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3話 氷姫

 そういえば、すずなちゃんには凄く怒られたな。あれは本気で怒っていた。だって目に涙を溜めていたもん。あんな目で上目遣いに怒られると何も言えなくなる。凄く罪悪感に苛まれる。



 だから昨日の反省文は真剣に書いた。でもサボリをやめられるかといえば、やめるつもりはあまりない。というかサボってしまうと思う。すずなちゃんごめんなさい。



 俺は自他ともに認める怠け者だ。本気を出すとか、真剣にするとか、熱血するとか、なんて考えるだけで体が拒否反応で痒くなる。毎日がそれなりに平和に過ごせればそれでいい。



 すずなちゃんには泣かれたくないから当分はサボリたくないと思っているが、これだけは自分でもわからない。



 ボーっと自分の机の上に顔を乗せて、窓を見る。窓の席に1人の美少女が見える。



 背筋をピンと伸ばして、きれいな長い黒髪が背中の中央まであり、端正な顔立ちに、涼やかな鼻筋、切れ長の二重瞼に、吸い込まれそうな漆黒の瞳が印象的な日下部凛だ。



 たいてい休憩時間は読書をしていて、読んでいる姿が美しい。まるで1枚の絵画のようだ。成績優秀、そのうえ美少女だから、告白する男子生徒が毎日のように現れるという。



 少なくとも3日に1人は告白されているという噂もある。凄まじい数だ。どこまでモテるんだろう。いちいち告白を受けにいく彼女も大変だ。どんな気持ちで告白を断っているんだろう。



 彼女は告白してくる男子に、辛辣な言葉というか、毒舌というか、大変、厳しい断り方をするようで、告白した男子生徒の死体が死屍累々と積み重なっているという。そこでつけられたあだ名は「氷姫」。



 敗北するとわかっているのに彼女の近くに寄っていくのは愚策だと思うが、暗闇の中で光が1つ。それに群がる虫達のように、彼女の輝かしい美貌に惹かれて男子生徒は群がっていく。そして全て鋭利な刃物のような言葉の刃で打ち倒されていくらしい。



 彼女の立場に立てばいい迷惑だろう。彼女が「氷姫」になるのもわかるような気がする。



 遠くから彼女を愛でるだけで十分に満足だ。男子生徒の死体の仲間入りをするつもりはない。それに告白するような度胸は俺には全くない。どんな言葉の刃が飛んでくるのか考えただけで悶死しそうだ。



 憧れている気持ちは確かにある。でも彼女に恋をしているかと言われたら絶対に違うと答えるだろう。自分でも変な気持ちだが、きれいな人形を愛でている気分に似ているのかもしれない。



 きれいで可愛いものには男子でも惹かれる。だが、彼女は絵画を愛でている感じで、見ているだけで十分だ。



 話してみたら、また違った印象を受けるのかもしれないが、「氷姫」に話しかけるような度胸はない。触らぬ神に祟りなし。遠くから眺めているほうがよいこともある。



「いつまで見惚れてるんだよ。早く飯にしようぜ。」



 きれいなものに見惚れている時間はあっという間に過ぎていくもんだ。どれだけ見惚れていようが俺の勝手だろう。きれいなんだから仕方ないだろう。そうせかすな。



 俊司と慎が自分の弁当を出して、俺に弁当を早く食べようと急がせる。



 昼休みも長時間あるわけじゃないし、そろそろ俺も弁当でも食べますか。



 俺も自分の机の中から弁当を出す。妹の加奈つくってくれた、ありがたい弁当だ。今日の弁当の中身は何かな。



 あ、ウインナーと卵焼きとハンバーグが入ってる。全部、俺の大好物だ。妹よ、お兄ちゃんのためにありがとうな。



「今日も加奈ちゃんの弁当か。俺も加奈ちゃんのような可愛い妹がいればな~毎日、弁当作って貰って羨ましい。弁当のおかずを少し取り替えてくれ」



 誰が愛しい妹の手作り弁当をお前達のような狼達に食べさせてなるものか。全て俺が食べる。箸を伸ばしてくるな。弁当につばかけるぞ。



「うるさいな。俊二と慎には加奈の弁当は一辺たりともやらん」



 加奈は俺と1つ違いの妹だ。母親が大企業の研究室に勤務しているおかげで、1カ月に1度くらいしか帰ってこない。



 その間の家事全般を妹の加奈がまかなってくれている。俺は家事全般が全く苦手で、家に帰っても何の役にも立たない。



 ふがいないお兄ちゃんですまん。今日も、もちろん、俺の弁当も加奈のお手製だ。



「宗太のような怠け者に、あんな可愛い妹がいること自体、世界の七不思議と言ってもいいだろう」



 慎のいうことも的を得ていると思う。おれには出来過ぎた妹だ。



 妹びいきと言われるかもしれないが、俺の妹の加奈はきれいで可愛い。同じ高校の1年生で俺とは歳が1つ違いだ。しかし、加奈はそれなりに美少女として有名で、2年の俺の所にまで名前が聞こえてくる。



