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11話 回想ー朝霧結菜side

 私は何か柔らかいものに抱き着いている。弾力があって、柔らかくて、温かい。そしてモコモコした肌ざわりが気持ちいい。ハッと目を覚まして目を開けると、間近に寝息をたてている加奈ちゃんの端正な顔があった。本当にこの子って顔が整ってるんだ。とってもきれい。



 そういえば、私は昨日、宗太の家に泊まったんだったな。もうこんなきれいな宗太の妹さんと一緒に眠れるなんて夢みたい。



 抱き着いている手を抜いて、私はごそごそと布団の中で向きを変えて時計を見ると、まだ5時だった。どうりでまだ眠いはずだ。でも少し目覚めてしまった。今のうちにトイレに行って、もう一度、ベッドの中へ潜りこもうかな。



 加奈ちゃんを起こさないようにベッドから降りて、私は足音を立てないように、そっと階段を降りてトイレに行く。



 トイレから戻ってきた私はリビングでタオルケットを被ってだらしない顔で寝ている宗太を見つける。私は足音をたてないようにリビングのソファに近づいて、宗太の顔の近くに座って、だらしない顔で眠っている姿を見る。



『・・・・・・宗太・・・・・・』



 名前で呼んじゃった。でも宗太は何の反応もしない。こんなだらしない顔だけど、私にはとても可愛く見える。えいと頬を突くと柔らかい感触が伝わって来る。なんだか無性に絡みたくなってきた。



 私は宗太のタオルケットの中へ潜りこんでいく。宗太の寝言が聞こえる。



「朝霧・・・・・・なんでもしますから・・・・・・見続けるのだけは止めてください・・・・・・それだけはやめて・・・・・・それはお触り厳禁だから・・・・・・」



 宗太は夢の中で私に何をやらせているのかしら。なんで涙まで流してるの。でも私の夢を見てくれてるなら嬉しいな。



 私がすっぽりとタオルケットの中に入って宗太に体に密着させると、宗太が寝がえりをうって、私の体を抱きしめた。う~顔が赤くなるのが自分でもわかるよ。嬉しいけど恥ずかしい。抱くなら抱くって言ってくれたら、心の準備は女の子には必要なの。まったく宗太はデリカシーがないんだから。でも寝ている宗太にそれをいっても無理よね。



 私は今、がっちりと宗太に捕まえられている。抱きしめられている。なんだかすごく安心する。とても気持ちいい。まだ少し眠い。私は少し目を伏せる。宗太と知り合ってから随分、経つなと思う。もちろん、宗太とはじめて会った時のことなんて宗太は覚えてないだろう。だって私が勝手に宗太を見ていたんだから。



 そう、私は高校1年の時から九条宗太のことを知っていて、すでに宗太のことをすごく大好きだった。





◆◇◆◇◆◇






 私が小学校の時はとにかく、やんちゃだった。男の子相手に喧嘩をして負けたことがなかった。外が暗くなるまで、男子達を舎弟にして、遊びまくっていた。小学生の頃の男の子って、女の子よりも発育が遅いから小さいんだよね。それに力も弱い。それより男の子には絶対の弱点がある。そこを蹴飛ばしたら絶対に男の子は泣き叫んで負けを認めた。



 気が付けば私は近所でも評判のガキ大将のようになっていた。



 私が男子生徒から人気が出てきた頃は中学生に入ったぐらいからだった。何人もの男子生徒が教室に集まってきて私を見ている。最初の頃は何が起きたのかわからなくて、パニックになって怖かったが、毎日のことなので段々と慣れた。



 何人かを男の子に呼び出されて、告白された。頭が真っ白になる。何を言っているのかわからない。私が何も言えないうちに告白を受けたことになっていた。私が理解する間もなく、顔も覚えていない男子と付き合うことになった。



 付き合うと言っても、中学の頃のことだし、休憩時間や昼休みに一緒にいるだけ、そんな付き合いだった。その頃には男子から告白を受けてもパニックは起こらなくなった。それに彼氏がいるのでと言って断るのは簡単なことだった。



 でも、なりゆきで付き合ってしまった彼氏なので、彼のことを好きかと聞かれればわからない。私はまだ、人を愛するということがどんなことかわからなかった。恋をするということもわからなかった。



