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35話 変化

 結菜のパパとママが海外に旅立った後に、結菜が変わった。いや変わろとしていると言った方が正確かもしれない。どこがどう変わったんか、口で言い表すことが難しいけど、やっぱり変わったと思う。



 俺と瑞穂姉ちゃんは朝6時から勉強をして、昼から大学の道場にいくパターンを続けた。合間に結菜の家に行って、結菜と会って、お互いを確認してみたいな日々を送っていた。



 最近、変わった点は瑞穂姉ちゃんに焼きもちを焼かなくなったことだ。以前なら、「宗太を独り占めして、瑞穂お姉ちゃんばかり、ズルい」と言っていた言葉がピタリとなくなった。



 そして、いつもなら、家から俺がそろそろ帰ろうとすると、俺の服の袖を引っ張ってイヤイヤしていたのに、最近では、そのイヤイヤも、ある程度で諦めるようになった。簡単に言えば大人しくなったといえばいいんだろうか。



 そんな結菜の調子に合わせていると、はじめのうちは調子が狂ったが、最近ではお淑やかな結菜も可愛いと思う。これって俺の色眼鏡かな。



 俺達は始業式を迎えて学校に行くようになった。俊司と慎と久しぶりにあう。ラインや電話でやりとりをしていたが、やはり顔を見て話をすると嬉しくなってくる。



 結菜も委員長と神楽と抱き合って、喜んでいる。結菜も委員長と神楽に会うのは久しぶりのようだ。



 俺達2人はすずなちゃんから渡された膨大なプリントの束を最後までやり遂げた。すずなちゃんにそれを提出した時は、まさか全部、終わらせてくるとは思っていなかったのだろう。すずなちゃんも目を丸くして、驚いていた。



「よくやったわね」と嬉しいお言葉をいただいた。結菜とハイタッチをして喜んだ。



 久々のHR、すずなちゃんが教壇に立つ。はじめの出来事は席替えだった。大きな箱を作って、その箱に丸い穴を開けて、中にくじが入っていた。俺と結菜もクラスメイトもドキドキしながらくじを引く。残念ながら、結菜は隣の席にならなかった。



 そのかわり、俺の後ろの席が結菜になった。俺は後ろを向いて、結菜に笑いかけると、結菜はフニャリと笑ってくれた。やっぱり結菜の笑顔が一番可愛い。



 そして、驚いたことに、俺の右隣の席が日下部になった。日下部は「あら、あなたの隣なのね。あんまり私のことを見ないでくださいね」と釘を刺されてしまった。これからは窓際の1枚の絵画のような日下部を見れないかと思うと残念だが、そのことは誰にもいわないことにした。結菜の耳に入ったら一大事だからな。



 日下部が俺の隣の席だとわかった時、絶対に結菜が何か言いだすだろうと覚悟を決めていたが、結菜は眉をピクピクさせただけで、日下部に「ご近所になったんだから、仲良くしましょうね」と挨拶をしていた。眉がピクピクしているということは、ご機嫌は斜めなのだろうが、声に出さなくなった。



 俊司と神楽は仲良さそうに前の席で話している。席ははなればなれのようだが、2人の仲は接近しているようだ。俊司も早く神楽に告ってやれよ。女の子から普通は告らないもんだぞ。あれ?そういえば俺の時は結菜から告られたんだっけ。なさけないな俺。



 慎は委員長の隣の席になった。委員長は嬉しさのあまりニヤニヤ笑いが止まらない様子だが、顔を赤くして口元を押えている。慎は相変わらず無表情で何を考えているのか読めないが、席を立たないところを見ると、委員長のことを嫌っているわけではなさそうだ。頑張れ委員長。まだ脈はあるぞ。



 HRが終わり、席替えも済んで、すずなちゃんが教室から出て行った。すると俺の脇からニョッと手が伸びて、俺の目の前に付箋が見える。俺が付箋を受け取って内容を見ると、「宗太の近くの席で嬉しい」と結菜の可愛い文字で書いてあった。「俺も嬉しいよ」と付箋の裏に書いて、脇から後ろへ手を回すと、結菜が付箋を取った。結菜がフニャリとした笑顔をしているのが目に見えそうだ。



 授業中も付箋が時々、後ろから渡される。そして俺は付箋を取って内容を確かめて、返事を書いて、脇から付箋を返す。そんなやりとりが、隠れて会っているような錯覚を起こさせて、結構、楽しい。



 午前中の授業が終わって昼休みになった。俺は座席を後ろ向きに座って、結菜と対面になる。結菜は嬉しそうに弁当箱を2つ取り出すと、1つを俺のほうに置く。そして箸を2つ出してきて、1つを俺に渡してくれた。



 弁当を開けると錦糸卵でご飯の上に黄色のハートマークが描かれている。さすがの俺もこれには驚いた。こんなの誰にもみせられないじゃないか。目を細めて結菜を見ると、結菜が悪戯っぽい目で俺を見て笑っている。



