠していることがあるだろう。日下部の関係していることで」
ゲっ何のことでしょうか。私は何にも知らないよ。日下部さんが宗太のことを好きだってこと知らないよ。
「結菜がウソをつく必要はないんだ。日下部のお父さんが、日下部に好きな男子ができたことを勘づいて、どうしても、その男子と会いたくて、見合いの話を作って、日下部を騙していたんだ」
そうなんだ、それで日下部さんのお父さんはウソをついていたんだね。そこへ宗太が現れちゃったんだ。
「日下部にはウソをつく時の癖があるらしい。だから日下部のお父さんには、日下部のウソは通じない。だから、学校で好きな男子ができたことが日下部のお父さんにバレてたんだよ」
「見合いのウソをついたら、自分の好きな男子を連れてくるだろうと予測を立てて、日下部のお父さんは待ってたんだ」
ウソー、そこまで考えての日下部さんのお父さんの罠だったの~。その罠の中へ見事に宗太は連れて行かれたんだ。
「俺は日下部の家について、少ししてから日下部のお父さんと2人きりで話すことになった。その時にこのことを教えてもらったんだ。だから日下部は知らない。その時に、日下部のお父さんが、はっきりと言ったんだ。日下部は俺のことが好きだって。そして結菜がそのことを知ってて、日下部の後押しをしたって、言ってたんだ」
うわー、私が宗太に、日下部さんの彼氏役をするように頼んだことも、日下部さんのお父さんにバレてたの~。日下部さんのお父さんって、頭、良すぎるよ~。
「うん、私、日下部さんの気持ち知ってた。夏休みの別荘の時に、日下部さんから直接聞いたから」
「そうだったのか。日下部のお父さんから聞かれたよ。結菜を取るか、日下部を取るかって聞かれたよ。即断で結菜を選ぶと答えたけど」
ヤダ・・・・・・日下部さんには申し訳ないけど・・・・・・嬉しい・・・・・・涙が出そう。
「日下部のお父さんから、振る時は、なるべく傷が浅くなるように振ってやってくれって頼まれたよ」
「宗太は、日下部さんを振るの?」
「そうなるな。俺の隣は結菜以外に考えられない。だから、日下部には申し訳ないけど、振るしかない」
別荘で日下部さんに宗太が好きなことを打ち明けられてから、私は日下部さんのことが怖かった。だって、あんなにきれいで可愛くて、清楚で上品で、優しい笑顔ができる女子なんだもん。いつ宗太を取られるのか、本当は心の中が不安で一杯だった。
ママが言っていた。宗太の笑顔を1番に考えなさいって、そして宗太に優しくしなさいって、宗太を大事にしなさいって、宗太を甘えさせなさいって。だから私は不安な心に蓋をした。
それからは、宗太を大事にすること、宗太を甘えさせることを考えてきた。そして宗太が笑顔になることを一生懸命考えてきた。だって私は宗太の笑顔が一番好きなんだもん。宗太が苦しんでいる顔なんて見たくないし、宗太が困ってる顔なんて見たくないから。
毎日、宗太の笑顔を見ると、自分も頑張って良かったと思えるようになった。宗太の笑顔を見ると、不安な黒い心が晴れるようになった。
これまで一生懸命に頑張ってきた結果なんだろうか、宗太が日下部さんではなく、私を即断で選んでくれた。こんな嬉しいことはない。日下部さんには申し訳ないけど、素直に嬉しい。
「で、宗太はどうするの?」
「日下部がもし、俺に告白するようなことがあったら、断るだけだよ。告白されないんだったら、俺は知らない振りをしようと思う。日下部にも時間が必要だと思うから。告白もされていないのに、俺から断るのは、ただの己惚れ屋だろう。そんな恰好悪いことを、俺はしたくない」
そうだよね。宗太の言ってることは正しいと思う。
「できたら、俺は日下部と友達になりたいと思っている。日下部のことは断る。だけど友達にはなってやりたい。だって、日下部は本当の友達を持っていないから。だから結菜にも日下部の友達になってほしい」
優しい宗太なら、そう考えてもおかしくないよね。私も応援したい。
「わかった。私も日下部さんの本当の友達になれるように頑張る」
「結菜ならそう言ってくれると思った。ありがとう」
今まで少し苦しそうな顔をしていた宗太が、やっとにっこりと笑ってくれた。私も宗太の笑顔を見てフニャリと笑う。
私達2人はブランコから降りて、夕暮れの中を寄り添って歩く。何も言わず、寄り添っているだけ、時々、2人で顔を見合して、2人共、微笑んで、それだけで今は十分。それだけで幸せ。宗太の彼女になって良かった。
ママ、私、頑張ったよ。ママの言うことを守ったら、宗太が笑ってくれる。そのことがわかったよ。ありがとうママ。
「家に寄っていかない?今日は瑞穂お姉ちゃん、道場に行って、まだ帰ってきてないの」
「ん、そうなのか。少し寄らせてもらおうかな」
2人で家に向かった。ゆっくりと夕暮れの中を散歩しながら。2人でゆっくりと歩く。
マンションへ戻って、エレベーターの乗って、私の家に行く。玄関の鍵を開けて、宗太と2人で家の中へ入る。
宗太と2人でソファに座る。私は宗太の体にもたれかかって、頭を預けて目を伏せる。宗太が頭を撫でてくれている。優しく優しく撫でてくれる。とても気持ちがいい。
宗太が私を選んでくれた。そのことだけで心が満たされる。心が幸せになっていく。私は目を開けて、宗太の顔をみると、宗太は優しい眼差しで私を見守っていてくれた。
窓から夕暮れ時の日差しが入ってくる。宗太の顔が少し大人っぽく見える。私は宗太を好きになって良かった、間違ってなかったと心の中で呟いた。




