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10話 九条家

2話に分割せず、1話にまとめました。

 大通りを人々が多く行き交っている。シャッターを背にして座り込んでいる俺を、人々は奇異な目で見ている。この場所では注目を浴びるだけだ。このままではいつ警察に通報されてもおかしくない。



「随分、体のほうはマシになったよ俊司に慎、悪いけど、俺を支えてくれないか。そして、家まで連れて帰ってくれるとありがたい」



「そんなことぐらい、お安い御用だけどさ。本当にお前、大丈夫なのか」



「もう少し休んでいった方がいいと言いたいところだが、この場所は目立ちすぎるな。宗太の言う通りにしたほうが良さそうだ。これ以上、厄介ごとに巻き込まれたくない」



 俊司は俺の意見に同意する。慎も俊司の意見に頷いた。



 日下部と栗本と神楽と朝霧は顔を見合わせている。



「私はパパに連絡して迎えにきてもらうわ。それまでファーストフード店にでも入って待っていることにするわ。今日はみんなに大変お世話になったし、後程、きちんとお詫びさせてもらうわ」



「私は日下部さんを1人にしておけない。だって今さっき、日下部さん、襲われたばかりだもの。また、付け狙われたら大変だから、私は日下部さんのパパが日下部さんを迎えに来たのを確かめてから帰るわ。これも委員長の義務ですから」



「私はどうしようかな。やっぱり紗耶香と一緒に日下部さんのパパを待ってるよ。結菜はどうするの?一緒に待ってる?」



「アタシは九条を家に連れて帰る方に付いて行こうかな。日下部さんは紗耶香と結衣が付いていたら大丈夫でしょう。日下部さんのパパも迎えにきてくれそうだし。九条のほうが体中痛そうだからね。私は九条が心配。だから九条に付いていく。黒沢も佐伯もそれでいいよね。アタシがついていってもいいよね」



 少し、朝霧が低音ボイスになって俊司と慎に了解を取る。2人とも顔を青くして激しく首を縦に振っている。まるでお前達、朝霧の下僕だな。いつからそんな関係になったんだ。本当に何があったんだ。



「俺達はいいとしても、一応、お前も女の子だろう。こんな時間まで外をうろついていて、親は心配しないのか?後でお前の親に謝るなんて、俺は嫌だぞ」



「その心配はないわ。だって私の親、2年前からパパの仕事の都合で海外に出張中だから。パパは家事を何にもできない人だからさ。ママは心配して一緒に海外へ付いて行っちゃた。今はお姉ちゃんと2人暮らしだけど、お姉ちゃん、大学に行ってるんだけどさ、毎日、遊んでくるから、家に帰って来るか、来ないのかもわからない状態。だからアタシは悠々自適に1人暮らしと同じような快適ライフしてんの。だから安心して」



「奇遇だな。うちの母ちゃんも3年前から海外赴任してんだ。父さんは10年前に他界した。だから妹の加奈と2人暮らしなんだ。なんだかお前と境遇が似てんな」



「ほんとだね。アタシたち相性ぴったりじゃん」



「きちんとお姉さんには連絡しておくんだぞ」



 朝霧はピョンピョンと飛び跳ねて胸の前で両手で拍手する。なんだか気恥ずかしい。



 くるりと体を回して朝霧が慎と俊司を見る。



「ささと行きましょう。黒沢と佐伯、九条をしっかり支えんのよ。倒したりしたらお仕置きが待ってるからね」



 また黒沢と佐伯が体を震わせている。一度、きちんと訳を聞いた方がいいかもしれない。かなりトラウマを持っていそうだ。一体、何を見たんだか。



 日下部達には絶対に暗い路地裏には入るなと忠告をして、ファーストフード店の前で別れた。俺は慎と俊司に支えられて、ゆっくりと歩きだす。そんな俺の体に朝霧がすがりつこうとするので、体を振り払うと、無理矢理に手を取られて、手を握られた。ま、それくらいなら体に負担もないし、いいか。後でフラフラされていても心配なだけだし。



 20分ほど歩いていくと、俺もそうだが、慎と俊司も息があがってきた。そろそろ休憩したほうがいい。確かもう少し行ったところに公園がある。あそこで休憩をしよう。



 公園のベンチに降ろしてもらう。慎と俊司もベンチに座る。相当、疲れているようだ。重たくて悪かったな。お詫びとして自販機でジュースでも奢るか。俺はズボンのポケットから財布を取り出す。



