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4話 一緒の昼食

 窓際を見ると日下部が席で読書している。本当に画になるんだよな。薄幸の美少女というか、透き通った美しさがあって、ついつい吸い込まれてしまう。



 あ~薄幸の美少女って日下部さんのためにあるような言葉だよな。窓際の日差しが日下部さんを照らしてキラキラしている。いくら見ていても飽きないな。これが「氷姫」だとは思えない。あの辛辣な毒舌さえなければ。



「また日下部をみてるのか。お前じゃあ、討ち死にするのが目に見えてるやめとけ」



 そんなことはわかってる。昨日、勇者岡部の死に様を見たばかりだしな。



 そんな自殺願望は俺にはない。それに何回も言っているが、日下部さんは遠くから愛でているのが一番だと思う。なんか現実っぽくないんだよな。だから、付き合いたいなんて思ったことはない。



「自殺願望でもあるのか。自殺はやめろ」



 俊司も慎もわかってるって。俺は美しいものを愛でているだけだ。付き合うなら他の女子にするし。変人扱いされている俺なんかと付き合ってくれる女子がいればの話だけどな。



「俊司も慎も酷いな。俺がそんなことする勇気があるわけないだろう。ただ見ているだけで満足だよ」



「なんか宗太キモイ」



 お前達にだけは言われたくない。特に俊司には絶対に言われたくない。万年、女子を追いかけまくって、女子にキモがられているのはお前のほうだろ。



「ストーカー」



 慎、お前も言い過ぎだ。お前は女子から告白されるほどのイケメンで、時々、隠れて女子から告白を受けていることぐらいは知ってるんだぞ。俊司に言うと泣きそうだから黙ってるけど、お前だけズルい。



 なんで日下部を見ているだけで、ここまで言われないといけないんだ。俺がお前達に何か悪いことをしたか。それ以上言うと泣くぞ。大声で教室で泣いてやるからな。



 ただ、同じクラスメートになってから憧れていただけじゃないか。それぐらい憧れてもいいだろう。相手は氷姫だ。玉砕覚悟で特攻するつもりはない。遠くから美しい彼女を愛でるくらいはいいじゃないか。



 お前達にそのことで何か迷惑をかけたか。かけてないだろう。だから黙れ。





「ゴト」




 音がしたので振り返るとフニャリとした笑顔を顔に貼り付けた朝霧が足を組んで座っていた。笑顔なのになぜか目が笑っていない。俺の背中に嫌な汗が流れる。



 別に日下部を見てたのは下心があった訳じゃないんだ。本当に美しいものを愛でていただけで、朝霧も十分にきれいで可愛いし、みんなの人気者じゃないか。日下部と同じじゃないか。美少女としてモテモテなんだから。



 なんで俺がお前に罪悪感をもたないといけないんだ。おかしくないか。でも、怒っているようだから、少し黙っておこう。



 既に俊司と慎の姿がない。朝霧の機嫌が悪いと察知して逃げたんだろう。しかし、逃げ足早いな2人共。俺を置いていくなよ。何かサインぐらい出していけ。



「おう、朝霧、今日は笑顔が少し変だけど、機嫌でも悪いのか?」



 目が笑ってないもんね。機嫌が悪いのはわかってるよ。でも、なんで俺が居心地悪い思いをしないといけないんだよ。理不尽だ。



「別に機嫌なんて悪くないし。そんなこと思うってことは宗太、何か悪いこと考えてたんじゃん」



 いやいや、俺は何も後ろめたいことはしてないぞ。それに朝霧に怒られることなんてないはずだ。それなのに嫌な汗が止まらないのはなぜだ。まるでライオンの前にいるシマウマの気分だ。



 俺は悪いことは一切しておりません。ここに今はいない俊司と慎に聞いてもらってもいい。



 いやダメだ。あの2人なら俺がボケーっと日下部さんに見惚れていたことを白状するだろう。いなくてよかった。



 何もやましいことはしていません。とにかく機嫌を取ろう。朝霧には向日葵のような笑顔がよく似合うし。怒っている顔は似合わない。



「何かわからんが頼むから機嫌を直してくれよ。なんでもするからさ」



 小首を傾げて顎に人差し指を持っていく。なんかそのポーズって、とっても可愛いな。なんか妙に抱きしめたくなる。いかん朝霧の魔力に吸い寄せられるところだった。接触注意な。



「今、言ったことは本当?なんでもしてくれるんだよね」



 目がクリクリになってるぞ。そんなに真剣な目で見るなよ。妙に心臓がドキドキするじゃないか。俺は慌てて目を逸らした。あ~なんだか恥ずかしい。



「俺のできる範囲であれば」



 口を尖らせて俺が言い放つと向日葵のような笑顔が返ってきた。本当に嬉しそうだな。お前。俺に何をさせるつもりだ。俺のできる範囲だからな。それ以外は受け付けん。



「じゃあ、今日は私とお弁当を一緒に食べること!昼休みに逃げたら、わかってるよね」



 そんなことくらいでいいのか・・・・・・え、この教室で一緒に2人だけで弁当を食べるのか、それは少し恥ずかしいというか、みんなの視線が怖いんですけど、やっぱり逃げるのはダメだよな。既に見透かされてるし。



