23話 宗太中毒
最近、付き合いはじめてから、結菜に変化が出始めた。何かというと「私を見てくれていない」と言い始めるのだ。
きちんと一緒にいて、傍にいるにも拘わらず、そんなことを突然、言い始める。そして、いつでも、どこでも、俺の姿が見えないと不安そうな顔をして俺を探すのだ。
付き合うまではそんなことはなかった。元気で、明るくて、どこにでも飛び出していく、そんな女の子だと、結菜のことを勝手に、そう思い込んでいたが、どうもそうではなかったらしい。
それに、よく泣くのだ。悲しくて泣いて、寂しくて泣いて、相手にされないと泣いて、不安だと泣いて、笑って泣いて、喜んで泣いて、とにかく色々と泣く。一度は本気で病院に連れて行こうか、真剣に悩んだほどだ。
そのことを結菜のお姉さんの瑞穂姉ちゃんに相談すると、スマートホンの向こう側で笑われた。結菜にとって初めて自分から好きになった男子は俺が初めてと聞いて驚いた。だって、あんなに多く噂があったのに。
『宗太のことが好き過ぎて、今、情緒不安定になってるだけさ』と、俺からすると意味のわからないお言葉をいただいた。瑞穂姉ちゃんの話では、付き合い始めの頃にはよくあることらしい。
今は7月、終業式が終わって3日が経った、午後なんだけど、只今、スマートホンの向こう側では、寂しい、私を1人にしたと言って、号泣されているわけで、俺としては、どう対処していいのか困っている最中だ。
《なんで、2日も私と会わなくて、平気なの。もう私のこと冷めちゃたんでしょ》
《そんなことないって、まだ、終業式が終わって3日目だぞ。会っていなかったのは2日間じゃないか。どうして結菜のこと、冷めないといけないんだよ》
2日会わなかっただけで、なぜ冷めたことになるんだ。毎日、電話もしてるし、ラインもしているのに、昨日までニコニコと話をしていたのに、なんでこうなるんだ。
《この2日間は何をしてたのよ》
《だから昨日も話したけど、俊司と慎と遊んでたって言ったろ》
《私よりも黒沢や佐伯のほうがいいのね》
はぁ、俺にその気はないよ。なんで俺が俊司と慎と・・・・・・考えただけで悪寒が走るわ。へんな想像するのは止めてくれ。
《今日の午前中は何してたの》
《午前中はゆっくり寝てたよ。夏休みなんだから》
《わたしより寝ることが大事なのね》
はぁ、人間にとって睡眠は大事なことだぞ。人間、寝ないと死んじゃうんだぞ。なんて無茶なことを言うんだ。もう無茶苦茶になってきたな。これは会いにいかないと収まらないだろう。会いに行って顔を見せよう。
《今から結菜の家に行ってもいいかな。俺も結菜の顔を見たいし》
《ウソ。私に会いたいなら、午前中から来てくれてるはずだもん。私も忙しいから来ないで》
あ~訳わかんないわ~。理不尽だ~。でも、ここで会っとかないと、これから結菜に会いにくくなるからな。ここは俺のほうから謝っておこう。テレビで「女性への対応方法」が放送されていた時に、モニターされていた、サラリーマンの人達が、ひたすら謝るって言ってたしな。ここはテレビを参考にしよう。
《午前中、寝てた俺が悪かったよ。今から結菜に会いに行ってもいいかな。結菜の顔が見たい。なんでも言うこと聞くからさ》
《なんでも言うこと聞くって本当?》
何となく嫌な予感がする。いらん一言を言ってしまったような気がするけど、言葉に出した以上は訂正はできない。
《俺のできる範囲でなら、なんでも言うことを聞くよ》
《じゃあ、30分で私の家まで来てね。待ってるから・・・・プー・プー・プー》
俺、まだ、出かける用意してないんだけど。結菜の家までママチャリで20分かかるのに、10分で用意しないといけないのか。ギリギリじゃん。すこしは余裕を持たせてほしい。どれだけ俺に会いたいんだよ。
俺は急いで服を着替えて、ママチャリに跨って、ペダルをこいだ。
結菜の家があるマンションの地下駐車場にママチャリを止めて、エレベーターで18階にある結菜の家に向かう。そしてインターホンを鳴らすと瑞穂姉ちゃんの声が聞こえた。
「宗太だろ。鍵、開いてるから、入っておいで」
俺は「失礼します」と言って、玄関からリビングへ入っていく。そこには胸に水着のビキニ、デニムのショートパンツを履いて、笑っている瑞穂姉ちゃんの姿があった。
なんというスタイルだろうか。まさに黄金律のようなスタイル。それに豊満な胸が、俺の目をくぎ付けにする。
「どうだい。私のスタイル。惚れ直しただろう。胸に視線を集中させすぎだぞ。このエロ高校生」