 いきなり頬に冷たいものが当たった。咄嗟に振りむくと朝霧がニシシという笑いをして、俺の頬にコーラの缶を当てている。胸には他の飲み物も持っている。既に自販機でジュースを買ってきてくれたようだ。サンキュー。



 慎と俊司へ朝霧はジュースを放り投げる。何を買ってきたのかみると、ミネラルウォーターとお茶だった。朝霧は俺と同じコーラの缶を持って笑っている。サッと俺の隣から黒沢が距離をとった。俺の隣に朝霧が座る。フニャリとした笑いを浮かべて、俺の頬にコーラの缶を当ててくる。そんなことをして遊んでいるとコーラが噴き出すぞ。大人しく飲みなさい。



 俺はプルトップを取って、コーラをゴクゴクと飲む。あんまり一気に飲むとゲップが出るからな。朝霧の前でゲップをするわけにはいかない。そんなことを考えていると横から「ゲフ」と豪快なゲップの声が聞こえた。振り向くと朝霧がゲップをして満足そうに笑っている。女子がゲップをするもんじゃありません。でもコーラだから仕方がないか。



 まったくもうこの子は。でも飲んだ後に向日葵のような笑顔をされると指摘することもできん。ズルい。



 俊司がポツリと言葉を吐く。



「宗太、この公園、覚えてるか?お前が中学生の時、同級生と揉めて、待ち伏せされて、お前がボコボコにされた、懐かしい公園だな」



「うるさい。そんな過去を今話すな。朝霧に余計なことを吹き込むなよ。お前の恥ずかしい過去もバラすぞ。例えば、中学の時にラインを使ってクラスメイトの女子全員に告白をして、全員から振られたとか、話してもいいのか」



「宗太、それ、既に俊司の黒歴史を話してるよ」



 慎が冷静にツッコミを入れる。



 朝霧は黒沢の過去を聞いて、コーラを盛大に噴き出した。その気持ちはわかる。



 普通、中学生だったとしてもクラスの女子全員に告白する馬鹿はいないもんな。女子の噂は早い。全員に振られるのは当たり前だよな。なんでもっと考えて俊司は行動しないんだろう。どこか思考が軽いんだよな。



 みんなもジュースを飲み終えたようだ。朝霧が缶やペットボトルを回収してゴミ箱へ捨てに行く。



「慎、俊司、後少しだ。悪いけど頼むな」



 2人は黙って頷くと俺の両側に回って体を支えてくれた。朝霧は手を伸ばしてくる。俺は朝霧と手を繋いで歩いていく。



 15分ほど歩くと俺の家が見えてきた。どこにでもある普通の2階建ての我が家だ。俺は鍵を出して、鍵を開けて玄関のドアを開ける。



「加奈~。今帰った。色々あって、慎と俊司と朝霧も一緒だ」



 リビングからドタバタと足音が聞こえる。部屋着の加奈が慌てて玄関にやってきた。そして慎と俊司に支えられて立っている俺の姿を見て、口を両手で覆う。



「お兄ぃ、服がボロボロじゃない。また喧嘩したの。で、またボコボコにされたの」



「ま、そんな所かな。皆には助けてもらった。そのうえ、ここまで運んでもらったんだ。家に上げてもいいよな」



「俊司くん、慎くん、お久しぶりです。それに朝霧さんもこんばんわ。玄関で話しているのも、なんですから、まずはリビングへ上がってください」



 俺は玄関で靴を脱ぎ捨ててリビングへ向かう。慎と俊司はまだ支えてくれている。朝霧は皆が脱ぎ散らかした靴をきちんと並べなおして、自分も靴を脱い揃えてリビングへ入ってきた。



「こんばんわ加奈ちゃん。今日は私もお邪魔するね」



「朝霧さん、お兄ぃが本当にお世話になってます。お兄ぃ。何回、ボロボロになったら気が済むのよ。2週間前にもボコボコにされたばっかりでしょ。こんなこと年に1回にしてよね。朝霧さんにまで迷惑かけて男の恥よ」



