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第七話 執事養成プログラム

「取り敢えずそういう経緯でリオーラお嬢様のお世話をさせて頂いています」


 そう言ってセバスチャンは話をくくった。俺は信じられないようなセバスチャンとリオーラのバックグラウンドに驚きを隠せない。

 大体、含みが多すぎて俺はいまいちセバスチャンの行動に整合性を見いだせなかった。

  少なくとも1日前から異世界転移をしている自分には現実離れした事実に思考がついていかない。

 

  もう少し詳しく聞こうとしたがさっきの殺気に当てられた記憶が蘇り、たじろいでしまう。


「それよりも……です。これから本格的に執事修行を始めてもらう訳ですが、クロはどのような執事になりとうごさいますか?」


  突然会話を変えられたが、セバスチャンの恐ろしい面も知っている俺はそれ以上の追求はできなかった。

  そして俺はリオーラのあの生気のないような姿にやっと納得がいった。

  そりゃ、家族全員殺されて、右腕右足を失ったら年端のいかない少女が壊れるのも仕方の無いことと言えるだろう。


  それよりもセバスチャンの質問だ。

  それに対する答えはセバスチャンのことを聞いてから既に決めてある。


「戦わない執事がいいです」


  俺は切実に願った。戦うなんて痛いに決まってる。現役高校生のひ弱さを舐めるなよ。


「それは無理です」


  あっさりと希望が折られた。

  大体、戦うのが前提条件の執事がおかしいと俺は思います。

  なに、異世界って戦う執事が普通なの? それはファンタジーな世界の執事のお話です。

  って、ここ異世界やないかーいっ!


  そんな面白くもない1人ツッコミを脳内でやり、一旦心を落ち着かせた。

  現実逃避と言っても良い。


  セバスチャンは俺にどのような執事になりたいか答えるまで解放する気はないようだ。

  無言の圧力をかけてくる。


  どんな執事になりたいか?


  俺は前の世界ではそれなりに優秀でこのまま行けば出世コースではあった。

  名のある進学校に通い、このまま良い大学に行って家庭を持つ。そんな順風満帆な未来が広がっていたんだ。

  それの最も根本的にあったものは、たぶん人に認められたいって気持ちが強かったんだと思う。


  執事しか生きる道のない俺が取れる選択肢は限られてくる。

  もう出世なんて無理だし、セバスチャンの話を聞く限りこの世界はそんなに安全じゃない。

  なら、どうするか。


「僕は可能な限り完璧な執事になろうと思います」


  セバスチャンは少し驚いたように眉をピクっと動かした。

  この人の感情はどうやら眉が代弁してくれるらしい。


「完璧な執事ですか……それはまた大きく出ましたね」


「僕が生きる道はもう執事しかありません。ならその限られた道で僕は僕の出来る全力を尽くしたい」


  中学の時も、なぜか小学校で野球なんて一切しなかったのに野球部に入った。

  案の定、レギュラーなんて程遠くて、でも諦めきれずに本気で手の皮が何度も破けてもバットを振った。

  寒い、冬の夜でもバットを振った。

  そしてそれが報われたのか、最高学年では主力とは言えないけどレギュラーにはなれた。

  それも全ては人に認められるために。


  俺はセバスチャンにそう言いながら、覚悟の決まった目で見つめた。


「厳しくなりますよ。ついてこられますか?」


  やれやれ、と言った様子でセバスチャンはじっと俺を見つめる。


「出来ます」


「それならば、今日から始めましょう。あと半年しかないのです。教えられることは限られるので」


  そして、セバスチャンは1度切って、改めて言った。


「もし……途中で止めるなどのことがあれば。殺しますから」


  さっきと同じ殺気を俺に向けてくる。

  でもこれに負けてはダメだ。この世界に来たからにはこれに臆することがあってはいけない。

  俺はしっかりと自分の覚悟を胸に刻み、半年間の執事修行を開始した。




 


