〜生きたがりside〜
「お願いっ、ここから出して!」
あれっ、体制がおかしい?
立っていたはずなのに……。
目を開けると、異国の男と女達が心配そうに覗き込んでいた。
どうやら、布団に横たわっているらしい。
「お嬢様! ヨナお嬢様!」
えっ、私を呼んでるみたいだけど、ヨナって誰?
辺りを見渡してみた。
黒に朱色の彫りが入った伝統的な家具、シルクのように肌触りの良いピンク色の布団。
これって……。
その人達を振りきって、一気に起き上がる。
もしかして……。
一目散に窓らしきものに飛びついて扉を開けてみた。
やっぱり……。
この景色に見覚えがある。
この人達が着てる衣装、この屋敷、この庭園。
そこには、韓国時代劇で見たあの世界が広がっている。
韓国ドラマにハマってたせい?
さすがに見過ぎだったか。
それとも……、ここが天国?
眼下には、若葉色の草木が香る庭園が広がっている。
んっ?
その中央に立つ松に似た大樹の前で、こちらに向かって誰かが手を振っている。
えっ?
焦点を合わせてよく見てみる。
えぇーっ!
衣装は青い色に変わっているし、翼はないが、さきほどのイケメン天使だ。
隣りには、護衛のような黒い衣装を着た人も。
アイツ、なに呑気に……。ちゃっかり着替えまで済ませて!
「ちょっと、そこのイケメン天使やろー! 待ってなさい! そこ動くんじゃないわよー!」
指を指して、声を張り上げる。
おそらくはパジャマと思われる薄ピンク色の衣装のまま、庭園に飛び出る。
「ちょっとあんた、なんで天国になんて連れてくんのよ! 私が死んだなんて誤解でしょ?」
イケメン天使はフッと笑った。
「安心しろ! そなたは生きておる」
生きてるなら、ここはどこ?
「お嬢さまー」
先程寝床に居た、異国の女が追い掛けてくる。
「ここで私は、そなたの兄である。もしも、そなたがこの世界の者ではないということが知れたら」
知れたら?
イケメン天使が喉を切るように手を当てた。
「処刑される」
えっ、処刑って……。首斬られちゃうの?
「ちょっといい加減にしてよ! 勝手に連れてきて……。今日、大事な会議があるんだから、早くなんとかしてよ!」
護衛が怪訝な表情で、2人のやりとりを眺めている。
そっか、この人の袖に入ればまた元に戻るかもしれない。
ふんわりとした青い袖を被ろうとする。
「ヨナお嬢様、何をなさってるのですか! 兄上に失礼ですよ」
異国の女に止められた。50過ぎと思われるこの賑やかなおばさんは、どうやら私専属の使用人らしい。
「チヌ、まぁ良いではないか。これからヨナと市場に出掛けてくる」
「いけません。明日は大切な婚儀があるのですよ。お静かにお過ごし下さいませ」
「すぐに戻ってくるから許せ」
このおばさんは、チヌっていうのか。
イケメン天使とチヌが揉めている。
婚儀? って、結婚式?
「では、お早めにお戻り下さいよ」
チヌは、意外にも簡単に納得したようだ。
訳も分からずチヌに手を引かれ、
気が付くと水色の民族衣装に着替えさせられていた。
わぁ〜、私って何着ても似合っちゃう。
鏡に映る自分を、自画自讃する。
瓦屋根の外門をくぐり抜けると、イケメン天使と護衛が待っていた。
2人の向こうには、穏やかな青い空が広がっている。
「ここで私の妹ヨナを演じていれば、全てうまくゆく」
そう言って、イケメン天使が歩きだす。
うまくゆくってことは、元の世界に帰れるってこと?
とにかく、バレないようにするしかないか。
そのあとに付いて歩きだすと、護衛も無言で歩きだした。
えっ!
先程は取り乱してしまい気付かなかったが、この護衛もなかなかのイケメンである。
イケメン天使は、親戚に2人くらい居るような親近感のある顔だが、護衛はドキッとするほど好みのタイプだ。
思わず見惚れていると、目が合った。
切れ長の瞳が微笑む。
ヤバっ! ちょー、イケメンなんですけどー!
ドキドキしながら、砂利道を歩く。
やがて視界が開け、透き通った川の流れが見えてきた。
川岸には黄色い花が咲き乱れている。
おっ、のどかだね〜
川沿いを暫く進んでいくと、野菜や鶏、生地などを売っているお店が軒を連ねている賑やかな通りに入った。
「そなたは、どれが良い?」
キラキラした小物がたくさん並べられている店で、イケメン天使は爽やかな笑顔で振り返った。
「えっ! 私?」
髪留め? あっ、かんざしか。へぇ〜、いいじゃーん。
赤い大輪の花が飾られたかんざしを手に取る。
「これ素敵!」
「では、それにしよう。あともう一つ、私の想い人にも選んでくれないか」
想い人? あ〜、彼女ね。こういうの選ぶのは専門だから任せて! この人が好きな女のタイプは……。
白い小花が散りばめられたかんざしを手に取った。
「これは、どうでしょう?」
仕事用の自分になっていた。
「良い! 似合うと思う」
どうやら、そのかんざしを付けた彼女を想像しているようだ。
護衛は、まわりを警戒しながら私達2人をただ見守っている。
その振る舞いが、また凛々しい。
なんてカッコイイの? どうせなら、この方から頂きたかった。
訳の分からない世界で、私は恋に堕ちていた。