33話 別荘 後編
若干、内容を改訂いたしました。
ここは日下部のプライベートビーチ。今日は朝から水着に着替えて1日中海で遊ぶことになった。結菜はお気に入りの白いフレア・フリルのビキニを着ている。胸の布地が狭いので結菜の胸がはちきれそうで、つい結菜の胸にくぎ付けになる。
朝から水着に着替えて、メイドさんたちが建ててくれた、パラソルの下で俺と結菜はリラックスシートに寝転びながら、みんながはしゃいでいる姿を見ている。
なぜ、みんなと一緒に遊ばないかと言うと、結菜が俺と目を合わせてくれないのだ。朝から口を尖らせたままで、俺が視線を合わせようとすると視線を逸らすのだ。
原因はわかっている。昨日の夜、日下部とベランダで話していたことで、結菜はへそを曲げて、怒っているのだろう。可愛い怒り方だが、いくら誤解だと言っても、怒りを収めてくれる様子がない。
結菜は海に行ったとしても、足の届く所までしか遊ぶことができない。みんなのように泳げないからだ。だから、パラソルの下でリラックスシートの上で2人で寝転んでいるというわけだ。
今まで何回も結菜の機嫌をなおそうと、結菜を抱き寄せたり、耳元でささやいて、謝っているのだが、一向に許してくれない。土下座までしたが口も利いてくれない。どうしたもんだろう。こんなに長い間、ご機嫌が斜めだったことはなかったのに・・・・・・
隣のパラソルでは日下部が読書をしている。日下部は白のワンピースのシンプルな水着にバスタオルをかけてリラックスシートに寝転んでいる。
ただの白のワンピースなのに破壊力は抜群だ。きめ細かい肌に白のワンピースがよく似合う。白くて長く、スタイルの良い肢体は、見る者をくぎ付けにしてしまうだろう。
本当に人形のような造形美だ。おっと、そんなことを考えている時ではなかった。なんとか結菜の怒りを鎮めなければ。
「九条くん、瑞穂姉さまがジェットスキーで遊んでいるけど、今度はそれにバナナボートをつけて、みんなでバナナボートに乗るようよ。一緒に遊んできてはいかがかしら。朝霧さんのことは私が見守っておくわ」
簡単に言えば、俺は邪魔だから、あっちで遊んでこいということですね。わかりました。結菜のことは少しの間、日下部に任せるよ。
「結菜、俺、少しの間、みんなの所へ行ってくるな。すぐに戻ってくるからな。待っててくれよ」
そう言って俺はパラソルから出て、浜辺を歩いて、海の中へ入っていった。
◇◆◇◆◇◆
宗太は何にもわかってない。私がどうして怒っているのかもわかってない。だって、私は自分に腹を立ててるんだもん。
確かに昨日、ベランダで仲良さそうにしていが日下部さんと宗太を見て、嫉妬した。嫉妬で頭の中が爆発しそうになった。
日下部さんが宗太を庇えば、庇うほど、2人が仲良く見えて、苦しかった。切なかった。
宗太は昨日、私に何回も「日下部と見ている時は絵画を見ている気分なんだ」って言ってたけど、日下部さんは画じゃないよ。生身の女の子だよ。そんな女の子に見惚れていたのは事実じゃない。
私が近くにいるのに、私が隣にいるのにさ。宗太ったら他の女の子を見てたんだよ。許せない。でもバスの中も我慢した。別荘い着いてからも我慢した。でもベランダで2人を見た時に私の限界を突破した。
我慢していた分だけ大爆発したんだ。
「日下部さんは、そんな対象の男子として、宗太のことを見てない」と言った。それは事実だと思う。そして、宗太も「日下部さんをそんな対象の女子としてない」って言ってた。それも事実だと思う。わかっているんだけど・・・・・・気に入らない。チョー気に入らない。2人がそういう関係じゃないってわかっても、私は気に入らない。