 加奈を見ると朝霧はフニャリとした笑顔をする。



「今日、九条は人助けしたんだよ。そして大活躍したんだから。これ本当の話。だから許してあげてね」



「お兄ぃがですか。信じられない。でも、朝霧さんの言うことだから信じます。なんかよくわかんないけど、よくやったね。お兄ぃ」



 何がよくやったかもわかってない奴から褒められても嬉しくない。後で誰か内容をしっかり聞いといてくれ。



「あ、言い忘れたけど、今日、慎も俊司も朝霧も泊っていくからな。朝霧の世話を頼むわ」



「はぁ。男子3人いる所に朝霧さんを泊めるって、いつからそんな鬼畜になったのよ。朝霧さんには指1本も触らせないからね」



 朝霧がきれいで可愛い美少女で有名なのはわかった。だからと言って何かをするつもりなんてないぞ。もっとお兄ちゃん達を信用しなさい。全く心配症な妹だな。



 朝霧を見ろ。家に入ってから微笑みっぱなしじゃないか。そんなに俺の家に来られたのが嬉しいのか。変わった奴だ。



「わかった。わかった。すまんが全員分の料理を頼むわ」



「まったく・・・・・・今頃、お客様を連れてくるなんて・・・・・・何の準備もできないじゃない・・・・・少しはこっちのことも考えてよね・・・・・今日は鍋でいいわね。簡単だし、量も多いし、これ以外の注文は受け付けないわよ」



「加奈ちゃん、私も料理を手伝うよ。少しは料理できるんだ~。ちょっとは任せてよ」



 加奈が驚いた顔で朝霧を見ている。お前は知らないだろうが、朝霧は料理はそこそこ上手だぞ。信じられんかもしれないが、外見で判断してはいかん。俺はあいつの頑張った絆創膏を見ているからな。



 2人は台所へ行って、冷蔵庫から具材を出して料理をし始めた。何を話しているのかわからないが、2人でキャッキャと騒いでいる。仲良くやってくれそうでよかった。朝霧のエプロン姿も新鮮でなかなか良いな。



「俺は部屋で着替えてくるわ。随分、休んだから、体が少し楽になった。自分で歩いていくわ。慎と俊司は適当に寛いでいてくれ。そして家に連絡するのを忘れるなよ。」



 慎と俊司がスマートホンを取り出して、自分の家に連絡をする。2人共、俺の家には泊り慣れているので、親の許可を簡単に取ることができた。これも日頃の行いの良さだろう。



「制服を着たままだと心底から寛げない。何か部屋着を貸してくれ。パンツまでかせって言わないから」



「誰が貸すか!お前は前を黄色くしているパンツをはき続けてろ」



 俊司と俺が騒いでいると、呆れた顔をして慎が俺の部屋へ上がっていく。おい、部屋の主を置いて自分達だけ部屋に入ろうとするな・・・・・・変なものは全て隠しているはず、あいつらに発見されることはないだろう。



 俺もゆっくりと部屋へ向かって歩いていく。俊司も俺を追い抜いて部屋へ向かって階段を上っていく。



 自分の部屋を開けると、慎と俊司が部屋のあちこちを開けて、俺の部屋を物色している最中だった。甘いんだよ。お前達の行動など予想済みだ。そんなわかりやすい所にお宝を隠していると思っているのか。これでも加奈と一緒に暮らしているんだぞ。お宝は絶対にわからない所に隠している自信がある。



「部屋の中を勝手に物色するな。お前達が期待しているような獲物はどこにもないぞ。残念だな」



「チッ、絶対にこの部屋に隠しているはずなんだがな。どこに隠しやがったんだ。昔なら簡単に見つかったのに」



「俊司、宗太も少しは頭を使うようになったという証拠だろう。今回は断念しよう」



 お前達2人が俺のことを、どういう風に見ているか、よくわかった。今度、お前達の家に行ったら必ず物色してやるからな。



 俺はタンスから部屋着を人数分出すと俊司と慎に放り投げた。3人で部屋着に着替えてリビングに戻る。俺の部屋着は上下セットの黒の赤のラインが入ったジャージだ。実は部屋着はジャージしか持っていない。そのかわり何着も持っている。



 台所から、加奈が大声を出す。



「お兄ぃ達、暇だったら、お風呂を洗って、湯を張ってきてよ。」



 すると朝霧もリビングを見て大声を出す。



「お~い黒沢、あんたがお風呂の掃除をやって。九条は怪我してるんだから。私達、女子も入るんだから、お風呂はピカピカにしておいて。佐伯も手伝うのよ。怠けてたら、君達で遊んであげるから」





