25話 夏季休暇
夏休みになってから毎日のように結菜の家にお邪魔している。もうほとんど俺の感覚は麻痺しているようだ。結菜の家にいるのが当たり前のように思えてくる。
「あんた達、毎日、一緒にいて、よく飽きないね~。そんなに宗太のことが良いのかい」
俺と結菜が寄り添ってリビングのソファに座っていると、瑞穂姉ちゃんが呆れた声を出している。
「私も男に惚れたことぐらいはあるけど、そこまでゾッコンになったことはないね」
「いいでしょ~う。私と宗太はいつでもラブラブなの」
瑞穂姉ちゃんは「オェっ」と声に出して、冷蔵庫から麦茶を出すと、コップに麦茶を入れて、一気に飲んだ。
「それでなくても外は暑いっていうのに、クーラーで部屋の中を涼しくしても、あんた等がイチャイチャしてたら、部屋の温度が上がって、余計に暑いわ」
瑞穂姉ちゃんが珍しく弱気発言をしている。そんなにイチャイチャしているだろうか。最近、感覚が麻痺しているのか、俺もわからなくなってるようだ。
結菜は穏やかな笑みを浮かべて、俺の肩に頭を乗せている。
「ピンポーン」
瑞穂姉ちゃんがインターホンに向かって、言葉を放つ。
「誰なんだい。勧誘ならお断りだよ」
インターホンから低音ボイスの渋い声が聞こえる。
「瑞穂。相変わらずガサツだな。女性としての品を持てと言ってるだろう」
「父さん」
「いいから、鍵を開けなさい」
インターホンの向こうで男性が静かな声で瑞穂姉ちゃんに命令する。父さんって・・・・・・結菜の父さん?・・・・・・
「ヤダ!パパが帰ってきちゃった。どうしてなの。いつもだったらメールとか送ってくるのに!」
「あ、そういえば私のスマホに父さんからメールあったわ。すっかり忘れてた。これはマズイね」
瑞穂姉ちゃんがあっからかんと言う。そんな大事なことを簡単に忘れないでほしい。俺が居たらヤバいじゃん。俺はどこに隠れればいいんだよ。
「宗太は私の部屋へ隠れて。急いで」
結菜が俺に指示を出す。俺は急いで結菜の部屋に隠れた。
俺達がグズグズしている間に、玄関の扉の鍵が外され、玄関の扉を開けて結菜のお父さんが家の中へ入ってくる。
「結菜、お父さんだぞ~。夏季休暇を取って、帰ってきたんだ。いつ見ても、お前は可愛いな」
「パパお帰りなさい」
部屋に隠れている俺の耳に親子の再会の声が聞こえてくる。
「ん・・・男物の靴があるが、誰か来ているのか」
シマッタ。靴を持って隠れるのを忘れてた。結菜のお父さん、そこは見なかったことにしてスルーしてください。そんなこと祈っても無理だよな。靴がバレた時点でもうアウトだ。
「それは私の靴だよ父さん」
「瑞穂は黙ってろ。これはお前の靴じゃない。お前の物だったら、もっときれいな靴を履いてるはずだ。こんなに汚れた靴を履いているはずはない。誰かいるのなら、素直に出てきなさい。そうでないと強引に引きずり出すぞ。」
はい。これで俺の即死コース決定だね。ああ、できれば、ベランダから逃げたいけど、ここ18階だもんな。飛び降りたら本物の死体になっちゃうじゃん。それはできない。これは結菜のお父さんの前に出て行くしかない。どうか穏便にいきますように・・・・・・アーメン
俺は結菜の部屋からリビングへ歩いていった。
結菜のお父さんは40歳代だろうか。体が横にガッシリしていて、スーツの上からでも筋肉が盛り上がっているのがわかる。それになんてゴツゴツした拳だ。こんな拳をみたことがない。無表情な顔だが、目の奥が据わっている。完全に怒っている目だ。
「お前は誰だ。うちの娘達と、どのような関係だ」
「僕は九条宗太と言います。初めまして。結菜さんのお父さん。僕は結菜さんの友達です。よろしくお願いします」
「何~!私の可愛い結菜の友達だと~!男が何を言ってるんだ。そんな男友達などいらん。さっさと出て行け」
ですよね~。ですよね~。可愛い愛娘に男友達が遊びに来ていたら、そう言っちゃいますよね~。
結菜が俺の前に両手を広げて立ちはだかった。
「ちょっと、いきなり、パパが帰ってきて、宗太にそんなこと言うなんて、パパ酷いじゃん。そんなパパは嫌い」
その言葉を聞いた結菜のお父さんはガクリと肩を落として、膝から崩れ落ちそうになる。これは相当、結菜のことを可愛がっているんだな。結菜の一言で、ここまで反応するんだから、結菜はまさに愛娘なんだろう。
「パパは結菜のことを思って言ってるんだ。悪い男子が可愛い結菜にまとわりつくのを、パパは止めようとしてるんだよ。それも結菜のためなんだ。わかっておくれ」
「宗太は悪い男子じゃないもん。私の愛しい人だもん」
あ~それ、ここで言っちゃいますか~。今、ここで言うのはマズイと思うんだ。見てみろ。結菜のお父さんの顔がみるみる赤くなって、目付きが変わってきてるじゃないか。目が吊り上がて、まさに赤鬼のような顔になってるよ。俺のことを睨みつけてる。これは即死だな~。