だって、宗太は私のもんだもの。宗太の目も心も私に向いてないと嫌なの。私のワガママだってわかってる。私が子供過ぎるんだってわかってる。でも抑えきれない。だから私は今日、朝から泣きそうだ。
日下部さんが自分のパラソルから、私のパラソルへ移動してきた。そしてリラックスシートに腰をかける。
「もうそろそろ九条くんを許してあげたら。そして自分を許してあげなさいな。自分で自分を苦しめても、苦しいだけよ。九条くんはあなたのことを愛しているわ。傍で見ていてもそれが伝わるのだから、あなたも感じているはずよ。素直になりなさいな。素直なほうが朝霧さんらしいわよ。私は今の朝霧さんを見たくて、別荘へお誘いしたわけじゃなくてよ」
そんなこと自分でもわかってるもん。私だって笑顔で宗太に飛びつきたいし、抱き着きたい。そして砂浜を2人で歩きたかったよ。
宗太が朝から、私のことを心配してくれてるのもわかってる。宗太が私のことを好きなのも伝わってるわよ。たぶん1番、私のことを愛してくれてると思う。そのこともわかってるもん。だって今まででも1番、宗太に近くにいたのは私だし、日下部さんに言われなくてもわかってるもん。
朝から意地を張り過ぎちゃって、自分でもどうしていいかわからなくなってるだけだもん。素直に宗太って笑いかけられれば、どんなに楽だろう。宗太ににっこりと抱き着くことができれば、どれだけ嬉しいだろう。せっかくの海がこれだと台無しだ。日下部さんに別荘にさそってもらったのに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
私、どうしたらいいんだろう。
日下部さんが席を移動してきて、私の寝転んでいる席に腰をかけた。
「そんなに九条くんの言葉も私の言葉も信じられないのなら、九条くんに私が本気でアタックしますわよ。私のアタックされたら、九条くんはどんな返事をくれるかしら。今までのように私のこと絵画を思えるかしらね。考えただけでも少し面白いですわ。ねえ、朝霧さん、そんな事になったら、あなたはどうなさるのかしら。教えていただける。
「・・・・・・」
「あんまり意地を張ってると、九条くんにアタックすると宣言いたしますわ。実は私も彼に助けていただいた時から、少し好意を持ってましたの。朝霧さんが九条くんを手放すなら、私がいただきますわよ」
私はパラソルから外へ出た。砂浜を波打ち際はで全力で走る。
日下部さんからの突然の宣言・・・・・・宗太へのアタック宣言・・・・・・・
どうしよう。だって宗太は日下部さんを見ているのが好き。だから、アタックなんかされたら、宗太の気持ちが移っちゃうよ。私から宗太の気持ちが離れちゃう。そんなの嫌~。
日下部さんのほうに宗太が歩いていく姿が見える・・・・・・行かないで宗太、私の傍にいて・・・・・・
宗太に会いたいよ。今すぐ、抱きしめられたいよ~。宗太。宗太。宗太~
日下部さんがパラソルの下で手を振っているが、私には関係なかった。私の中では宗太に抱きしめてもらうことだけしか頭になかった。
◆◇◆◇◆◇
俺は泳いでバナナボートまでたどり着いた。
「やっと来たじゃん。朝霧の機嫌はなおったのか?」
俊司が笑って聞いてくる。結菜の機嫌は悪いままだよ。日下部に追い出されただけだよ。
「いや、まだだけど、バナナボートに乗ってみたかった」
「じゃあ、乗ってみろよ。楽しいぞ」
慎はにこやかに笑う。
俺と慎と俊司はバナナボートに乗った。すると瑞穂姉ちゃんがジェットスキーのスピードを上げる。バナナボートが勢いよく前に進む。俺達はバナナボートにしがみ付く。
瑞穂姉ちゃんが蛇行運転をしはじめた。バナナボートも蛇行運転をする。バナナボートには男子しか乗っていないので、瑞穂姉ちゃんも手加減しない。徐々にバナナボートがバランスを崩し始める。