 ある日の放課後に彼が私にキスを迫ってきた。いきなりだったのと、怖かったので、私は彼を突き飛ばした。そして「そんなことするつもりはない」と言ってしまった。そのことがきっかけで私は彼と別れた。



 それからも何人かの男子に押し切られて付き合ったけど、やっぱり私の心の中に彼を好きという気持ちが起こらなかった。そして月日が経つと、いつも当然のようにキスを求められた。そこで私が拒否して、付き合いが終わるということを繰り返していた。



 毎日のように男子達は「きれいだね。可愛いね」と言って告白してくる。いくら馬鹿な私でも、みんなより少しは私はきれいで可愛いんだなと自分のことを理解するようになった。でも段々と精神が擦り減って表情が暗くなっていく自分がいた。



 ある日、いつもは冗談しか言わない瑞穂お姉ちゃん。この頃は高校に通っていた瑞穂お姉ちゃんが珍しく私の隣のソファに座った。そして頭をグリグリしてくる。また私をからかうつもりかと目をキッとさせて睨みつけると、瑞穂お姉ちゃんはフニャリと笑っていた。なんだその笑い方は、と私が思った。



「あのさ、結菜、1つだけ教えておいてあげるよ。しんどい時、つらい時、かなしい時ほど、笑いな。難しく考える必要なんてないんだよ。フワリと笑えばいいだけさ。それだけで雰囲気が変わる。心に化粧をするんだよ」



 いつも私をからかってばかりの瑞穂お姉ちゃんが真面目な顔をして私に忠告している。女子高生の意見でもある。これは聞いておいて損はないと思った。それから私は姿見を見るたびにフニャリと笑う練習をした。



 そして学校で嫌なことや辛いことがあってもフニャリと笑って過ごしていた。すると不思議と女子達からも声がかかるようになった。今まで男子にモテることで、女子には人気がなかった私だったから、はじめの誘いには驚いた。でも段々と女子の輪の中に入れてもらって、女子達の話を聞いている間に、悩んだり、辛い思いをしたりしているのは私だけじゃないんだってわかった。



 もう男子との付き合いに飽きてきた頃、高校1年になった。新しい学校になって、また新しい男子達が私を見て騒ぎ始めた。もうその頃には騒がれるだけで面倒になって、どこか1人になれる場所をさがして学校中を徘徊した。そんな時に宗太に出会った。



 はじめて宗太と出会ったのは校舎裏。校舎裏の植え込みの中を宗太は真剣に何かを探していた。私は隠れて宗太を見ていた。



「お~い。そこにいるのはわかってんだ。泣き声だしてんなら、姿を現せよ。お~い。お前の大好きなちくわを持ってきたぞ」



 はじめは誰に声をかけているんだろうと思った。変な人かもしれないと警戒もした。だから私は警戒して校舎に隠れて宗太を覗いていた。



 すると茂みの中から1匹の子猫が顔を出した。すると宗太は満面の笑みで子猫の喉を撫でて、子猫の前に細かく千切ったちくわを紙皿の上に置いて、紙の器に牛乳を注いでいた。



「早く大きくなれよ。そして、自分で餌をとれるようになれ~。お前みたいなちび助は病気で一発で死んじゃうんだからな。病気にかかるなよ~。ちくわも牛乳も沢山ある。慌てずに食べろよ」



 子猫はちくわを食べて、牛乳を飲むことに必死で宗太のいうことなど全く聞いていないだろう。それに猫だから人の言葉なんてわかるはずないじゃん。それなのに宗太は子猫に話し続けている。優しい目で子猫を見守っている。その眼差しを見て、私の胸の中で何かキュンとするものがあった。



 それから毎日のように私は宗太と子猫を見に校舎裏に通うようになった。男子の名前も九条宗太という高校1年生の男子であることを、すぐに女子に教えてもらった。なんでも、変な男子らしい。



 ある日、宗太が学校を休んだようで校舎裏に来なかった。子猫はいつもの時間に茂みから顔を出して、校舎裏を歩き始めた。そこに男子が通りかかった。



 男子は子猫を無造作に持ち上げて、頭をポンポンと叩いた。そして友達の顔に向けて子猫を放った。すると子猫は空中で何かに捕まろうと必死で足をバタつかせている。子猫を投げられた男子の体に子猫がへばりついた時、子猫は恐怖で爪を出して、男子の顔の上を駆け上がった。男子の顔は爪で傷だらけになった。



