24話 遊園地
今年の夏休みはいつもの様に、ダラダラ過ごしている暇がない。すずなちゃんが俺と結菜に大量のプリントの束を用意したからだ。これをキッチリやって、始業式に提出しないと、2学期からはもっと厳しい居残りが待っているという、ありがたいお告げを、すずなちゃんからもらっている。
これは、ある意味、結菜と俺が付き合い始めてからの罰則でもある。学校では寄り添うことを禁止されているにも拘わらず、堂々と寄り添って登下校したり、休憩時間の隙にイチャイチャしていたり、時には2人でサボっていた結果、すずなちゃんの逆鱗に触れたわけだ。これは仕方がないと思う。すずなちゃんが正しい。
そんなわけで、夏休みに入って、すぐはダラけていたが、今はほぼ毎日の午前中と、夜はプリントと夏休みの宿題をやっているという、俺にしては真面目な夏休みを送っている。
結菜とはほぼ毎日のように会っている。そうしなければ結菜が泣くのだから仕方がない。今日も結菜と会った後に家に帰るって、夕食を食べ終わった頃に、結菜から電話がきた。今、会っていたばかりなのに、と思いながらスマートホンを耳に当てる。
《さっき、結衣と話してたんだけど、結衣の秘密を聞いちゃったの。それが驚く内容で連絡しちゃった》
《何だ。その神楽の秘密って?》
《神楽って黒沢のことが好きなんだって!》
はぁ、俺はその言葉を聞いて口をポカーンと開けて、驚きで言葉が出なかった。
神楽と言えば、垂れた目尻が印象的で、いつもおっとりしていて、優しくて、お姉さん的雰囲で、クラスでも人気の高い女子だ。そのうえ、眼鏡っ子で料理部に入っていてザ・女の子を地でいく可愛さを持っている。
そんな女の子が、万年、女子が欲しい、彼女がほしいと叫んでいる俊司のことを好きだという。とても信じられない。
俊司は180cm近くある身長、なんかマダラで汚い茶髪、そして片耳に小さいピアスを開けている。だが、その全てがアンバランスというか、統一されていないというか、なぜかダサい雰囲気を醸し出している。
俺もダサ男だが、俊司もダサ臭は似たようなもんだと思う。もちろん彼女いない歴=年齢だ。
《宗太、意識をきちんと保って。驚くのも無理ないし。でも本当の話なの。それでね、神楽から相談の連絡がきて、黒沢をデートに誘うにはどうしたらいいかって相談されたんだよ。宗太は黒沢と仲良いじゃん。神楽に協力してあげてほしいの》
《断る》
《早っ》
なんでクラスの癒しの女神を狼男の俊司とデートさせないといけないんだ。
そんなことをして、もし俊司と神楽が付き合うことになったら、1日で俊司に神楽が美味しくいただかれてしまうぞ。そんなことクラスの皆が許すはずがない。俺も許さん。
《実はもう1つ相談事がるから、そっちをなんとかして。あのね紗耶香から連絡があってね。紗耶香って、佐伯のことが、ちょっと気になるんだって。佐伯ってイケメンじゃん。だから紗耶香も気になってるらしいのよ》
俊司の次は慎だと。それもお堅い委員長が慎のことを気にしている。これは面白い。委員長をからかうネタが増える。慎には悪いが生贄になってもらおう。
それにしても夏休みになってから、俊司と慎にも浮かれた話が舞い込んで来るとは、これが夏休みの魔力か。2学期になったら、いきなり、彼女や彼氏ができてカップルになっていることも良くあることだ。それにはこんな理由があったのか。
来年になったら高校3年生になる。そうすれば、受験を目指して勉強で遊ぶ暇なんてないし、今年しか遊べない。皆、必死なんだな。
《委員長と慎のことは相談にのろう。今すぐデートのセッティングだな》
《結衣からの相談はどうするのよ》
《断る》
《なんでそんなに結衣と黒沢とデートさせることを嫌がるの。さては宗太。実は結衣のこと想ってたんでしょう。私がいるっていうのに、もう浮気を考えてるんだ。私、もう捨てられちゃう~》
あ~あ、結菜がスマートホンの向こうで泣き出した。これはマズイ。またご機嫌をならないといけなくなる。ここはフォローしておかなければ。
