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時計屋 逢魔時  作者: 響
1/1

黒蝶の物語

初心者の為、誤字・脱字等あると思います。

見つけ次第、ご連絡いただきますと助かります。

夜空に一つ大きな月が浮かんでいた。

月は夜闇を切り裂き自らの輝きを誇示しているようであった。

しかし、その中に美しい光では切り裂けない影があった。

逆光により黒く浮かび上がる影。

他の木々や住宅よりも異様に濃い黒を落とす人型の影。

漆黒の燕尾服を身に纏った青年――蒼夜は一人月を眺めていた。

時刻は午前2時を過ぎ、人々は翌日から再び始まるそれぞれの生活に備え眠りについていた。

風も無い、虫の鳴き声すら聞こえない街は完全に静止していた。

耳鳴りしそうな程の静寂の中で彼は電信柱の頂に佇む。

月見たさに冷たいアスファルトからわざわざ上ってきたのではない。

彼は"飛んできた"のだ。

そして、彼の元に同じく飛んできた者があった。

静止していた街に気配もなく現れたひらりひらりと舞う黒い蝶。

羽ばたきに蝶特有の優雅さはなくもがく様に自身の羽を上下に動かしている。

彼は驚くこともなく、寧ろ待ち構えていたかのように蝶にそっと白い手袋の嵌められた手を伸ばした。

蝶は彼の掌に止まったかと思うと突如燃え出した。

一瞬にして燃え尽きた蝶は代わりに白い紙切れとなった。

小さく折り畳まれた紙切れを彼は開く。

紙切れには一言だけ添えられていた。


"タスケテ"