 怒った男子は子猫をむしり取ると子猫をサッカーボールを蹴るように蹴飛ばして、校舎裏から出て行った。子猫は倒れたまま動かない。私は校舎に隠れていたけど、子猫が心配で校舎裏に走っていった。子猫は胸を上下させているが目を瞑ったままで動かない。



 その日、私は学校を早退して、子猫を動物病院に連れていった。医者には激しい打撲と診断された。別に骨には異常がなかった。私はホッと安堵する。そこでハッ気づいた。これからこの子猫をどうすればいいんだろう。もう校舎裏に戻すことはできない。



 私は悩みながら瑞穂お姉ちゃんと住んでいるマンションに子猫を連れて帰った。瑞穂お姉ちゃんが高校から帰ってきた。瑞穂お姉ちゃんは高校3年生で今年は大学受験の年だ。あんまり迷惑をかけたくなかった。



 瑞穂お姉ちゃんは子猫をみると優しい目をして撫ではじめた。



「この子、どうしたんだい?」



「学校に校舎裏にいた。男子に虐められて大怪我をしたの。病院に連れていったから怪我は大丈夫。でもこれからどうしたらいいか悩んでた」



「ふ~ん、そうなんだ。うちで飼えばいいじゃん。この子、目がクリクリして可愛いし。私の好みじゃん」



「飼ってもいいの?」



「ああ、いいよ。来年には私も大学生だしね。何かと外出も多いだろうから。あんたが寂しくないように猫を飼っておくのもいいかなと思った。それで名前は決めてあるのか?」



「・・・・・・ソウタ・・・・・・」



「ソウタね~。なんか結菜、怪しいね。こいつ雄だったんだな。今日からお前は「ソウタ」だ」



 ソウタは私の家の家族になった。



 次の日、宗太は校舎裏で子猫を探していた。私が家に連れて帰ったことを言いたかったが会話するのが怖かった。なぜ宗太と話をするのが怖いのか、その時はわからなかった。でも怖くて私は言い出せなった。



 それから3日ほどすると宗太の姿は校舎裏から消えた。どこに行ったんだろう。



 私は女子に聞いて、宗太のクラスを知った。昼休みにそっと後をつけると、2階を登って、3階を登って屋上の扉を開けて、屋上の外に出て行った。ここは立ち入り禁止のはず。私は戸惑いながらも扉を開けて屋上に出る。



 風が気持ちよかった。ここでは男子や女子の喧噪がウソのように聞こえてこない。いつも男子に悩まされていた私は心が開放されたような気分を味わった。



 こんな良い場所を独り占めするなんて酷いと宗太のことをズルいと思った。宗太は居心地の良い場所を見つける才能があるようで、いつも居心地のよい場所に宗太はいた。



 いつしか、私は宗太を意識して追いかけるようになっていた。でもそれが何なのかわからなかった。



 私は屋上の給水塔の上が好きになった。だから宗太よりも先に屋上に行って給水塔に登って、宗太を隠れて見ているのが習慣になった。今思えば完全なストーカーだよね。



 宗太は面白い。屋上で寝ているかと思えば、いきなりラジオ体操をはじめて、腹筋や腕立て伏せをしている時もある。ミュージカル風に踊っている時はさすがに驚いた。何を1人で歌って踊ってるの。見ていて飽きなかった。



 そんな時、街で社会人の男性からナンパされた。私は嫌だったが、一緒にいた友達が乗り気で、車に乗ってドライブに行くことになった。



 友達はジュースを飲んだ途端に大人しくなった。海の見える公園だった。男性はいきなり私にキスをした。私の頬に触れるようにキスをした。、不意打ちだった。私は拳を握って、思いっきり男性の顔を殴ってやった。



 男性は「ごめんよ。あんまりきれいで可愛いからさ。つい・・・・・・怒らないで、駅まで送っていくからさ」と謝ってきた。私は1秒でも車に乗っていたくなかったけど、友達が後ろの席で眠っている。仕方なく、駅まで送ってもらった。その頃には友達も眠た目を擦って起きてきた。



 私達は駅で男性の車を降りることになった。「2度と私に近寄らないで。あなたなんて趣味じゃないし」と言って、車から降りた。友達は何のことかわからずにキョトンとした顔をしていた。