《それは結菜の誤解だ。俺は俊司の毒牙から神楽を守りたかっただけだ。神楽が俊司とデートしたいって言うなら、デートのセッティングを考えよう。面倒だから、委員長と慎のデートも一緒にしよう》
《結衣がね。私達にも一緒に来てほしいって言うの。2人でデートって、勇気ないって言うのよ》
結菜の機嫌が直ったようで良かった。慎と俊司がデートしている現場なら是非、覗きにいきたい。カメラで激写したい。散々、俺をからかってきた2人だ。今度は俺がからかう番だ。それに委員長の弱味を握っておきたい。
《いいんじゃないかグループデートにしちゃえば、行く場所は遊園地にでもするかな》
《わかった。さっそく結衣と紗耶香に連絡するね。宗太、黒沢と佐伯の電話番号を教えて。私から連絡して、絶対に逃げられないようにするから》
確かに結菜から連絡したほうが、俊司も慎も言うことを聞きそうだ。なぜか、あの2人は結菜には頭が上がらないみたいだからな。
俺は結菜に俊司と慎の電話番号とラインIDを教えた。暫くすると俊司と慎から連絡がきた。結菜が2人に連絡したみたいだ。2人から苦情を訴えられたが、そんなこと、俺は知らん。結菜に苦情がきたことを言うぞと、言ったら急に2人は大人しくなった。
3日後に遊園地に行くことが決定した。そんなに早い予定でスケジュールを組まなくてもよいと思ったが、鉄は熱いうちに打てということだろうか。
◆◇◆◇◆◇
なぜこうなったのかわからないが、今、瑞穂姉ちゃんが運転しているハイエースワゴンに俺達は乗っている。
結菜が皆で遊園地に行くと瑞穂姉ちゃんに話したら、「私も連れていけ」ということになり、瑞穂姉ちゃんがハイエースワゴンをレンタルしてくれたらしい。でもこの状況って神楽と委員長にとってマズイ状況だろう。
だって、俊司と慎は瑞穂姉ちゃんを見た途端、顔を真っ赤にしてのぼせあがっていたぞ。今も運転席に視線を集中させて、せっかく隣に神楽と委員長がいるのに、話が弾んでいない。
俺の隣に座った結菜もマズイと感じているのだろう。下を向いて俯いている。
高校生の前に魔性のエロ魔女が降臨したら、虜にされてしまうのは当り前だろ。結菜ももっと瑞穂姉ちゃんのことわかっておけよ。結菜は瑞穂姉ちゃんと姉妹なんだから耐性がついてるのかもしれないが、男子にとっては破壊力抜群なんだから。
それにしても、瑞穂姉ちゃん、やっぱり運転するとスピード狂になるんだな。ハイエースワゴンなのに早い、早い。高速道路で2時間半ほど走ると遊園地が見えてきた。
遊園地の駐車場にハイエースワゴンを停車させて、皆で遊園地の入り口に向かう。女子のチケット代は男子が払うことになった。瑞穂姉ちゃんの提案だ。普通なら俊司と慎から文句が出るはずだが、2人は瑞穂姉ちゃんにデレデレしていて、何を言われたのかわかっていないのか、素直にチケットを買っていく。
女子にチケットを渡して、俺達は遊園地の中へ入った。すると瑞穂姉ちゃんが周りをうろついている俊司と慎の頭にいきなり拳骨を落とした。
「私ばっかり見てるんじゃないよ。このエロガキ共。今日は私は引率で来ただけだよ。女の子を放っておいて、どうするんだい。きちんと男子がリードするもんだろ。私はこの辺で消えるよ。また帰る時に迎えにくるから、結菜、連絡して。エロガキが一緒だと、せっかく遊園地に来たのに、私も楽しめないじゃないか。男子はきちんと女子をエスコートするんだよ。わかったね」
瑞穂姉ちゃんは俊司の手と神楽の手を握らせる。そして慎の手と委員長の手を握らせると、ニヤリと笑う。
拳骨で叩かれたのに、なぜか俊司と慎はデレデレした顔で喜んでいる。致命的だな。瑞穂姉ちゃんが離れてくれたほうが良さそうだ。
それにしても瑞穂姉ちゃんの人気は凄いな。なんだか沢山の男性が俺達の周りで立ち止まってないか。あ、隣の女性にビンタされている男性もいる。あ、向こうではカップルが喧嘩を始めた。さすが生きる災害。
「瑞穂姉ちゃんは俺達と離れてどうするの。1人になっちゃうじゃないか」