「今日は久しぶりに屋上に行きたいな」



「そうだな。久しぶりに屋上にいくか」



 俺と結菜は弁当を食べながら他愛もない話をしている。隣を見ると日下部が重箱の弁当を持ってきていた。少し弁当の中身をみると豪華なおかずが並んでいる。さすがはお金持ち。専属のシェフが作っているのだろう。



「なにを物欲しそうにみているの。おかずを少し分けてあげましょうか。おかずは沢山ありますし」



 俺はその言葉を聞いて考える。日下部の提案は嬉しいが、それで箸を伸ばしたら、結菜のご機嫌が斜めになる可能性がある。屋上に行く前に結菜と変な雰囲気になりたくない。



 結菜を振り返って、どうしようという顔で結菜をみると「せっかく専属シェフの作ったおかずだよ。味見させてくれるんだし、貰わないと勿体ないよ」と言われた。結菜はフニャリと笑っている。これは許可が出たと思っておこう。



 「いただきます」と言って、日下部の差し出す弁当からおかずを弁当の上蓋に取って、口の中へ放り込む。結菜の弁当も旨いが、専属シェフの弁当もかなり旨い。



 結菜が「弁当のおかず、交換してもいいかな」と日下部に提案している。日下部も「よろしくてよ」と言って微笑んでいる。結菜と日下部は仲良さそうに弁当のおかずを交換して微笑み合っている。



 この調子だと、この座席位置でもうまくやっていけそうだと俺はこっそりと安堵の吐息を吐いた。



 俊司と慎がやってきた。



 俊司が「朝霧と日下部さんと近くの席で宗太が羨ましいぞ。俺もそんな席に座りたかった。俺と席を交換してくれないか」と馬鹿なことを言う。



「お前には今、神楽がいるじゃないか。もっと神楽に優しくしてやれよ。せっかく2人良い雰囲気になってるんだしさ」



「それはそれ。これはこれ」



 本当に俊司は俊司らしいや。



 慎はスマホを片手で操作しながら、「俺も宗太の席と替わりたい」と呟いた。



「お前はイケメンなんだからさ。本気になったら、いくらでも彼女ができるだろう。なんでわざわざ人の彼女の近くに座りたがるんだよ」



「それは日下部さんがいるから。最近、日下部さん、みんなに優しくなったと評判が急上昇しているのを知らないのか」



 そんなクラスの評判など、俺が知るはずはない。というは知る必要もない。だって俺には結菜がいるからな。



 俺は結菜と手を繋いで、教室を出ると階段を上って、3階へ行き、それからさらに登って屋上の扉をあける。屋上の鍵が夏休み中になおされなくてよかった。また、屋上でゆっくりすることができる。



 9月の気温は真夏に近いくらい暑く、生ぬるい風が俺達の頬を撫でる。俺と結菜はグランドから見られないように端を通って、給水塔の日陰に逃げ込んだ。



 結菜が正座して、俺を結菜の膝の上に押し倒す。久々に屋上で結菜に膝枕をしてもらう。1学期の頃を思い出すな~。



「今日の席替え、ドキドキした~。宗太から離れた席になったらどうしようかと思ったよ」



 結菜は上から俺の顔を覗き込んでフニャリと笑う。



「俺もドキドキだったさ。一応、隣の席に結菜がなるように祈ってみたけどダメだった」



「そのかわり、日下部さんが隣に来たから、宗太は嬉しいんでしょう」



「そんなことないよ。日下部って、遠くから見ていた方がいいというか、窓際で読書している姿のほうが画になってたな。そういう意味では、前の窓際の席に日下部が座っているほうが、俺は好きだったな」



「そんなに遠目から見る日下部さんがいいんだ。宗太なんか嫌い」



 しまった。結菜の機嫌を損ねてしまった~。早く機嫌を直してもらわないと、一緒に帰る時が怖い。



「俺が言いたかったのは、隣にいたり、一緒にかえったり、一緒に行動するのは、結菜が一番。それに結菜の笑顔が一番、俺には安心できて、楽しくなるってことを言いたかったんだよ」



「なんか苦しい言い訳に聞こえるよ~」



 そう言いながら、結菜は両手で俺の頬を引っ張って、フニャリと笑っている。なんだ、俺はからかわれたのか。



「そうだもんね。宗太は私の笑顔が一番好きだもんね。私も宗太の優しい笑顔が大好きだよ・・・テヘヘ」



 俺も両手を伸ばして結菜の頬をムニューっと引っ張った。結菜は向日葵のように笑った。結菜の笑顔は夏によく似合うな。



 俺達が給水塔の日陰で遊んでいたが、さすがに暑さに耐えきれず、校舎の中へ逃げ込んだ。そして自販機からコーラを2本買って、1本を結菜に渡して、自分もプルトップを開けて、コーラを飲む。