 告白している男子もいると噂で聞いたことがあるが、加奈に聞いても「告白なんてされていない」と言うだけで、本当のところはどうかわからない。



 本当に告白なんかされている現場を見つけたら、告白している男子生徒を、ホームセンターでチェーンソーを買ってきて、ミンチにしてやる。俺は本気だ。



 俺が少し考え事をしている隙に、慎が俺の弁当に箸を伸ばす。それを払いのけて俺は弁当にがっついた。



 加奈の料理はかなり上手く、弁当のおかずも種類が豊富だ。学校に行く前に朝早くから弁当を作ってくれているのだから、妹には感謝しなくては。俺は1年生の教室がある下の階に向かって合掌する。



 今日も美味しくいただきました。ごちそうさまです。



「お前、何、床に向かって合掌をしてるんだ」



 黒沢が呆けた顔をして俺の合掌している手を指差す。



 いいんだよ。気は心というだろう。いつか俺が感謝していることは加奈に伝わるはずだ。お兄ちゃんはいつも感謝しているぞ。



 加奈はきちんと俺の好き嫌いの好みを把握してくれているので、弁当で残すことは絶対にない。俺は弁当を全て腹に納めて、腹をポンポンと叩く。本当によくできた妹だ。



 俊司と慎も弁当を食べ終わり、適当に無駄話をして時間を潰していると、俊司が遠くを見て、俺の服の袖を引っ張った。俊司が見ている方向を見ると、窓際へ視線を向けている。慎も気づいたようだ。俺も窓際に視線を向ける。



 さっきまで読書をしていた日下部さんが本を机の中に片付けて、スッと立って教室を出て行こうとする。



 立ち姿も歩いている姿もスタイルがいいと画になるな。颯爽と教室から出て行く姿を俺はボケーっと見惚れていると、黒沢に頭を叩かれた。急な衝撃で頭がガクっとなる。



 力が抜けきっている時はやめろ。本当に衝撃がきつい。



「誰か勇者が「氷姫」を呼び出したようだぞ。宗太、慎、見に行くぞ」



 トイレだったら失礼だぞと言いかけたが、確かに教室から出て行った方角がトイレとは逆の方角だ。階段の方向の扉から教室を出て行った。これは面白いものが見られそうだ。



 人って怖いもの見たさってあるよね。怖い怖いと思うほど、見たくなる。あの心理って何なんだろうな。



 一応、日下部さんファンとしては告白を覗き見するのは質が悪いし、もしバレた時が怖い。



「俺、あんまり興味ないんだけど・・・・・・」



「どうせ死者が増えるだけだ。見に行っても仕方ないだろう」



 慎もあまり乗り気でないようだ。確かに告白した男子生徒は全員、言葉の刃で斬られるのだから、予想できるものを見に行ってもつまらないかも。しかし、日下部さんの勇姿を見たいような気もするし。悩み所だ。



「うるさい。黙れ。間近で「氷姫」に挑む勇者の生き様を見てやらないと、勇者も浮かばれんだろう」



 俊司がいつになく真剣な顔で説得してくる。顔は真剣でも頭で考えていることは、面白見たさの野次馬根性だろう。真顔でいうな。真顔で。



 日下部さんが去った後を俊司が俺と慎の腕を捕まえて教室から出る。そこまで興味ないんだが・・・・・こうなったら仕方がない。俺も慎も頷いて俊司の後ろから日下部さんを尾行する。



 すでに階段には日下部さんの姿はない。1階に降りて行ってしまったのだろう。俺達は足早に階段を駆け下りる。



 中庭の庭園のベンチの部分は校舎から見えなくなっている。学校でも定番の告白スポットだ。そこに日下部さんが歩いていく。



 庭園には男子生徒が立っていた。緊張で体が硬直しているように見える。日下部さんは腕組をして男子生徒の前に堂々と立った。



 あんな腕を組んで仁王立ちされたら、それだけで俺だったらビビッて逃げ出すところだ。



 いつも窓際は薄幸の美少女のように読書している日下部さんと違って、今の日下部さんからは仁王様のようなオーラを感じる。それだけでも逃げたくなるオーラだ。



 おっかない日下部さん。これが噂の「氷姫」の本性か。トイレが近くなってきた。マジでトイレに行ってもいいか。



「今日は来てくれてありがとう。日下部さんは俺のことを知らないと思うから自己紹介するよ。俺は2年3組の岡部智次。サッカー部だ。1年の時から日下部さんのことをずっと想っていました。付き合ってください」