「現地調達」
なるほど、納得です。いってらっしゃい。あんまりカップル達の邪魔はしないでね。後々、うっとうしいことになるから。
「大丈夫。遊園地にも男だけで遊びに来てる連中は沢山いるから。そいつ等を適当に捕まえるさ」
瑞穂姉ちゃんはそう言い残すと手をヒラヒラさせながら、俺達から去っていった。なんとも豪快だ。
俊司と慎が俺に寄って来る。もちろん神楽と委員長と手を繋いだままだ。
「朝霧の姉ちゃんって、モデルじゃね~。チョー美人なんだけど。お前が言ってた通りだな。もっと早く会わせてくれても良かっただろ」
「同感」
お前達、瑞穂姉ちゃんにイカレ過ぎだろう。神楽と委員長のこと忘れてるぞ。
「お前達は知らないんだよ。瑞穂姉ちゃん、格闘技してんだぞ。約束破ると技かけられるぞ。チョー痛いんだからな」
「技にかけられて見たい。だって朝霧の姉ちゃんに密着してもらえるんだろう。光栄じゃないか」
「俺も技をかけられたい」
「そんな俊司や慎だったら、パンチが飛んでくると思うぞ。だって瑞穂姉ちゃんはシュートボクシングもやってるからな」
前に、瑞穂姉ちゃんのパンチを見せてもらったことあるけど、拳が見えなかったもんな。あんなの本気で叩き込まれたら、即、気絶コースだ。
「黒沢、佐伯、いい加減に結衣と紗耶香のリードをしてよ。いい加減にしないと怒るよ」
結菜が腕を真っすぐあげて俊司と慎を指差して、目を吊り上げた。俊司と慎は瞬時に顔を青ざめて、激しく頷いている。
「乗り物、何に乗ろうか。宗太」
非常にマズイ。俺はジェットコースターは大の苦手だ。お化け屋敷も回避したい。遊園地って俺にとって鬼門な場所が多いんだよな。コーヒーカップなどはどうでしょうか。まずはソフトな所からお願いしたい。
「ここのジェットコースターは結構、人気高いらしいぜ。やっぱり遊園地といえばジェットコースターでしょ」
俊司よ。なぜ俺のほうを見てニヤニヤ笑いをして、そんな提案をするんだ。俺が苦手なことを知っているだろう。
「いいわね。ジェットコースターに行きましょう」
委員長も乗り気か。誰も反対をしないところを見ると、俺の他は全員が乗りたいんだな。ここは諦めるしかない。
俺達はジェットコースターの列に並んだ。列に並んで進んでいくと、20分後にジェットコースターが俺の前に現れた。
係員のお兄さんの指示に従って、乗っていくと俺と結菜は前から3列目になった。俊司と神楽は最前列。慎と委員長は2列目だ。
ジェットコースターはゆっくりとレールの上を登っていく。最初の下りが一番、心臓に悪いんだよな。俺はバーを力いっぱいに握る。もう心臓がドキドキしてる。目をギュッと瞑る。すると俺の手の上に結菜の手が優しく置かれた。結菜の方へ顔を向けると、結菜が優しい目で俺に微笑んでいる。
「宗太、ジェットコースター苦手だったんだね。知らなかった。こういうのは楽しんじゃえば怖くないんだよ。大丈夫。私がいるから、前を見るんじゃなくて私を見ていて。そうすれば宗太も怖くないじゃん」
ゲっ、結菜に苦手なことばバレた。恥ずかしい。でも、前を見るから怖いんだ。結菜を見ていれば横を向くから怖くならないかもしれない。それは良いアイデアだ。
俺はバーを力いっぱい握ったまま、結菜を見ていると突然、ジェットコースターが下りに入った。結菜は手を挙げて、向日葵のような笑顔で喜んでいる。瑞穂姉ちゃんが運転する車は怖がっているのに、ジェットコースターは平気なようだ。
俺は結菜を見続ける。結菜は俺のほうに笑顔を向けて、手を振っている。なんて良い笑顔をするんだろう。可愛いな。
ジェットコースターが回転を始めた。咄嗟に前を見てしまったのがマズかった。俺の目の前にレールの渦が見える。その中をジェットコースターが回転しながら突っ込んでいく。
「ノォーーーーー!」
俺は大声で悲鳴を上げていた。目から涙が出る。涙は高速で後ろへ飛んでいく。俺は叫び続けた。喉がはちきれんばかりに絶叫した。
前では、慎や俊司は手を挙げたりしている。委員長や神楽がどうなっているのか見ている暇など俺にはない。
