17話 名前で呼んで!
俺は日曜日に朝霧の家で加奈に起こされて、目覚めた時、なぜか俺のベッドの中で朝霧が眠っていた。
「なんで、朝霧さんを自分のベッドに連れ込んでるのかな。お兄ぃ。ここは朝霧さんの家なんだよ。何考えてんの。瑞穂お姉さんが、面白いものが見られるから部屋に行ってみろっていうから、部屋に入ってきたら、何してくれてんのよ。この変態、鬼畜、獣、馬鹿兄貴」
「え、なんで加奈が怒ってんの。それに何で朝霧が俺の寝ているベッドに寝ているんだ。なんでこんなことになってるんだ!」
「白々しい言い訳を言っても通りません。現に朝霧さん、お兄ぃのベッドで寝てたじゃん。さっきまでお兄ぃ、朝霧さんを抱きしめて寝てたんだよ。もう信じられない。このド変態」
そんなことを言っても知らね~もんは、知らね~し。なんでこうなってるのかは朝霧に聞いてくれよ。俺、頭が混乱してきて、よくわかんね~頭痛い。
「早く、ベッドから起きてちょうだい。朝霧さんの近くにお兄ぃを置いておくのは危険すぎるわ。この獣~」
朝霧が目を擦っている。目が覚めたようだ。
「朝霧、なんでお前、俺のベッドに寝てるんだ~。加奈が誤解してるじゃないか。今すぐ誤解だと説明してくれ」
「昨日の宗太は激しかった。なかなか眠らせてもらえなかったから。まだ眠い。昨日のように愛してるってささやいて」
「いつ俺がそんなことをささやいたんだよ。誤解を拡大させてんじゃないよ~。加奈の顔つきが変わってきたじゃないか。加奈さん。そう目を吊り上げないで冷静に話し合えば、きっと和解できると思うんだ」
「このクソ兄貴、早く朝霧さんから離れなさい」
俺は耳を引っ張られてベッドから引きずり降ろされる。そのままリビングへ連行されると、瑞穂姉ちゃんが腹を抱えて笑っていた。涙まで流して笑っている。この人、知ってて加奈を俺の部屋へ行かせたな。鬼か。
「もう朝ごはんはいいわ。なんでお兄ちゃんはスウェットのままなの。早く着替えてきなさいよ」
お前が無理矢理に引きずってきたんだろう。なぜそんな理不尽なことを言うんだ。
俺は自分の服が洗濯機の中にあるのを思い出す。俺はリビングを通って脱衣所にある洗濯機に向かう。加奈も後ろからついてくる。
洗濯機を開ける。洗濯機には何も入っていない。上の乾燥機を開けてみる。洗濯物が入っていた。俺の黒のジャージがない。おかしいな。確かに洗濯機の中へ入れたはずなんだが。だから乾燥機に移されているはずだ。
俺は乾燥機の中へ手を突っ込んで黒のジャージを探す。白いキラキラした布が俺の目についた。
なんだこれは。俺はそれを手に取って広げてみる。それは白いパンティだった。
「お兄ぃ、自分のジャージを探してたんじゃなかったの。何、女性のパンティを広げてマジマジと見てるのよ。弩変態。何考えてんの。キモ過ぎ。最低。はやくパンティを乾燥機の中へ戻しなさいよ。いつまで見てんのよ」
加奈は俺からパンティをもぎ取ると乾燥機の中へ戻した。俺は固まったまま動くことができない。
「宗太、お前のジャージなら、昨日の夜に結菜が乾燥機から取り出してカゴの中に入れてあったぞ」
瑞穂姉ちゃん知ってたな。知ってて黙ってるなんて酷いじゃないか。リビングで笑ってないで、俺を助けてくれよ。加奈の後ろに般若が見えるよ。激オコ状態だよ。どうしてくれんだよ。
俺は洗濯機の手前に置いてあった。カゴの中から黒のジャージを取り出すと、慌ててスウェットのズボンを脱いだ。
「何、私の前でズボンを脱いでんのよ。何を私に見せる気よ。この鬼畜。妹も見境なしか」
「ちゃうんです」
ただ、焦り過ぎて、加奈がいること忘れてただけなんだよ。お前に知ってて、俺のパンツを見せる趣味はない。
「お兄ちゃん、帰ったら、覚えておきなさいよ。こってりと説教してあげるから」
加奈は怒り狂って、顔を真っ赤にして脱衣所から出て行った。俺は一言呟いた。
「ちゃうんです」
俺はスウェットを脱いで黒に赤のラインが入った自分のジャージに着替えた。着替え終わったスウェットは洗濯機の中へ入れておく。
リビングへ行くと瑞穂姉ちゃんに加奈が必死で頭を下げている。瑞穂姉ちゃんは腹を抱えて笑いながら、手をヒラヒラさせて「別にいいさ。宗太のドジはわかってるから」と加奈に言っている。
朝霧が部屋から出てきた。リビングに戻ってきた俺の体に飛び込んでくる。俺は咄嗟に朝霧を抱きとめる。朝霧は上目遣いでウルウルとした目で俺を見上げる。やっぱりこいつ可愛いな。
「子供の名前は何にしようか。男の子だったら宗太の字から取って宗にしよう。女の子だったら私の名前から取るのもいいかな。・・・・・・昨日は嬉しかった・・・・・・恥ずかしい」
お前はリビングで大声で何を言ってるんだ。俺は昨日はただ眠っていただけだぞ。いつのまにか童貞卒業か。それってあまりにも悲し過ぎるじゃないか。俺は何も覚えてないぞ。絶対にそんなことあるもんか~!からかうのもいい加減にしろ!