「・・・・・・わかった。一緒に昼に弁当な。別に逃げないから安心しろ・・・・・・」



 また、クラスのみんなに誤解されそうだ。そのことを思うだけで気が重くなるが、こんなに喜んでくれているんだ。ここは諦めるのが寛容だ。後から言い訳すればいい。



「やった~九条って、やっぱり優しいから大好きだ~」



 大きな声で何を言ってる、クラス中が注目してるじゃないか。赤沢と神楽の視線が冷たい。後で尋問されたらどうするんだ。



 お前が弁解してくれるはずないし、俊司や慎も力になってくれることもないし、俺1人で赤沢と神楽の怒りを受け持つことになるんだぞ。心臓に悪すぎる。そんなにピョンピョン跳ねて喜ぶな。目立ちすぎだ。



 まだピョンピョンと跳ねている朝霧を赤沢と神楽が女性陣の元へ連行していく。



 クラス委員長の栗本紗耶香も腕を組んでこちらを見ている。はやく朝霧、早く誤解を解いてくれ。そうでないとクラスの女性陣から白い目で見られることになる。小心者の俺としては女性陣に睨まれるのは避けたい。



 でも、朝霧は笑顔がよく似合うな。こっちまで嬉しくなってくる。あの笑顔を見れるだけでも、俺が悪者になってもいいかと思えてくるから不思議だ。



 俺は自分の席でグッタリしていると近くから「ケッ」という声が聞こえる。仰ぎ見るとサッカー部の遠藤雄馬が経っていた。身長180cmを超える長身でガタイも良い。座っている俺を上から睨みつけてくる。



「放課後に校舎裏に来い」



 それだけ言うと遠藤は俺から離れていった。



 そういえば確か遠藤って朝霧に気があったっけ。これは遠藤の逆鱗に触れたな。放課後のことを思うと胃が痛くなる。あ~面倒臭い。逃げてやろうか。でも逃げて、また明日になったら言ってくるんだろうな。



 本当に面倒臭い。男の嫉妬は見苦しいな。



 俊司と慎が俺の席まで戻ってくる。離れていく遠藤の姿を見てから、俺を眺める。



「今、遠藤に何を言われた?」



「放課後に校舎裏に来いってさ」



 たぶん2年のサッカー部の連中を連れてきて見世物にして、さらし者にするつもりだろう。見せしめというやつだ。



「それって、あいつ等、お前をリンチするつもりじゃないのか」



 遠藤もそこまで馬鹿じゃない。リンチなどしたら学校で問題として取り上げられる。そうなればサッカー部も試合に出場できなくなる可能性が出てくる。いくら頭にきていても、そんな危ない橋を渡るような奴ではない。



「遠藤1人が相手するつもりだろう。後はギャラリーだな」



 これだけは自信をもって断言できる。集団で俺に圧力をかけてビビらせるのが目的だ。喧嘩をふっかけてくるのは間違いなく遠藤1人に違いない。他校の奴等を連れてくれば話は別になるが。そんな面倒臭いことを今からすることはないだろう。



「俺達も付いて行くか。向こうが大人数だったら加勢するぞ」



 そんなことをすれば、相手の集団が手を出しやすくするだけだ。それに俊司は短気だ。すぐに口喧嘩を始めるだろう。そんな愚策は取りたくない。俺1人で行くほうがやりやすい。



「そんなことすれば俺達全員がボコボコにされるだけだぞ」



 俊司と慎がいつになく神妙な顔で話しかけてくる。俺のことを心配してくれてるんだろう。なんだかんだ言っても腐れ縁だ。2人の心配はありがたい。でもこれは俺の問題だ。2人を巻き込むわけにはいかない。



「俺、1人だけ行ってくるよ。心配してくれてサンキューな」



 授業を知らせるチャイムが鳴る。授業が進められるが俺は気分が乗らずに授業の内容が頭に入ってこない。ふと隣の席へ顔を向ける。朝霧が楽しそうな笑顔で授業を聞いている。何がそんなに楽しいのだか。



 チャイムが鳴って昼休みになった。俊司と慎が俺の席に集まって来る。それを朝霧が笑いながら止める。



「今日は九条くんは私の貸し切りだよ。一緒にお弁当を食べる約束したんだから。邪魔しに来ないで」



 そういえば、さっき約束したよな。あれだけ向日葵のような笑顔で喜んでいたのに、遠藤のことがあるからと言って断れない。朝霧には向日葵のような笑顔がよく似合う。その笑顔を曇らせたくない。