「では、まず始めに最も執事にとって大切なことはなんだと思いますか?」


  あれからセバスチャンがまず俺を連れてきたのはある一室だった。

  ベットに、机と椅子。その机の上には小さな赤い花がいけられた花瓶。

  綺麗ではあるが、どこか生活感があるこの一室。

  壁にかけられている、もうひとつの、執事服からセバスチャンの私室だということは容易に予想が出来た。


「執事に最も大切なことですか……」


  そんなこと俺に聞かれても、すぐに答えられるわけがない。

  前は、親にご飯やら洗濯やら全てやって貰っていたんだ。

  まず、人に奉仕をするというのが不慣れだ。


  でも何が大切が聞かれれば俺はいくつか候補を考えることは出来る。

  伊達に進学校に通ってはいない。

  口八丁や、道徳的に綺麗な文を書くのは得意だ。


「主に尽くす心ですかね……」


  執事と言ったらやっぱり主への忠誠心だと思う。

  これはピンポイントで正解を当てただろうと自信満々にセバスチャンを見た。


「確かにそれも大切です。最も大切なのは、主に有益な行動ができる能力だと、私は考えております」


  セバスチャンは窘めるように俺に言う。


  そりゃそうだ、俺は普通に納得してしまった。

  いくら忠誠心が強くても、何も出来ない執事なんてただのお荷物に過ぎない。

  忠誠心がなくても結果を示してくれる執事の方が主は重宝してくれるだろう。

  小綺麗で可愛い考えじゃダメってことか。


「なので執事の養成プログラムもそれに重きを置き、クロの希望を聞きますと…………こうですかね。はい、それではこの日程に従い、明日から行動してください。5分前行動が当たり前です。時計は渡しましたよね。それで時刻を確認してください」


  言いながらセバスチャンはどこから取り出したのか分からない紙と万年筆のようなものでさらさらっと何かを書き。俺に渡してきた。

  その紙に書かれたスケジュールは以下の通りだ。


 5〜6時 厨房集合、料理訓練

 6〜7時 礼儀作法

 7〜10時 基礎的な学問

 10時〜13時 掃除、庭師の仕事、ベットメイキングなどの生活をサポートする技術、執事に必要な事務的な仕事

 13時〜17時 戦闘訓練

 17時〜18時 料理訓練

 18時〜22時 魔法訓練


  食事は料理訓練で残ったものを食べるらしい。そして、日程を見てもらうと分かる通り、食事は朝と夕の2回だけだ。

  育ち盛りの俺にとってこれは苦痛である。

  指定されていない時間は基本的には自由だが。たぶん、疲れて何も出来ない。

  俺はこのスケジュールを見て、地獄だといたってシンプルな感想を抱いた。

  これは確実に死ぬ。

  どこにも自由なんてない。

  俺はそのスケジュールの書かれた紙を破り捨てたくなる衝動に駆られた。








  と思っていた時期もあった。

  執事養成プログラムが開始されて3週間、俺は存外悪くないなと思い始めていた。

  確かに朝起きるのはまだ辛いし、自由時間がないのも凄く不満ではある。食事は2回でお腹はすくし。料理では何回も手を切るし、礼儀作法も堅苦しい。学問なんて世界の原理自体が異なるせいか、理解に苦しむものも多々ある。

  戦闘訓練なんて、ただただキツいだけだし、魔法なんてさっぱりだ。


 でも起きて学校に行き、塾に行って帰って寝るという勉強しかしてこなかった学校生活よりも、とても充実していると感じ始めた。


  セバスチャンの教えは非常に丁寧で、教えられる側の俺も、もともと物分りのいい方なので日をおって出来ることが増えてくる。


  それが楽しい。

 

  なりより自分の能力、自分自身を高めている感覚が俺にとてつもない充実感を与えていた。


  そんな日々を送りながら、俺は少し疑問に思っていることがある。


  この館に執事として仕えた初日に出会ったリオーラに1度も会ってないからだ。

  食事を運ぶのもセバスチャン1人で、俺は同行を許されていない。

  なぜか、とい聞いてもはぐらかされるだけだ。

  よく分からないが、それは些細な疑問でしかないので無視することにした。

  どうせ、半年後にはずっと二人きりで生きていかなきゃならないんだ、焦んなくてもいい。


  そういう訳で、きついけど楽しい執事特訓生活が始まった。





  でも俺はこの時セバスチャンの優しさに甘えてばかりだった。

  どれだけこの世界が危険で、どれだけ命が軽く扱われ、淘汰されるのか。完全に舐めていた。

  それを知るのは、遠くない未来。そう、半年後に嫌という程、思い知らされる。





短い……

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