第八話 運命の始まり
俺は前から襲って来た、大型の狼、ヘルウルフの牙から必死に逃れていた。
右斜めから飛びかかって来るものを、しゃがみこんで躱し、正面から来たものを飛び越える。
「そのままではまた気絶してしまいますよ」
ほっほっほ、と言いながらセバスチャンは次々にヘルウルフを召喚する。
もうこれで5匹目だ。
そろそろきつくなってきた。
ヘルウルフの数センチの抜け穴を探し、それを見極めながら避ける。
避けて、避けて。避けまくる。
これが俺の戦闘訓練だった。
少しでも掠ったりしたらすぐに気を失ってしまう。
その訳は、この戦闘訓練が始まる30分前に遡る。
「198、199、200っ! はぁ、つっかれたぁ! 」
200回の腹筋、背筋、腕立て、スクワット。いわゆるサーキットと呼ばれる、トレーニングメニューをこなし、訓練所に大の字に寝転がった。
俺のそばにはセバスチャンが立っており、常時俺がサボっていないか監視している。
これがここ3週間してきた戦闘訓練という名の筋トレだった。
その体で訓練しても10分と持ちません、これはセバスチャンの弁である。
「そろそろ頃合でしょう、クロ。立ち上がって下さい」
俺は額から流れ落ちる汗を腕で拭い、疲労感を我慢しながら立ち上がった。
筋肉痛が激しいが、3週間も我慢して筋トレしていたら少なからず慣れてくる。
大体、こんなのは野球部で手馴れたものだった。
「では今日から本格的に戦闘訓練を始めていこうと思います」
さっきとは雰囲気が打って変わって厳しいものになる。
このピリピリとした雰囲気にも慣れたものだった。
「具体的にはどういったものをするのですか?」
「まずは、『特異性質』を調べようと思います。それによって大きく変わってきますので」
「『特異性質』ですか? 」
「おや、クロはまたまた初耳でしたか? スキルも知らなかったようですし、本当にクロは辺鄙な所から来たようですね」
含ませる言い方だ。セバスチャンはもしかしてもう俺が異世界から来たことを知っているのではないだろうか。
俺はこの世界に来た当初、すぐにここの人に異世界から来たことを伝えたが、あれは軽率な行為だったと今は後悔している。
別の国ではあるが、リオーラのお兄さんは黒髪黒目で忌み子として育てられたそうだし、異世界人がこの世界でどういう風に扱われているのかも分からない。だから、この世界のことを完全にとは言わないまでもある程度把握出来るまで異世界人であることは伝えないと決めた。
「まぁ。クロが言いたくなった時でいいですから、その時に話して下さい」
俺が黙りをきめているとセバスチャンは優しく声をかけてくれた。
優しい言葉に口が滑ってしまいそうになったが、これが俺の決めたルールだ。
「ありがとうございます」
「はい。では、話の続きです。『特異性質』とは力の5要素、強化、実体化、変化、変質化、特異 の人それぞれの最も才能があるものを指します」
「この性質によって戦闘スタイルも変わってきます。調べ方はこの石に触れてみて下さい」
そう言って、セバスチャンはハンカチで包んだ透明な石を俺に手渡してきた。
「それは魔力に応じて、色が変わる石です。ではどうぞ」
ハンカチを広げ、そこにある石を触る。
少しドキドキしながら、指先が触れた瞬間、石が真っ赤に染まった。
「強化ですね。主に身体や自分の持つ武器を強化して近接戦闘を得意とします。たぶんですが、スキルもそれに準じたものになっているのではないでしょうか? どうしますか、どのようなスキルかこの際、調べておきますか?」
近接戦闘が得意……だと?
これは俺にとって相当ショックな事実であった。
近接戦闘ということは、接近するだけありリスクが高い。
痛いのなんて、最悪だ。
スキルもそれに影響されるなんて、とんでもない。
俺は一縷の望みをかけて懇願した。
「スキルもお願いします」
「私にあなたのスキルが知られることとなりますが、よろしいのですが?」
「はい、大丈夫です」
では、と続けるようにセバスチャンは詠唱した。
紫色の魔法陣が出てきて、幾何学模様が描かれたそれの中心には紫炎が吹き出していた。
温度は感じず、すごく不思議な感じだ。
「これを使ってその炎の中に血を一滴垂らしてください」
そう言って渡されたのはペーパーナイフのようなもの。
俺はビビりながらもやっと、魔法陣の中に血を一滴垂らした。
紫炎は1度大きく燃え上がり、1枚の紙を吐き出しだ。
俺の手元にちょうど落ちてくる。
「……サービスで、あなたの身体能力なども明記しておきました。確認してみて下さい」
そう言って、俺はたくさんの文字が書かれた紙に注目する。
名前:クロ
特異性質:強化
体力:20
攻撃力:18
防御力:15
速さ:23
魔力:6
スキル:Lv4『不滅の体』
魔力の続く限り自身の体の損傷を修復する。
超肉弾戦闘系じゃないかっ!!!!