「「はい!」」





 俊司と慎は立ち上がって、台所にむかって敬礼すると、急いで風呂場に消えていった。本当に朝霧の下僕だな。あれだけ俊司と慎が言うことを聞くんだから、朝霧には調教師の素質でもあるのか。不思議だ。



 リビングのソファにいるのは俺だけになってしまった。暇だからテレビでもつけるか。



 俺は42インチのテレビの電源をつけた。テレビからはお笑い番組が流れてくる。それをソファに寝転んで見る。しかし、傷が痛くて、テレビに集中できない。先に傷の手当でもしたほうがいいかな。



 リビングに置いてある救急箱を取り出して、かすり傷など軽傷な部分の消毒をしていく。ほとんどが打撲と打ち身だけのようだ。痣だらけではあるが、この前の怪我よりは酷くない。明日には普通に歩いて学校にいけるだろう。



「お兄ぃ。鍋が出来たよ。テーブルに座って。テーブル4人分しか椅子がないから。私は後で食べるわ。先にお客様から食べてもらって」



「そんなの加奈ちゃんに悪いよ。最悪、黒沢か、佐伯に立って食べさせればいいじゃん。加奈ちゃんも座りなよ」



「馬鹿朝霧。あいつ等は俺を支えて来てくれたんだぞ。それだったら俺が後で食べるわ」



「あ~、九条、機嫌悪くしないで~ちょっとしたお茶目をしただけじゃん。本気で思ってないよ。本当よ。そんなジト目で私を見ないで~」



 絶対に本気の目だった。だって笑顔だったけど、目の奥が笑っていなかったからな。笑顔だと何でも言うことを聞くと思ったら大間違いだぞ。笑顔が可愛いからって。可愛いからって・・・・・・クソっ



「やっぱり私が後で食べるわ。朝霧さんは私のことを気にしないで食べてくださいね。お兄ぃ達の管理はお任せします。私、お兄ぃ達が食べ終わるまで、リビングで休んでる。あ、そういえば朝霧さん、制服のまま。部屋着を貸しますから、今から着替えに私の部屋に行きましょう」



「部屋着、貸してもらえるの。加奈ちゃんありがとう。本当に気遣いのできる良い子だわ。良い奥さんになるよ。加奈ちゃんは。私が男だったら加奈ちゃんみたいなお嫁さんがほしいな」



 加奈の顔が照れて真っ赤になっている。向日葵のような笑顔で、そんなことを言われたら誰でも照れる。加奈は朝霧と手を繋いで、2階の自分の部屋へ連れていった。



 風呂掃除を終えて俊司と慎が戻てきた。顔から汗が噴き出ている。どれだけ真剣に風呂掃除をしてきたんだよ。2人ともそんなに真面目な性格だったか。今日の2人はなんだか変だな。



 階段からキャッキャッと騒がしい声が聞こえる。2階から降りてきた加奈と朝霧の姿を見て、俺は噴き出した。



 なんと、加奈はうさぎさんの着ぐるみパジャマと朝霧がトラ猫の着ぐるみパジャマで登場したからだ。加奈さん、そんなパジャマをいつの間に持っていたんですか。お兄ちゃんは知りませんでしたよ。2人とも、とても可愛いです。これはスマートホンのカメラに撮って保存しておきたい。



 俺はポケットからすばやくスマートホンを取り出すとカメラモードにして連写した。これは永久保存にしておこう。



「これは違うのよ。朝霧さんが私の部屋に入ったら、急にクローゼットの中を物色しはじめて、クローゼットの隅に隠して1度も着ていなかった着ぐるみパジャマを見つけちゃったのよ。あ~こんな姿、お兄ぃに見られるなんて一生、からかわれるよ~」



「既にお前達2人の姿はカメラに収めさせてもらった。これはコピーして永久保存しておく。2人とも、とっても可愛いぞ。よく似合ってる」



 朝霧がフニャリとした笑顔で顔を赤くして照れている。今にも猫耳がピコピコ動きそうだ。



「猫というよりは虎」



「本当にそうだよな」



 慎が真面目な顔で朝霧を見ながら小さく呟いた。俊司も小さい声で同意する。



「・・・・・・佐伯、黒沢・・・・・・」





「「すみません」」





「慎くんと俊司くんがここにいるってことは、お風呂掃除が終わったってことね。私、お兄ぃ達が鍋を食べている間、お風呂に入って来るわね。後のことは朝霧さん、よろしくお願いします」