「さすがに屋上は暑くて、まだ外にはいられないね」と結菜が笑う。



「ああ、そうだな。10月を過ぎないと屋上は無理っぽいな」と俺も笑った。



 俺達は手を繋いで2階の自分達のクラスまで歩いていく。2人共、汗びっしょりだ。自分の席に戻ると、結菜が鞄からタオルを出して、自分の首元を拭くと、俺にタオルを手渡した。俺も汗だくになっている首元をタオルで拭く。そしてタオルを結菜に返すと、結菜がクンクンとタオルの匂いを嗅いでいる。



 それはやめてくれ~。いつから匂いフェチになったんだ。俺の汗臭い匂いを嗅がないでくれ~。



 結菜はタオルの中に顔を突っ込んでクンクンと匂いを嗅いだ後に「宗太の匂い~」と言ってフニャリと笑顔になる。俺は複雑な気持ちでそれを見ていた。



 午後の授業が始まり、俺は科目担当の先生の説明をノートに書き、黒板に書かれている要約をノートに写していく。後ろから付箋が俺の前に現れた。俺が付箋を見ると「1学期より勉強がわかる」と書かれていた。俺は「すずなちゃんのプリントのおかげだな」と書いて、付箋を脇から後ろへ回した。



 午後の授業が終わって、みんなそれぞれに帰っていく。部活のあるものは部活へ向かっていった。俺は座席を反対に座って、結菜を見る。今日はどうしようと結菜に聞きたいからだ。



 「まだ、帰るには早いよね。かと言って、みんなと一緒に帰って、遊びに行きたい気分じゃなし~。2人で居残りしたいな」と結菜がふわりとした笑顔で言う。俺も同じ気持ちだった。俺達2人は職員室のすずなちゃんの元へ訪れた。



 すると、すずなちゃんが目を丸くして驚いている。まさか、自分達から居残りのためのプリントを取りにくるとは思わなかったのだろう。



「ごめんなさい。今日は居残り用のプリントは用意してないの。だって始業式が終わって、間もないでしょう。だから、2人で居残って、問題集でもしてくれるかな」



 「はい、わかりました」と言って、俺と結菜は教室に戻った。



 俺は座席に反対に向いて座って、結菜の机で問題集を開いて勉強する。結菜も問題集を開いているので、2人で1つの机では小さい。でもなんだか居心地がいいので、そのままで勉強した。



 2人でわからない所があれば教え合う。結菜も夏休みのうちに相当、勉強したようで問題集をスイスイと解いていく。俺も瑞穂姉ちゃんの特訓のおかげで問題集なら、なんとか解けるようになっていた。



 夕陽が沈む頃に俺達は学校を出て、2人で寄り添って歩く。結菜は伏し目がちになって、気分が良い時に歌う、鼻歌をくちづさんでいる。ゆっくりと夕陽に照らされている道路を歩いていく。俺達が歩いた後ろには長い影が2つ並んでいる。



「夏休みも色々あったけど、なんとか2学期になったな。これからも一緒に学校生活しような」



「うん。2学期も宗太とイチャイチャ、ラブラブするんだから」と言って結菜が笑う。



 時間があるので、少し遠回りをして結菜のマンションに到着した。



「まだ、時間も早いし、家に寄っていってよ。今日は瑞穂お姉ちゃんは大学の道場に行ってるから」



「そっか、わかった。少し、寄せてもらおうかな」



 俺達2人はマンションの玄関からエレベーターに乗って18階へと向かう。18階に着くとすぐに結菜の家がある。結菜は家の鍵を回して、玄関のドアを開けてくれる。



「どうぞ。先に入って」と言って、俺を先に玄関の中へ入れると、結菜も入ってきて玄関のカギを閉める。



 そういえば、この家で結菜と2人きりになるなんて久しぶりなような気がする。



 結菜が冷蔵庫から麦茶を出してきて、コップに麦茶を注いでくれる。そしてテーブルに置くと「私、これから制服、着替えちゃうから、宗太はリビングで寛いでね。もし、麦茶がなくなったら、勝手に冷蔵庫から出して、飲んでもいいよ」と言って、自分の部屋へ入っていった。



 夕陽がリビングに差し込んで来る。リビングに座って、夕陽に照らされながら、俺は麦茶を飲んでソファに両手を乗せて寛ぐ。無音な部屋の空気がなんとも穏やかだ。



 暫くすると私服に着替えた結菜が現れた。薄黄色のワンピースを着ている。結菜に似合っていると思った。



 結菜は俺の隣に座るともたれかかってきて、頭をコテッと俺の肩につける。そして目を伏せて、俺の手の上に手を乗せてくる。その間、何も話さない。でも、結菜といっぱい話をしているような妙な感覚を覚える。



 最近の結菜は少し変わった。言葉で伝えることより、雰囲気で伝えてくるほうが多くなったような気がする。それはとても気持ちの良いやりとりで、心地の良い空気が俺達を包む。



 1学期の時よりも仲が良くなったような気がする。夏休みの時よりも、何かが繋がったような気がする。口では表現できないけど、結菜の中で何かが変わった。それは良い変化だと思う。

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