加奈さんが後ろで鬼のような形相で睨んでるじゃないか。本気でシャレになんね~から。
「朝食は遠慮します。早くこの鬼畜をこの家から放り出さないと、本当に朝霧さんが危険です」
「加奈ちゃん、これからは結菜お姉ちゃんって呼んでほしいな・・・・・・テヘ」
お前、何サラッと妹にアピールしてるんだよ。加奈、俺は何もしてないからな。無罪だ。なんでいつもこうなるんだよ~。涙が頬に・・・・・・クソっ
「わかりました。これからは結菜お姉ちゃんと瑞穂お姉ちゃんと呼びますね。私のことは加奈でいいですよ。だって他人じゃないわけだし・・・・・・」
おい、加奈、騙されるな。そして朝霧、俺の外堀から埋めていくな。加奈、お前が最終防衛ラインなのに簡単に陥落されるんじゃない。目を覚ませ。
「とにかく家に帰ります。この馬鹿兄貴には説教が必要ですので」
加奈は俺を引きずって、玄関を出た。瑞穂姉ちゃんと朝霧は玄関から顔を出して手を振っている。
「加奈ちゃん、楽しかったわ。またおいで。宗太もついでに来ていいからな」
瑞穂姉ちゃん、さらっと最後にトドメを刺そうとしないでくれ。これから家に帰れば、加奈の説教がまってるんだから。
加奈に連れられて、ママチャリに2人乗りをして家に帰った。それから頭がフラフラする。頭がボーっとして上手く頭が回らない。
それでも俺はリビングに正座をさせられて、2時間以上、加奈の説教を受ける羽目になった。
説教が終わった頃にはフラフラでベッドに横たわった。これは風邪だな。今日はゆっくりと寝よう。
スマートホンが振動する。俺がスマートホンを手に取ると《本当に風邪ひいた。頭がクラクラしてしんどいよ~(泣)とラインが朝霧から入っていた。《俺も頭がクラクラする。大人しくお前は寝てろ》と返信して俺は寝た。
◆◇◆◇◆◇
月曜日の朝、マスクをして学校へ向かった。教室について、自分の席に座る。慎と俊司が集まってきた。
「お前が風邪ひくなんて珍しいな。健康だけが取り柄なのに」
「風邪をひくような遊びをしてたのか」
俊司はうるさい。それはお前も同じじゃないか。お前、中学校から風邪で休んだことね~じゃん。
慎、何気に意味深な発言をするのはやめてくれ。ドキッとするじゃないか。
朝霧がマスクをして教室に入ってきた。そして自分の席に座る。そう俺の右隣の席だ。教室の中で2人だけマスクをしている。
慎と俊司が俺と朝霧を見て、ジト目で疑いを向けてくる。俺の背中に嫌な汗が流れる。
「土日は宗太は何をしてたんだ?」
「別に何もしてね~よ。風邪ひいて寝てたわ~」
「朝霧さんは土日は何をしてたのかな~?」
俊司がしつこく聞いてくる。やめろ。朝霧に話を振るな。やめろ。朝霧、絶対に何も言わないでくれ。
「えっとね~土曜日はお姉ちゃんと宗太と海に行ってきたんだ~。そしたら宗太、海でこけちゃってずぶ濡れで、楽しかった~。それでね。宗太、私の家に泊まってね~、加奈ちゃんに怒られてた」
なんでそんな所だけ、要点をまとめて言うんだよ。俺がお前ん家に泊まったことまで言う必要ないだろ。
「へ~朝霧さんのお姉ちゃんと朝霧さんと宗太は海へ遊びに行ってたんだ~。それで朝霧さんの家に泊まっただと。お前、死刑確定な。絶対に俺が許さん。そんな素敵イベントがお前にあるなんて許せるか~。噂はすぐに広めてやるからな。学校中の男子がお前を殺そうと殺到することだろう」
人生、終わったな~。朝霧、チョー人気高いからな。狙ってる男子も多いのに。それが団体さんで俺を敵視するわけだ。俺、この学校で生活していけるんだろうか~。平和な未来が見えね~。
「俊司、それよりも重大なことを聞き漏らしているぞ。今、朝霧さんは宗太と名前呼びしていたことを思い出せ」
「宗太、いつの間に、朝霧さんとそういう関係になったんだ~!羨ましいぞ~!爆発しろ~!」
慎、いらんことを俊司に言うんじゃない。俺と朝霧の仲は何も進展してないはず・・・・・・自信ね~けど、そのはずだ。