「任されました」



 俺、朝霧、慎、俊司の4人はテーブルに座ってガスコンロを点けて、鍋を食べ始める。朝霧は猫の手なので、箸が持ちにくそうだ。どうやって食べるんだろう。なんだ猫の手は取れるんだ。それなら先に取っとけよ。



 朝霧がお玉を持って器に鍋の具を入れてくれて、俺の前に置いてくれた。すかさず俊司が朝霧に向かって器を出す。朝霧はお玉を動かそうとしない。何やら俊司を睨んでいるようだ。



「黒沢」



 俊司は激しく首を縦に振ると朝霧の手からお玉を貰って、自分で鍋の具を入れだした。そして、慎の器にも鍋の具を入れてやっている。



「なんだか、俺、いけない扉を開いてしまいそうだわ。けっこう命令されるって良いな」



 意味不明な言葉を俊司が言い出し、少し顔を赤く上気させている。なぜ息をハァハァとはずませているんだ。これは朝霧と俊司の新しいプレイか。そんな遊びをしているとは思わなかったぞ。それよりも慎、俊司の顔を見てドン引きするのはやめろ。



 俺達はそれぞれに鍋を食べ始める。この鍋、本当に旨い。箸が止まらね~。俺と俊司と慎はどんどん鍋をたいらげていく。朝霧はかいがいしく、俺の器に鍋の具をお玉でよそってくれる。今日の朝霧は優しいな。やっぱり俺が怪我をしているからか。怪我をして損ばかりだと思ったけど、これはこれで幸せだな。



 朝霧は小さい口で器の中に入れた鍋の具を食べていく。時々、俺の顔を見て満面の笑みを見せる。やっぱりこいつには笑顔が似合う。笑顔を見ているだけで楽しくなるから不思議だ。



 俊司と慎も箸を止めずに鍋を食べまくっている。あっという間に鍋は空になり、俺達は満腹になった。あ、加奈の分を残すのを忘れた。食べ物の恨みは怖いからな。加奈が風呂から帰ってきたら謝らないといけないな。



 加奈が髪をバスタオルで拭きながらリビングに現れた。そしてテーブルまで近づいてくる。俺は謝るタイミングを探した。早く謝ったほうが怒りが収まるのも早い。



「あ~あ、やっぱり全部、食べちゃったのね。謝らなくてもいいわ。安心して。私の分はちゃんと分けて別の小鍋に入れてあるから、あれ?朝霧さん知ってましたよね?」



「言わない方が面白いじゃん。どうやって九条が加奈ちゃんに謝るか見てみたかったし」



 朝霧さん、確信犯ですか。そんな悪戯、考えてはいけません。本気で怒った加奈はそれはもう、おっかないんですから。俺が太刀打ちできるはずがない。



「朝霧さん、良いお湯加減だよ。先にお風呂に入ってね。男共の後なんてイヤでしょ。新しいバスタオルは脱衣所にかけておいたから」



「ありがとう。では、そうさせてもらうわ。後片づけ手伝わなくていいの?」



「これぐらい慣れてるから、私1人でも十分です。朝霧さんはゆっくりとお風呂に入ってください」



 「可愛い」と言って朝霧が加奈に抱き着いた。美少女2人が絡んでいる姿というのは、なんというか目のやり場に困るな。でも見てみたい気もするし、なんだかモヤモヤする。



「俺達はお言葉に甘えてリビングで休ませてもらうわ。後片づけサンキューな」



 俺はそういうとリビングのソファに腰かけた。慎と俊司もソファに腰かける。さっきやっていたお笑い番組がまだ続いていた。俺達3人はリビングにグテッとなってテレビを見る。そこそこに面白い。俊司などは腹を抱えて笑っている。慎も時々、クックックと忍び笑いをしている。



 朝霧は風呂場へ消えて行った。台所では加奈が俺達が食べた後片付けをしている。平和な時間が流れている。俺は眠気に誘われて少しの間、意識を失った。



 気が付くと加奈は片づけを終えて、テーブルで1人で鍋を食べていた。慎と俊司は相変わらず、お笑い番組を見て笑っている。



 朝霧が髪をバスタオルで拭きながら、俺の隣に座ってきた。シャンプーかボディーソープかわからないが良い香りがする。



 俺の家の風呂にこんな良い香りのシャンプーやボディーソープって置いていたかな。そういえば加奈専用のコンディショナーやトリートメントが置いてあったな。その香りかもしれない。