酷く崩れた文字が異様であったがそれ以上に気にかかるのは文字が書かれた媒体であった。

どす黒い赤のインク、ではなく血であった。

その文字は血を使い指で書かれていたようであった。


「やっと見つかったか」


彼は紙切れを見るなり一言呟き胸ポケットに仕舞った。

次の瞬間漆黒の羽根が数枚夜空に舞い彼は姿を消した。

一羽のカラスが月へと向かい飛び立った。





「深紅さん紅茶を入れましたよ」


「ああ、梢ちゃんありがとね」


心地よい木漏れ日が窓辺に降り注ぐ昼下がり。

あたしは差し出された白いティーカップを手に取りそっと口元まで運んだ。

熱い紅茶を冷まそうと息を吹きかけると立ち上がる湯気は私の顔面へ襲い掛かった。

テーブルカウンターを挟んだ目の前にいる彼女は幼く愛らしい笑顔であたしを見つめている。

彼女はこの店では最も幼い少女だ。

とはいえ"見た目が幼いだけ"で実際は"あたしよりも年上"である。


「蒼夜さんもどうぞ」


「ああ、ありがとう」


次に彼女はあたしの隣に座る青年へと同じ柄のティーカップを手渡した。

青年は一言礼を述べると彼女の方には見向きもせず受け取った。

その片手には黒い無地の革製カバーで覆われた何かしらの文庫本が開かれている。

開かれているページは後ろの方であることから物語の最終局面でも迎えているのだろう。

外部からの刺激を少しでも遮断して本に全集中力を注ぎ込みたいといった風に見受けられる。

現に彼はティーカップを受け取るや否やすぐにテーブルの上に置いて読書を続けた。

置いた時の反動により美しい琥珀色の水面に波紋が広がる。

相変わらず蒼夜も無愛想だなと常々思う、まぁあたしからは言われたくないだろうけれど。


「あれっ、そう言えば和樹さんは?」


「まだ修理に時間が掛かっているみたいですよ。今回の物は大変そうで」


あたしは思い出したかのようにこの店の家主の様子を聞いた。

朝から彼の姿を見ていない。

梢ちゃんはあたしからの問いかけに対し少し困った表情で奥の部屋に視線を向けた。

如何やら彼は奥の部屋に籠り時計の修理に取り掛かっているようだ。


「昨日の夜から徹夜で修理しているみたいなのです。梢も心配なのですが、ご飯はきちんと食べてくれているみたいなので、

ちょっと安心してはいるのですが」


「えっ、徹夜しているの?ちょっとは休んだ方が良いんじゃないの。そんなに急ぎの仕事?」


「その質問は愚直だぞ、深紅」


今まで読書に集中していた彼から急に言葉を投げかけられ驚いた。

まさか話を聞いているとは思わなかったからだ。


「黒魂時計はカラスの命だ。壊れれば直ちに修理する、当り前のことであろう。相変わらず何も考えずに発言するのだな君は」


「何その言い方?ムカつくのだけれど、あんたも相変わらず失礼ね」


「まぁまぁ二人とも落ち着いてください。紅茶が冷めちゃいますよ」


穏やかに流れていた時間に突如暗雲が立ち込めそうになった途端、彼女は空気を察知して紅茶を勧めた。

喧嘩に発展することは極稀だが、平和主義者の彼女にはそのなりそうな空気ですら息苦しさを感じてしまうらしい。

はぁと短い溜息を吐き、あたしは紅茶を啜った。

彼女の言葉に彼も紅茶を口にした。

熱々だった温度は人肌くらいの丁度飲みやすい温度まで下がっていた。


「あーやっと終わったぁ」


「和樹さん!お疲れ様です」


奥の部屋から大きな声と共にすらりとした長身の男が片腕を回しながら出てきた。

太い黒縁の眼鏡を掛けた彼は疲れた笑顔でこちらへと歩いてきた。


「今すぐ冷たいお茶を用意しますね」


「おっ、流石梢ちゃんだ。ありがとう、頼むよ」


彼の元へと駆け寄った彼女はにこりと可愛らしい笑顔を浮かべ、再び冷蔵庫へと向かった。

カウンター席のあたしの隣に座った彼は途端に息を深く吐き出し手に持っていた時計を置いた。

電灯の光に反射した懐中時計は黒く何も装飾のないシンプルなデザインだ。


「それで直ったのか、時計は」


「ああ、直ったよ完璧にね」


懐中時計を手に取り彼は蒼夜に手渡した。

文庫本をテーブルに置いた蒼夜は時計を様々な角度から見て、再び彼へと返した。


「確かに完璧のようだね。流石カラス唯一の男だ」


「ありがとう、やはり褒められると嬉しいね」


いやいや、そこは素直に喜んでしまうのね。

上からとも聞こえる賛辞に優しい笑顔を向ける彼に心の中で軽く突っ込みを入れたが、あたしは二人の会話には入らず紅茶を黙々と飲んだ。


「和樹さん、どうぞ」


「おー、ありがとう。梢ちゃんは本当に気が利くね」


「いいえ、まだまだですよ。ありがとうございます」


「ああ、そうだね。誰かさんとは大違いだ」


「その誰かさんって誰よ」


「ははは、何だか余計なことを言ってしまった気分になるなぁ」


グラスに並々と注がれたお茶を一気に飲み干した彼は蒼夜とあたしを苦笑しながら交互に見ていた。

先ほども言ったが、あたしと蒼夜はいつもこんな感じで喧嘩に発展しそうな空気になるものの実際には起きないから心配しないでほしい。

本当彼の言動には所々に若干イラつきを覚えさせる。


「じゃあ私たちの出番だな」


「そうね、ささっと行って来ましょうか」


「ありがとう、二人とも助かるよ。袋に入れるからちょっと待っててね」


「あっ、あたしたちも支度をするのでゆっくりで良いですよ」


ゆっくりと席から立ちあがる蒼夜を見た和樹さんは慌てて再び奥の部屋へ戻っていった。

彼の背中に一言あたしは声を掛けると残っていた紅茶を一気に飲み立ち上がる。

気が付くと梢ちゃんが二人分の薄い羽織を抱えて立っていた。

ありがとうと小さく言い羽織を受け取るあたしにいいえと微笑む彼女。

――うん、あたしと大違いね、残念だけれど認めますよ。

ちらりと蒼夜に視線を向け心の中で呟いた。

やっぱり梢ちゃんは可愛いな、あたしと違って。

彼女がこの店に居なかったのならきっとあたしはもっと無愛想でふてぶてしい嫌な女だったのだろうなと思う。

昔と比べ、あたしも少しは穏やかになったと感じる。

そう思っていると奥の部屋から戻ってきた和樹さんが小さな黒い紙袋をあたしに差し出した。

それを受け取り羽織に付いている小さなポケットへと仕舞う。


「じゃあ気を付けて行ってらっしゃい」


「行ってらっしゃいませー!」


笑顔で見送る二人に手を振り、蒼夜とあたしは外へ出た。

冬が終わりを告げようやく春が近づいてきているとはいえまだ寒さの残る時期だ。

早速羽織を着て、時計の持ち主の所へと向かう。

あたしと蒼夜はカラスの姿に変え、空へと羽ばたいた。



時計屋――逢魔時――、ここでの日常が今日も始まる。

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