「ノォーーーーー!」
ジェットコースターが止まるまで、俺の絶叫は続いた。
降り場に着いて、俺は結菜に手をひいてもらって、ジェットコースターから降りたが、膝はガクガクするし、足はヨロヨロするし、頭はクラクラする。俺は千鳥足のようになり、結菜に支えてもらって階段を降りて、地上まで戻った。
後を振り返ると、委員長と神楽も体をヨロヨロさせている。そして慎と俊司にしがみついている。あれ、委員長ってジェットコースターに乗るの、乗り気だったよな。おかしくないか。なんだか肩に顔を乗せて、顔を真っ赤にして照れているように見える。慎もまんざらではなさそうだ。これって委員長の演技じゃね~か。女は恐ろしいな。
次に結菜の提案でコーヒーカップに乗ることになった。俺達はペアに分かれてカップに乗る。回転が始まった。結菜はハンドルを回そうとしていた俺の手を掴んで止める。
「本当はコーヒーカップも苦手なんでしょ。顔、引きつってるよ。無理に回転させなくてもいいじゃん。2人で乗ってることが楽しいだって」
「・・・・・・」
結菜、理解してくれてありがとう。でもコーヒーカップを苦手な男子って・・・・・・自分でも情けないと思う。
「大丈夫だよ。そんな宗太も可愛いから、大好き」
結菜は満面の笑みで俺を見つめる。まるで瞳に吸い込まれそうだ。結菜の顔が目を瞑って寄ってくる。俺もその引力に引き寄せられるかのように顔を近づけていく。
「そこのエロ高校生。乗り物の中で、チューしようとしているエロ高校生。それ以上は禁止だ~」
大声が響きわたった。声の方向を見ると3人の男性に囲まれた瑞穂姉ちゃんがいた。あんまり公衆の面前で大声で叫ばないでほしい。
「結菜、宗太、それは許さないよ。お前達には早すぎる。チューは禁止な」
大声で名前を呼ばないでくれ~。結菜も顔を真っ赤にして俯いている。あ~いいムードが台無しだ。
もう一度、瑞穂姉ちゃんのほうを見ると、すでに瑞穂姉ちゃんの姿はなかった。
コーヒーカップから降りると瑞穂姉ちゃんが3人の男性と歩いて去っていく後ろ姿が見える。
「おい、朝霧の姉ちゃん。男3人連れて歩いてるけど、どこへ行くのか、ついて行こうぜ」
「同じく」
俊司と慎が瑞穂姉ちゃんの後をつけて行こうとする。俺達も後を追うことにした。するとお化け屋敷の中へ瑞穂姉ちゃんは入っていこうとしているようだ。
結菜の顔が段々と青くなっていく。どうしたんだ。
「早く、瑞穂お姉ちゃんを止めないと大変なことになる。宗太、瑞穂お姉ちゃんを捕まえて」
「何がどうなってるんだ。瑞穂姉ちゃんなら大丈夫だろう。ヒグマでも倒せそうだし」
「違うのさっき、一緒にいた男性の人達と、お化け屋敷のバイトの人達が危ないの。お瑞穂姉ちゃん、お化け屋敷は苦手なんだもん」
はぁ、なんで苦手なお化け屋敷に自分から入っていったんだ。意味わかんね~ぞ。
「たぶん男性達にお化け屋敷に誘われたんだと思う。瑞穂お姉ちゃん負けん気強いから、男性達に苦手って言えなかったんだと思うの。そんなことより、早く、瑞穂お姉ちゃんを止めて」
俺と俊司と慎は顔を見合わせて頷くと、瑞穂姉ちゃんの後を追いかけて、お化け屋敷の中へ入る。もちろん、結菜、神楽、委員長も一緒だ。
お化け屋敷に入ってすぐに神楽が悲鳴をあげた。どうもお化け屋敷が苦手だったようだ。俊司に介抱を任せて、俺達は前に進む。
前のほうから男性の「ギャーーー!」という悲鳴が聞こえる。俺達が走っていくと、さっき、瑞穂姉ちゃんと一緒にお化け屋敷に入っていった男性3人が倒れていた。顔にはハッキリと手形が付いている。
ビンタするだけで男性3人を気絶させるなんて、瑞穂姉ちゃん、本気でヒグマを倒せそうだな。俺は背中に冷や汗を浮かべた。
「ギャーーーーー!」
前から男性の悲鳴が聞こえる。急いで駆けつけるとお化け役のバイトのお兄さんが顔に手形をつけて倒れていた。これ以上、被害を出してはいけない。早く瑞穂姉ちゃんを捕まえないと。俺達は焦って、急いで追いかけた。