「いいお湯だったよ。九条も入ってくれば。なんだか眠そうだよ。眠る前にお風呂に入っちゃいなよ」



「あ~お兄ぃ。待ってんの面倒だから、3人でいっぺんにお風呂に入ってくれる。どうせ男3人だし、かまわないでしょう」



 加奈。なぜそんなに男の扱いが雑なんだ。俺はそういう風に育てた覚えはないぞ。男だってゆっくり1人1人、お風呂に入ってもいいじゃね~か。



「そうだね。今日は九条、怪我人だし、お風呂場で転ばれて、怪我されても嫌じゃん。黒沢と佐伯も一緒に入った方がいいね」



 何も言わず慎と俊司はソファから立ちあがり、俺の腕をつかむと風呂場に向かう。その姿を見て、よしよしといった感じで、朝霧がにんまりと笑っている。加奈もテーブルから手を振っている。



 俺達は脱衣所で部屋着を脱いで、タオルを持って3人で風呂場の中へ入る。3人いっぺんに風呂に浸かるのは無理なので、慎は先に体と髪を洗っている。俊司と俺はかけ湯をして、湯ぶねの中へ浸かる。なかなか良い温度だ。



 傷口がピリピリするが、我慢できない痛さではない。俺は俊司とくだらない話をしながら、湯ぶねに浸かっている。





「ガチャリ」





風呂場のノブが回される音がする。





「ジャーン」



「ギャーーーーー!」





 朝霧が黒のビキニを着て風呂場に入ってきた。馬鹿。俺は湯舟の縁に置いてあったタオルを素早く取って股間を隠す。慎も俊司もタオルで股間を隠して壁際に張り付いて怯えている。



 慎は素早くシャワーで体についたボディーソープやシャンプーを洗い流すと脱兎のごとく逃げていった。俊司はカニ歩きをして風呂場の出入り口までたどり着くとムンクの叫びのような顔をして出ていった。



 俺は朝霧に抱き着かれて、湯舟の中へ沈む。朝霧がビキニ姿で湯舟に入って来る。抱き着かれたままなので、俺は湯舟から出ることもできず、逃げるすることもできない。朝霧の胸が俺の背中に当たる。このままだと反応してしまう。これはヤバい。早く密着状態から逃げなければ。



 俺は湯舟から顔を出して朝霧を睨むと、朝霧が照れているのか顔を真っ赤にして、俺に抱き着くをのやめて、静かに湯舟に浸かっている。



「お前、何考えてんだよ。それにその水着、どこから持ってきた」



「加奈ちゃんに貸してもらったの。少し胸がきついけど水着が着れたから、九条に見せようと思って突撃してみた。どう、私の体見て、ムラムラする?もっと抱き着いたほうがいい?」



「俺をからかうのもいい加減にしろ。風呂もゆっくりと入れないじゃないか」



「一緒にゆっくり入ればいいじゃん。別に私、水着だし、九条に見られるなら恥ずかしくないし」



「俺は水着じゃないんだよ。素っ裸なんだよ。タオルで股間を隠してるだけの裸なんだよ。俺が恥ずかしいの」



「わかったよ。そこまで怒ることないじゃん。それじゃあ、一緒にお湯にだけ浸かってくれてもいいじゃん」



 わかったから、俺の太腿に手を置くのは止めなさい。太腿から奥は男の子のブラックボックスなんだよ。



 朝霧はご機嫌なようで鼻歌を歌い、湯舟に浸かっている。俺は緊張して全くリラックスできない。



 朝霧ってよく見るとスタイルいいんだな。今までそんな目で見たことなかったけど、どうしても目が胸に集中してしまう。それになんてきれいな手足なんだ。いかん。いかん。煩悩退散。俺は朝霧から目を逸らした。



 このままいれば鼻血が出そうだ。のぼせた頭でフラフラと湯舟から出る俺。それを止めようと、朝霧が手を伸ばす。そして俺のタオルの端を掴んで引っ張った。はらりと落ちる俺の最終防波堤タオル



 朝霧の鼻先に俺のマイ・サンが「こんにちは」をしてしまった。





「ギャーーーーーー!」



「キャーーーーーー!」





 2人の絶叫が風呂場にこだまする。俺はタオルを残したまま全力で脱衣所に出て、風呂場の扉にもたれて、朝霧が出てこれないように防御した。心臓がドキドキと大きく鳴っている。あんな危機的な状況は、生まれてはじめてだ。