最初に吹っ飛ばされたのは俊司だった。海の上を跳ねて飛んでいく。次に慎がバナナボートから手を放してしまった。俊司と同じように海の上を何回もバウンドして、海の中へ沈んだ。
俺は必死でしがみ付いた。瑞穂姉ちゃんには負けない。そのことだけを考えて必死にしがみ付いた。ジェットスキーは急反転をして、疾走する。
バナナボートは遠心力で大きく円を描く。俺に横からのGがかかる。なんとか耐えて、バナナボートにしがみ付いていると、一瞬、浜辺が目に入った。
結菜が1人で海を見て立っている。何をしているんだと、考えた瞬間に俺はバナナボートから吹き飛ばされた。
俺は何回も海に打ち付けられて海の中へ沈んだ。その時、足がつった。そういえば海に入る前にストレッチするのを忘れていた。
俺は海の中に潜りながら、必死でつった足を治そうともがいていると、もう一方の足もつった。両足がつるだと~。今まで両足をつったことなんてないぞ。俺は一旦、海から顔を出して、両足をなんとか治そうともがく。しかし、激痛で頭がまわらない。
俺は海の中へと沈んでいった。
◆◇◆◇◆◇
私が宗太を探していると、宗太はバナナボートに黒沢と佐伯と一緒に乗っていた。私が1人で寂しい思いをしているのに、なんで宗太はそんなに楽しそうなことをしてるのよ、と腹が立ってきた。でも、パラソルに帰るわけにはいかない。
私は宗太達が乗るバナナボートを見ていた。さっきより速度が速いんじゃない。瑞穂お姉ちゃん、大丈夫なの。ジェットスキーが蛇行運転をし始めた。凄い蛇行運転だ。バナナボートが海の上を蛇行する。それも、すごい勢いだ。
あ、黒沢が吹っ飛んだ。海の上を何回もバウンドしている。痛くないんだろうか。あ、海に沈んでいった。次は佐伯が吹っ飛んだ。やっぱり海の上をバウンドして海の中へ沈んでいく。
凄い。凄い。宗太が一番最後までしがみ付いてる。瑞穂お姉ちゃんの乗るジェットスキーが急反転をした。バナナボートが円を描いて海の上を横滑りしている。それでも宗太はしがみ付いてる。凄いよ。宗太。頑張れ~。
またバナナボートが蛇行し始めた。一瞬、バナナボートに乗っている宗太と目があった。そう思ったら、宗太がバナナボートから振り落とされた。やっぱり海の上を何回もバウンドして海の中に沈んだ。宗太、大丈夫なんだろうか。
あれ?黒沢と佐伯はすぐに海に顔を出していたのに、宗太がなかなか海から顔を出さない。本当に大丈夫なの?あ、海に宗太が顔を出した。でもなんか苦しそう。黒沢や佐伯のように笑っていない。あ、また海に沈んだ。
いつまで経っても宗太が海へ顔を出さない。私は海へ向かって「宗太~」と叫んだ。
ジェットスキーに乗っていた瑞穂お姉ちゃんも宗太の異変に気付いたみたい。ジェットスキーを飛ばして、宗太が沈んだあたりにジェットスキーを止めると、海へと飛び込んだ。どうか宗太が無事でありますように。
瑞穂お姉ちゃんが宗太を抱きかかえてジェットスキーに捕まる。ジェットスキーの上に宗太を乗せて、瑞穂お姉ちゃんが浜辺近くまでジェットスキーを走らせてきた。そして宗太を抱えて、海を泳いで浜辺に上がってくる。
私も瑞穂お姉ちゃんのいる場所に向かうと、宗太が目を瞑ったまま動かない。ウソよね。宗太が死んじゃったってことないわよね。私、どうしたらいいの。
瑞穂お姉ちゃんが宗太の鼻を掴んで、宗太の口を開けさせて、瑞穂お姉ちゃんが口づけをする。そして頬を膨らませて宗太の口に空気を送っている。そして、宗太の上に乗って、胸を何回も押している。人工呼吸だ。瑞穂お姉ちゃんは何回も同じことを繰り返す。