「結菜とはどういう関係だ。もう一度、説明してもらおうか」
「はい・・・・・・結菜さんとは・・・・・・健全なお付き合を・・・・・・させていただいているというか・・・・・・・」
「ほう、九条くんと言ったね。うちの可愛い結菜と健全な付き合いをしてると言うんだな」
「・・・・・・はい・・・・・・」
「誰が許すか~」
結菜のお父さんが顔を真っ赤にして俺めがけて突進してくる。俺の前には結菜が両手を広げている。このままだと結菜が危ない。そう思った時、瑞穂姉ちゃんが結菜のお父さんと結菜の間に割って入った。
「邪魔するな~瑞穂~」
「少しは頭冷やせ~馬鹿親父~」
結菜のお父さんが拳を瑞穂姉ちゃんに叩き込もうとする。瑞穂姉ちゃんはそれを躱し、クロスカウンターで結菜のお父さんの顔に拳が当たる。スゲーきれいにカウンターが決まった。
結菜のお父さんはガクと膝から崩れ落ちた。
「・・・・・・強くなったな。瑞穂。俺を倒すとは・・・・・・」
「やっと父さんに一発入れられるようになったよ・・・・・・やっと父さんに勝てた」
どんな親子関係ですか。それより、やっと父さんに勝てたって今、瑞穂姉ちゃん言ってたよな。どんだけ結菜のお父さんって強いんだよ。体を見てれば筋肉隆々なのはわかるけど、瑞穂姉ちゃんと良い勝負するなんて・・・・・・
「いくらパパでも宗太を叩いたりしたら、一生、口を聞いてあげないんだから!」
結菜は俺の前で両手を広げたまま啖呵をきる。
「わかった。ここは私から結菜と付き合うにあたって、条件をだそうじゃないか。その条件をクリアーできたら、結菜と付き合ってもよい」
「1つ、私に格闘技で勝つこと。私は柔道3段、空手2段だ。1つ、学校の成績でベスト50位以内に入って、学校の掲示板に成績が載ること。結菜も成績を伸ばしてベスト50位に入ることが条件だ。それが出来たら結菜との付き合いは認めてやろう」
「パパと格闘技で勝つなんて無理だよ。宗太は弱っちいのに」
結菜さん。そこで俺が弱っちいことを言っちゃいますか。確かに弱っちいけどな。付き合ってる女子に言われると傷つくんだぞ。ほら、結菜のお父さん、ニンマリと笑ってるじゃないか。
「パパは私の成績知ってるでしょ。そんなに簡単にベスト50位に入るはずないじゃない。それに宗太も私と同じくらいの成績なんだよ。ベスト50位なんて無理じゃん。そんな無茶苦茶な条件なんて酷いよ。絶対に無理な条件を出してくるなんて酷過ぎる。もう口を聞いてあげないんだから」
「結菜がどう言おうと、条件を変えるつもりはない。そうだな。ハンデはやらんとな。では、私は柔道しか使わないようにしよう。九条くんは何の格闘技を使ってもいい。それに瑞穂、お前が九条くんのサポートについてやれ」
「言われなくても、はじめから宗太のサポートにつくつもりだよ。可愛い妹のためにね」
瑞穂姉ちゃんが結菜のお父さんの前に腕を組んで立つ。
「私は夏季休暇で帰ってきただけだが、外資系の会社だから夏季休暇も長い。会社とかけあって、9月の実力テストまで日本にいることにしよう。それまでに2つの条件をクリアーできなければ、結菜との付き合いは許さん。結菜、お前もわがままばかり言ってないで、条件をクリアーするために勉強しなさい。条件をクリアするまでの間は会うことは許さんからな。今日はもう帰ってくれ」
「・・・・・・」
悔しいけど・・・・・・どうすればいいんだ。俺は咄嗟に土下座をした。額を床につける。
「条件はクリアーするように頑張ります。だけど、その間、結菜さんと会えないのは寂し過ぎます。どうか、結菜さんとは会わせてください」
「それはならん」
「お願いします。条件は呑みますから、結菜さんと会わせてください」
俺は自分の目から涙が零れ落ちるのをそのままに、土下座を続けた。
2時間、土下座を続けた所で瑞穂姉ちゃんが口を開いた。
「もう2時間も土下座してるじゃないか。こんなガキが恥をかいても頼んでるんだよ。少しぐらい譲歩しないと大人じゃないよ」
結菜のお父さんは瑞穂姉ちゃんから言われて、唸り込んでいる。
「わかった。この家の中で、私のいる前であれば会わせてやろう。しかし2時間だけだ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
俺は何回も結菜のお父さんに「ありがとうございます」と連呼した。
「その代わり、条件は呑んでもらうからな。クリアーできなければ、結菜との付き合いは許さん。別れてもらう」
結菜は目から大粒の涙を流して両手で顔を覆って、自分の部屋へ走って行ってしまった。
土下座を続けている俺を瑞穂姉ちゃんが片手を持って立たせてくれる。
「あんたにはアタシがサポートしてやる。格闘技も勉強もサポートしてやる。だから頑張れ」
俺は玄関で深々と礼をして、結菜の家を出て、トボトボと自分の家まで帰った。
あ、ママチャリを地下駐車場に忘れた。