 俺はバスタオルで股間を隠すと、ダッシュでリビングに出て、2階の自分の部屋まで走って逃げた。体が痛いなんて忘れていた。そんな些細なことにかまっていられない。マイ・サンを見られてしまった。それも間近で・・・・・・もうお婿にいけない。



 あ、部屋着を脱衣所に置いてきたままだ。どうする。今から脱衣所に向かったら、たぶんビキニ姿の朝霧と鉢合わせすることになる。それはそれで嬉しいが、何か罪悪感に苛まれそうだ。



 ここは新しい部屋着をタンスから出して着替えて、脱衣所に脱いだ部屋着を取りに行く、紳士的な行動をするべきか。それともラッキースケベを狙って、今から脱衣所へ突入すべきか、迷うところだ。



 今が決断の時。相手は朝霧といっても可愛い女子であることには変わりはない。まだ嫌われたくない。ここは紳士的な選択をチョイスしておこう。



 俺はタンスから新しい部屋着を出して、ゆっくりと着替えて、ゆっくりと脱衣所に向かった。すると脱衣所ではバスタオルを体に巻いた朝霧が立っていた。なぜまだそこにいる。2階の加奈の部屋に戻る時間はあったはずだろう。お前は何をしているんだ。



「アタシ、九条の全てを見ちゃったじゃん。だからアタシのビキニ姿も見ないとあいこにならないでしょ」



 俺は全裸を見られたんだよ。水着姿じゃない。全裸。全裸ですよ~。オ~マイ・サンですよ~。



 そういうと朝霧はバスタオルがハラリと落とした。するとスタイルの良いダイナマイトボディに黒ビキニ、朝霧の水着姿がそこにあった。これほどスタイルが良いとは思わなかった。それに豊満な胸。水着がはちきれそうだ。加奈の水着を無理矢理に着ているのだろう。胸のボリュームが半端ない。



 生きててよかった~。さっきは文句を言ってごめんなさ~い。これを見るためだったら俺の全裸なんて、全然、問題ないですよ。はい。



 思わず胸に視線を集中させてしまう。目を逸らそうとしても俺の本能がそれを許さない。



「九条・・・・・・胸ばっかり見てるし・・・・・・なんだか目がエッチだし・・・・・・本能むきだしじゃん。ちょっとハズい」



 床に落としていたバスタオルを急いで手に取ると、朝霧はさっさと体に巻いてしまった。朝霧の顔はユデダコのように真っ赤になっている。



「これでさっきのお詫びはおしまい。アタシ、着替えてくる~」



 硬直状態になっている俺の横を通り抜けて、朝霧が階段を2階へ駆けあがっていく。俺の網膜にはまだ朝霧の黒ビキニ姿が鮮明に焼き付けられている。これを永久保存する方法はないだろうか。



 そんなことを考えてボケーっと立っていると後ろから黒い瘴気が漂ってくるような雰囲気が満ちてきた。嫌な汗が背中を伝う。おそるおそる後ろを振り向くと後に加奈が無表情で腰に手を当てて立っていた。後ろにメデューサの顔が幻視できる。俺は一瞬で、石にされた人のように体が硬直する。頭の中でいくら言い訳を考えても、口を開くことすら許されない。



「朝霧さんが私の水着を持って行ったから、何をする気だろうって思ってたけど、女子に無理矢理に水着を着せるのは犯罪だよ。お兄ぃ」



「ちゃうんです」



「まだ、ちょっとはお兄ぃはマシだと思ってたのに。これから一緒に暮らしていけない。こんな獣と一緒にくらしていけないわ」



「ちゃうんです」



「じっと水着姿の女子を間近でガン見してるなんて最低!」



「ちゃうんです」



それだけいうと加奈は俺を思いっきり睨みつけて、リビングへ戻っていた。



「ちゃうんです」



 俺はそれしか言えなかった。ちゃうんです。



 石化が解けた俺はトボトボとリビングへ歩いていくと、慎と俊司が気の毒そうな目で俺のことを見てくる。ここに俺を理解してくれる仲間がいた。ここに俺の帰る場所があった。おれはそう思って慎と俊司の隣に座った。