 「なるほど」といった感じで納得して俊司と慎も頷いて、食堂へ消えていった。あの2人は弁当派ではなく学食派だ。いつもの俺は一緒に2人に付いて学食に行って、弁当を食べるか、屋上で弁当を食べている。


 遠藤に喧嘩をふっかけられていることは、朝霧には黙っておこう。こいつのことだ、自分のことで迷惑かけたと思って、ふさぎ込むかもしれない。そんなことになったら折角の弁当がマズくなる。弁当くらいは美味しく食べたいものだ。



 せっかく朝霧も喜んでいるし、ここは仕方ない。流れに任せて朝霧と一緒に大人しく弁当を一緒に食べよう。



 それに女子と2人で弁当を食べるなんて、俺にとっては初めてのことだ。いくら女子が朝霧といっても、女子は女子。一緒に食べられて嬉しい。素直に喜んでおこう。



 俺の前の席に自分の席を寄せて、弁当を広げて朝霧はフニャリと笑う。おもわず頭を撫でたくなるような笑みだ。どうして俺を見て、そんな笑顔ができるんだろう。不思議に思うが聞かないでおこう。また怒られそうな気がする。



 いつもそうだが、朝霧といて、何か特別な話題があるわけじゃない。どちらかといえばボーっとしていることが多い。だから弁当を食べていても俺も朝霧も、さして盛り上がる話題があるわけじゃない。



 かといって、嫌な沈黙じゃないんだよな。心地良い沈黙というか、安心できる沈黙というか、とにかく嫌じゃない。時々、朝霧と目が合う度に、朝霧はフニャリと笑顔を返してくれる。こんな雰囲気も悪くない。



 時々、朝霧が俺の弁当のおかずを盗んでいく。それは朝霧の悪戯だとわかっているので、俺はスルーする。すると朝霧が弁当の蓋に自分のおかずを乗せて返してくれる。少し焦げた卵焼きだが、味付けは上手い。



「この卵焼き旨いな。少し焦げてるけど」



「美味しいなら、焦げてるところは指摘しなくてもいいじゃん。頑張って作ったんだから」



 口を尖らせて朝霧が文句をいう。卵焼きを1つ箸で取ると自分の口の中に入れる。俺に指摘されたことで、少しムカッとしたようだ。そんな顔も面白い。



「この弁当って朝霧が作ったのか。朝霧のお母さんが作ったと思ってたよ」



「九条は私をなめてるね。弁当くらいは私でもつくれるよ」



 やんちゃなイメージの朝霧が朝から弁当を作っている印象なんて、まるでなかった。意外だ。そういえば、時々、指に絆創膏が貼ってあるな。あれは料理をしている時の傷かな。



 武士の情けだ。何も聞くまい。



「さっき、遠藤から何か言われてたみたいだけど、何かあるの?」



 さっき、遠藤が俺の近くで立ち止まっていたのを見たのか。朝霧には勘づかれたくなかったな。ここは本当のことは黙っていよう。



「いや、何もないぞ。それより朝霧は遠藤のこと、どう思ってんだ?」



「嫌いじゃないんだけどさ。しつこくて・・・・・・独占欲が強いっていうか・・・・・・彼女でもないのにうっとうしいじゃん。だから避けたい」



 遠藤ってそういうタイプの男だったのか。それは朝霧が嫌がっても仕方ないな。恋人でもないのに独占欲を出すなんて、何を考えてんだ。朝霧は遠藤のものじゃないぞ。本当にうっとうしい奴って嫌だよな。



「なるほどな。お前の気持ちはよくわかる。うっとうしのは嫌だよな」



 朝霧はコクコクと頷く。



 これで遠藤がなぜ俺に因縁をふっかけてきたのか、はっきりしてきたな。朝霧にうっとうしがられて相手にされない腹いせか。なんとも男として女々しいというか、なんというか、それでも遠藤の気持ちも少しはわかる。だが、八つ当たりは許せない。



 弁当を食べ終わって、朝霧は自分の席を元に戻す。振り返ってフニャリとした笑顔を俺に向ける。なんとか満足してもらえたようだ。よかった。



「今日はお弁当、一緒に食べてくれてありがとう。また一緒にたべよう」



「ああ、わかった」



 初めて女子と2人きりで弁当を食べたのに緊張せずに弁当を味わえた。こんなにゆっくりと食事ができるなんて思わなかった。



 それに、ただ一緒に食べているだけなのに、こんなに喜んでくれるなら、たまに一緒に弁当を食べてもいいだろう。



「それじゃあ、私、輝夜と結衣の所へ行ってくる」



 朝霧は元気よく赤沢と神楽の元へ走っていった。赤沢と神楽の2人はにっこり笑って朝霧を迎えいれる。本当に仲良いんだな。この3人は。今度、ゆっくりと赤沢と神楽とも話をしてみたいもんだ。



 さて、ひと仕事終わったし、俺は屋上にでも行って、1人でボーっと休むとするか。放課後は忙しくなるからな。

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