大丈夫だよね。瑞穂お姉ちゃんなら、宗太を助けられるはずよね。神様、どうか宗太を助けてください。私、まだ、宗太と仲直りしてないの。このままなんてイヤだよ。宗太、早く目を開けてよ。
すると宗太の口から海水が吐き出されて、咳をした。そして宗太が目を覚ます。宗太が上半身をあげて不思議そうな顔で辺りを見回すと、瑞穂お姉ちゃんが宗太の頭に拳骨を叩き込んだ。
「あれほど、ストレッチは大切だと教えているだろう。あんた死にかけてたんだよ。人工呼吸でなんとかなったけど、もう少し遅れてたら、宗太、お前は死んでたんだよ」
私は宗太に飛びついて、首に手を回して泣いた。良かった。宗太が無事だった。良かった。宗太、大好き。誰にも宗太を渡したくない。ずっと私の傍にいてほしい。
◆◇◆◇◆◇
俺は目を覚ますと瑞穂姉ちゃんから拳骨をもらった。チョー痛い。そして結菜が首に手を回して抱き着いて泣いている。一瞬、状況がわからなかった。
えっと・・・・・・バナナボートから振り落とされて・・・・・・足が両足つって、俺は海の中へ沈んだんだった。
「私に人工呼吸なんかさせて、心配させるにもほどがあるよ」
なぜか瑞穂姉ちゃんの顔が真っ赤になっている。ということは俺を人工呼吸で助けてくれたのは瑞穂姉ちゃんだったのか。全く唇の感触を覚えてない。クソっ俺の馬鹿。せっかく瑞穂姉ちゃんとキスができたのに~。
おっといけない、煩悩よ。立ち去れ。ここは真面目に謝らないといけないところだ。
「瑞穂姉ちゃん、迷惑かけました。ごめんなさい。みんなにも心配かけてごめんな。結菜にも心配かけて悪かった」
「ううん。いいの。宗太が無事だったから。死んだかと思った。チョー怖かった。もう会えないと思った~」
結菜は俺にしがみ付いたまま、泣いている。随分と心配かけてしまった。結菜を泣かせてしまった。反省しよう。
「罰として、宗太は結菜のお守りをしな。足のつかない所まで、海に入ってきたらダメだよ。他のみんなはこれから、もっと海を楽しもうじゃないか」
瑞穂姉ちゃんは顔を真っ赤にして、海へと戻っていった。みんなも海へ向かう。
俺は結菜と仲直りをして海辺で2人で遊んだ。命が危なかったのは怖かったけど、結菜と仲直りできてよかった。
夕暮れになって俺と結菜は波打ち際に座って、寄り添って夕陽を見ていた。結菜は鼻歌を歌って微笑んで夕陽を見ている。
「焼きもち妬いてごめんなさい。本当は宗太とこうしていたかったの」
俺も結菜と寄り添っていたかった。抱きしめたかった。寄り添って夕陽を見ることができて、今は幸せだ。
俺達は何も言わずに寄り添ったまま夕陽が沈むまで2人で寄り添った。
すると結菜が「宗太ってファーストキスっていつしたの」と聞いてきた。
ファーストキスって、普通は赤ちゃんの時に母さんや父さんにキスしまくられているよな。これはノーカンなのか。どう答えればいいんだろう。親や親類以外の女性とキスをしたことがあるか、という意味だろうか。
「ん、ファーストキスなんてしたことないよ。結菜以外の女性と付き合ったことがないんだから」
「ということは・・・・・・あ~瑞穂お姉ちゃんに、宗太のファーストキス取られちゃった~。どうしよう~」
それは・・・あれだ。人工呼吸で仕方なくだし、瑞穂姉ちゃんもそんな気持ちで人工呼吸したんじゃないと思う。
「瑞穂お姉ちゃん、宗太のファストキスを奪うなんて~。絶対に瑞穂お姉ちゃんには負けないんだから~。もう宗太も隙がありすぎ~。死にかけたからってファーストキス奪われるなんて~」
ファーストキス・・・・・・瑞穂姉ちゃんとファーストキス・・・・・・人工呼吸だからノーカンだよな・・・・・・
結菜は黙って、浜辺を歩いて別荘まで帰ってしまった。いつもと違う結菜の雰囲気に、俺はその場を動くことができなかった。