 その日、家に帰ってから洗面所に行って、何回も洗顔をして顔をすすいだ。涙が止まらなかった。ベッドに寝ていたソウタを抱っこして、話し相手になってもらった。



 あの時、唇を奪われていれば、ファーストキスを奪われていたかと思うと、涙が止まらなかった。あんな危ないこと2度としない。



 今、考えたら、友達と一緒に私までお酒を飲まされていたら、もっと男性が獣のような性格だったらと考えると、私は自分のした行動がいかに軽率で、危ないことをしたか、怖くなった。



 その日はソウタを抱きしめて眠った。



 心にぽっかりと穴が開いて、給水塔の上で寝ていると、宗太が給水塔の下の日陰で寝ていた。宗太の寝顔をみているうちに、自然に涙が流れだしたとまらない。



 私のはじめてのファーストキスは、好きな男子にもらってほしい。宗太にもらってほしい。そんなことを考えている自分にハッとする。心臓がドキドキする。私は宗太が好きだったんだ。その時、私の中で宗太に恋をしているという自覚が生まれた。



 私が涙を拭いて給水塔の上から宗太の寝顔を覗いていると、いきなりコーラの缶を投げられた。慌てて手を伸ばしてコーラを受け取る。



「お前もよく屋上でサボってるな。給水塔の上は空がよく見えて、眺めがいいだろう。でもグランドから見られちまうぞ。それに女の子が日焼けしたら大変だぞ。日陰に降りてこいよ」



 これが宗太がはじめて私に声をかけてくれた言葉だった。それから私は恋をし続けている。





◆◇◆◇◆◇





 懐かしい夢を見ていると外が騒がしい。宗太を抱きしめていた手を緩めてタオルケットから顔を出して周りをながめると加奈ちゃんが鬼のような形相で宗太にかみついている。



「お兄ぃ。何、朝霧さんをソファに連れ込んでるのよ。そのうえ一緒に寝てるなんて最低。この鬼畜」



「違うんだ。俺はただ寝ていただけで、いつの間にか朝霧がソファで俺に引っ付いて寝てたんだよ。驚いているのは俺のほうだ。俺は無罪だ。これは冤罪だ」



 私はタオルケットをのけて、ソファに座って目を擦る。



「朝霧に聞いてみたら、はっきりと俺の誤解が解けるはずだ~朝霧、お前が勝手にソファに潜り込んできたんだよな。寝ぼけて俺のタオルケットの中に入ってきたんだよな」



「昨日の夜の九条は優しかった。もうお嫁にもらってもらうしかない」



「お兄ぃ。あんた、私達が寝てるうちに何を朝霧さんにしたのよ。男だったら責任を取りなさいよね」



 加奈ちゃんの頬がプクッと膨れる。怒った加奈ちゃんも可愛いから大好き。お兄ちゃんが好きなんだね。



「朝霧~。なんでそんなことを言うんだ。これは朝霧が俺をからかってるだけだって、本当のことを言え」



 本当のことをいうと私が変な女じゃん。そんなこと言えるはずないよ。宗太は女心をわかってない。



「私が夜中にトイレに起きて、トイレから帰って来ると九条に「こっちにおいで」って優しく声をかけられたの。そこから先は私の口からは言えない。キャー。思い出しただけで恥ずかしい。九条、私達これからどうしよう?」



「何を言ってんだ。誤解を解けって言ってんだよ。誤解を拡大しろとは言ってない。これは朝霧の罠だ~」



「お兄ぃ。今日は罰として朝食抜きだからね」



 黒沢と佐伯が制服に着替えて2階から降りてきた。



「朝から騒がしいと思ってたら、またお前等が騒いでんのか。宗太も早く用意しないと遅刻するぞ」



「俺達は待たないからな」



 黒沢と佐伯の冷たい言葉と視線が宗太に飛んでいる。宗太は加奈ちゃんに誤解をされて涙目になっている。



「仕方ないな。九条の朝食は私がつくってあげる。加奈ちゃん、材料を貰うわね」



「すみません。朝霧さん。朝からお兄ちゃんがこんなで、私も今までここまで獣だとは思っていませんでした」



 加奈ちゃんと私は台所で朝食の準備を始める。



 宗太は黒沢と佐伯にからかわれているようだ。宗太の涙目がちょっと面白い。私はフニャリと笑顔になる。



 宗太と一緒にいると飽きることがない。それに宗太はとっても優しい。私は今、宗太に恋をしている。

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