「すみませんでした」
「あ~なんで瑞穂お姉ちゃん、そんな恰好に着替えてるの~。それになんで宗太、そんなにガン見してんのよ。胸ばっかり見て、エッチ。それに瑞穂お姉ちゃん、宗太が惚れ直したって、どういう意味。いつの間に2人はそんな仲になってたの。宗太のこと信じてたのに~」
結菜、それだけ言葉をまくしたてると、泣きながら自分の部屋に走っていった。
「宗太が来るって言ってたから、ちょっと宗太をからかってやろうと思っただけなんだけどね~。結菜を怒らせたみたいだね」
結菜の機嫌を取りに来たのに、なんて爆弾を投下するんですか。あんなに怒らせたら、後で、俺が大変になるのわかっててやったのか。瑞穂姉ちゃん、なんでニヤニヤ笑ってんの。全部、あんたのせいだからね。
「私に見惚れていた宗太が悪いんだからね。宗太がなんとかするしかないよね~」
瑞穂姉ちゃんは、そんなことをのたまう。俺、結菜の家に来て、早々にピンチじゃないか。
俺は、廊下を通って結菜の部屋をノックする。中から何も聞こえてこない。これはヤバい。完全に怒ってる。
「結菜、さっきのは瑞穂姉ちゃんが俺をからかっただけだから。俺は結菜に会いに来たんだ。ここ開けてもいいかな?」
部屋の中から返事はない。俺はおそるおそるドアノブを回して結菜の部屋へ入った。ベッドの上で三角座りをしている結菜がいた。俯いて泣いているように見える。俺はそっと横に座って、肩に手をまわした。
「結菜、泣かせてゴメン」
「もういいの。瑞穂お姉ちゃんのほうが胸も大きいし、スタイルもいいもんね。美人だし、宗太の目が釘付けになるのは仕方ないよ。私なんて、瑞穂お姉ちゃんよりも胸もないし、色気もないもんね」
何を言ってるんですか。学校でもスタイルが良く、胸が大きいことで有名なのは結菜だぞ。確かに色気の面では瑞穂姉ちゃんに負けるけど。それは瑞穂姉ちゃんが魔性の女だからだ。後3年もすれば結菜も瑞穂姉ちゃんを抜かすほどの美女になるに違いないんだから。そんなに俯かないでくれ。
「あ~、なんというか、結菜も学校ではスタイルが良いので有名だし・・・・・俺は結菜のほうが好きだ」
「私ってエロい?」
「・・・・・・」
「やっぱり私って色気がないんだ。瑞穂姉ちゃんよりもダメなんだ~このままだと宗太の目を瑞穂お姉ちゃんに取られちゃう~。こうなったら私も水着を買いに行く。水着を着て、宗太を悩殺する」
はぁ、なんでそうなった。どう考えたら、水着を買いに行くという発想になるんだ。それよりも俺って信用ないのな~。
結菜は突然、部屋を飛び出した。俺も後を追いかける。リビングに向かった結菜は瑞穂姉ちゃんに向かって指を指す。
「宗太の目は私だけを見てないとダメじゃん。瑞穂お姉ちゃんでも取っちゃダメ。これから水着を買って、宗太をメロメロにするから、瑞穂お姉ちゃんは私を水着売り場へ連れてって」
「なんだそれ。ま~いっか。私も今年はまだ水着を買ってないし。一緒に水着を見に行こうか。宗太は荷物持ちな。一緒に来るんだよ」
はぁ、水着は女性だけで買いに行ってほしい。あんな居心地の悪い所に男子が行くのは心臓に悪い。頼みますから、許してください。瑞穂姉ちゃん、わかってて言ってるよね。だって顔がニヤニヤしてるよ。この魔女。
結菜の一言で俺達は水着を買いにいくことになった。
◆◇◆◇◆◇
ここは街の某有名デパート内にある水着売り場。瑞穂姉ちゃんと結菜は今は好みの水着を物色中。なぜか俺は、結菜に手を繋がれて水着売り場の中央に立っている。店のお客は全て女性ばかりだ。俺のことを奇異な目で見ている。視線が痛い。
お客の女性達の視線から逃げるように壁に目をやると、壁にはディスプレイされた水着、水着、水着。俺はどこを見てればいいんだよ。女性店員が口を押えて忍び笑いをしてるよ。こんな所、早く逃げ出したい。
結菜は俺の手をギュッと掴んでいるから、逃げられない。瑞穂姉ちゃんと熱心に水着の話をしているから、まだ当分かかりそうだ。さっきトイレとウソを言っても手を放してもらえなかった・・・・・・クソッ
「水着が決まったから試着室へ行ってくるね。宗太は試着室の前で待ってて。宗太が気に入った水着を買うから、きちんと選んでね」
「そうだぞ。宗太、私も試着室へ行くから、きちんと居るんだよ。逃げたら、車に乗せないからね。歩いて帰ることになるよ」
え~やっと手を放してもらえたから、逃げようと思ってたのに、ここへは瑞穂姉ちゃんの運転で来たのに、車に乗せてもらわないと帰れないよ。そんな脅し方ってありか。なんでいつも俺ばっかり恥ずかしい目に遭うんだよ。