怒り狂った俊司はクラスメイトに、すぐにこの話を流した。神楽、赤沢、栗本が俺の席にやってくる。すでに視線が冷たい。
「結菜ちゃんの家に泊まったって本当なの。それって私、軽蔑します~。九条くんはそんな人だと思わなかった」
神楽がいつもは垂れた目尻を少し吊り上げて口を尖らせている。
「結菜に不埒なことはしていないだろうな。もし不埒なことをしたら、私が許さないからね。今度、木刀を持ってきて、私が九条を成敗する」
赤沢は手に竹刀を持って今にも叩かれそうな勢いだ。
「委員長として過度の不純異性交遊は認められません。九条、見損なったわよ」
神楽、赤沢、委員長、俺は何も悪いことはしてない。朝霧にも何もしていない。信じてほしい。信じて。お願い。
なんで朝から、こんな窮地に叩なければいかんのだ。それもこれも朝霧のイタズラが原因だ。なんとかしてくれよ~朝霧。お前が助けてくれないとマジで俺が死ぬ。
朝霧はフニャリと笑って頷いた。俺を助けてくれるのか。神はまだ俺を見捨てていなかった。女神様、早くみんなに言っちゃって。誤解だって言っちゃって。
「もう一度、説明するね。宗太が家に遊びに来て、お姉ちゃんに気に入られたの。それでみんなで海に遊びにいくことになったんだよ。それで海で宗太がドジして、頭からザブンしちゃったから、服がずぶ濡れになって、海から帰ったの。家に帰る服がないから、私の家に泊まったんだよ。ただそれだけ~。みんなビックリした?」
お~朝霧は本気でフォローしてくれた。マジ女神。涙が出そうだ。
朝霧の言葉で「なんだ~それだけ~何もなくて良かった~」と言って、神楽と赤沢と栗本は席に帰っていった。だが、俊司と慎はまだ俺の近くに残ってジト目で俺を見ている。
「それじゃあ、なんで朝霧さんは宗太って呼んでんだよ。おかしいじゃね~か」
「あ、そういえば宗太、約束が違うじゃん。なんで結菜って言ってくれないの~」
俊司の言葉に朝霧が爆弾を落とす。何も今のタイミングで思い出す必要ね~だろう。
俺は咄嗟に朝霧の腕を掴むと教室から廊下へ出た。朝霧は期待の目でキラキラさせている。廊下の陰に朝霧を押し込める。
「あのさ~朝霧」
「結菜」
「だから、恥ずかしいんだよ。頼むから許してくれよ」
「宗太のいくじなし」
「だってみんなの前で名前呼びなんてする勇気ね~よ」
「人がいない時は結菜って言ってくれる?」
「お、おう」
ここが妥協点だろう。絶対に無理なんて言えば、よけいにごねられるに決まってる。2人きりの時ぐらいいいか。
朝のHRのチャイムが鳴る。俺と朝霧は教室の席へ戻った。俊司と慎も自分の席へ戻っていた。
午前中の授業が始まった。俺は先生の話に集中し、黒板に書かれた内容をノートに写していく。すると朝霧が付箋を俺の机に貼る。何かと内容を見ると「私の名前はなんでしょう?」と書いている。
俺がちらっと朝霧を見るとフニャリとした笑みを浮かべて俺を見つめている。そんなに見つめるなよ。なんだか背中が痒くなる。
俺は「結菜」と書いて付箋を朝霧の席に貼る。朝霧はデレデレの顔になって体をモジモジさせている。そんな姿を見ていると、俺まで心臓がドキドキする。いかん。勉強に集中しなければ。すずなちゃんと約束したんだ。
また付箋を俺の机の上に朝霧が貼る。付箋には「右隣の女の子の名前はなんですか?」と書いてある。俺は素早く「結菜」と書いて、サッと朝霧の机に付箋を貼る。
午前中の授業の間だけで、20回も付箋を貼ってくるんじゃありません。そんなに結菜と呼んでほしいのか。
昼休みになり、俺は弁当を慎と俊司と一緒に食べた。朝霧も神楽、赤沢、栗本と弁当を食べるのかと思っていたら、俺達の所へ乱入してきた。赤沢に首根っこを持たれて、引きずられるようにして女性達の輪の中へ連れていかれた。
午後の授業が終わり、神楽は料理部へ、赤沢は剣道部へ行ってしまった。栗本は職員室へ向かった。すずなちゃんに呼ばれているのだろう。俺と朝霧はすずなちゃんから渡されたプリントの束を一生懸命にこなしていく。