「お前だけ朝霧のビキニ姿をガン見なんて、俺も本当は見たかったのに、お前だけいい思いをしやがって、天罰おちろ」



「激しく同意」



 俊司と慎は俺から距離を離してソファに座り直した。俺の横には誰も座っていない。これが今の俺のポジションか。いったい俺は何か悪いことをしたとでもいうのか。助けを求めて部屋中を見回すが、加奈の鋭く冷たい、俺と軽蔑した視線と目が合って、思わず顔の向きを元に戻して、ソファの上に正座し、背筋をピンと伸ばした。



 2階から猫の着ぐるみのパジャマを着た朝霧が降りてくる。顔が真っ赤だ。俺の座っている隣へチョコンと座る。口を尖らせたまま、朝霧は何も言わない。慎と俊司はニヤニヤ笑いながら俺を見ている。



「あ~、朝霧さん。お願いがあるんですけど、加奈が誤解をしててさ。できれば朝霧さんから誤解を解いてほしいんだけど・・・・・・」



「・・・・・・」



 朝霧は黙って立ち上がると加奈の座っているテーブルへ行って、加奈の耳の横で何かを呟いている。朝霧がちゃんとさっきの状況を話してくれるのを天に祈ろう。けっして、お茶目なことを言いませんように。段々と加奈の顔が真っ赤になっていく。加奈よ、どうして両手で顔を隠して、隙間から俺を覗いているんだ。



「お兄ぃ。なんてものを朝霧さんに見せてんのよ。この馬鹿。変態。獣~」



 加奈は走って階段を上って自分の部屋へ戻っていった。今はそっとしておこう。思春期だもんな。



 朝霧が俺の横に戻ってきてソファに座る。口を尖らせて「ちゃんと言ってきたから」とだけ小声で呟いた。俺は小声で朝霧に問いかける。



『なんて加奈に言ったんだ。加奈、なんだかおかしくなってたぞ』



『お風呂場で九条のピーを見ちゃったから、謝罪で水着を見せろって言われたから。ビキニを見せた』



「お前、俺の家族を崩壊させる気か。それとも俺の立ち位置を崩壊させる気か」



「だって、女の子から水着を見せにいったなんて言えないじゃん。これでもアタシは女の子なんだし」



 上目遣いでウルウルした目で俺を見つめてくる。実にあざとい。でも可愛い。クソッ。



「悪役になるのは今回限りだからな」



「九条って優しいから好き」



 女子は可愛いとか好きっていう言葉が好きだよな。なんにでも使う。だから俺は騙されないぞ。浮かれていると勘違い野郎になっちまうからな。慎重な俺を騙すことはできん。



 慎と俊司は激甘な物と食べた時のような顔をして「ウェっ」と呻いた。そしてニヤニヤ笑って、ソファから立ちあがる。



「いい加減、この激甘な雰囲気に耐えられないわ~。俺と慎は先にお前の部屋で寝るからな~。勝手に布団を敷かせてもらうからな~」



「2人でいつまでもやってくれ。俺、なんか精神的に疲れたから寝る」



 慎と俊司は逃げるように2階の俺の部屋へ上がっていった。リビングには俺と朝霧だけが取り残された。



 2人になると何を話していいのかわからない。でも黙って2人で座っているのには慣れている。いつも屋上でしていることだからな。



 朝霧のほうを見ると、朝霧もフニャリとした笑顔で笑っている。まったりとした時間が流れていく。それがまた心地よい。



 朝霧が俺にもたれかかってくる。顔を見ると気持ち良さそうに目を伏せている。眠いんだろうな。何か小さい声で呟いている。



「・・・・・・私ね・・・・・・実は1年の頃から・・・・・・見てたんだよ・・・・・・」



「はぁ、何か言ったか。小さくて聞こえなかったわ」



「・・・・・・今日はとっても楽しかったね・・・・・・ありがとう。九条・・・・・・」



 朝霧の頭を手で軽く撫でる。とてき気持ち良さそうだ。猫だったら「ゴロゴロ」と気持ち良さそうに鳴いていそうだ。俺に抱き着いて体をギュッと抱きしめてくる。



「じゃあ、私も寝るね」



 そういうと2階の階段へ登っていった。加奈の部屋に寝にいったのだろう。



 俺はベッドも布団もないから、リビングのソファで寝るとしよう。今日は色々なことがあったな。途中から痛みを忘れている俺がいた。朝霧のおかげで疲れて十分に熟睡できそうだ。俺はソファに横たわると、すぐに睡魔に襲われて眠りに落ちていった。

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