試着室の前で待っていると、店員がジロジロと俺を見てくる。俺は変質者じゃないからね。他のお客達は俺が試着室の前で立っているから、試着室へ入れないでいる。なんか俺が迷惑かけてるみたいじゃん。早く結菜、瑞穂姉ちゃん、試着を終わってくれ。お客の方々の怒った視線が俺に突き刺さる。本気で心臓に悪い。
シャーっという音がして、結菜が試着室のカーテンを開けた。
結菜は白いフレア・フリルのビキニを着ていた。胸のビキニの面積が小さくて胸全体が強調されている。ハッと目が覚めるような可愛さだ。俺はグッと拳を握った。結菜、グッジョブ。これ以上可愛い女子を見たことがない。
思わず鼻血が出そうだ。
結菜は顔を赤らめて、体をくねらせてモジモジしている。
「宗太・・・・・・頑張ってみました。これ似合ってる?」
「・・・・・・結菜、最高です・・・・・・」
「ヤッター。私これにするね・・・・・・もう、宗太、見過ぎだよ」
そりゃー男だったら誰だって見ちまうよ。破壊力抜群なんだから。これはガン見しても仕方ないレベルでしょ。
次にシャーと試着室のカーテンが開いて瑞穂姉ちゃんがポーズをとって立っていた。
瑞穂姉ちゃんは黒と白のクロスデザインのビキニだ。
エロ過ぎる。俺は言葉を失った。これほどエロい女性をみたことがない。俺の鼻からは赤い血がポタポタと落ちる。鼻血を止めることも忘れて俺は瑞穂姉ちゃんを茫然と見続けた。
「宗太。大丈夫か。目が虚ろになってるよ。なんだか言葉も忘れちゃってるようだね。宗太がそうなるなら、この水着でよしとするか。もっとエロい水着もあったんだけどな~お子様には刺激が強すぎるか」
十分、刺激が強すぎです。生きてて良かった。さすが魔性の女。こんな姿で浜辺を歩かれたら、海にいる男を全員、悩殺するレベルだ。さすがエロ魔女。
2人は水着を着替えて、試着室から出てきた。俺は両手を握り締めて、腰を屈めた姿勢で固まっていた。店員が俺を怪訝な目で見ている。今の俺には結菜の水着姿と瑞穂姉ちゃんの水着姿しか映っていなかった。
結菜が近寄ってきて、俺の握っている拳の上に手を添える。俺は一瞬で現実に戻ってきた。
「そんなに宗太が気に入ってくれるなんて嬉しい。今度、一緒に海やプールに行こうね」
「・・・・・・お願いします・・・・・・」
瑞穂姉ちゃんと結菜はレジで精算をしている。俺はやっと水着売り場から逃げることができて、今は通路に立っている。あ~水着売り場っていうのは男からすれば天国と地獄の両方だな。でも2度と行きたくないな。
瑞穂姉ちゃんと結菜は楽しく話しながら、水着売り場から出てきた。通路を歩いている男性達が2人を見て、2度見したり、チラ見したりしている。やっぱりこの2人は美人姉妹だよな。どこに行ってもこれだもんな。
2人から紙袋を持たされて俺は荷物持ちだ。それから洋服店を何店か回り、ウィンドショッピングをして、家に帰ることになった。
◆◇◆◇◆◇
家に帰った結菜はご機嫌だった。瑞穂姉ちゃんが妹の加奈にこっそりと連絡をして、俺は結菜の家に泊まることになった。
夕食は結菜の手作りオムライスだ。最近、料理を練習しているだけあって、美味しくいただいた。
瑞穂姉ちゃんが缶ビールを飲みだした。このまま行くと深夜にはプロレス技が待っている。結菜は瑞穂姉ちゃんに俺を取られないように自分の部屋へ連れていく。
今は2人でベランダに出て街の夜景を眺めている。結菜の顔はとても落ち着いていて、俺をみて微笑んでいる。
苦労して水着を買いに行ったことが良かったようだ。2人で夜景を見ていると結菜が俺の家の方向を指差す。
「いつも宗太の家の方向を眺めてるの。宗太が今、何してるのかなって、気になるじゃん。最近のアタシはおかしいの。いつも宗太のことばかり考えてて、宗太がいないと不安になって、宗太が他の女の人を見るだけでイライラする。宗太から連絡がない時は、ずっと宗太のことを想って待ってるの。電話やラインが終わったら、また宗太のことを想って不安になるの。最近のアタシはちょっとおかしいよ。宗太中毒になったみたい」
そんなに俺のことを想ってくれているのか。少し重いけど、嬉しい。
「そっか、俺は結菜の近くにいるぞ。今も一緒にいる。大丈夫、消えたりしないから」
「うん・・・・・・頭ではわかってるんだけどね・・・・・・」
もう、何も言わなくていいから。
結菜が俺の体にもたれかかって来る。俺は結菜の肩に手を回して、抱き寄せた。