 すげーぞ。勇者岡部。今、名前を知っただけの、誰かも知らない同級生だけど、今の日下部さんを相手に1度も口をかまずに言葉を言い切るなんて、なんて勇者だ。なんか後ろから後光が差しているように見える。



 出た~聖剣エクスカリバー、「氷姫」を撃墜できるか。手に汗握る展開に俺達3人は瞬きもせずに、固唾を飲んで見守った。今回の勇者は強そうだ。



 次は日下部さんのターン



「あなたのことなんて知らないわ。そしてこれからも知らない。興味ないから。想ってもらっても迷惑よ。さっさと他の人をあたって、私のことは一切、忘れてほしいわ。要件が済んだなら帰ります。二度と呼び出さないで」



 おお~大上段からの唐竹割りのような言葉の刃、これは即死だな。



 あまりにバッサリと斬られたので、勇者岡部は茫然とした顔で突っ立っている。日下部さんは用は済んだとばかりに、身をひるがえして、校舎の中に入ってきた。


 

 時間をおいて勇者岡部はガックリと膝をついて四つん這いの状態で土を握り締めている。近くに寄ったなら、もしかすると涙が零れているかもしれない。



 よくやった勇者岡部。お前の死は無駄ではない。俺達の胸に熱く刻み込まれたぞ。



 俺は心の中で勇者にエールを送った。また、立つ日がくる。みんながそれを待っている。その時には立つんだ岡部。お前は勇者岡部だ。



 俺達はあまりにも熱く、勇者岡部を見つめていて、日下部さんが校舎の中に帰ってきたことをすっかりと忘れていた。こんな大事なことを忘れんなよ俺。逃げ遅れたじゃないか。



 日下部さんが、俺達3人の前に腕を組んで立っている。俺達はただの弱小のモブです。どうか虫と思って、かまわずにお通りください。



 必死で心の中で日下部さんに平伏するが、日下部さんは仁王立ちしたまま動かない。ヒエ~「氷姫」と激突なんて俺のもろいハートには無理過ぎる。俺は黒沢の袖を引っ張った。黒沢も緊張で震えている。たぶん慎も同じ状態だろう。



「何か用?」



「なんでもありません」



 私共などにかまわず、「氷姫」様は廊下の中央を歩いて、階段を優雅に歩いてくださいまし。私共のようなモブには拘わる必要などございません。



「あなた達も、こんなところで暇つぶししてないで、もっと時間を有効利用したら。それに人の振られる所を見に来るなんて、下品極まりないわね。今度からはつけてこないでちょうだい。気分が悪いわ」



 そりゃそうだよな。自分が告白された者をバッサリと断ったところを見られた訳だから気分が悪いよな。見せもんじゃないし。今回は悪ふざけがすぎました。海より深く反省します。



「今回のことは本当に悪かった。ごめん」



「聞こえないわ」



 レーザービームのような冷たい視線に貫かれて、冷や汗が出てきて言葉に詰まり、呂律が回らない。





「「「すみませんでした」」」





 俺と俊司と慎の3人は姿勢を正して、深々と礼をした。日下部さんが動き出すまで礼を続ける。どうかお許しください。どうかお許しください。ちょっとした茶目っ気だったんです。ごめんなさい。



「フンっ」



 俺達の前を日下部さんは颯爽と歩いていく。日下部さんが階段を上って姿を消したのを確かめて、俺達はホッと安堵の吐息をもらした。



 まじで小便ちびるかと思った。本当に尿意が・・・・・・今からトイレに行ってもいいかな。ちょっとトイレで確認したいこともあるし・・・・・・



「俊司、お前が覗きに行こうなんてするからだぞ。生きた心地がしなかったぞ」



 「氷姫」に俺達まで言葉の刃で斬り殺されるところだったじゃないか。今回は冗談ですまされないぞ。



「俺達まで屍になるところだった。慎、大丈夫か」



「氷姫の風格だな」



 中庭の庭園を見ると、勇者がまだ愕然として膝折れ状態になっていた。目に光がな空洞のようになっている。まさに屍。



 俺達は勇者岡部に向かって合掌して、階段を上って自分達の教室へと戻った。



 2年1組の俺達の教室に戻ると、すでに窓際の席について読書している日下部さんの姿があった。そこには「氷姫」は存在せず、薄幸の美少女が描かれた、1枚の絵画があるようだった。



 俺と慎は席に戻って、俊司の頭を教科書で叩いた。俊司も反省しているようで教科書から逃げることはなかった。黙って俺と慎から叩かれている。次は絶対についていかないからな。こんな思いをするのはまっぴらだ。



 ふと視線を感じて周りを見回すと、朝霧がフニャリとした笑顔で俺達を見ている。その笑顔を見ると不思議と今までの緊張感が解れるのを感じた。



 今、思い出したけど、授業のチャイムが鳴る前にトイレに行っておかないと・・・・・・



 俺は急いで教室を出た。

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