慎と俊司はゲーセンに行くために早く帰った。もうすぐ期末考査のテストがあるのに、慎はともかく俊司は大丈夫なのか。俺と似たような点数だぞ。
教室の中で2人きりになってしまった。これはマズイ。朝霧がプリントをする手を止めて、体を俺のほうに向けている。何かを期待している目だ。
「宗太」
「なんだ?」
「宗太」
「なんだ?」
「宗太のいけず。2人きりになったら名前を呼んでくれるって言ってたじゃん」
やっぱりそうきたか。なんだか緊張してきた~。朝霧の顔を直視できないよ~。情けね~な、俺。
「・・・・・・結菜・・・・・・」
「もう一度言って」
「結菜」
朝霧が向日葵のような笑顔で俺を見る。目がキラキラと輝いている。頬がピンク色に染まっていく。
「テヘヘ・・・・・・幸せ」
朝霧は俺に聞こえるか、聞こえないかくらいの声で呟いた。
「サッサとプリント片付けるぞ。結菜」
「うん」
朝霧は元気よく答えると、今までになく真剣にプリントをこなしていく。俺はプリントをこなしながらチラっと朝霧の横顔を見る。もしかすると・・・・・・俺のことからかってるんじゃなくて・・・・・・本気で朝霧は・・・・・・俺のことが好き?そんなことあるわけね~よな。こんなダサい俺だぞ。夢を見たら痛い目を見るのは俺だ。これは俺の妄想に違いない。でも・・・・・・でも・・・・・・
俺は朝霧が気になって仕方がない。どうしてもチラっと見てしまう。その度になぜか目が合う。そしていつも朝霧はフニャリと笑ってくれる。
なんで今日になって、こんなに意識しちゃうんだよ。平常心。平常心。ダサ男にこんなきれいで可愛い子が惚れるわけないじゃないか。ダサ男、目を覚ませ。自分を自覚しろ。ただ、名前呼びしただけで勘違いするな。
「宗太、言って」
「・・・・・・結菜」
あ~頭がグチャグチャになる。今までこんなこと考えたこともなかったのに、今日になって意識するなんて、今日の俺がどうかしてるんだ。年齢=彼女なしの俺だぞ。それも1度も告白されたこともないダサ男だぞ。
バレンタインでも義理チョコももらえない男だぞ。妹からも最近もらえないんだぞ。なんだか自分で考えて情けなくなってきた。
目から汗が・・・・・・クソっ
俺達はプリントを何とか終わらせて、すずなちゃんにプリントを渡して帰ることにした。
校門を出たところで、朝霧が俺の腕に自分の腕を絡めて体を預けてくる。そのまま2人で歩く。
「宗太、言って」
「・・・・・・結菜」
「もっと」
「結菜、結菜」
「テヘヘ、私、今日はとっても嬉しい」
そんなこと言われると勘違いしちまうだろ~。あ~、俺のこと好きなのかなんて、超ど真ん中ストレートな質問なんてできるわけね~。違うよって言われた時のショックが計り知れない。立ち直れないかもしれない。絶対に聞けない。
俺達は朝霧のマンションの前に着く、いつものことだが、朝霧が俺の服の袖を持ったまま離さない。
「宗太、言って」
「結菜」
「チョー嬉しい。もう1回」
「結菜」
「チョーハッピーじゃん。アタシ」
朝霧は俺の腕に体を寄り添って、また歩き出す。2人の間にまともな会話はなく、ただ名前を呼び合っているだけだった。朝霧は破顔する。こんなに喜んでくれるなら名前呼びもいいかもな。2人きりの時だけど。
俺に名前を呼ばれて嬉しいってことはやっぱり、俺のことが好きなのか。そのまま受け捕らえていいんだろうか。こんなきれいで可愛い子が俺のことを好きになるなんて奇跡が起こってもいいのか。妄想じゃね~よな。
1時間以上散歩をして、朝霧をマンションまで送る。夜風が優しく俺達2人を包んでくれているように感じた。
家に帰っても悩み過ぎて眠るのが遅くなった。寝るまでの間に何回も朝霧からラインがきた。俺はその度に結菜と返信することになった。あ~なぜか朝霧の顔が俺の頭から離れない。俺は枕を抱いてベッドの上で転げまわった。