委員長が遅れていく。委員長をサポートするように慎に頼む。俺と結菜は手を繋いだまま、前に瑞穂姉ちゃんを見つけた。瑞穂姉ちゃんは目を瞑ったまま両手を振り回して。ゆっくりと進んでいる。あの手が凶器だな。
「瑞穂姉ちゃん!」
俺は大声で叫んだ。すると瑞穂姉ちゃんが目を開けて、俺を見る。すると一心不乱に俺にしがみ付いてきた。結菜は咄嗟に逃げている。俺は瑞穂姉ちゃんに腰を抱きしめられて、サバ折り状態になった。
「宗太、宗太」
瑞穂姉ちゃんは俺の名前を叫んで、腕に力を入れていく。メキメキを俺の体が悲鳴をあげる。
「イッテーーーーー!」
俺はあまりの痛さに悲鳴をあげて、体から力が抜ける。このままだと本当に背骨が折れるかもしれない。意識が朦朧としてきた。もうダメだ。
「瑞穂お姉ちゃん、しっかりして。このままだと宗太が死んじゃう。死んじゃうよ」
結菜の悲鳴のような声が響きわたった。すると瑞穂姉ちゃんは正気を取り戻したようだ。
「宗太、大丈夫か」
全然、大丈夫じゃないです。俺はそのまま意識を失った。
気が付いた時には、ベンチに寝かされていた。俺は瑞穂姉ちゃんにおんぶされて、お化け屋敷から出てきたそうだ。それだけ聞くと、俺がお化け屋敷で怖くて気絶したように聞こえる。他人からみると滅茶苦茶、恥ずかしい恰好だったのは俺だろう。
なんでまた、俺が恥ずかい目にあってんだ・・・・・・クソっ・・・・・・涙が・・・・・・
瑞穂姉ちゃんは迷惑をかけたお詫びとして、俺達全員に昼食を奢ってくれた。瑞穂姉ちゃんは食べなかった。どうしてか聞くと、さっき、気絶していた男性達から既に昼食を奢ってもらっているという。
そういえば、あの3人の男性は放置してよかったのだろうか。瑞穂姉ちゃんに聞くと「ナンパされて一緒に遊んでただけだからね。名前も知らないし、放っておけばいいでしょう」という無慈悲な言葉が返ってきた。さすがは魔女。
瑞穂姉ちゃんは俺達に昼食を奢ると、サッサと俺達から離れていった。また瑞穂姉ちゃんの毒牙にかかる男性がいるのかと思うと、少し可哀そうに思った。
俺達はその後、色々な乗り物に乗った。俺はいつも顔を引きつらせていたらしい。顔の筋肉がおかしくなっている。神楽と委員長は、ずっと俊司と慎に手を繋いでもらって上機嫌だ。会話もはずんでいる。
夕方になり、俺達は観覧車に乗ることになった。
ペアで観覧車に乗り込む。
慎と委員長が乗り、俊司と神楽が乗った後、俺と結菜も観覧車のカーゴに乗り込む。
結菜は俺の対面に座るのではなく、隣に座った。座席が狭いので自然と寄り添う形になる。
「今日は楽しかったね」
結菜が向日葵のような笑顔で俺を見る。
俺は両手で顔の筋肉を引っ張り、顔の強張りを直して、結菜に微笑んだ。
「俺も今日は楽しかった。今まで遊園地に行った中で、一番に楽しかった」
俺がそういうと結菜が小さな声で「良かった」と呟いた。
観覧車が頂上までくると夕日が観覧車の中を照らす。結菜は目を潤ませて、上目遣いに俺を見る。俺は喉が鳴りそうになるのを必死に我慢する。結菜の目が伏せれれて、顔が段々と近づいてくる。俺も結菜に顔を近づけていく。
すると、鋭い殺気が俺を射抜く。俺は殺気が放たれている方向を見ると、瑞穂姉ちゃんが観覧車に乗って、仁王立ちしている。そして眦を吊り上げて、俺達を睨んでいる。
「宗太、早く」
結菜は目を閉じてウットリとした顔で俺を待ってくれているが、ここでキスをしたら、後で絶対に俺は瑞穂姉ちゃんに殺される。
俺は結菜の両肩を掴んで、結菜を抱きしめる。そして耳元で呟いた。
「熊殺しが俺達を見てる」
結菜がビックリして俺の顔を見る。俺は瑞穂姉ちゃんが乗っている観覧車を指差した。結菜も瑞穂姉ちゃんと目があった。結菜は肩を落としてガックリしている。
「もう、瑞穂お姉ちゃん、邪魔ばっかりして」
「それでもいいじゃん。俺は結菜とこうしていれば嬉しいよ」
ウンと頷くと、夕日に照らされた結菜の笑顔が眩しい。
結菜は俺の首に抱き着いた。