なんだよ魔力の続く限り体の損傷を回復ってっ!どこの主人公だよ。
こういうのは正義感に溢れるような奴のスキルじゃないのか。
まだ1日に牛乳を1杯出せるとかの方が良かった。
それに地味にLv4でリオーラと同じというのも少し引っかかる。
「驚きましたね、こんなスキルを持っているとは、もしかしたらとんでもないものを拾ったのかもしれません」
「でも、魔力の続く限りって僕の魔力は6と書いてあるんですけど多いのですか?」
セバスチャンは少し言い難い顔をしていた。
はい、その時点で察せれます。
「参考までに言いますと、私の魔力量は1億を超えています。しかし、私の場合、魔族の中でも最上位なので比べるだけ無駄と言えますが」
めちゃくちゃ少なかった…………
ていうか、セバスチャンが多すぎるだろ。
なんだよ1億って、フ○ーザなんかと比にならないじゃないか。
これはもしかして俺の魔力で、Lv4のスキルが無駄になるということだろうか。
十分にありえる。
「あの、戦闘訓練やめませんか? 実質これってスキルが使えないというとんでもない不利な状態じゃないですか?」
「なぜ魔力が増えないことを前提に話しているのですか? 私の魔力はもともとは5000ほどでしたよ」
6と5000は明らかに違うと思うのですが。
「安心して下さい。私は魔族の中でも最上位の存在。魔力を無理やり増やす方法なんていくらでも知識としてあります。 実行したことは無いですが」
その言葉が俺の戦闘訓練への意欲を失わせているのを自覚していますか?
そんなことは、口が裂けても言えない。
「具体的にはどういうことをするのでしょうか?」
「魔力の成長速度は人によって異なります。まずは魔力を使う練習を繰り返すしかないですね。それでも無理な場合は」
ゴクッと俺は唾を飲み込む。
「死んだ方がマシと思うような訓練になります」
俺はその言葉を聞いた瞬間に脱兎のごとく逃げ出した。
しかしいつの間にか、紫色の魔方陣によってセバスチャンの元へ召喚される。
「勘弁してくださいっ! 痛いのは嫌なんですっ!」
「自身の才能にかけてください」
「そんな無茶なっ!」
セバスチャンは微かに笑みを浮かべている。
俺は確信した。
セバスチャンはサドの気がある。
「では、まずは魔力の流れを感じる訓練をします。普通は自分で流れを感じるのですが、今は時間がありません。クロ、こちらに来て下さい」
俺は歯向かうのは逆に悪手だと思い、素直にセバスチャンの元へ行く。
セバスチャンは俺の頭の上に手を置いた。
「では、いきます」
瞬間、全身に激痛が走った。
「あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
身体中の血管の中に小さな鉄の塊をいくつもぶち込まれ、その鉄が血管を傷つけていくような痛みだ。
まぁ、要するにすごく痛い。
俺は訓練所の地面でのたうち回る。
吐血すらし、肌からあちこち血がうっすらと滲んでいる。
「いたい、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、いたいっ!」
どれくらいの時間が流れたかは分からないが、やっと体中の痛みが引き、身体中がぽかぽかとしてくる。
俺の周りは血の水溜りになっていた。
俺の体を紫色の魔方陣が覆い、裂けていた肌が綺麗に修復されていく。
俺は一気に身体中の熱が引いていくのを感じ、意識がなくなった。
バシャっ。
俺の顔に冷たい水がかけられる。
「うわぁっ!」
目が覚めたそこは、さっきまで居た訓練所だった。
「どうやら、スキルが発動して魔力切れを起こしたみたいですね。 これは思った以上に厄介なスキルみたいです」
俺は目覚めたばかりで、セバスチャンの言うことが理解できなかった。
「要するに、あなたは少しでも怪我をしてしまったらスキルが直そうとして、魔力切れをおこします」
そしてようやく事態の深刻さに気づく。
「僕は、少しでも怪我をすると、気絶をするということですか? 」
「その通りです。しかしこれは困りましたね。まぁでも、簡単に怪我をしさえすれば魔力切れを起こし、魔力量の増加が見込める点は利点ですね」
俺はこれからの訓練が簡単に予測出来た。
「では、私がヘルウルフを召喚しますので、ヘルウルフの攻撃を避けて下さい。怪我をしたら気絶するので、それが嫌なら必死に避けて下さい」
そして冒頭に戻る。
魔力量がない今の俺にとって、このスキルはとんでもない欠陥だった。
そしてこれが俺を人生で最も苦しめるスキルでもあった。